第187話 逃亡者 前編
日本国
新潟県長岡市寺泊港
寺泊の港に1隻の護衛艦が鎮座していた。
その主砲はあろうことか、内陸の市街地に向けて照準を構えている。
「長岡駅にも届かないが、信濃川河口の浜浦橋までなら近づける。
モンスターが中之島見附インターを突破してきた時は、我々に艦砲射撃を実施せよとのことだ。
ハープーンも状況に寄っては可だそうだ」
呆れて命令を説明する艦長の堀川一等海佐に副長の広川二等海佐も呆れ返る。
「まさか西方大陸からの帰国早々に本国に向けて主砲を向けるとは思いませんでしたよ。
しかし、弾数は多く有りませんよ。
主砲は十発、ハープーンは最後の一発だけです」
「最後に盛大にばら蒔いてきたからなあ」
もがみ型護衛艦『ゆうべつ』は、西方大陸アガリアレプトからの帰国し、新たな母港になる舞鶴基地に向かう途上であった。
同地で『ゆうべつ』は第3護衛艦隊に編入されることになっている。
「家族を舞鶴に待たせてるので、早く片付けて欲しいですね。
まさか、救助や復興支援にまで駆り出されるということは?」
「ヘリの燃料も少ない。
さすがにそれは無理だ。
舞鶴から『さみだれ』がこっちに向かっている。
そこで交代だ」
『ゆうべつ』の乗員は数年振りの家族との再会を延期されて、士気が低下し、不満を溜め込んでいた。
任務における使命感だけで、士気を維持するには戦場帰りの隊員達には厳しかった。
一方で、むらさめ級護衛艦『さみだれ』にしても南方大陸『アウストラリス』にて、第5護衛艦隊に編入されるべく出港した直後に長岡市の事件が発生し、進路を変更させられた。
迷惑この上ない話だと、両艦の乗員は考えていた。
警戒を続けるブリッジにて通信士が声をあげる。
「艦長、陸自第29普通科連隊第2大隊が市街地の安全を確保したと宣言しました。
モンスターの発生源と思われる悠久山公園小動物園も園内の駆除は成功したそうです。
ただ、リストに有る三匹は以前として捜索中」
「もう一日はここにいる必要がありそうだな。
まだ見つかってない三匹って、なんだ?」
その時、複数の銃弾の音が木霊し、ブリッジの面々を驚かせる。
「なんだ今のはうちのciws か?」
「弾なんて残ってません!!
外の『なつぎり』では?」
河口には密輸組織を摘発するために関税局と国境保安庁に協力すべく、海上保安庁も直江津海上保安署から巡視艇『なつぎり』を派遣していた。
建造から40年以上たつが、いまだに退役を許されない巡視艇だ。
その巡視艇にも転移後は12.7mm多銃身機銃を設置する改装が行われていた。
だが双眼鏡で様子を伺う限り、『なつぎり』の銃口は火を噴いた徴候は無く、海上保安官達が陸上を指差す光景が見て取れる。
そちらに視線を移すと、自警団の法被半纏を着た集団が、車輪とそれに付けたシャフトに銃座を着けた多銃身砲でモンスターらしき物体を射撃している光景だった。
他の団員も刀や槍、猟銃を構えている姿は、揃いの半纏のせいで、古い任侠映画の光景にしか見えない。
「港から連絡がありました。
信濃川堤防沿いにモンスターを捕捉。
自警団がこれを攻撃、討伐せしめたり、以上」
「了解した。
じゃあ、あれが長岡市自警団自慢のガトリング砲か」
自警団は元々は地元消防団に青年団や猟友会が、合流した組織である。
さらに地元の特色を生かした武装を施しているが、長岡市においては二挺のガトリング砲だが、驚く程形が違う。
こちらは河井継之助記念館に展示してあったモデルを再現したタイプだ。
全体的にこちらが華奢で頼りなく見える。
「脅かしやがって、だがこれで残り二匹」
栖吉神社
栖吉神社で発生したコボルトと新潟県警本部藤崎警視正率いる警官隊の乱闘は、乱闘開始から半日が経ってもまだ続いていた。
警官達は12人もいたが、拳銃では全弾発砲しても一匹ずつ殺傷するのがやっとだった。
