第184話 長岡市防衛戦 1
日本国
新潟県長岡市 悠久山公園
公園内を一人の警官が走っていた。
彼の名前は日村巡査、悠久町交番に勤務する制服警官だ。
『四郎丸PBの久井警部補だ!!
青少年文化センター前にてヒドラと交戦、増援を寄越せ』
『本部、応答せよ、長岡13と長岡2は、栖吉神社にてコボルトの群れと交戦。
負傷者多数、救急車と応援を要請。
クソッ、弾が尽きた、警棒、構え!!』
『本部より、長岡大学にて、モンスター事案発生。
付近のPC(パトカー) とPM(警察官)は急行せよ』
事態は刻一刻と悪くなっている。
小太りの体を恨めしく思いながら、悠久山公園の旧長岡市郷土資料館、現在は自警団本部となっている通称長岡城に到着した。
通称なのは本来の長岡城は、長岡駅近辺にあり、かつての北越戦争で長岡藩相手に甚大な損害を出した明治新政府軍との戦闘で焼失している。
2006年に全く関係のない悠久山公園に長岡城天守を模した郷土資料館が開館した。
転移後は長岡市自警団の本部ならびに武器庫として機能していた。
「お巡りさん、大学から学生達が!!」
見渡せば周囲には負傷した学生達が自警団団員の手当てを受けている。
「何があった」
「大学に緑の巨体の巨人が現れて、女子学生に襲いかかり、止めようとした学生を殺して、暴れまわってるんです」
比較的軽傷の学生に事態を調書していた所に、自警団員達が長岡市自警団の虎の子を持ってくる。
「お巡りさん、我々は楢吉の鍋岡の圧力で動けない。
だがこいつを警察に預けるのは禁止されていない。
こいつを持っていてくれ」
「俺達も手伝います。
大学内の案内は任せて下さい」
自警団員や学生達の声に勇気付けられ、声を張り上げる。
「よし、俺についてこい」
長岡大学
悠久山野球場から逃走した二匹のトロールは、南側の森から長岡大学テニスコート付近に潜んでいた。
食事前だったことから空腹であり、森の中で獲物を狩ろうとしたが、公園化した森林には食欲を満たせる獣はいなかった。
やがて森の奥を抜けると、テニスに興じる人間達の声が
聞こえてきた。
まずは金網越しに休憩していた男子学生の頭を、金網を素手で突き破って背後から握り潰す。
そのままもう一匹が金網を引きちぎってテニスコートに浸入し、頭の無い男子学生の体に食いついた。
「うわっ、なんだ!?」
「キャー!?」
多少は空腹を満たすと、腰を抜かして動けないテニスサークルの女子大生を捕獲して、金網に縛り付けておく。
彼等の怪力なら金網の線材も拘束する為の縄と変わらない。
テニスウェアが下着ごと引き裂かれて、若い肢体が露になる。
トロール達は興奮しているが、獲物はまだまだいると、視線を学生達に向けてくる。
性欲も溜まっているが、それは暗くなってからの楽しみ、今は餌を確保する狩りの時間だった。
テニスコートのネットを張る支柱を引き抜くと、棍棒のように振り回し、縛られた女子大生を救おうとした男子学生を一人、二人と殴り飛ばす。
同じ様に金網に逆立ちさせて吊し、首を爪で切り裂き血抜きを始める。
食用の男子学生五人、性欲用の女子大生三人を吊るすと、大学の弓道系サークルによる和弓の矢が体に突き刺さる。
元々、この大学に武闘系サークルは無かったが、異世界転移後に幾つも設立された経緯がある。
大陸に渡ればモンスターは普通にいるので、自衛力の強化のためだ。
筋肉が厚く、再生能力が高いトロールには、矢が刺さってもたいした痛痒を感じないが、鬱陶しいのは間違いない。
何よりも獲物が向こうから来てくれたのだがら、狩るしか頭に無かった。
金網に縛られた犠牲者を背にすると、弓矢を持った者達は射ることが出来なくなった。
「横だ、横に回り込め、距離を取るんだ」
サークルの上級生が指示を飛ばすが、彼等には狩人のように急所を狙ってくる知識も技量も欠けていた。
すぐに距離を詰められ、逃げ回るしかなくなる。
「どけ、危ないぞ!!」
怒鳴り声とともに無数の銃弾が一匹のトロールに蜂の巣の様な無数の穴を開けて屠り倒す。
「が、が、ガ、ガトリング?」
学生の視線の先には、車輪の付いた台座に乗せられた多銃身連発銃、ガトリング砲を構えた日村巡査がいた。
このガトリング砲は、旧長岡市郷土資料館に展示してあった複製を参考に、長岡市自警団の象徴として作られた実銃である。
賛否はあるが、郷土の英雄河井継之助を記念して作られたガトリング砲を現代の地金技術で再現、発展させた代物だ。
一分間に150発の銃弾を撃てるが、今の攻撃で弾が尽きてしまい、自警団本部から着いてきた学生が代わりの弾倉をセットするのに四苦八苦している。
ガトリング砲を後退させるか、日村巡査は悩むが、学生達を信じることにする。
トロールがどんどん近づいてくるが、横合いから弓道サークルの矢や野球部のボール、果ては投石まで投じられて前進を阻んでくれる。
「セット完了!!」
「よし、死ねい」
警官にあるまじき台詞を吐いて、ガトリング砲のハンドルを回しながら銃弾を発射する。
すぐに熱くなるガトリング砲の弱点も現代の地金技術で、造られた銃身は絶えている。
近距離まで迫っていたトロールは、この銃弾の雨をまともに受けて絶命する。
歓声を上げる学生達と違い、日村巡査は、金網に縛られた学生達に駆け寄る。
「早く救急車を!!」
トロールを退治しただけでは彼の仕事は終わらない。
死亡した学生の遺体の保存や学生達への避難指示等、多岐にわたる。
せっかくのガトリング砲だが、弾丸は使い果たした。
後は仲間達が無事に街を守ってくれるのを祈るしかなかった。
長岡警察署
この頃になると、自家発電で電力を復旧させた長岡警察署にも市内の混乱が伝わる様になっていた。
鍋岡の息が掛かった署長は顔面蒼白で対応を考えていた。
「やはり停電していたのは本署だけか、背後関係は洗わんといけませんな」
「そ、それよりも市内の混乱を納めないと。
動ける署員に完全武装を命令する」
寸前まで携帯電話や直接署に来た市民の通報を副署長や署員に広まらないよう指示していた署長は間違いなく関与を疑われる立場だった。
実際に署長は停電や警察の動きを遅滞させる指示を受けていたが、ここまで大事になるとは考えてなかった。
「青少年文化センター前の防衛線突破されました」
「ヒドラは死んだ頭部を自ら引きちぎり、再生させています」
「長岡駅前PB、千手PB、長岡駅東口ロータリーに最終防衛線を敷くとのことです」
長岡駅には避難民が殺到し、電車に乗せて避難させているが、車両の数が足りていない。
ましてや長岡駅が突破されれば市役所は目の前だ。
体面状逃げることが許されない市長からも鬼のような事態対応の催促が来ている。
「チッ、鍋岡の腰巾着が騒いでやがる。
署長、婦警以外の署員を総動員して長岡駅を死守する必要があります。
署長の陣頭指揮が必要です」
長岡警察署は大規模警察署だ。
署に残っている警官達も150名に及ぶ。
副署長は署長に責任を追及される前に義務を果たせと詰め寄っているのだ
「わ、わかった。
本官が指揮を取り、長岡駅を死守する」
保身の為にも体を張った功績が必要だった。
長岡駅前東口ロータリー
避難活動は自警団や消防隊に任せ、警官達はパトカーをバリケードに東口通りから這いずってくるヒドラに緊張していた。
署からの援軍が来るまで、15名の警官で長岡駅を守らないといけない。
駅の構内やガード下には近隣から避難してきた数万人の市民が、電車を使った避難の順番を待っていた。
ヒドラの這いずる音やよく蛇の鳴き声と勘違いされる『シャーッ』という威嚇音も複数聞こえる。
息を飲む、警官達の前にオリーブドラブの塗装をした車両がロータリーに入ってくる。
車両には陸上自衛隊と『29普一中』と書かれている。
高機動車から降りた江島一等陸曹長は、警官隊の指揮官に語り書ける。
「市長からの出動要請を受け、馳せ参じました。
陸上自衛隊の火力はいりませんか?
たったの五名ですが」
彼等は長岡地方合同庁舎内の新潟県地方協力本部長岡出張所に出向している第29普通科連隊の隊員達だった。
「高田の本隊も駐屯地を出ています。
もう少し頑張りましょう」
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