第四章 インターハイ予選 三十三 準決勝 中越平安VS立志北翔 ―後手は続く―

 一方、立志サイドでは塚原の話が終わったらしく、ベンチにいる全メンバーで円陣を組み始めた。


「必勝!」


 キャプテンである多々良の掛け声が聞こえると、


「オー!」


 と言う力強い声が円陣から起こった。


 立志のメガホン軍団からは、


「立志!北翔!立志!北翔!」


 と声援の連呼が飛んでくる。


 それを背にして、第三クォーターに臨む五人のメンバーがコートに向かい始めた。


 が……


 二階の観客席から臙脂のユニフォームに浮かぶ白い背番号5を常に追い続けていた波原は思わず、


「えっ?」


 とつぶやいた。


「行くぞ!」


 対する中越サイドからも気迫の籠もった杵鞭の声が体育館中に響き渡ると、


「オー!」


 と、円陣から気合いの入った塊声かいせいが起こり、それに呼応した中越のメガホン軍団が一斉に、


「中越!中越!中越!中越!」


 と声援を連呼した。


 第三クォーターで戦う面々がコートへ出揃った。


 杵鞭がテーブルオフィシャルズのある反対側のサイドに向かった。


 ボールを持っている審判が杵鞭に近寄った。


 杵鞭に立志のマークが就いた。


《んっ?》


 十川の顔に驚きの表情が浮かんだ。


 杵鞭のマークに就いたのは、福田でもなければ、ましてや野上でもなかった。


《ここで池内……》


 池内は山並戦で松山と替わって攻めのディフェンスとして入ったあの選手である。山並戦では1―3―1のゾーンディフェンスで二列目のセンターをになっていた。当然対応する相手は主にフォワードかセンターであり、今日ここに至るまで、池内の役割はそうだった。にも拘わらず、塚原はポイントガードである杵鞭に対して池内をつけてきた。


《確かに池内にはスタミナがある。運動量なら杵鞭にも引けを取らないだろう。だが……》


 十川は思わず、


「チッ」


 と舌打ちをした。


《全くどこまでも人の神経を逆撫さかなでる人だな》


 しかし、この状況下で打つ手は最早もはやひとつ。


「杵鞭!」


 怒りにも似た十川の声が真っ直ぐ杵鞭に向かって飛んだ。


 杵鞭が十川を見た。


 十川は黙して語らず。


 しかし、杵鞭はその真意を確かに受け取った。


 蓮と淳が杵鞭を見た。


 杵鞭の眼がギラッと光った。二人には、確かにそう見えた。


 第三クォーターはコートチェンジが行われる。中越の攻撃サイドはテーブルオフィシャルズに向かって右側、つまり自軍のベンチがある方のコートが攻撃サイドとなる。


 立志の守備陣形は変わらない。


 中越のメンバーがそれぞれのポジションに就いた。


 保護者席が一瞬静かになった。


 審判がサイドラインの外に出た杵鞭にボールを渡した。


 さあ、第三クォーターの開始だ。


 杵鞭が頭上にボールを構える。


 池内はそれ程強い当たりを仕掛けてこない。


 杵鞭はトップに来た戸沢にスローインを入れた。


 戸沢はボールを受け取ると、ドリブルをしながら自分のポジションである右45度へと移動……


 それに合わせて、蓮がペイントエリアに入った。


 戸沢が蓮にパスを出した。


 蓮、顔より少し上でボールをキャッチ。


 島崎、すかさず手を上げてのディフェンス。


 蓮、左足を軸に180度ターン、そのままシュートを打った。


 ボールはバックボードのワンクッションを置いてネットを揺らした。


 中越の保護者席から館内中に響き渡る塊声(かいせい)が沸き起こった。


 松山がボールを拾ってエンドラインの外に出た。


 杵鞭はそのまま池内をマーク。


 野上には漆間がマークに就いている。


 松山は野上にスローインを入れた。


 野上はボールを受け取ると直(す)ぐさま前を向いた。


 野上の立っている場所はペイントエリア。


 すると、フリースローライン辺りにいる池内が右側に動いた。


 パスを出すのか?


