第四章 インターハイ予選 三十一 準決勝 中越平安VS立志北翔 第一クォーター ―ペースを崩せ―

 十川は自分の席に戻ると、座ることはせずに立ったまま戦況を見つめ始めた。


 現在、ボールをキープしているのは立志の島崎。


 島崎はチラッと蓮を見てからボールを野上に戻した。


 野上がボールを持って前傾姿勢を取った。


 身構える、漆間。


 野上の左足がコートを蹴った、と同時にボールがコートに当たりバウンド。


 漆間、追走。


 と、ここで島崎が漆間をスクリーン。


 野上、右サイドコーナーで立ち止まり、ジャンプシュート。


 蓮がブロックショットに向かった。


 しかし、ボールはリングへ……


 弧を描いて落ちたボールはリングの奥内側に当たった。


 勢いよくはじかれたボールは漆間のもとへ向かった。


 島崎がリバウンドに跳んだ。


 漆間も跳んだ。


 審判がホイッスルを吹いた。試合が止まると、審判は漆間に向かってイリーガルユースオブハンズのジェスチャーを見せた。


 ここでブザーが鳴った。


 テーブルオフィシャルズの者が頭上にTの字を示した。


 審判が再びホイッスルを吹いてタイムアウトの合図を示した。


 コートにいる両チームのメンバーがそれぞれのベンチに戻り始めた。


 十川が険(けわ)しい顔でメンバーを出迎えた。


「得点に関してはここまでリードはしている。しかし、試合のペースは一〇〇パーセント立志だ。セットプレーはするな。いかなる状況であろうとも速攻を仕掛けろ。漆間はひとつファウルをしたが、この第二クォーター、他の者もひとつまでなら認める。当たりを激しくして立志のペースを徹底的に崩せ」


