第18話 石和黒駒一家 前編

 大陸東部

 新京特別区 大陸総督府


 日本本土から第34普通科連隊が大陸に到着した。

 総督府では、受け入れの為の局長会議が行われていた。

 秋月総督は、会議の結果の報告を受ける為に執務室で書類に判を押す仕事に追われている。

 内線が鳴り、受話器を手に取り秋山秘書官の入室を許可する。


「失礼します。

 局長会議の報告書と関連資料をお持ちしました」

「御苦労だった。

 連中また目を血走らせて会議してたろう?

 そろそろまとめて健康ドックに送り込んだ方がいいかもしれん」

「精神科のカウンセラーか、保養地への出張も必要かもしれません」


 雑談をかわしながら秋山は書類に目を通していく。


「最終的に第34普通科連隊戦闘団となりますので、人員約2000名。

 家族も含めますと1万五千人の移民計画の前倒しになります」


 転移後に自衛隊には食料配給が優先されていたこともあり、婚活に不自由しなくなった。

 さらに隊員の両親や妻の実家も含めて、同居が増加していたことがこの人数になってしまった原因だ。


「扶養家族が多いな。

 どさくさにまぎれて、親戚とかも捩じ込ませてるだろう。

 よく本土の役人連中が認めたな?

 まあ、それは我々も同じだからとやかくは言えないが、こちらでの新生児の増加も予想より多い。

 来年2月からの新都市植民計画を半月ほど前倒しだな」

「政府がこのような状況を認めたのはやはり、本土の食料事情の悪化にあるようです。

 一時は60%にまで伸びた自給率も年々低下しているとデータにあります」

「やはり化学肥料の枯渇が響いてきたか。

 むしろ今までよく持ったものだ」

「気候が天の恵みを得るのに最適な環境だったのは間違いありません。

 ただし、リン鉱石、カリ鉱石などを利用した化学肥料の恩恵無しに一億におよぶ国民を食わせるのは無理があります」


 転移前は輸入に頼りきりであった。

 カリ鉱石はフィノーラで見つかり採掘に成功したが、リン鉱山は発見できていない。


「まあ、大陸に来れば飢えから救われるからな。

『福原市』の創立と同時に『竜別宮』計画も進めるよう関係各位に通達してくれ」





 大陸東部地区

 旧マディノ子爵領


 戦犯マディノ子爵の領地だったこの地は、王都ソフィアに徒歩で3日ほどの距離にある。

 子爵自体は有能な領主で、魔術を使った治水工事や農地開発、病気の治療などの善政行で、領民の支持は厚かった。

 だが現在は王国から派遣された代官が統治している。

 当主が戦犯として断罪されたので改易となり、一族は散り散りとなった。

 戦犯の領土なので、年貢は総督府の基準を違反し七割という高いものになっていた。

 街の近郊のアンクル村では近隣の農村の村長や豪農といった有力者が集会場に集まっていた。


「このままでは村人は女房や娘を売るしかなくなる」

「もしくは一家揃って首を吊るかだな」


 皆が頭を抱えている。


「他の領地では、年貢は四割で済んでいるそうだ。

 やはり、前領主様のせいで……」

「バカ、貴様!!

 お館様の御恩を忘れたか!!」


 殴りあいになりそうな会合の代表者達は、この村の村長モンローは宥められて、今日は解散す

 ることにした。

 家に戻ると娘のジーンが心配そうに見ている。


「お父さん……

「大丈夫だ。

 この村は守って見せる」


 そう言って書斎に籠りだした。


「もうこの手しかないな」


 筆を取り書を書き始めた。




 マディノ代官所


 王国より派遣された代官エミリオは、困窮する大貴族の3男である。

 年貢による収入が半分以下に減ったのだが、人間はそれまでの生活レベルはなかなか落とせない。

 先祖伝来の蓄えにま手を出したが、減る一方の状況は改善しなかった。

 エミリオは三男ながら、文官としてそれなりに才能を示したのでマディノ代官に任命された。

 マディノの地は王国からの悪感情の強い。

 この地から搾取することを王国は目溢し、収益を伸ばしたエミリオを内政家として評価を与えていた。

 そして、実家には過剰に搾取した年貢の一部を横流ししていた。

 自己申告で四公六民が、実質は七公三民である。

 ほとんどが、前領主の善政の遺産なのだが、エミリオに取っては我が世の春を謳歌していた。

 そんなエミリオはこの世の終わりのような顔をしていた。


「検地ですか?」


 エミリオの正面には、大陸総督府検地局ソフィア支部第3測量課課長藤井八郎が名刺を渡してくる。


「はい、畑の面積と収穫量の調査に参りました。

 課税台帳の整備に当たるものでして、今月はこちらの領内で測量と戸籍の調査も合わせて行わせて頂きます。

 作業自体はこちらで行いますので、軒先と過去の資料を提供して頂ければ結構です」


 顔を青くするエミリオに藤井は察した顔で、語りかける。


「ご心配なく

 自己申告による1割程度の誤差は『修正』すれば済むことなので、そちらに責任が及ぶことではありません」


 藤井としても多少の水増しによる利権を大袈裟に騒ぎ立てるつもりは全く無く、常識の範囲と日本に納める分を確保してくれれば文句は無かった。

 だがエミリオは首筋が冷える思いを感じていた。

 水増しの範囲は、1割どころか3割に達している。

 すでに王国宰相府からの命令書や委任状を見せられているので、断るのは不可能だ。

 しかし、今は藤井に気がつかれるわけにはいない。

 努めて冷静に振る舞う必要があった。


「いつ頃から始めるのですか?」


「15日に調査団がやって来ます。

 まあ、5、60人ほどですかね?

