第四章 インターハイ予選 十五 山並VS礼和学園 第四クォーター ―本当の実力差―

 田中がドリブルしながらフロントコートへと向かっていく。


 センターラインを田中の足が越えた。


 と同時に、富澤がまたもフリースローラインの所まで上がってきた。


 しかし、田中は富澤ではなく古谷にパスを出した。


 古谷は瞬時に三方向を見た。富澤には山添がピッタリくっ付いている。1ON1の勝負になれば、山添に分があるように思われる。思い切ってサイドチェンジをしようにも、加藤には洋がマーク。古谷の脳裏には洋が田中からスティールした光景が今もくっきりと焼き付いている。田中をマークしている奥原が一番穴が大きいはずだが、後半はなぜか別人になった。


《やっぱり、ここしかない》


 古谷は小林にパスを出した。


 ボールが小林に渡った。


 滝瀬が両手を広げて守備態勢に入った。


 小林が滝瀬を見た。


 ジャンプシュート!?


 いや、シュートすると見せ掛けて、エンドライン沿いにドリブルイン。


 滝瀬、一瞬腰が浮いた分、ディフェンスが遅れた。


 小林、リング下からシュート。しかし打ち急いだ分、ボールに勢いが付いた。


 バスケットボードにボールが当たった。


 跳ね返ったボールはリングに当たった。


 ボールはリングの外に向かって落ちた。


 富澤がリバウンドに向かう。


 山添が背中を入れて阻(はば)む。


 山添と富澤、同時にジャンプ。


 山添の手がボールを掠(かす)め取った。


「山添さん」


 0度近くにまで下がっていた洋が声を掛けた。


 山添はすぐに洋へパスを出した。


 逆サイドにいる目(さっか)は既に走り出していた。


 しかし、この状況を予(あらかじ)め予想していたのか、古谷は目よりも早く自陣へと向かっていた。


 洋は右手でドリブルしながら奥原を見た。


 奥原をマークしている田中も古谷と同様、早くも自陣へと戻り守備態勢に入っていた。


 すると、


「山添さん、OK」


 と、コートを貫(つらぬ)くような目の声が聞こえた。


 洋はそれを聞き届けると、右手でドリブルを続行、リングへと向かった。


 加藤は洋の左側やや後方を併走。


 洋のリングに対する侵入角度は約30度。


 洋が右左(みぎひだり)とステップを踏んだ。


 ボールを手にした右手がリングに伸びる。


 加藤も右手を伸ばす。


 これはカットされる……


 と思われた時だった。


 洋はスナップを利かせリングの反対側約45度の位置に向けてボールを放った。


 放たれたボールは小さな半円を描き、そして頂点から落下……


 洋と加藤がコートに着地……


 と同時に、洋が振り返った。


 そこには、空中でボールをキャッチしてダンクを決めた瞬間の山添がいた。


 藤本は胸の内で、


《そうだ》


 と大きく唸(うな)った。


 富澤は大きく息をしながらセンターラインの辺りで今尚プレーの残像を見ている。


 どうせあの17番がシュートを決める。外しても12番がリバウンドを取って決める。俺が急いだところで間に合いはしない。


 富澤はそう思っていた。だから走らなかった。点が取られたことに変わりは無くても、しかし、そこまでに至る経緯は予想だにしていなかった。


 あの17番が放ったのはシュートではない。明らかにパスだ。しかし、なぜあのタイミングで8番が来るのが分かった?振り向いて確かめることなどしなかったはずだ……


 と、思ったとき、富澤はハッとした。


 振り向いた視線の先には目がいた。


《こいつか……》


 目も山添もひとたびボールを持てば、単独プレーで点を捥(も)ぎ取るタイプのプレーヤーだと富澤は思っていた。一言で言えば点取り屋だ。実際、そうやって点を取ってもいるし、対戦しても肌感覚でそれは分かる。