「先生、蓮と淳のポストプレーはしなくていいんですね」


「そうだ」


 杵鞭の質問に、十川ははっきりと答えた。


 しかし……


 十川は蓮と淳を見た。


「今は疑問を持つな。言われたことに徹しろ」


「……はい」


 二人は取り敢えず返事をした。


「漆間、戸沢、頼むぞ」


「はい」


 ブザーが鳴った。


 立志は既にコートに戻り始めていた。


 中越もゆっくりとコートへ向かい始めた。


 いつもはのらりくらりと言うのか、本音を見せないと言うのか、十川は常に飄々とした態度を見せるようにしている。そんな十川がこの場面で血相を変えて力説した。


 十川のもとでずっと高校バスケット生活を送ってきた杵鞭は、十川の性格をそれなりに理解しているつもりだ。


《ただ事ではない》


 そう思った杵鞭は、


「蓮、淳」


 と呼び掛けた。


 二人が振り返った。


「先生を信じろ。いいな」


 キャプテンまでが自分達に釘を刺した。


 蓮も淳も、最早納得せざるを得なかった。


 野上がエンドラインの外に出た。


 審判が野上にボールを渡した。


 野上は松山にスローインを入れた。


 左0度にいる松山はボールを手にすると、ペイントエリアに向かう素振りを見せた。


 すると、ここまで高さを意識して手を上げてディフェンスをしていた淳が両腕を横に広げて松山を抑えに掛かった。


 松山は無理をせず、寄ってきた多々良にボールを戻した。


 戸沢は、これまで一定の距離を保ってディフェンスをしていたが、一転、多々良に接近して圧力を掛け始めた。


 予想外のディフェンスに、多々良は少し面食らったらしく、慌ててパスの出所を探そうとしたが、戸沢のディフェンスがしつこくてなかなか見出させないでいると、


「多々良」


 と、福田が急いで多々良に寄って声を掛けた。


 多々良は福田にパスを出した。


 杵鞭は福田をピタッとマーク。


 福田、リングに対してほぼ45度の角度でドリブルイン。


 しかし、杵鞭がそうさせない。


 福田、ペイントエリアに入る前にドリブルをめて、多々良にボールを戻した。


 そのタイミングで野上がトップに上がった。


 多々良がぐさま野上にパスを出した。


 足はスリーポイントラインの外。


 野上、ボールを手にすると、テンポ良くシュート。


 ボールが見えない軌道に乗った。


 ザッ。


 保護者席から歓声が上がった。


「立志!北翔!立志!北翔!」


 メガホン軍団も声援を送った。


 しかし、杵鞭はそんな声援など聞こえないとでも言うように、すぐにボールを拾ってエンドラインの外に出ると、漆間にボールを入れて、


「速攻」


 と、声を上げた。


 塚原の眉間に一瞬皺が寄った。


 漆間は杵鞭にボールを戻さず自らドリブルをして左サイドを駆け上がった。


 立志はまだゾーンの陣形を取れていない。


 漆間、一気にランニングシュート……


 が……


 パーン。


 追走してきた島崎がジャンプ一閃。漆間のシュートをブロック。


 立志の保護者席から歓声が起こった。


 しかし、ボールはまだ生きている。


 ルーズボールを拾ったのは……


 杵鞭!


 福田、すかさずマーク。


 左サイドにいる杵鞭はドリブルインすると見せ掛けて、ハイポストの位置にいた淳にパス。


 淳、そのままシュート。


 ボールはリングの奥に当たり弾かれた。


 島崎がリバウンドに跳んだ。


 島崎の後方から蓮もリバウンドに跳んだ。


 審判のホイッスルが鳴った。


 蓮がイリーガルユースオブハンズを取られた。


 にわかに乱れ始めた試合展開が体育館内にいる観客に何とも言えないどよめきをもたらした。


 二階の観客席にいる波原も固唾かたずんで見守っている。


 野上がエンドラインの外に出た。


 審判がボールを渡した。


 野上が福田にスローインを入れようとする。


 しかし、磁石のようにくっ付いて離れない杵鞭のディフェンスにスローインが出せない。


 多々良が左エンドラインまで来た。


 やむを得ず、野上は多々良にスローインを入れた。


 ボールを受け取った、多々良。


 キュッと音を立てて、多々良に近づいた足。


 上げた視線の先には、戸沢がピタッとマーク。


 福田がパスをもらおうと動く。


 そうはさせじと杵鞭も執拗しつようにディフェンス。


 多々良は打開策にドリブルランを選択した。


 追う、戸沢。


 多々良、一気に駆け上がり、リングに向かう。


 松山をマークしている淳の目に多々良が迫ってくる。


 追う戸沢は多々良の右側にいる。


 淳が多々良のドリブルコースに入った。


 多々良、淳と接触するギリギリ手前で松山にパス。


 パン!


 そう音を立てて、ボールが松山の手中に収まった。


 パスのタイミング、ボールを受け取ったときの感触……全てのリズムが整った。


 松山、シュート。


 放たれたボールが弧を描いて飛んでいく。


 バン!


 しかし、ボールはリング手前上に当たって跳ね上がった。


 駄目か!?


 いや……


 落ちて来たボールはリングの内側に当たると、もう一度リングの内側に当たり、そうして反発力を失ったボールはネットに落ちていった。


「ナイッ、シュート」


 ベンチのメンバーが、メガホン軍団が今までで一番大きな声援を送った。


 この試合、先制点は立志が取ったが、以降は終始中越がリード。しかしここに来て遂に立志が逆転、26対27となった。


 仁王立ちの塚原。


 椅子に座って右手人差し指を口に当てている、十川。


 どちらも動く気配はない。


「戸沢、急げ」


 杵鞭が叫んだ。


 戸沢はエンドラインの外に出るとすぐ杵鞭にスローインした。


 が、早くも福田がマーク。


 しかし杵鞭はコートに戻って来た戸沢にパス。


 戸沢はそのまま右サイドをドリブルしながら駆け上がっていく。


 併走する、杵鞭。


 逆サイドには、漆間。


 野上、島崎、多々良は松山がシュートを打った瞬間、それが決まる決まらないにかかわらず早くも自陣に戻り始めていたが、松山は少し出遅れた。


 福田は杵鞭とほぼ併走している展開。


 戸沢が杵鞭にランニングパス。


 杵鞭、ボールをキャッチ。そのままドリブルするかと思いきや、左足を軸に体を回転させて左側にいる福田を自身の背中に追いやり、ラグビーのパスをするかのように、逆サイドにいる漆間にパスを出した。


 パン!


