第183話 Day of the monster
日本国
新潟県長岡市栖吉町
鍋岡邸
鍋岡正三の邸宅は、栖吉城跡の城山に旅館を模した邸宅を構えている。
比高200メートルの小山だが、来訪するのはちょっとしたハイキング気分だ。
関東信越国税局と新潟労働局の御一行は、麓の栖吉神社からダンボールを担いで、30分近く登山する羽目になり、ヘトヘトの状態で、三郭にある使用人寮棟に到着した。
「旦那様はアポの無い方とは、決してお会いになりません」
三郭にある使用人の寮棟で、執事の瀬川率いる屈強な使用人、小作人達と押し問答となってしまった。
その間に鍋岡正三は娘の葵を連れて、城山の東郭に足を運ぶ。
「あんまり複雑なお願いは無理よ?
簡単なのにしてね、パパ」
東郭は動物園の猿山のような深さ4.5mの堀をめぐらした直径25mの円形放飼場が建設されている。
ここには大陸から密輸したコボルトが50匹ばかり飼育されていた。
「駅前までひたすら走れ、ならどうかな?」
「それってどれくらいの長さ?」
「直線なら五キロくらいかな。
まあ、到着出来なくても構わない」
「五匹ずつでいい?」
「ああ、問題ない」
飼育員用の出口に葵のテイムの力で集められた五匹のコボルトは、外に解放されてひたすら下城路を走り始めた。
そこには使用人と押し問答をして、足止めされていた国税局と労働局の局員達がいた。
彼等は最初、自分達が見ている者が信じられなかった。
日本本土山中に二足歩行の狗頭の亜人が集団で向かってくるのだ。
九州のハーピー襲来は海からだし、近年増加した孤独死した遺体からのグール発生は理解できるが、内陸寄りのこの地でモンスター発生は理解できない。
これが密輸品の取り締まりに来た国境保安庁の関税局員なら対応できたかもしれない。
しかし、両局員達はパニックになり逃げ出そうとして、数人が崖から落ちたり、障害と判断したコボルトに噛まれて、負傷した。
「もう五匹行ってみようか」
そんな正三の言葉に葵が頷き、さらに五匹のコボルトが解放される。
所詮は日本本国の日本人相手と拳銃や警棒をホルダーに締まっていた国税局の局員達は、取り出すのに四苦八苦していた。
自衛官や警官、或いは海上保安庁や国境保安庁の武官達と違い、武器の取り扱いや訓練は形だけになっていた局員達は狼狽し、有効な手が打てない。
それでも石を拾い、投石でコボルトを仕留めた局員もいたが、次の瞬間に戦意を失う。
先ほどと同数のコボルトが押し寄せてきたからだ。
次々と負傷した両局員達は転げるように逃げるしかなかった。
そんな局員達をコボルト達は無視して、長岡市街に向かって駆け出していった。
「旦那様、局員達は如何致しますか?」
使用人避難させた執事の瀬川が戻ってきた。
「放っておけ、今さらこちらに手出しは出来んだろ。
他はどうなった?」
「悠久山は飼育員や職員をシェルターに退避させました。
長岡警察署は電線を切断させました。
自家発電はあるはずですが、数十分は時間は稼げましょう。ですが無線や携帯電話で、通報や関係各所への連絡は取れるはずです」
「アレが市街に突入する時間を稼げればいい。
こちらの支度も急がせろ」
栖吉神社
城山がそんなパニックになってるとは知らず、麓の栖吉神社前では、トラブル対応に派遣されていた新潟県警本部の藤崎警視正がパトカー内で待機していた。
長岡警察署は鍋岡の息が掛かってるからと、署長と同じ階級の藤崎警視正が派遣されたのだ。
パトカー内には三人の制服警官が同行している。
「所轄のパトカーがこちらを伺ってますね。
警視正がいると、連絡がいったのか、誰何すらしてきませんが」
「せめて署長が来るまでの見張り役だろ。
新潟県警同士で何をやってるやら」
県警本部所属を示すナンバーが屋根に書かれた藤崎達のパトカーに対し、長岡警察署所属を示す、『長岡2』『長岡13』と表記されたパトカーがこちらの様子を伺っていた。
「うわああぁ!?」
叫び声をあげながら、トレイルランニングのランナーも真っ青なスピードで掛け降りてきた労働局の局員に県警本部と所轄の警官達は揃って肝を冷やす。
「なにがあった!!」
パトカーから降車した藤崎警視正が真っ先に駆け寄るが
「モンスターだ、モンスターが
襲ってきた」
さすがに局員の訴えを理解するのに時間が掛かったが、それより先に現実の方が押し寄せてきた。
「け、警視正!!
モ、モ、モ、モンスターです!!」
慌てながらも県警本部の制服警官達は、パトカーの車体を盾に拳銃を構えて山道に銃口を向けていく。
異常な状況に気が付いたのか、所轄の警官8名もパトカーを寄せてきて6名が拳銃を、二名が後部トランクから猟銃を取り出して加勢してくる。
「いいのか?
お前らの任務は我々の監視だろ」
「あれを町中にいれるわけにはいかんでしょう」
上層部はともかく、現場は警官の魂を忘れてなかったと藤崎は顔をニヤつかせる。
複数の足音が聞こえ、山道に視線を移すと15匹に増えたコボルトが押し寄せてくる光景が目に入る。
「増援を呼べ。
取り逃がす可能性がある」
「呼び掛けたんですが、あちらもパニクってるようで、無線が混乱して応対して貰えませんでした」
「モンスター、来ます!!」
部下の呼び掛けに藤崎警視正もベレッタ 92 自動拳銃を構える。
「警官がここで逃げちゃいけないよな。
よく引き付けろ、こっちの弾は多くない」
それにしても警察署と連絡が取れないとはどういうことか、疑問に思いながら、警官達は引き金を引いた。
栖吉町
栖吉神社の防衛線とは別に、森の中を走破したコボルト達は、畑の小作人や民家等には目もくれずに長岡駅方向に走り出した。
彼等の姿を目にした住民は、門扉を閉ざし駆け抜けていくのをただ見送っていた。
しかし、コボルトを餌に与えられていた生物が民家のブロック塀を突き破りながら食らいついてきた。
悠久山小動物園で飼われていた巨大な胴体に9つの首を持つ大蛇の姿、ヒドラだった。
悠久山公園全域が鍋岡に払い下げられ、悠久山野球場を檻に改造され飼われていたヒドラは、突然開き始めた三塁側ゲートからコボルトの臭いに惹かれながら住宅地に躍り出た。
ここ最近、主食としていたコボルトの姿を見つけると、県道9号線沿いに補食しながら追跡を開始した。
その補食対象は、人間も含まれていた。
運悪く、外を出歩いていた数人の民間人達は次々とその旺盛な食欲と複数の口の餌食になっていった。
県道9号線沿いにある悠久町交番の警官4名は、交番前の県道にパトカーを横付けにし、バリケードとして拳銃と猟銃でヒドラを迎え撃つ。
「班長、コボルトはどうします!!」
「後回しだ。
今はあいつをどうにかしないと」
マトはでかいので、直進してくれるので外しようがない。
横を通りすぎるコボルトを無視して、四人で数十発の弾丸を撃ち込み、蛇頭を3つ仕留めたのは快挙だっただろう。
しかし、残りの蛇頭がパトカーに体当たりをして県道を数メートル弾き飛ばし、警棒を持った警官達を尾で凪払い、一人を咥えてそのまま丸呑みする。
「畑村巡査が!!」
「火力が足りん、日村巡査、自警団からアレを借りてこい!!」
「こちら悠久町PB、化け物が県道9号線を進行中。
こちらの防衛線は突破された。
住民の避難を手配されたし……
畜生、誰か出やがれ!!」
なげやりになりかける警官だが、避難してきたと思われる若い男が何やら叫んでいる。
「お巡りさん、大学に緑の巨人が!!
トロールだ、何人か殺された」
警官達の銃に弾丸は残っていなかった。
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