 漆間が警戒した瞬間、野上はみずからドリブルをしていきなり駆け上がった。


 それを見た十川は、


《何だと!?》


 と、疑心に近い驚きを抱いた。


 あとを追う、漆間。


 ドリブルしながら駆け上がる、野上。


 スリーポイントラインが見えた。


 野上のバスケットシューズがキュッと音を立てた。両膝がなめらかに曲がった。シュート体勢に入った野上がコートを蹴って跳んだ。


 漆間が後方からブロックショットに回り込んだが間に合わない。


 柔らかい肘使いと連動した手首がボールを放った。


 ボールがリングに向かって弧を描く。


 ザッ。


 ネットを揺らしてスリーポイントが見事に決まった。


 今度は立志の保護者席から塊声かいせいが起こった。


 中越平安34点、立志北翔32点。これで得点は再び2点差に縮まった。


 まさしく、勢いはいま立志に傾きつつある。


 十川が右手人差し指を口に当てて戦況を見ている。


《展開を変えてきた!?一時的なものか、それとも……》


 漆間がボールを拾った。


「漆間」


 戸沢が声を掛けた。


 漆間は戸沢を見て、杵鞭を見た。


 杵鞭には既に池内がマーク。


 漆間は戸沢にボールを出した。


 戸沢はそのままコート中央をドリブル。


 しかし……


 前半戦では常に自陣へ逸早いちはやく戻り、ゾーンディフェンスをしていたはずの多々良がなぜかセンターライン近くで待ち構えていた。


 戸沢が一旦足を止めた。


 漆間が走って来た。


 戸沢、漆間にパス。


 漆間はボールを手に収めると、そのままドリブルをしてリングに向かった。


 ゾーンエリアで待ち構えている野上。


 漆間、ペイントエリアに向かう。


 野上が漆間のドリブルコースに入った。


 が、漆間は構わずリングに向かう。


 野上、漆間を追走……するかと思いきや、途中で足を止めた。


 漆間が両手でボールを持って、左足からステップを踏んだ。


 松山、ブロックショット。


 が、二歩目の右足は前方にではなく、右斜め後方にスライド、着地したその足で軽くコートを蹴ると、漆間は右の手指てゆびでボールを優しく押し上げた。


 ザッ。


 フローターシュートが見事に決まった。


「ナイッ、シュート」


 メガホン軍団が声援を送った。


 保護者席が歓声に沸いた。


 しかし……


《なぜ、追いかけるのを止めた?あのままディフェンスを続けれていれば、松山とのダブルチームで防ぐことが出来たはずだ》


 十川はそう思いながら電光表示器を見た。


 36対32。


 リードしているのは中越平安だ。塚原の作戦もおおむね推論出来た。それを踏まえて考えれば、この試合展開は決して悪くない。このままリードを保ってゲームセットを迎えられる流れはまだ十分ある。しかし、この微妙な点差が十川には不安でならない。みずからが言った10点差は立志の許容範囲と言う言葉が呪縛となっているからでろうか。


 福田のいないコートでは、野上がトップの位置に就いて、野上のいた右45度のポジションにはいま池上が入っている。ダブル指令塔に拘(こだわ)った塚原の意図がここでもきている。


 野上が多々良にパスを出した。


 戸沢が両手を広げてディフェンス。


 多々良、ドリブルインすると見せ掛けて、野上にボールを戻す。


 野上、今度は池内にパス……


 と思いきや、それはフェイント。ドリブルするやいなや、多々良のいる方へ走り込んだ。


 追走する、漆間。


 多々良、さっと前に移動。


 駆け抜ける、野上の足。


 漆間の目は野上だけを追っている。


 バン!


 漆間が多々良のスクリーンに引っ掛かった。


《しまっ……》


 野上、フリー。


 ジャンプした足はスリーポイントラインの外。


 ボールが大きな弧を描いてリングに向かっていく。


 ザッ。


 決まった!


 36対35。遂に1点差。


 立志サイドは保護者席とメガホン軍団が一体となって、もう行け行けのムードだ。


 しかし、そんなことは関係ないと言わんばかりに中越は速攻に向かおうとした。


 しかし、スローインを入れようとした漆間の目に入ったのは、絶対に杵鞭には渡さないと言う池内の気迫溢(あふ)れたディフェンスだった。


 漆間は已む無く戸沢にスローイン。


 ボールを受け取った戸沢はドリブルを開始、自らフロントコートへと向かうと、杵鞭もまたボールをもらおうと併走し始めた。


 しかし、池内は戸沢と杵鞭の間に入ってパスコースを潰しに掛かっている。


 戸沢の目つきが変わった。


 と同時に加速、一気にリングへと向かった。


 多々良が戸沢のドリブルコースに入った。


 蓮にパスを出すか?


 いや、戸沢が狙ったのは、ドリブル突破。


 戸沢、右左みぎひだりとワンツーステップで跳んだ。


 島崎はブロックショットに向かわない。いや、予想外のプレーに反応出来なかった。


 戸沢のレイアップが決まった。


 ネットからボールが落ちてくる。


 松山がそれをダイレクトでキャッチ。すぐさまエンドラインの外に出ると、オーバーヘッドでフロントコート目掛けてボールを出した。


 そこには、既に野上が走っていた。


《何だと!》


 十川は胸の内で驚き一色の声を上げた。


 野上はボールを手にすると、難なくレイアップを決めた。


 38対37。得点は再び一点差。


 立志の動きが前半戦とは明らかに変わっている。


 十川はタイムアウトを要求しようと思った。だが、それは駄目だとすぐ自分に言い聞かせた。


 徹底的に速攻を仕掛けてペースを握る。そうすることによって、立志のスローペースを崩して中越のペースに引きずり込む。その大前提がある以上、こちらが仕掛ける前に立志がスローペースをめたからと言って、それをいちいち気にしていたらかえって中越の選手達に不安を与えてしまう。下手をすればチームの内部崩壊を招きかねない。今タイムアウトを取れば、自分の言ったことに水を差してしまう。それは塚原に十川の焦りを見せることになってしまう。


《うろたえるな》


 十川は自分を叱咤しったした。指揮官がそんな姿を見せたら、この試合は終わりだ。


 コートでは、漆間がエンドラインの外に出てスローインをしようとしている。


 杵鞭には池内がピッタリとマークに就いている。どのように動いても杵鞭から離れない。まるで二人の間に強力な磁力が働いているかのようだ。


 漆間はやはり已む無く戸沢にスローインを入れた。


 戸沢はコートに戻った漆間にボールを戻した。


 漆間はコート中央、トップに向かってドリブルを始めた。


 戸沢は右サイド。


 杵鞭は左サイド。


 漆間が左サイドに向かって走り出した。


 杵鞭が入れ替わりにトップへ向かった。


 蓮がドリブルをしている漆間に向かって手を上げた。


 杵鞭は淳を見た。


 杵鞭と淳の視線が合った。


 杵鞭がペイントエリアに向かった。


 池内、追走。


 しかし……


 ここで淳がスクリーン、池内を杵鞭から切り離した。


 漆間、左手でワンハンドパス。


 杵鞭、そのままステップを踏んでレイアップ。


 ザッ。


 鮮やかな連携プレーに、立志サイドは沈黙に伏し、中越サイドは興奮と歓喜に沸いた。


 電光表示器が40対37となった。


 松山がボールを拾った。そのままエンドラインをまたいでコートの外に出た。


 池内、野上、どちらにスローインを入れるべきか。


 考えるまでもなく、松山の体はそう反応していた。


 しかし、振り向いた目の前には……


 杵鞭!


 杵鞭が本来マークするはずの池内には戸沢が就いていた。


 漆間は野上をマークしている。


 蓮と淳を除いた三人が高い位置でマークに就いた。


 松山は一瞬驚きながらも、改めて冷静に状況を見ながら池内にスローインを入れた。


 池内は現在ポイントガードの役割をしている野上にはボールを出さず、みずからドリブルをして右45度の位置へと向かうと、右0度にいる島崎にパスを出した。


 多々良がフリースローサークルに沿うようにしてペイントエリアに入った。


 現在多々良をマークしている淳もペイントエリアに入った。


 バックコートからゆっくりフロントコートに入ろうとしている松山が突然左0度の位置に向かって走り出した。


 杵鞭も追走。


 島崎が多々良にパスを出した。


 多々良、ボールを手にすると、ノーステップでフック気味のシュート。


 ボールはバックボードに当たると、続けてリングに当たり宙に浮いた。


 リバウンドを制したのは……


「淳」


 杵鞭の声が聞こえた。


 淳は杵鞭を見ると、すぐにパス。


 しかし、松山の伸ばした手がボールをはじいた。 


 ルーズボールを拾ったのは、野上。


 池内が右45度からトップに入った。


 野上は池内にパス。


 池内、ペイントエリアに向かってドリブルイン。


 戸沢、追走。


 すると、それに合わせるかのように、島崎が右45度に移動。


 池内がドリブルをめて島崎を見た。


 戸沢、池内と島崎の間に入ってのディフェンス。


 漆間は、あわよくば、スティールしようと池内に寄った。


 と、そのとき……


 池内は左側に反転して後方にいた野上にパス。


 野上、またも一瞬のフリー。


 トップからスリーポイントシュート。


 ボールが大きく弧を描く。


 ザッ。


 うおおおおっ……


 立志ベンチが、メガホン軍団が、保護者の面々が最早絶叫とも言える喚声を上げた。


 電光表示器が遂に40対40になった。


 十川が立ち上がった。テーブルオフィシャルズに向かうと、タイムアウトのジャスチャーをしながら、


「タイムアウト」


 と、一言告げた。

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