第三章 春季下越地区大会 三 大会前夜

 玄関前の駐車場に自転車を停めると、鍵を掛けて、洋は前カゴからスクールバッグを取り出した。


《さあ、部屋に戻ったら、鉄アレイ腹筋だ》


 明日の試合を考えると、締めのトレーニングにも気合いが入った。そうして、一歩踏み出そうとしたところで、洋はなぜか昨日に引き続き今日もまた夏帆とは一言も話さなかったことにふと気がついた。


「そう言えば、練習にも参加していなかったよな。手、振らなかったもんな」


 そう独(ひと)り言を言って、洋は少しの間その場に止(とど)まったが、結局、考えても仕方が無いと言い聞かせて、玄関に向かった。


「ただいま」


 そう言って、靴を脱いでいると、居間の襖(ふすま)が開いた。


「お帰りなさい」


 と言うと、信子は練習着が入っているリュックを受け取り、


「今日はリクエスト通り、ササミのフライよ。これから揚げるから、腹筋が終わる頃には揚げたてが食べられるようにしておくわね」


 と言って、笑顔を覗かせた。


 洋は胃腸が弱い。小学生の頃は脂っこいのが苦手で、豚バラも食べられなかった。口の中が脂でギトギトするのが、どうしようもなく気持ち悪かった。生姜焼きがようやく食べられるようになったのは、中三になってからだった。


 脂のない鶏のササミは、洋にとって、だからとても有り難いおかずだった。ササミのパサパサ感は人によってはそれが味気なく感じられるのであろうが、洋にはサクッとした食感であり、とても美味しいものであった。

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