第185話 長岡市防衛戦 2
日本国
新潟県長岡市
長岡駅東口ロータリー
ヒドラが迫る長岡駅には、列車を使って避難を試みる市民が殺到していた。
消防や自警団が誘導し、上下線が往復して避難民が詰め込まれて発車していくが、まだまだ足りない。
長岡駅交番、千手交番並びに近隣でパトロール中だったパトカーの警官15名が最終防衛線を敷いていた。
武器は拳銃と各交番やパトカーに備え付けられた猟銃しかなく、心細いことこの上なかった。
そこに高機動車と5名の自衛官参戦の様子は市民に希望を見いだされて歓声が挙げられていた。
「いやいや、小銃とミニミしかないから期待されても困るんだけどな」
江島一等陸曹長はロータリーに高機動車を陣取らせ、銃架をロールバーに取り付けた5.56mm機関銃MINIMIを構えさせる。
運転手と射手以外の三人も花壇のコンクリート壁に身を隠し、20式5.56mm小銃で狙い撃つ体勢を取っている。
「来るぞ!!」
見張りの警官が叫ぶと、東口通りの先から九つの蛇の頭を持つヒドラが姿を見せる。
「でかいな。
頭だけで乗用車より大きい」
「初手はうちが貰いますよ」
「任せます。
正直、予備の弾装も一本しか無いから無駄弾は撃てない」
指揮を取る角川警部が無線機で号令を掛ける。
「ここから先は通せない。
各員、死守の構えで事に当たられたし……
作戦開始!!」
駅前交差点の北と南から、徴用された観光バスが、全速力の後進で、東口通りから進入してきたヒドラの巨体を挟み込んだ。
観光バスの巨体がぶつかった衝撃で二つの蛇頭を絶命し、もう一頭はバスの後部窓を突き破り中に入り込む。
「は、入ってきた」
運転をしていた警官は車内で拳銃を発砲するが、座席を薙ぎ倒して接近する蛇頭に噛みつかれる。
狭い車内で銃弾は全弾命中していたが、倒すには至らなかった。
警棒も振り回して奮戦するが、警官の肉体は噛み砕かれて車内に流血が飛び散る。
「白川巡査長、殉職!!」
「わかった。
次、行け!!」
と、前方ドアと後部ドアの薄い壁を貫いて、外の警官達が猟銃を発砲する。
車内の蛇頭は、絶命して体がバスから抜けなくなる。
重いバスが重りとなり、ヒドラの動きが止まると、警官隊も自衛隊も同時に射撃命令が下された。
「畳み掛けろ、ここで仕留めるんだ」
「パトカーを盾に距離を積めろ!!
拳銃じゃ、威力が弱い」
警官隊の銃弾は弾数が少ない。
予備の弾丸も使い果たした警官はすぐに後ろに下がるが、警官達の弾膜は途切れない。
長岡警察署から走って急行してきた警官達が駅の西口から構内を通って参戦してきたのだ。
「本署からです。
現場の指揮を署長が取るから、現着まで防衛線を死守しろと」
発砲しながら伝令の警官が伝えてくるが、角川警部は困惑するように問い掛ける。
「で、肝心の署長はどこだ?」
「殿町通りで避難民の車両渋滞に巻き込まれてます」
「パトカーでこっちに来たのか?
運転手には牛歩で来いと、こっそり伝えろ」
ヒドラはまだ生きている蛇頭が死んでいる蛇頭を噛み千切って再生させている。
ミニミの銃身を横凪にしてそれぞれの蛇頭に満遍なく銃弾をばら蒔いていくが、バスに引っ掛かって死んでいた蛇頭も噛み切られて重りもなくなったヒドラは駅に向かって前進を再開する。
「ヤバイな、弾が足りん」
江島一曹が懸念しているように、自衛隊も警官隊も無数の銃弾を浴びせて、蛇頭を13頭も仕留めたが半分は再生されている。
絶え間なく銃弾を発射し、戦線を支えてきたミニミも間もなく弾が尽きる。
圧倒はしているが、攻めきれていない。
しかも接近した警官達の動きが鈍くなっている。
咳をして、嘔吐し、倒れているのが数人出ていた。
「状況、ガス!!」
最も前にいた自衛官が叫んでいる。
「毒息か!!