動き回るコボルトに初弾を外しまくり、近距離戦に持ち込まれている。
さらに銃弾一発では仕留めきれずに立て続けに二発、三発と撃ち続ける羽目になる。
幸いにしても猟銃が三丁あったので、3匹ずつ仕留めたところで弾が尽きた。
さらに数が増えて9匹のコボルトと警棒で殴り付ける羽目になる。
「藤崎警視正、上!!」
部下の叫びに視線を移すと、獅子の胴体にワシの頭と翼のあるグリフォンが乱戦の最中に急降下してくる。
警官もコボルトも四方に散って逃げ出すと、停車していたパトカー三台を崖から落としたり、嘴でハンドルや無線機をむしり取ったりと蹂躙して、飛び去っていった。
「あいつ、こっちの銃弾が尽きたの知っていたな?」
藤崎警視正は隣に一緒に逃げてきていたコボルトに同意を求め、目と目が合った瞬間殴り倒す。
肩を寄せ合うくらいに隣にいたので、内心はかなりビビっていた。
コボルトはすぐに立ち上がるが、様子がおかしいことに気が付く。
人間の数が増えているのだ。
藤崎警視正もスーツ姿で殴り合いに参加している男に話し掛けようとしてやめる。
「マルサと労基か」
最初にコボルトに蹴散らされた関東信越国税局と新潟労働局の御一行だ。
人数だけなら15人以上に及ぶ。
体制を立て直して、再び屋敷に突入しようとしていたのだ。
「全く、見上げた役人根性だ」
何よりの援軍の上に国税局員は拳銃を持っている。
害獣駆除はどうにかなる見通しとなった。
栖吉城跡城山
鍋岡邸
「ねぇ、パパ。
小動物園も神社の方ももうペットが尽きそうだよ?」
娘の葵が不満そうな顔で訴えて来るが、頭を撫でながら、鍋岡正三は笑みを浮かべる。
「時間は稼げたから十分さ。
時田、準備は出来てるな?」
「はい、ヘリコプターはいつでも離陸できます」
ヘリポートのヘリコプターは既にローターが回り始めて、正三と葵が乗るのを待っている。
「あのヘリコプターは宮城県の廃校のグラウンドに着陸することになっている。
お前とパイロットの退職金は校長室にあるから取りに行け」
「旦那様!?
旦那様は如何するのですか」
「お前達が飛び立ったら、こいつに乗って逃げる」
そう言うと、先程パトカーを破壊したグリフォンが葵のテイム能力に従い、二人の傍らに着地する。
「なるほど、人間二人くらいなら背中に乗せられ、低空を飛べるのでレーダーに掛かりにくい。
何よりの立地に関係なく着地出来るのは大きいですな」
既に正三と葵と似たような親子が、餓死しているのを隠蔽し、成り済ます準備と隠し財産の移動は終えている。
時田達がヘリコプターで逃げれば、追手はどこに着陸するか見極めとするだろう。
法の裁きと追徴課税の為にも鍋岡正三の身柄は必要だからだ。
時田自身は莫大な退職金があるので、数年ブタ箱に入れられても問題は無く、パイロットは臨時雇いなので知らぬ存ぜぬで大した罪には問われない。
「では時田、長年の奉公ご苦労だった」
「はい、最後に囮を演じきり、お暇をさせて頂きます」
時田を乗せたヘリコプターが飛び立ち、鍋岡正三もグリフォンの背中に特注の鞍を乗せて跨がるが、葵が微妙な顔をしていた。
「どうした葵?」
「最後に一匹だけ残しといたんだけど、繋がりが切れちゃった」
「ふ~ん、まあそういうこともあるか」
グリフォンは飛び立ち、東北に向かった時田のヘリコプターとは別方向、東海地方に進路を取らせた。
「そういえばパパ、市内のママはどうするの?」
「えっ?
ああ、事態が沈静化したら呼ぶ寄せよう」
正直、葵の母親の名前すら忘れていたが、葵の機嫌だけは損ねるわけにはいけないので、話題を変えることにした。
「そういえば最後の一匹はなんだったんだい?」
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