 しかし、それだけではない。連係プレーも見事にこなしている。それも約束事をただ守るだけの連係ではない。試合の流れをちゃんと把握しての連係だ。


《これが本当の実力差》


 田中がドリブルしながらフロントコートに入ろうとしている。


 富澤はその様子を見ながら苦笑いをした。


 田中がトップの位置に就いた。


 疲れが溜まっているのか、誰も動こうとしない。足が完全に止まってしまった。


《くそっ》


 田中は胸の内で呟(つぶや)くと、仕方無くドリブルインを敢行。


 奥原も既に息が上がっている。口で呼吸をしている。それでも、必死に食らいついて離れない。


 田中、ジャンプシュート。


 奥原もジャンプ。


 ボールはリングの手前に当たった。


 ボールが跳ね返ってきた。


 田中がリバウンドを取った。


 奥原、渾身(こんしん)のディフェンス。


 田中、堪(たま)らずドリブルしてペイントエリアの外に出ると、加藤にパス。


 小林がハイポストに上がってきた。


 加藤は小林にパスを出した。


 富澤は小林のいたポジションに移動した。


 小林はそれを目で追いながら、動きは逆を突いたドリブル。


 誰もがシュートを打つと思った。


 が、待っていたのは……


 ピー!


 高らかに鳴った審判のホイッスルだった。


「オフェンス、チャージング、青4番」


 見事に決まったプレーに、審判はチャージングのジェスチャーよりも先に思わず声を上げてファウルを宣告した。


 山並ベンチが一斉に沸いた。それもそのはず、礼和の4番からファウルを奪取したのは奥原だったからだ。


 礼和ベンチは唯々静まり返っていた。まさかのまさかに、驚くことさえ出来ないでいた。


 奥原は一人コートに倒れていた。ダンプカーと軽自動車が正面衝突して吹っ飛ばされたかのような後の光景であった。


 洋が奥原に歩み寄ろうとした。


 しかし、奥原の目に差し出された手は……


 見上げると、そこに立っていたのは富澤だった。


 驚きながらも、奥原は富澤の手を握り起き上がると、


「ありがとう」


 と言った。


 富澤は何も言わず、ただ少し笑って見せると、自陣へと戻って行った。


 これには奥原のみならず、目も、山添も、滝瀬も、そんな富澤に驚きとも意外ともつかない表情を見せていた。


 洋がエンドラインの外に出た。


 審判からボールをもらい受けると、洋はほんの一瞬富澤を見てから奥原にスローインをして、コートに戻ると奥原からすぐにボールを受け取った。


 洋はドリブルをしながら、奥原をチラッと見て、次に目を見た。


 今の奥原は顔付きが違う。前半とは全くの別人である。体力は限界に到達していても、気力は充実している。


 洋の心情としては、このチャンスを逃したくはない。奥原にはもっともっとプレーをして欲しい。もっともっと自信を持って欲しい。


 しかしこの試合、藤本の指示もあって、目はプレーに制限を設けられた。第三クォーターでそれが解放されると思ったら、山添に活躍の場を持って行かれた。


 洋は電光表示器を見た。


 残り時間、3分を切った。


 洋は目にパスを出した。


 目がボールを持った。


 富澤と目の視線が合った。


 目、右手でドリブルイン。


 富澤、追走。


 目、直ぐさまバックロールターン。


 富澤、左足に体重移動が残るも、目の動きに尚も反応。


 富澤に対して体半分リング寄りに出ている目は、ここでフロントチェンジ、ボールを左手に移動させると、左右(ひだりみぎ)とワンツーステップ、レイアップシュートを決めた。


 富澤はブロックショットをしようにも、目の背後へと完全に追いやられた状況ではどうすることも出来なかった。


 それを見ていた早田は、


「全く簡単にやってのけるよな」


 と独り言のように呟(つぶや)いた。


 第四クォーター、礼和の足は完全に止まってしまった。


 これがもし接戦であったなら、体力の消耗を気力で補えるかもしれない。しかし、第四クォーターにおける礼和の得点は未だ2点止まり。点差が開くばかりでは頼みの気力も失われてしまう。


 負け確定でもまだ戦い続けなければならない。コートに立つメンバーにとって、それは苦痛と苛立(いらだ)ちでしかない。


 しかし、富澤だけは違った。途中出場ということもあり、他のメンバーと比べたら体力はまだ残っていると言えるのかもしれないが、彼の様子を見る限りではどうもそうではないようだ。勝ち負けよりも山並と戦えると言うそれ自体が彼を奮い立たせているようであった。


 残り30秒を切った。


 小林、0度の位置からペイントエリアはミドルポストへ移動、トップの田中からバウンドパスが通った。


 小林、振り向きざまにジャンプシュート。


 滝瀬もジャンプ、腕を伸ばしてシュートカット。微(かす)かだが、滝瀬の中指がボールに触れた。


 ボールが手前のリングに弾(はじ)かれた。


 山添と富澤がリバウンドに跳んだ。


 山添がボールを摑(つか)み、懐(ふところ)に巻き込んだ。


「山添」


 奥原の声に反応した山添はすぐにパスを出した。


 奥原、すかさずドリブルで上がった。


 左サイドには目(さっか)と古谷が併走、しかし古谷は目よりもやや後方に位置、奥原と目の間を走っており、奥原をマークする田中もまた左側を走っている。


 右サイドには加藤が洋をマークはしているものの、出遅れたのか体力の消耗が激しいのか、洋の後方を走っていて、洋へのパスコースは空いている。


 奥原は洋にパスを出した。


 目(さっか)が減速した。


 古谷も足を止めに掛かった。


 洋はスリーポイントラインを越えた、やや0度寄りの所でドリブルを止(や)めると、そこからジャンプシュート。


 そのタイミングと同時に、走ってきた勢いで加藤がブロックショットに飛んだ。


 洋の左手からボールが放たれた。


 強い!


 奥原が、滝瀬が、山添が、礼和の誰もがそう思った。


 ボールがリングから完全に逸れて越えようとしている……


 と、その時だった。


 ダッシュする足がコートを蹴った。


 ジャンプ一閃!


 ボールを摑(つか)んだ両手……


「決まった、アリウープ!」


 鷹取が叫んだ。


 そして一瞬の間を置いて、


「キャー」


 と、観客席から黄色い歓声が沸き起こった。


 田中が気だるそうにボールを拾おうとしている。


 豪快にシュートを決めた目は、足早に自陣へと戻り守備態勢に入ろうとしている。


 すれ違う目と富澤。


「試合はまだ終わってないぞ」


 バックコートに残っている富澤が田中に向かって叫んだ。


 田中は苦虫(にがむし)を噛み潰(つぶ)したような顔をしてボールを拾い上げると、エンドラインの外に出て富澤に向けて投げつけた。


 富澤がボールを手にした。


 山添が険(けわ)しい顔をしてマークに就(つ)いた。


 富澤、リングに向かってドリブル……


 と、ここで、ブザーが鳴った。


 審判が試合終了のホイッスルを鳴らした。


 電光表示器に示された最終結果は山並75点、礼和学園44点であった。


 奥原が洋を見た。


 洋も奥原を見た。


 奥原から何とも言えない安堵(あんど)の表情が浮かんだ。


 両チームがセンターラインに集まって整列、お互い一礼をすると、礼和のキャプテンである小林はまず滝瀬と握手をして、それから藤本の所に行き一礼をした。残りのメンバーはそれぞれ山並のメンバーに握手を求めたが、富澤の向かった先は目でもなければ山添でもなかった。


「あのチャージング、カッコ良かったっスよ」


「あっ、ありがとう」


 奥原はそれこそキョトンとした顔で礼を述べたが、富澤はなぜか嬉しそうな顔をしていた。


 山並側は、日下部が南雲とオフィシャルに挨拶をして戻って来たのを確かめると、鷹取、立花、清水の三人はボールケースを肩に掛け、他の者はそれぞれ自分の荷物を持って、後片付けをしているスタッフの邪魔にならないようにコートを静かに去って行った。

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