第四章 インターハイ予選 七 まさかの来訪
洋と杵鞭が先程と同じリング下に立った。
杵鞭は両手でボールを何度かバウンドさせると、顔を上げて洋を見た。
「何か怖いね」
近くで見ている女子バスケット部員の一人が、隣にいる子にそう囁(ささや)くと、
「どっちが?」
と、彼女は言葉を返して来た。
対する洋は、杵鞭の全てを射貫く、それこそレーザービームのような灼熱(しゃくねつ)の眼光とは対照的に、深海の底で唸っている稲妻が海面で微かに光っているような目つきをしていた。
藤本が腕組みをして見ている。
目(さっか)が鋭い眼差(まなざ)しを向けている。
日下部が眉一つ動かさず二人を見ている。
体育館内にいる山並の生徒と先生全て、更には体育館外にいる者達も、二人の真剣勝負に睨(にら)まれている。
夏帆の眼差しが洋を捉(とら)えて放さない。
杵鞭が洋にボールを渡した。
洋が杵鞭にボールを返した。
さあ、二回戦の始まりだ。
静まり返った体育館内にいきなりドリブルの音が響き渡った。
杵鞭は、今度は一転、探る様子を見せることなくなく、真っ直ぐリングへ向かおうとした。
しかし、洋は慌てることなく追走。じわじわと右サイドへと追い詰めていく。
杵鞭、ここでフロントチェンジ、左サイドへと向かった。
引き離されることなく、洋も杵鞭を追走。
ここまでの展開は一回戦と変わらない。
しかし……
杵鞭が左手から右手にボールを移動、またしてもフロントチェンジを仕掛けた……
と誰もが思った時だった。
「インサイドアウト!?」
清水がそう呟(つぶや)いた……
しかし、その時には既に杵鞭は洋に対して体を押し込み、洋のディフェンス進路を塞(ふさ)いでいた。
洋は完全に虚(きょ)を衝(つ)かれた。
杵鞭がリングに向かって一気に駆け上がっていく。
洋は食い下がるも、体一つ離されてしまった。
杵鞭はそのままランニングステップ、レイアップのシュート体勢に入った。
が……
ボールを左手から離す瞬間、杵鞭の右横目に手が見えた。
杵鞭は一瞬ハッとした。
洋の左手がボールへと伸びてきたのだ。
予想外のディフェンスに驚いた杵鞭は手首のスナップをコンマ数秒早く利かせてボールを浮かせた。
ボールはバックボードに当たりリングに向かって落ちた。が、リングの内側に弾(はじ)かれて外に出そうになった。しかし、杵鞭のシュートスナップは上手く勢いを殺(そ)いだようだ。ボールはリングの内側に収まり、微かにネットの音を立ててコートに落ちていった。
間一髪、杵鞭は洋の伸びて来る左手を躱(かわ)した。
何とも言えない溜息が体育館内を覆った。
「清水」
鷹取に声を掛けられたので、清水は振り向くと、
「インサイドアウトって何だ?」
「ああ、さっき杵鞭さんが使ったやつだよね?」
「お前、ボソッと呟(つぶや)いただろ」
「あっ、ほんと?」
「だから尋ねてるんだよ」
「本当はインサイドアウトドリブルって言うんだけど、フロントチェンジをすると見せ掛けて、元に戻すドリブル……今ので言えば、杵鞭さんは左手から右手にフロントチェンジすると見せ掛けて、実は左手の手首を上手く使ってボールを元に戻してそのまま左手でドリブルしながら進んで行った……分かる?」
「何となく……」
「後でやってみれば良いよ」
「そうだな」
一方、三年生はと言うと、その見方は少し違っていた。
「今の、インサイドレッグだよな?」
早田が半信半疑で尋ねると、
「早過ぎてはっきりとは見えなかったが、多分……」
と日下部が答えた。
インサイドレッグとは、インサイドアウトドリブルの応用とも言える高等テクニックで、手首の切り返しに加えて股にボールを通す過程が一つ加わる。つまり、右へフロントチェンジすると見せ掛けて、実は左手の手首の切り返しを上手く使ってドリブルしていたボールを股に通し、更にそれをドリブルしていた左手で受けるという高等テクニックを杵鞭は使ったのではないか。
日下部と早田はどうやらそう考えているようだ。
すると加賀美が、
「もしそうだとしたら、初めて使ったんじゃないか。俺は見た記憶が無い。ビデオでもそんなプレーは無かったはずだ」
と言い、早田は、
「実戦に向けて矢島で試したのか、それとも使わざるを得なかったのか……」