倒れた仲間を構内に搬送しろ。
マスク寄越せ!!」
高機動車からガスマスクが放り投げられて来て、キャッチして装着する。
自衛官達はそれで良いが、警官には配布する時間も数もない。
こちらが気が付いた事に気が付いたのか、先ほどまでの無色無臭のガスではなく、明確に黒色のガスを一斉に吐いてきた。
十数人の警官がのたうちまわって、地面に倒れていく。
かと言って火力で圧倒出来ない。
「ミニミ、弾が尽きました、後退します」
江島一曹の20式小銃も弾切れで、拳銃に持ち変えたところだった。
「どうしたものかな?」
よくよく観察すれば、再生した蛇頭は長さや大きさが異なっている。
駅前に現れた直後は10メートルはあった長さも一頭をの除けば5メートルや3メートルにまで短くなっている。
さすがに再生回数にも限度があるのは理解できる。
他の蛇頭は一番長い蛇頭を庇っているのも今ならわかる。
「つまりアイツが本体か」
退治の道筋は見えたが、それでも倒しきれない。
毒息で倒れて後送された警官は30人以上に及ぶ。
彼らの残った銃弾を利用しても足りるとは思えなかった。
現場には尚、30人の警官が陣取っているがすでに白兵戦の準備を始めている。
そこに間が悪く、署長を載せたパトカーが警官達を満載したパトカーや輸送バスの先頭を切って現着する。
署長は鍋岡一族の狩猟会で使用する私物の猟銃を持ち込んでいた。
パトカーに同乗していた側近の総務課課長もパトカーのトランクから猟銃を取り出し、車内に持ち込んでいた。
運転していた警官含めて、三人はいきなり目の前にヒドラが現れて悲鳴を挙げながらパトカーから逃げ出す。
「署長、やっちゃって下さい!!」
角川警部が叫ぶと署員からも囃し立てる歓声があがる。
鍋岡一族の派閥で、その専横ぶりから署内でも嫌われてる彼等はこの時とばかりに矢面に立たされた。
「うわわあ!?」
猟銃を持たない交通課長は先頭のパトカーに取り残されて拳銃を発砲し、ヒドラの注意を引いてしまう。
さすがに暴れられても困るので、その場にいた全員が銃弾を撃つが、残弾は少ない。
パトカーはひっくり返されて、交通課課長は失神する。
署長と総務課長も猟銃を撃ちまくるが、蛇頭に撥ね飛ばされてぐったりする。
「さすがに餌にするのはまずいか」
後続のパトカーや輸送バスの警官は、まだ降車すら出来ていない。
角川警部がパトカーによる体当たりを行うとしたところで、ヒドラに銃弾の雨が降り注ぐ。
長岡駅東口二階踊り場の窓から三名の自衛官が20式5.56mm小銃で射撃したのだ。
さすがのヒドラも本体の蛇頭が蜂の巣にされて、瀕死の状態だった。
階段から降りてきた三人は、江島一曹は敬礼で所属を訪ねる。
最上位は二等陸曹のようで、少しホッとする。
部隊章から同じ第29普通科連隊所属なのは間違いないが、1200名もの連隊全隊員を覚えているわけでない。
しかし、連隊本隊が到着したにしては早すぎる気がしたのだ。
「助かったよ。
現場の指揮を取っている地本の江島一等陸曹だ。
しかし、君等どっから来たんだ?
高田からではまだ着けないだろ」
「同じく地本の加茂地域事務所に出向している根府川二等陸曹です。
援軍要請を受けて、装備一式ごと電車に放り込まれました。
電車は避難民を加茂駅で降ろした後に長岡駅に戻るつもりだったそうなので、我々も便乗させて頂きました」
加茂地域事務所は長岡出張所同様に第29普通科連隊からの出向を受け入れ、各駅停車しない電車なら30分程度で来れる。
色々合点がいった江島一曹は、貴重な援軍を指揮下に納めることにした。
「市内にはまだモンスターが徘徊している。
諸君等の援軍を頼もしく思う」
「あ~、申し訳有りませんが、我々も今ので小銃弾を撃ち尽くしておりまして、拳銃くらいしか残ってないのですが」
本隊が出向先に多くの弾薬を持たせないのは江島一曹も理解していた。
「素晴らしい。
我々は拳銃弾すら撃ち尽くしたんだ。
前衛を任せていいかな?」
瀕死のヒドラを警官達が取り囲み、角川警部は失神した署長の猟銃を拾い上げる。
銃の種類等良くわからないが、高級そうで口径がそれなりに大きいのはわかった。
「こんなのをどうやって市内に持ち込んだやら?
お前もはるばる故郷から遠く離れてご苦労だったな。
今、楽にしてやる」
最後の銃声が鳴り響き、長岡駅の戦闘は終了した。
この一連のヒドラとの戦いにおける長岡駅防衛戦における警官隊の殉職者は16名に及んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます