サブマリン

第四章 インターハイ予選 十四 山並VS礼和学園 第三クォーター ―回って来た―

「済んませんでした」

　ボールを拾った加藤が水野に謝った。

「もういい」

　水野は時間がもったいないと言わんばかりに早口に言うと、スローインをするように促(うなが)した。

　実際、水野は少し苛立(いらだ)っていた。これまでの礼和なら、奥原をスクリーンで止めて水野をフリーにしていたはずなのに、加藤は何を勘違いしたのか、自ら仕掛けて水野にスクリーンをさせた。悪い攻撃ではないが、奥原を山並のアキレス腱と見做(みな)していたこれまでの礼和のプレーを考えれば、これは明らかに加藤の判断ミスと思われた。

しかし、それでも第二クォーターまでの奥原ならこのプレーだけでも十分動揺を誘い、付け入る隙を作り出せたはずであったし、奥原のおどおどした態度を加藤は肌感覚で理解もしていた。

　それが、この第三クォーターでは別人のように気迫に満ちている。

　一体何がどうなったと言うんだ？

　加藤は混乱した。必要以上に視線の先があちこちへと動き出し、定まりが利(き)かなくなった。

　水野はそんな加藤の心情を感じ得たのだろうか、加藤にボールを返すことはしないで、自分でドリブルをしながらフロントコートに入って行った。

　奥原が水野を睨(にら)み付けている。

《ちっ、こいつ》

　水野はドリブルインをするつもりであった。

　しかし、ボールは０度の富澤の手に渡った。

　古谷がトップに上がり、入れ替わりに加藤が右45度に行った。

　第二クォーターまでの戦い方であれば、おそらくここで古谷にパスが出されていたと思われる。また、それが南雲の指示であったはずだ。

　しかし……

　富澤は山添を背にしながら右手でドリブル、ペイントエリアはミドルポストへと入って行った。

　それに対して、山添はサイドステップで左に移動、ドリブルコースを潰(つぶ)しに掛かった。

　富澤のシューズがキュッと音を立てた。

　富澤、ボールを持った両腕を上げて、そのままジャンプ……と思いきや、それはフェイント、左足を軸に２７０度後方に回転、コートを蹴ってリングに向かってジャンプ。

　完璧だった。この一連の流れは富澤のバスケット感覚として完璧だった。

しかし……

「決まった、ブロックショット」

　と、菅谷が大声を上げたように、喜び勇んだのは山並ベンチ、そしてこぼれ球を拾って叫んだのは……

　洋！

「速攻」

　洋を真ん中に、右に奥原、左に目(さっか)が走る。

　しかし、水野がエンドライン寄りに攻め込んでいたため、必然的に水野と同じ場所にいた奥原は、目(さっか)よりも後方からスタートすることになった。

　コート中央にいる洋はドリブルしながら、目(さっか)の方を向いた。

　目をマークしている古谷は出遅れて、目はほぼフリー。

　奥原も同様。

　洋をマークしている加藤は洋の右後方から追走。

　この状況なら、誰がどう見てもパスは目(さっか)に出る。

　洋も目(さっか)の方を見遣(みや)った。

　しかし……

　ボールはワンバウンドして、走る奥原の前に来た。

　パン！

　軽い音を立てて、奥原の両手にボールが収まると、奥原はワン・ツーとステップを踏んでジャンプした

　伸ばした右手からボールが離れていく。

「ザッ」

「よし、決まった」

　菅谷と鷹取は立ち上がると同時にそう叫んだ。

「奥原さん」

　洋は自陣に戻りながら奥原に近寄って行くと、奥原は洋と歩調を合わせながら『何とか入ったよ』とでも言いたそうに照れ臭く笑って見せた。

　洋も笑顔を覗(のぞ)かせた。そして、

《後もう一本》

　と胸の内で呟(つぶや)くと、洋は加藤に目を向けた。

　一方、ブロックショットを決められた富澤は自分をマークする山添について少し考え始めていた。

　この第三クォーター、富澤は自分がマークする相手を目(さっか)にして欲しいと南雲に進言するつもりであった。強い奴と戦いたい。まさしく実力者が抱くこれは本能である。しかし、ハーフタイムで見せた山添のダンクがその思いに待ったを掛けた。

　あの時、富澤は確かに山添を躱(かわ)したと思った。イメージではボールがネットを揺らしているはずだった。しかし、横から伸びて来た山添の手がボールの行く手を阻(はば)んだ。こんなことは初めてだ。