 そのあたりは後日また通知しますので宜しくお願いします。

 宿泊に関しましては、閉門措置になっている前領主館が使えるそうなのでそちらを貸して頂きます」


 藤井が帰った後で執務室で頭を抱えている。


「1割だと?

 残り2割分どうすれば……

 16日でどうしろと言うんだ」


 傀儡政府と化している王国は、日本との協定違反の責任を自分に押し付ける気かもしれない。

 ギロチンに掛けられてその首を総督に献上させられるかもしれない。

 噂によると総督府には、マーマン王の首やケンタウルスの族長の剥製が飾られているという。

 猟奇的な趣味を持った総督に愛でられる自分の剥製や首を想像し、胃が痛くなってきた。

 とりあえず代官所の役人達を集める。


「どの村にも畑の開墾をさせて、それっぽく見せかけさせろ。

 その間に恐らく年貢を免れる為の隠し畑がどの村にもあるに違いない。

 それを探し出せ!!」

「見つけたらその村人の処置はどうしましょうか?」

「ギロチンに決まってるだろ!!

 女子供は売り飛ばせ!!

 忘れるな、この地は日本の都市を破壊し、3万の民を死なせた戦犯マディノ子爵の治めていた地だぞ。

 どんな嫌がらせを受けるかわからんのだ。

 調査団には賄賂や女をあてがい、機嫌を取らねばならない。

 報復として皇都がどのような惨状になったのかを思い出せ!!」


 その言葉に役人達も震えあがる。

 僅か数十分の攻撃で、人口200万を誇った皇国皇都は七割に及ぶ死者を出した。

 千年皇都の歴史を灰塵のもとに晒して消滅したのだ。



「エミリオ様の仰ることは最もですが、我々だけでは日本に対するおもてなしの方法がわかりません!!

 ですが、最近この地の盗賊ギルドを壊滅させて吸収した新興ギルドのギルドマスターが日本人らしいのです。

 彼の意見を聞いてみるのが良いのでは無いでしょうか?」

「それはいい。

 我らが日本人を重用しているアピールにもなるな。

 それで、そのギルドとマスターの名はなんといったかな?」

「『石和黒駒一家』の黒駒勝蔵というそうです」






 王都ソフィア

 日本国ソフィア合同庁舎


 マディノから戻った藤井は調査団に参加するメンバーを召集して、ミーティングを始める。


「今回の調査の第一の目的は畑の収穫量を正確に調べることです。

 第二に現地で産出される金、銀、銅の鉱山の開発と徴用。

 第三に現地住民の人口や生活実態の調査。

 第四に陸上自衛隊が新たに建設する分屯地の視察と測量になります。

 自衛隊からは浅井二等陸尉に御同行して頂きます」


 制服を着た浅井が規律し、敬礼する。


「御紹介に預かりました浅井です。

 今回自衛隊から施設の人間を中心に10名ばかりと車両の提供をさせて頂きます。

 自分が来年からマディノの分遣隊長に就任することになっていますので、全力で皆様のサポートをさせて頂きます」


 出席者から拍手を受けて席に座る。

 今回は鉱山開発局や大陸鉄道の測量隊も同行する。


「今回は検地局さんの幹事で助かりますなあ。

 前回はうちでしたから」


 鉱山開発局の松本が、そんなことを言い出すので浅井が首を傾げる。


「今回はですか?」

「ああ、浅井さんは初めてでしたな。

 この調査団は毎月組織されてましてね。

 今回で60回目なんです。

 最終的大陸全土1500領邦、全部を回ることが目標なんですけどね。

 で、複数の部署の人間が合同で行うので、交代で仕切る部署を幹事として設定して進行するわけです。

 自衛隊さんも何度か担当してますよ」


 松本の説明に浅井は、なるほどと頷いている。

 浅井は先月の事件に巻き込まれ、本来の任務から外れていた。

 そこにちょうど次の任地での調査計画があったので捩じ込まれたのだ。

 松本の説明が終わったので、藤井が説明を続ける。


「我々、公務員からは40名ほど。

 期間中の生活支援の為に、10名のヘルパーさんが同行します。

 あとは現地で何かを調査したいと言い出す他機関の人間か、商売を考える民間資本の調査隊員。

 だいたい60名ほどになります。

 で、ヘルパーさんの代表さんがこちらの市原涼子さんです」


 浅井は列車襲撃事件の時に弓矢を取って奮戦していた市原女史の姿を見て驚く。


「あら、自衛隊さんの代表は浅井さんだったのね。

 お久しぶり、元気してた?」

「はい、前回はいろいろお世話になりました」

「おや、お二人はお知り合いですか?」

「えぇ、私と浅井さんは戦友と言ってよい間がらでして」


 その後、列車襲撃事件の浅井や市原の武勇伝を誇張混じりに一時間喋りだした。

 今回のミーティングはそれで解散となった。

 市原女史には、あまり語らせるなという貴重な教訓を残して




 アンクル村


 村に即席で造られた市場では、人々が様々な物を売買している。

 ジーンはこの光景がもう見られないくなるかもと胸が締め付けられる思いを感じていた。


「勝蔵さん」


 ジーンはお目当ての人物を見つけ、駆け寄っていく。

 ほうとうという麺料理を屋台で作り、道行く人に売っていた角刈りにサングラスの男は眉をしかめる。

 この男がマディノの地の盗賊ギルドを倒し、新たな顔役となった石和黒駒一家の組長黒駒勝蔵である。


「あんまりあっしらに関わってはいけないと言ってあるでしょう」

「でも他に頼れる人がいなくて・・・お願い勝蔵さん、お父さんを助けて」

「村長に何が?」

「お父さんが日本の課長様に直訴をしようと」




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