第182話 家宅捜査

 日本国

 新潟県 長岡市


 長岡市は2006年に寺泊町を編入したことにより、日本海に面した海岸線と港町を手に入れた。

 寺泊港は本州と佐渡島と最短の距離にあり、古来より双方を結ぶ拠点となっていた。

 慢性的な赤字に悩まされているが、現在も定期航路を維持しており、漁港としても栄えている為に大陸からの輸送船は寄港しない港となっている。

 ゆえに海上保安庁も海上保安署を設置しておらず、国境保安庁の出入国監理局も支局を置いていない。

 唯一、与板警察署の寺泊交番があるくらいで、瀬取りの取り締まり等出来るはずも無かった。

 ましてや警察署長は市の有力者、鍋岡正三の一族だ。

 その鍋岡一族が保有する貨物船は、我が物顔で桟橋に係留され、積み荷を降ろしていた。

 そんな鍋岡一族といった金満家に屈しない所か、手ぐすねを引いて待っている一団がいた。


「動くなあ!!

 財務省関税局だ。

 動植物の密輸の疑いで、この船を捜査する」


 貨物船のタラップに新潟税関支署の制服を着た税関職員達が殺到している。

 彼等は転移後に司法警察職員の権限が与えられ、警察のお下がりのニューナンブM60回転式拳銃が、職員に支給されている。

 また、問題の密輸品がモンスターである危険生物であることを考慮し、猟銃を持っている職員もいる。

 大陸からの貨物品は、それが総督府支配地域であっても輸出入にカテゴリーされる。


「なんだ令状はあるのか!!」


 新潟地検からの令状を前に税関職員達が貨物船のコンテナや倉庫を改めていく。

 そして、悪臭漂うコンテナを開けて絶句する。


「おい、これはなんだ?」

「はあ、見ちゃったか、餌だよ」


 船員としては、今さら鍋岡を庇って罪を重くする義理はない。


「餌って、ゴブリンって奴だよな?

 初めてみるが、全部死体か?」


 冷凍保存されているが、コンテナの中身はゴブリンの死体だ。

 当然死体の輸出入にも厚生労働省の許可がいる。

 それは後で連絡するとして、税関職員達はある疑問が涌いてきた。


「何に食わす餌なんだ?」


 船員達も肩を竦めて


「知るもんか」


 と、笑っていた。

 元々、後ろ暗い連中を集めて船員に仕立て上げられた者達だ。

 今さら懲役など恐れていないし、船員として技能を持った彼等は更正師団送りになることもない。


「まあ、ボスにでも聞いてくれよ。

 そっちにも手配はまわってれんだろ?」


 確かに鍋岡正三の邸宅にも捜査の手がまわっていたが、関税局とは別の所属だ。

 一応、こちらにも人員は割かれているので、連絡の為に呼び出すことにした。

 彼等は先に押さえた港湾事務所で捜査を行っている。


「税務署の連中を呼んでこい。

 厚労省の役人もいる筈だ。

 思ったより厄介な件かもしれん」





 長岡市

 新潟県地方協力本部長岡出張所


 長岡市の自衛隊の拠点は、長岡地方合同庁舎内に存在する。

 所長の升水二等空尉は、出勤時に庁舎内で同居する税務署の人間がいつも以上に多いことがきになっていた。


「大きな捕り物があるのかな?

 駐車場もそれっぽい車でいっぱいだ」


 地方協力本部の仕事は、有事や災害、イベント等への地方自治体への広報、連絡、調整、提言、情報収集や入隊志願者の応対、退役隊員の再就職用の企業情報収集や予備隊員管理が主となっている。