 漆間の手にボールが収まった。


 同時にドリブルイン。


 左右ひだりみぎとステップを踏んだ。


 野上、漆間のステップを見計らってブロックショット。


 しかし……


 漆間は左手でのレイアップをめて右手に持ち替えると、野上のブロックショットをかわしてフックシュート。


 ボールがリングに当たった。が、弾かれることなく、ボールはネットを揺らした。


 中越、再び逆転。28対27と1点リード。


 中越メンバーが自陣へと戻っていく。


 しかし……


 自陣に戻り始めたのは蓮と淳だけであり、杵鞭、漆間、戸沢の三人はバックコートに残り立志を迎え撃つ態勢を見せている。


 仁王立ちしている塚原が表情を変えずチラッと十川を見た。


「野上、ゆっくりだ」


 エンドラインの外に出た野上に、多々良が一声掛けた。


 杵鞭が多々良を見た。


《攻めてこない。8秒取られても良いと言うことか?》


 野上は多々良にうなずいて見せると、福田を見た。


 福田には杵鞭がマークに就いている。


 エンドラインを挟んだ野上の前には漆間が、多々良には戸沢がマーク。


 野上は多々良にボールを出した。


 戸沢が厳しく当たり出した。


 多々良は戸沢に対して体を入れボールを取られないようにすると、タイミングを見計らってドリブルを始めた。


 追走する、戸沢。


 コート中央を駆け抜ける、多々良。フロントコートに入ると、左サイドに来た福田にパス。


 福田は松山にパス。


 松山はエンドライン沿いに切り込む姿勢を見せた。


 が……


 島崎がペイントエリアはミドルポストに入ってきた。


 松山が島崎を見た。


 しかし両手を広げている淳が邪魔でパスが出せない。


 杵鞭も福田をがっちりマーク。


 松山に対する淳の当たりが強くなった。


 バイオレーションの5秒が迫ってくる。


 松山は堪らずドリブルをして、淳とボールの間に自分自身を入れてボールを取られないようにしながらパスの出先を探り始めた。


 漆間がマークしている野上を見ながら松山の動きを探っている。


 松山がドリブルしながら少しずつセンターラインに向かって上がっていく。


 野上がフリースローサークルに向かった。


 松山、野上に向けて淳の左脇下から右ワンハンドでパス。


 が……


 パーン。


 漆間の伸ばした右手がボールを弾いた。


 仕舞ったという表情の松山。


 杵鞭、すかさずルーズボールを奪取。


 漆間は早くもリングに向かっている。


 杵鞭、無人のコートにパス。


 リングに向かう漆間の前にワンバウンドしたボールが来た。


 パン。


 ボールを手にした音がした。


 右左とステップ、レイアップに向かった。


 しかし、後方から野上の手が……


「漆間」


 と言う声が聞こえた……


 その瞬間、


 漆間はボールを持っている両手を右後方に振った。


 ボールを手にした両手。


 ファーストステップを踏んだ、右足。


 コートを蹴った、左足。


 杵鞭がレイアップに向かった。


 ザッ。


 保護者席から興奮の歓喜が起こった。


 電光表示器が30対27に変わった。


 野上がボールを拾った。


 福田がゆっくりと近づいてきた。


 野上は福田にスローインをすると、コートに入ってフロントコートへと向かい始めた。


 そんな野上に漆間が早くもマーク。


 再び塚原がチラッと十川を見た。


 十川は椅子にもたれて、右手人差し指を口に当てている。


 塚原は視線をコートに戻した。


 前傾姿勢でボールを保持している福田がダッシュした。


 杵鞭もダッシュ。


 二人の距離が瞬時に縮まった。


 福田、右から左へフロントチェンジ。


 杵鞭、ポーカーフェイスで追走。


 多々良が左45度の位置からセンターラインに寄ってきた。


 福田、ワンハンドでパス。


 多々良、ボールをキャッチすると、左0度に向かってドリブル。


 松山の足が数歩移動した。


 多々良、尚もドリブル。


 追走する、戸沢。


 が、ここで松山がスクリーン。


 多々良、フリー。


 だが、シュートチャンスであるにも拘(かか)わらず、多々良はハイポストに上がってきた島崎にパス。


 島崎、蓮のブロックショットが来る前にシュート。


 ボールがリングの付け根に当たった。


 多々良が逸早いちはやく自陣に戻り始めた。


 だが……


 ボールはまだ空中にある。立志も中越もリバウンドを取っていない。にもかかわらず、まるで多々良をマークするかのように戸沢もまたフロントコートへ向かい始めた。


 塚原の眉間に皺が寄った。


 ボールが蓮の手に収まった。


「蓮」


 ボールが杵鞭に渡った。


 福田がピタッとマークに就いた。


 と同時に、杵鞭の右横を淳が追い抜こうとしていた……


 と、その時、


「淳」


 淳が杵鞭を見た。


 と、いきなり、パスが飛んできた。


 淳は驚いた。


 福田も驚いた顔を見せた。


 が、それも束の間、杵鞭が走り出した。


「淳」


 淳は慌ててボールを戻した。


 立志の守備陣形はボックスワン。福田以外はペイントエリア付近でのゾーンディフェンス。マンマークされていない淳は、つまりフリーの状態。


 杵鞭はそんな淳を使って、サッカーのワンツーリターンのごとく、福田を追い抜いた。


 立志の陣形はまだ全然整っていない。


 対する中越はトップに杵鞭、右に戸沢、左に漆間。


 杵鞭、一気にリングに向かう。


 が、すぐ後ろには福田が……


 杵鞭、レイアップに向かった。


 ステップは……


 左右ひだりみぎのワンツーステップ。


 杵鞭、左手でレイアップ。


 福田もジャンプ、ブロックショットに向かった。が、右利きの杵鞭が左手でレイアップに向かったのは予想外だった。しかし、届かないと分かっていても、福田は杵鞭の右後方から左手を伸ばした。


 ボールがバックボードに当たった。


 しかし、跳ね返った角度が悪く、ボールはリングに入らない。


 リバウンドを取ったのは、野上。


 中越は逸早く自陣に戻り出した。しかし、まだディフェンスの態勢は取れていない。


 まさに、カウンターを仕掛ける絶好のチャンス。


 しかし……


 それでも、立志は足に根が生えたかのように速攻を仕掛けなかった。


《この状況になっても……》


 十川が厳しい表情でそう思っていたところへ、ホイッスルが鳴った。


 杵鞭がドリブルする野上に対して強く当たり、イリーガルユースオブハンズを取られた。


 ブザーが鳴った。


 審判がタイムアウトのジェスチャーを見せた。


 十川は思わず塚原を見た。


《このタイミングで……》


 そう考えていたところへ、コートからメンバーが戻ってきた。


 控えのメンバーが各メンバーにドリンクとタオルを手渡した。


「良い感じだ」


 十川はそう言うと、電光表示器をチラッと見た。時間は2分を切っていた。


「第二クォーターはこのままで行け。徹底的に速攻を仕掛けろ」


「先生」


 蓮が息を整えながら、十川を見ている。


「どうした?」


「何で速攻を仕掛けるんですか。あのままのペースで試合をしていた方がもっと得点出来ていたはずです」


  一年生が十川に楯を突いた。


 それは誰がどう考えてもあり得ないことであったし、あってはならないことであった。


「先生、何とか……」


 と、その時だった。


 淳が蓮の脇腹を小突いた。


 蓮が淳を見た。


 淳が目配せをした。


 蓮は杵鞭を見た。


 杵鞭が物凄い形相で蓮を見ている。


「お前にバスケットの何が分かると言うんだ」


 蓮の顔が強張った。臆した先にもう言葉は出て来なかった。


「それはハーフタイムに入って説明する。今は俺を信じて動け」


 十川の指示に、蓮は、


「……はい」


 としか言えなかった。


 深呼吸で揺れる両肩が少し落ち着いてきた。


 蓮と淳はタオルで汗をぬぐった。

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