第三章 春季下越地区大会 十四 決勝

 第三クォーターの残り時間は後四分。


 ここまでの得点経過は山並13点、立志13点。


 目が山添の所へ向かった。何やら話し掛けると、


「すまん」


 と、山添はただ一言だけそう言った。


 福田がサイドラインの外に出た。


 審判がボールを渡した。


 福田はすかさず野上にスローイン。


 が……


 野上をマークしたのは、目。山添はフロントコートにいる松山をマーク。二人は自己判断でマンマークを元に戻した。


 藤本は顔色を変えることなく座っている。


 野上がドリブルで目(さっか)を抜きに掛かった。


 追走する、目。


 島崎が手を上げた。


 野上、島崎にロングパス。


 島崎はボールを受け取ると、リングに向かってドリブルイン。


 加賀美がディフェンス。


 島崎、強引にシュート。


 ボールはリングの付け根に当たった。


「加賀美」


 日下部が叫んだ。


 加賀美が日下部にパスを出した。


 日下部は目にパス。


 目はドリブルでフロントコートへ駆け上がる。


 しかし、ここは多々良が目をマーク。


 目、多々良を抜きに掛かる。


 多々良、ドリブルコースを潰しつつ、目をアウトサイドに追いやろうとする。


 目、ここでビハインドドリブル。


 しかし、ボールコントロールが上手く出来ず、ボールが手から離れた。


 福田が逸早(いちはや)くルーズボールを拾った。


 野上が走り出した。


 福田、野上にパス。


 野上はパスを受け取ると、そのままドリブル。余裕でランニングシュートが決まった……


 と誰もが思った瞬間……


 猛烈な勢いで走ってきた目がリングに入る瞬間のボールを叩き落とした。


 審判のホイッスルは鳴らない。


 山並ベンチの誰もが、目のプレーに驚き興奮した。


 が、それも束(つか)の間、またも福田がルーズボールを拾うと、そのままシュート。


 それを日下部がブロックショット……


 と、ここで審判のホイッスルが鳴った。


「イリーガルユースオブハンズ、青4番」


 試合が止まった中で、日下部一人が手を上げた。


「見てるこっの方が疲れる」


 鷹取がボソッと呟くと、その隣で立花はふーっと大きく息を吐いた。


 テーブルオフィシャルズの前にいる滝瀬が、


「山添」


 と呼んだ。


 山添は滝瀬を見た。自分を見ている滝瀬を見て、山添は自分が交替することを知った。


 滝瀬がコートに入った。


 山添はさっきまで日下部が座っていた席に座った。


 パイプ椅子の下に置いていた山添のタオルとドリンクを、立花が持って来た。


「すまん」


 そう言うと、山添はドリンクとタオルを受け取った。しかし、とても飲む気持ちにはなれなかった。


 隣では、藤本が試合を静観している。


 山添は怒られると思って、チラッと藤本を見たが、そんな雰囲気は感じられなかった。しかし、それが逆に山添の恐怖感を増大させた。後で何を言われるのだろう?


 コートでは、福田のスローインを島崎が受け取ったところである。


 その島崎のマークに就いたのは、滝瀬。野上には加賀美がマーク、目は松山に就いた。


 加賀美から滝瀬に替わったことで、ブロックショットは無いと判断した島崎は、すぐにシュートを打った。


 しかし、ボールは手前のリングに当たり斜め下に落ちると、滝瀬はルーズボールを拾って、ボールをもらいに来た日下部にパスを出した。


 攻撃の波が途絶えたと判断するや、立志は素早く攻守を切り替えた。その動きには本当に無駄が無い。


 フロントコートに入ると、日下部は早田にボールを渡し、早田が日下部に戻し、日下部がトップからドライブインすると、ボールは加賀美に渡った。


 立志サイドのマークは変わらない。山添の替わりに入った滝瀬にはそのまま野上が就き、加賀美には島崎がマーク。


 加賀美がジャンプシュートを放った。


 しかし、ボールはリングに当たり、島崎がリバウンドを取った。


 福田がボールをもらいに行くと、早くも日下部がマークに就いた。


 福田がドリブル。


 速攻を仕掛けるため、他のメンバーは先にフロントコートへと上がったが、そうはさせじと福田をマークしている日下部は執拗(しつよう)なディフェンスで福田に仕事をさせない。


 一旦フロントコートに入った野上がバックコートに下がった。


 しかし加賀美がパスコースを塞(ふさ)ぐ。


 5秒が迫る。


「福田」


 多々良が大声を上げて呼んだ。


 福田はワンハンドでバウンドパス。


 多々良がボールを手にした。


 インサイドは3ON3。


 多々良、ドリブルインすると見せ掛けてジャンプシュート。


 早田はブロックショットに跳んだが、ボールはリングに向かった。


 滝瀬が背中で島崎を止める。


《くそっ、相変わらず重いな》


 ポジション取りをしようにも、これでは滝瀬の腰が重くて自由に動けない。


 ボールがリングに当たり跳ね上がった。


 島崎を制して滝瀬がジャンプ。ボールを懐(ふところ)に巻き込むと、すかさず早田にパスを出した。


 早田がドリブルで上がる。


 左サイドには目が走っている。


 ディフェンスには福田、野上、多々良が戻っている。


 早田が目を見た。


 パスを出すのか?