 出張所の職員を含めた10名足らずのメンバーでは、やれることも少ない。

 一応は昨今の情勢も鑑み、高田駐屯地から派遣されている第29普通科連隊の隊員が高機動車や20式5.56mm小銃を持ち込んでいる。

 大陸との戦争後の再編成で、第12旅団は、師団に格上げになり、警備区は北陸地方全域並びに栃木県、群馬県、長野県となった。

 隊員も当然増員されているが、高田駐屯地は移民が実施されていない地域で拡張しずらく、1200名の隊員を抱えるには、手狭となっている。

 よって、地方協力本部へ隊員を交代で出向させることに協力的だ。

 常駐している海自、空時の隊員も拳銃を出張所金庫に陸自と揃えて保管している。


「まあ、有事なら我々にも声が掛かってますからね。

 心配は無いでしょう」


 陸自の江島一等陸曹の言う通りだと、オフィスの椅子に古紙を降ろす。

 ここ最近の出動要請等は、孤独死男性宅のグール化退治くらいだが、結局は警察で対処出来ていた。


「結婚やベビーブームといっても転移前から高齢者だった者には関係ないからな。

 孤独死されると、アンデッド化にされても困ると自警団により呼び掛け訪問が行われてるらしい」

「アンデッド化するにしても50日は放置されてからですからね。

 49日と関係あるんですかね?」


 雑談を交わしていると、廊下が騒がしくなり、駐車場から車が次々と発進していく。


「夕方には記者とか来るかも知れないな。

 おやつはなるべく机の上に出さないようにな」






 長岡市 楢吉町


 鍋岡正三はリビングで煙草を噴かしながら、騒がしい屋敷にもっと人が集まるのを待っていた。

 昼過ぎに市内で当主正三や一族が保有する会社や店舗、邸宅に一斉に関東信越国税局と新潟労働局の査察が入った。

 愛人宅にも捜査官達が押し寄せて来ている念の入りように潮時を感じていた。

 市内の役人や政治家には花薬を嗅がせていたが、税務署署員は国家公務員であり、全国区に異動もあるので効果が薄かった。

 労働基準監督署は地元の長岡労働基準監督署ではなく、上位機関の新潟労働局が令状を持ってきていることから、長岡で幅を利かせる鍋岡に対する県知事の意向が働いていることが伺えた。

 要するに国が単に鍋岡個人を取り締まろうとしていたのに、県が総力を挙げて鍋岡を潰しに乗っかってきたのだ。

 もともと脱税や違法な収入、労働基準法違反や密輸の結果、莫大な財産を築いていた。

 当然、国からの制裁がいずれあると予期し、追徴課税の予測や刑罰のシミュレートは弁護士や税理士に建てさせていた。

 結果として新しい戸籍や住居、隠し財産を用意し、いざという時に備えていた。

 一族の者も多数逮捕され、責任を追及されるだろうが、東京から身重で出戻った母や自分を蔑み、財産を築いた途端に尻尾を振ってきた親族等、地獄に落ちてしまえと思っていた。

 故郷でも無い長岡市にも未練はない。


「旦那様、そろそろ居留守も無理なようです。

 塀に梯子を掛けられています」

「そうか、連中が突入してきたら大人しく拘束されろ。

 退職金は振り込んである。

 どうせ国に一円も残してもらえないんだ。

 使用人には最後に大盤振る舞いしてやる」

「小動物園の方は如何いたします?」

「そうだな、ワシが逃げおおせるまで派手に暴れてもらう。

 お前達は役人に保護してもらえ、ここが一番安全だ」


 小動物園は拡張して百匹に及ぶモンスターを飼育している。

 ここに集まった国税局の局員は30名ほどだが、拳銃や警棒を携帯していた。

 同様に労働基準監督署の署員もいるが、こちらは武装していない。

 鍋岡がモンスターを集めていたのは趣味もあるが、もう1つ理由がある。

 ミス長岡を愛人にして孕ませ、産ませた娘が特殊な魔術が使えたからだ。

 せいぜいゴブリン、コボルト程度のモンスター数匹程度だが、それを操ることが出きるのだ。

 隣室に控えていた娘の葵を呼び出し、膝に乗せる。


「さあ、葵。

 パパは悪い人達に囲まれて殺されてしまうかもしれない。

 お前の力を使って助けておくれ」

「わかったわ、パパ。

 どうすればいいの?」


 小学生低学年相当の彼女は、学校に通わせておらず、善悪の区別が付いていない。

 おまけに贅沢に我が儘に育てたが、正三の命令は絶対であると躾てあった。

 母親には手切れ金と就職先を市内に用意してやった。

 国税局の査察官達が屋敷内に突入すると同時に、鍋岡はその檻が一斉に開放されるスイッチを押した。


「まずは屋敷を取り囲んでる悪い人達を懲らしめておくれ。

 それと町にいるママを助ける為にヒドラをコボルトに誘導させて安全にしよう」


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