　類(たぐ)い希(まれ)なるセンス。ひょっとしたら、こいつはあの12番以上なのかもしれない。

　富澤の目付きが一層鋭くなった。

　加藤が古谷にパスを出した。

　目(さっか)が腰を落とした。

　小林がハイポストに向かった。

　すかさず、富澤が小林のポジションに移った。

　古谷のパスが富澤に通った。

　富澤、エンドライン沿いにドリブルイン。

　速い。山添が抜かれた。

　リング下に来ると、富澤はボールを持ちステップを踏んだ。

　富澤の狙いは明らかにバックショット。

　山添、タイミングを合わせてコートを蹴った。

　山添の左手が最高到達点に届きつつある。

　このままでは、さっきと同じように富澤のシュートはブロックされる。

　が……

　山添の左手が伸び切っても、まだボールが飛んで来ない。

　いや、違う。

　富澤は右手から左手にボールを持ち替えると、山添から最も離れた所まで左腕を目一杯に伸ばし、スナップを利かせてシュートを放った。

　弧を描くボールが山添の頭上を越えていく。

　ボールはバックボードに当たり、ネットを揺らした。

　礼和のベンチが歓喜に沸いた。

　得点経過、47対38。

　礼和はしぶとく食らいついてくる。いや、富澤の個人技が冴え渡っている。

　洋が富澤を見た。

　山添のバスケットセンスは目(さっか)に匹敵すると洋は思っている。ただ、練習量と実戦数は目と比べて少ない。現時点、経験の差はやはりある。それでも、昼練で行っている目との１ＯＮ１は確実にそして飛躍的に山添の個人技を向上させている。

　富澤はそんな山添と対等に渡り合っている。今し方見せた富澤のプレー。あれは山添がどこに飛んで来るのか予(あらかじ)め予測していなければ山添のブロックを躱(かわ)すことは出来ない。

　要注意人物。確かにその通りだ。

　しかし、この試合に限って言えば、洋はそれほど問題視することではないと判断していた。

　洋がドリブルしながらフロントコートへと向かう。

　他のメンバーは既に定位置に付いている。

　洋は目(さっか)を見た。

　目(さっか)は先生から個人技禁止の枷(かせ)を外すことを許された。ここでパスを出せば、間違いなく勝負に出る。

　山添さんも同じだ。

　となれば……

　洋は奥原を見た。

　奥原は洋の視線に何かを感じ取った。奥原は小さく頷(うなず)いた。

　洋、左手から右手にフロントチェンジ。すかさず、ペイントエリア内にドリブルイン。

　加藤はクロスステップで移動、是が非でもリングには近づけさせない気迫が伝わってくる。

　洋がドリブルを止(と)めた。両手にボールを持つと、右足を軸に後方１８０度回転、左の手の平にボールを載せて、

「滝瀬さん」

　と叫んだ。

　その瞬間、誰もが滝瀬を見た。

　しかし……

　洋は左手を滝瀬に向ける素振りを見せただけで、手首と肘を上手く使ってボールを滝瀬のいる場所とは全く違う方向へと押し出した。

　ボールが緩やかな弧を描いてトップへと向かっていく。

　しかし、誰もいない……

　と思われた時、パーンと音を立ててボールが空中で止まった。

「おおっ」

　山並ベンチが一斉に喚声を上げた。

　マークに付いていた水野は完全に裏を掻かれた。気づいたときには既に奥原はシュート体勢に入っていた。

「ザッ」

　山並ベンチが更なる喚声を上げた。

　これで49対38。50点の大台まで後１点。

「奥原のやつ、パスが来るってよく分かったな」

　菅谷が唖然(あぜん)としながらもそう言うと、

「あいつだって、やれば出来るんだよ」

　と、笛吹は我が事のように喜んだ。

　洋が奥原のもとへ行った。

「奥原さん、ありがとうございます」

「矢島が気を遣(つか)ってくれてるのが分かったから」

　奥原は少し息をハアハアさせながらもそう言うと、何かの一区切りが出来てほっとしたのか、ようやく安心した笑みを見せた。

　と、そこに、滝瀬がやって来た。

「矢島」

「はい」

「俺を出汁(だし)に使うな」

　滝瀬はそう言うと、洋の尻をポンと叩いて、笑いながら自陣へと戻って行った。

　背番号６が大きく見える。

　洋は、だから確信した。

《よし、回って来た》

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【お知らせ】

2022年4月24日、PVが16.9万を超えました。ありがとうございます。これからも鋭意努力しますので、よろしくお願いします。

【お詫び】

今後の展開と過去に書いた内容との整合性を取るために、現在読み直しをしています。それに時間を割いているため、次回の更新は更に遅れると思いますが、ご容赦願います。