 いや、早田はそのままトップからランニングシュート。


 多々良も早田と同時にジャンプしてシュートカットに行ったがボールには届かず、早田の手から離れたボールはネットを揺らした。


 第三クォーターは終了のブザーが鳴るまでラリーの応酬のように、攻守の切り替えが続き、洋はずっとベンチに座っていた。


 得点経過、山並19点、立志北翔21点。第一・第二クォーターを合わせた得点数、山並58点、立志52点。


 塚原は8点差なら射程距離内だと言った。それが6点に縮まった。


 立志北翔は間違いなく伝家の宝刀を抜いてくる。


 藤本は果たしてどのような対策で立志北翔を迎え撃つのであろうか。


「洋さん、最後は出るかしら」


「さあ、どうだろう?」


「でも、さっきの試合は少し押されていたような気がするけど……」


「洋がいないから、そう見えるんじゃないのか」


「そんなことはありませんけど……ただ、洋さんがいると見ていて楽しいですよね」


「まあ、そうだな」


 正昭と信子は正面に見える山並のベンチを見ながら、そんな会話をしていた。


 では、山並のベンチはどうしていたのかと言うと、藤本が全選手を前にしてラストクォーターに向けて指示を出していた。


「過去の経験から考えれば、立志は残り5分くらいからマッチアップゾーンを仕掛けてくると思われる。しかし、俺の予想ではこの試合最初から来る」


 藤本はここで言葉を切ると、メンバーを見渡した。


「練習試合では、マッチアップを食らって逆転されたことがある。あの時は確か5点差だった……しかし、昔は昔、今は今だ。今の山並には突破力がある……矢島、いくぞ」


「あっ、はい」


「滝瀬、お前もだ」


「はい」


「いいか、ここで負けるようなら、インターハイは諦めろ、分かったな」


 藤本の叱咤激励に、最後は全員で、


「はい」


 と、声大きく返事をした。


 藤本の話が終わると、メンバーはそれぞれドリンクを飲んだり、軽く体を動かしたりして、ラストクォーターに備えた。


「矢島」


「んっ?」


「これ、するのか?」


 と、手首を動かしながら、目が尋ねた。


「チャンスがあれば」


「するときは、リング近くまで上げてくれ。一気に決めて、引導を渡す」


 洋は目を見た。少ししてから、フッと笑みを浮かべると、


「今は今だ」


 と言った。



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作品のお知らせ


カクヨムでは『サブマリン』を連載中ですが、kindle、iBooksでは有料で作品(長編二作、中編一作、短編多数)を公開しています。ただ、有料と言いましても、それほど高いものではないので、是非手にして頂けたらと思います。


 400字詰め原稿用紙換算枚数 34枚(縦書き)

 所要読書時間30分~60分。


 タイトル:おじいちゃんのねんねこ


 前書き


 この小説は、短編小説を書いては出版社に送っていた時の作品のひとつです。

 時期は二〇〇四年四月です。

 この小説を書く前に『おばあちゃんの制服』という小説を書きまして、次はおじいちゃんだなと思い、それで書き上げたのがこの小説です。

 お話の内容は新聞の投稿を幾つか参考にしました。

 その中に、ある男性の経験談がありまして、それが小説の締めくくりである主人公の功と男性老人の会話に該当します。

 それは、ねんねこは日本の素晴らしい文化であると外国人観光客が言った、というもので、わたし自身もそれを読んでその通りだと思いました。

 しかし、今はもうねんねこを見ることはほとんどありません。

 だっこ紐がいけないとは言いませんが、ねんねこにも良いところはたくさんありますので、この小説が日本再発見になれば嬉しく思います。


 あらすじ


 功の妻である啓子は、息子の高文が結婚する三ヶ月前に、突然他界してしまった。

 その後、功は一人暮らしとなり、息子夫婦は毎週土曜日、功の世話と孫の慎太郎を見せるために訪れるようになった。

 そんなある秋の日、功は慎太郎をおんぶしてねんねこを羽織り、多摩川沿いに散歩に出た…

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