第三章 春季下越地区大会 九 洋の宣言

 アップは昨日同様、二階にあるランニングコースを使用した。あの時にはそこで村上商業と顔を合わせることはなかったが、今日はランニングをしている時、新発田国際とすれ違い、互いに挨拶を交わした。更衣室では一緒にならなかったので、どうやら新発田国際は山並よりも早く来ていたようだ。


  洋はその時の印象を、村上商業よりは統率が取れているようだと受け止めた。


 そろそろ、第一試合女子ブロック決勝の第二クォーターが終わる頃である。

 鷹取と立花は事務室に行って預かってもらっていたボールを取りに行き、他の者はコートに向かった。


 ドアを開けると、両チームの声援が鎬(しのぎ)を削(けず)っていた。電光掲示板を見ると、点差は1点、残り時間は一分を切っていた。


「すげえな。第四クォーターかと思ったよ」


 声援の凄さに、菅谷は終盤を迎えていると勘違いしたようだ。


「声が甲高いと迫力が増すよな」


 と、女子ならではの応援に笛吹は驚いているようであった。


 コートを挟んだ向かい側には、新発田国際のメンバーも顔を見せている。


 洋は漫然と、しかし頭のどこかでは意識して彼等を見ていた。


 試合終了のブザーが鳴った。


 コートで熱戦を繰り広げていた女子選手がベンチに戻ると、山並と新発田国際の両チームがコートへと向かった。


 今日の山並のアップは昨日とは変わってシュート練習であった。いつも使用している学校のバスケットボードと比較してボールの跳ね具合が大きいと感じたらしく、今一度感触を確認するのが目的のようだ。体育館の設備が新しい分、おそらくバスケットボードの硬さやリングの固定具合もしっかりしているのだろう。


 シュートはランニングシュートではなく、ジャンプシュートを行った。二人一組になって一人がパスを出し、もう一人がパスをもらって右45度からミドルシュートを打つ。パスを出した者はこぼれ球を拾い、待機している者にボールを渡す。パスした者とシュートを打った者は入り替わり、その後(あと)は同じ事を繰り返す。それを左45度でも行い、ハーフタイムでのウォーミングアップはこれに終始した。


 その後(ご)、山並のメンバーは靴を履き替え外に出ると、軽めのフットワークを行った。ぽかぽか陽気は薄らと汗をかかせ、十分なウォーミングアップが出来た。

再び体育館内に戻ると、第一試合がそろそろ終わりを迎えようとしていた。第二クォーターまでは僅差であったのに、電光掲示板に示された現在の点差は15点もあった。


 試合終了のブザーが鳴った。


 両チーム、センターに集まるとお互い礼をして、それぞれのベンチに戻った。


 本日の第二試合は昨日同様Aコートで行われる。ただし、山並が着用するユニフォームは青になることから、昨日とは変わってベンチは向かって左側となる。


 ウォーミングアップの終了時間が来ると、山並、新発田国際共にベンチへと戻った。


 今日の先発メンバーは既に伝えられている。


 早田が逸早くジャージを脱ぐと、他のメンバーも脱ぎ始めた。


 洋はチラッと日下部を見た。分かってはいても、日下部がジャージを脱ぐ気配は無かった。洋は勢いよくジャージを脱いだ。


 藤本を囲うように五人が並ぶと、


「この闘いにおいて、伝えるべきことは既に伝えた。自分達を信じろ。それだけだ」


 と、藤本は言った。


 当然、先発メンバーはそれを聞いて、


「はい」


 と、意気込みを返事にするつもりだった。


 が……


「すみません」


 と、矢島が機先を制するように言うと、


「何だ、矢島」


 と、藤本が尋ねた。


「僕から、ひとつ言っておきたいことがあります」


 洋はそう言うと、一呼吸置いてから、こう言った。


「僕はポイントガードです。僕の仕事は、みんなが気持ち良く点を取れるようにすることです。だから、僕がシュートを打つ態勢に入っても、それはパスだと思って下さい。僕が点を取るためのシュートを打つときは、完全フリーになったときだけです」


 場が一瞬静まった。しかし、洋のこの一言が一本の見えない糸となり、五人の意思を繋いだ。


「行って来い」


 藤本が発破を掛けた。


「はい」


 一丸となった五人の声だった。


 日下部と滝瀬は、それぞれ背番号17番と12番を見送ると、ベンチに腰掛けてこれから始まる試合に意識を集中させた。

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