第186話 長岡市防衛戦 3

 日本国 

 新潟県長岡市

 鉢伏町 鉢伏公園


 長岡市の各所でモンスターが発生したことにより、宮内交番と付近をパトロール中だった警官達は、発生源と思われる悠久山公園に程近い鉢伏町の住民避難を実施していた。


「御山町と長岡大学は自警団と大学体育サークルが、ガトリング砲を持ち出して、撃退して避難を完了させたそうですが、もう弾が無いと」

「長岡駅前にも大きいのが出て、本署の方も死傷者多数で、署長他幹部も病院に搬送されたらしい。

 あいつは、俺等がやらんといかんようだ」


 交番所長たるハコ長の上田警部補達とパトカーを挟んで対峙しているのは、個人宅の屋根に停まっている一羽の鳥だった。

 その大きさは家族四人が乗ったワゴン車を持ち上げて空中に連れ去ろうとしたくらいに大きい。

 警官隊の発砲でワゴン車は地面に落とされたが、乗車していた四人は軽傷で済んでいた。


「ライブラリーからロック鳥と呼称されているようです」


 交番巡査の桑島巡査が教えてくれるが、もう上田警部補の世代は、テレビゲームで育った世代なので、ファンタジーな話にも理解はある。


「避難民は柿小学校校舎に避難している。

 ここから先は通すわけにはいかない」


 例に寄ってファンタジーに詳しい識者達に命名されたロック鳥は、翼をはためかせて突風を警官達に浴びせてきた。

 警官達はパトカーやガードレール、電柱に掴まって踏ん張るが、地面を転がるように吹き飛ばされた者も数人出てきた。


「あの翼の大きさで出せる風量じゃないだろ。

 断固抗議する!!」

「誰にですか!!」


 風音に掻き消されないように大声を挙げるが、風量は強まっている。

 ロック鳥がペンギンの様に二足歩行で前進してきたからだ。

 その仕草はちょっと可愛いなと思えたが、吹き飛ばさた看板が横を通りすぎていくと、余裕も無くなっていた。

 発砲された拳銃や猟銃の銃弾も風圧で威力が減衰され、柔かな体表の羽毛と硬い皮膚に阻まれて効果が薄い。

 色んなもの飛んできて身体に当たり、身動きの取れない警官の嘴を突き刺す。


「ヴォ……」

「南巡査長!?」


 南巡査長はボディーアーマーを装着していたから、まだ息があった。

 救出しようとした警官が二人殺到するが、瞬く間に翼をはためかせて吹き飛ばされる。

 改めて嘴で南巡査長にトドメを刺そうと、身体を仰け反らせた所に複数の銃弾を浴びせられて、背中から倒れてしまった。


「あれは?」

「やっと来やがった。

 うちの航空隊だ」


 アグスタ A109E 多目的ヘリコプター。

 新潟県警航空隊に所属する『はるかぜ』だ。


「じゃあ、乗っているのは」


 道路に着陸した『はるかぜ』から重武装の黒ずくめのアサルトスーツ、防弾ジャケット、バイザー付きヘルメットを被った5名の男達が降りてくる。

 新潟県警特殊強襲部隊SATの隊員達だ。


「負傷者をヘリに!!」


 飛田警部補はこの新潟SATの分班を預かる指揮官だ。

 制服警官達にも指示を出すと、地面に伏せた二人の隊員がH&K MP5 短機関銃で射撃を開始する。

 他の二人も左右に散って、射撃し、風圧による銃弾の威力低下をフォローしあう。

 三方向からの銃撃に飛んで逃げ選択肢は与えないまま飛田警部補が89式5.56mm小銃に06式小銃てき弾を装着して発車する。

 てき弾は着弾とともに爆発し、ロック鳥は肉片に変えていく。


 その光景を見ていた制服警官達からは歓声が上がっていた。


「焼き鳥が食べたくなってきましたな」


 上田警部補のホッとした顔に飛田警部補もフェイスシールドを上げて答える。


「祝勝会が合ったら招待状を県警機動隊宛によろしく」

「あんたらそういうの厳しいんじゃないの?

 家族にも秘密とか」

「今はそこまで厳しくないよ。

 任務は対テロから対モンスターが主だし、隊員も集めにくい。

 そいいった本当に特殊な連中はみんな大陸に行ったよ」


 異世界転移後に失業者対策も兼ねて、警察も大幅な増員を行い、機動隊から銃器対策部隊やレンジャー資格を有する隊員はまとめてSATの所属となった。

 新潟県警だけでもSATには30名もの隊員がいるのだ、秘密にしておくのは不可能だし、意味もない。


「もう銃弾も無いだろ。

 モンスター退治は我々に任せておけ」

「県警本部が腰を上げてくれたか」

「我々だけじゃないさ」


 パトカーの無線機からは市内各所の状況を伝える声が連呼されいる。


『長岡駅前に与板警察署の警官隊到着。

 警備を引き継ぎます』

『小千谷警察署警官隊、高畑町を通過。

 鉢伏公園に展開している所轄警官隊と合流する』

『見附警察署警官隊、花火の駅 長岡花火ワールド悠に現着。

 周辺住民の避難を誘導する』


 近隣の警察署からの援軍も続々と来ていた。

 さらには


『県警SAT 3班。

 百間堤を泳いでいた亀のモンスターを掃討!!