と、疑問を投げ掛けた。
「俺は試しているんだと思う」
「加賀美、試すってどっちの意味だ?」
日下部が真意を測るように尋ねると、
「杵鞭の実力が矢島にどれだけ通用するかどうか……」
「おい、それは逆じゃないのか」
「早田、始まるぞ」
日下部が二人の話を止めた。
コートでは、洋と杵鞭が既に向かい合っている。
一回目と二回目は同じサイドからだったが、三回目は、杵鞭が二回目の対戦でシュートを決めたので、そのままシュートを決めたリング下から逆サイドへ向けて1ON1を始めることとなった。
群衆のざわめきが徐々に消えていく。
今し方の勝負、おそらくここに集まっているほとんどの者が杵鞭が何をしたの分かっていないと思われる。一番間近で見たのは、勝負が行われた左サイドライン、つまり山並のメンバーがいる方とは逆サイドにいた女子バスケット部の部員数人であるが、彼女達もまた杵鞭のプレーが余りにも早過ぎて目の前で一体何が起こったのか分からなかった。日下部達は離れた所で見ていたとは言え、彼等ですらはっきりとは分からなかったのだから、致し方ないと言えばそれまでである。
目には見えない緊張の糸が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、それが研ぎ澄まされた剃刀(かみそり)のようにまで高ぶっている。ほんの少しでもそれに触れたら本当に肌が切り裂かれてしまうのではないかと思われるほどだ。
杵鞭が洋にボールを渡した。
洋が杵鞭にボールを返した。
さあ、最後の勝負だ。
床に弾かれるボールの音が体育館内の四方八方に飛んでいく。
杵鞭は、やはりここでも真っ直ぐリングへと向かった。杵鞭の足が力強くコートを蹴る。
しかし、洋も猛追。
洋の赤いシューズと杵鞭の白いシューズが目まぐるしく交錯、ドリブルの音だけが体育館内に響き渡る。
洋が杵鞭よりも体半分リード、体を入れてドリブルコースを潰(つぶ)しに掛かる。
杵鞭の視線にセンターラインが見えた。が、まだ距離がある。
杵鞭、ここで右から左へフロントチェンジ……
いや、これは……
間違いなくインサイドアウト!
と思われたのも束の間、次の瞬間ボールは杵鞭の背後を回っていた。
ビハインドザバック!
しかし、この勝負を見ていた誰もが《あれっ》と気づいたときには、洋が既にボールを持ってドリブルを始めていた。
洋の勝ちに気がつくまでほんの少しの間があった。しかし、誰もがそうだと知ると、
「うおおおっ」
と、体育館が破裂しそうなほど歓喜の絶叫が爆発した。
杵鞭は、その闘魂までもがスティールされたかのように、呆然と突っ立ったまま、ランニングシュートを決める洋の後ろ姿を見ていた。
「藤本先生」
「はい?」
「あの子は今何をしたんですか?」
「矢島十八番(おはこ)のスティールです。あれほど綺麗にスティール出来る、いや、あの杵鞭からスティールしたんですから、矢島のスティールは日本一と言っても過言ではないでしょうね」
そう言われても、バスケットに精通していない校長先生はただ唸るしかなかったが、藤本がその洋の力量を高く評価しているのは理解出来た。
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お知らせ
*2020年1月から更新日を変更しました。
更新は毎週土曜日の14:00の予定でしたが、執筆の時間確保が難しくなってきたため更新は不定期になります。何卒ご了承下さい。
【あらすじ】
*2021年3月、PVが90000を超えました。フォロワーさんも増えました。本当にありがとうございます。これからも頑張りますので、ご支援よろしくお願いします。
*2021年4月17日、PVが遂に10万を超えました。フォロワーさんも増えました。本当にありがとうございます。これからも頑張りますので、ご支援よろしくお願いします。
*2021年5月28日、PVが遂に11万を超えました。フォロワーさんも増えました。本当にありがとうございます。これからも頑張りますので、ご支援よろしくお願いします。
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