 こいつ、名前なんて言うんだ?』

『県警機動隊が中沢インター出口を降りた。

 悠久山公園への誘導のパトカーを出してくれ』


 そして極め付きの部隊も到着した?


『陸上自衛隊第29普通科連隊第二普通科大隊、長岡インターを降りた。

 現地部隊、詳細と指示を乞う、おくれ』


「さあ、もう一ふんばりだ」




 長岡市役所


 市長室から航空自衛隊の制服を着た男が出てきた。

 新潟県地方協力本部長岡出張所所長の升水二等空尉だ。

 今現在の立場は、市役所に立ち上がったモンスター災害対策本部付きのオブザーバーだ。

 しかし、つい先程、新潟県庁に対策本部が立ち上がり、知事の権限で鍋岡一族の息が掛かった長岡市長の権限が剥奪されたのだ。

 まあ、実際にはより上位機関に権限が委譲されて市長も指揮下に入っただけだが、どさくさ紛れて各捜査機関が市長をはじめとする鍋岡一族の不正の証拠を公的機関から漁り始めていた。


「この非常時に何をやってるやら」


 政争には巻き込まれたくないが、この災害。

 いや、人災は政争の影響で発生したことが知らされると、早目に諸悪の根源を絶って欲しかった。

 升水二尉は捜査担当者では無いので、連絡調整官としての仕事に戻ることにした?

 市役所のロビー移動すると、陸自の軽装甲機動車から降りてきた陸上自衛隊第29普通科連隊第二普通科大隊大隊長の小杉三等陸佐と敬礼と挨拶をかわす。


「早速だが市長にも挨拶をしときたいのだが」


 升水二尉は思わず『必要ありません』と口にしそうになって口ごもってしまう。


「まあ、形式的にでも挨拶は必要ですね。

 対策本部は県庁に移行してますから、指示や要望はあちらに聞いて下さい」

「いや、そういうわけに……」

「どうせ明日には辞任する人です。

 今頃は辞表でも書いてますよ」


 なんだかとんでも無いところに来たと、小杉三佐の心は折れそうになる。


「じ、じゃあ現場指揮官の警察署長殿は?」

「ヒドラとの交戦で重体、病院に搬送されました」

「自警団長は?」

「この人災の関与が疑われて拘束されてます」

「誰が現場指揮とってるんだよ、この街は!!

 なんだか帰りたくなってきたぞ。

 第1中隊は悠久山公園に突入させちゃったし、第二中隊は市中警備に散開させたし」


 第1普通科大隊は非番や各機関に出向した隊員が多く、非常時呼集した隊員が留守居を務めている現状で貧乏クジを引いた気分だった。





 悠久山公園


 モンスターの発生源と目される悠久山公園は、個人の私有地として一般人はほとんどいない。

 モンスターもヒドラやトロールの用なアグレッシブなものは少なく、開錠されても檻の中か、そのへんの敷地に転がっているものも多数いる。

 体内時計による時間感覚か、習慣からか、餌をの時間になると檻の中に戻る個体もいる始末だが、この日は餌を供給する飼育員が現れることはなかった。

 腹を空かせたロック鳥は飛び立ったが、そこにノコノコと現れた新潟県警機動隊と陸自29普連第1中隊の隊員は餌にしか見えなかった。

 野生の感覚も鈍ったのか、空腹に耐えかねたのか、隠れることもまっしぐらに餌に飛びかかっていくモンスター達。

 だがこの餌達は強力か銃火器をその手に携えていた。


「これより害獣駆除作業を実施する」


 中隊長の真殿一等陸尉はメガフォンで隊員達に指示を出している。

 中隊長用車両である「96式装輪装甲車(II型)や小隊長車である軽装甲機動車6両が隊員達の前に出てきて、

 12.7mm重機関銃M2や5.56mm機関銃MINIMIが掃射される。

 無数の銃弾がモンスターの群れを肉塊に変えていくが、中にはすり抜けて車両に接近するものや後方に回り込もうとする個体が出てくる。

 そういった個体にも20式5.56mm小銃を持った自衛官や機動隊隊員の猟銃によって仕留められていく。

 さすがに屋内に隠れ潜むモンスターには車両では対処出来ない。

 機動隊がガス筒発射器で催涙ガス弾を発射し、燻し込んで逃げ出したところを射撃した。


「問題は森の中に逃げ込んだ奴か。

 相手の土俵ではやりたくないから外緑部からチマチマと駆除する。

 なあに数はわかってるんだから時間の問題さ」


 真殿一尉の手には飼育用の餌リストから飼育されたモンスターの数の把握に成功していた。

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