第181話 農業貴族

 大陸北方海域

 海上保安庁

 巡視船『しゅんこう』


 第13管区に所属する海上保安庁巡視船『しゅんこう』は、一隻の密輸船を追跡していた。

 那古野の港から緊急出動した為にかなりの距離を稼がれていたが、25ノット以上の速力で目視できる距離まで近づいていた。


「向こうも速度を上げたぞ。

 気づかれたな」


 船長の林崎二等海上保安監は、転移後に就役した大型巡視船を任せられるだけあって、判断は早い。


「ヘリはいつでも出せるな?

 特警隊を出動させろ」


 今の各管区の巡視船には常時2名の特別警備隊員が乗船している。

 転移前は警備実施等強化巡視船(特警船)にのみ乗船し、兼務要員として、平時は他の乗員と同様に船舶運航・海難救助等に従事していたが、現在は専任要員として乗船している。

 この辺りは海保も試行錯誤の段階だが、人数だけは確保している。

 特別警備隊隊員達は、海上保安庁地上施設の警備要員も兼ねており、2800名もの隊員を抱えている。

 海保は他にも特殊警備隊 SSTを400名擁している。


「進行方向に味方の船は無いか?」


 日本本国への航路は、移民や資源輸送船団の航路でもあり、海上自衛隊や海保、或いは高麗民国国家警備隊海上部隊警備艦や北サハリン海軍の軍艦が航行していたりする。


「いました。

 海上自衛隊、護衛艦『いなづま』が、本船の北120キロ先を航行しています」


 レーダーの標示を見て、林崎船長は首をかしげる。


「単艦で航行か?

 何をしているんだ、こんなところで」

「おそらくですが、先週、西方大陸から帰還した護衛艦『によど』が、本国護衛艦に復帰したので、こちらにまわされてきたのでは?」


 大陸では第5護衛艦隊創立の準備が進められていたので、ありそうな話だと思えた。


「ああ、そんなニュースが流れてなあ?

 まあ、都合がいい。

『いなづま』に協力要請。

 密輸船の頭を抑えてくれ、と。

 密輸船が回避しようとしたら距離を詰めて、ヘリコプターで特警を送り込む。

 同時に停船命令を発信、応じない場合の砲撃用意」


『しゅんこう』の飛行甲板では、大型輸送ヘリコプター スーパーピューマ225が発進し、70口径40mm単装機関砲×1基が密輸船を射程距離内に捉えようとしていた。







 密輸船は停船命令にあっさりと応じて停船した。

 さすがに巡視船と護衛艦に挟まれては逃げ切れないとの判断だろう。

 巡視船『しゅんこう』は、密輸船に接舷させて、特警隊隊員を乗り込ませて、武装解除を確認させる。

 同じように護衛艦『いなづま』も密輸船を挟むように接舷し、立検隊を乗り込ませて、船内を制圧させていく。

『いなづま』が護衛していた移民船や資源輸送船も着いてきてしまったが、護衛艦と巡視船が揃っているこの海域ほど安全な場所は無いから仕方がない。


「武装警備員が三名いましたが、会社からの派遣であり、積み荷に関しては関与してないと武装解除に応じました。

 船員は密輸品だと知っていたので拘束。

 モンスターが入っていたコンテナが12個。

 いずれも麻酔で寝かされていたので大人しいものです」


『しゅんこう』船長の林崎二等海上保安監が協力してくれた『いなづま』艦長伊賀二等佐に状況を説明する。

 武装警備員はあくまで警備会社が派遣した社員に過ぎず、密輸船の乗員達と心中する気はなかった。

 二人は安全が確保された密輸船を視察し、コンテナの覗き窓から中を見て顔をしかめる。

 糞尿の臭いも酷いが、暗いコンテナの中のモンスターはいずれも幼体であった。


「シーサーペントじゃないか、幼体のようだがどうやって捕まえたんだ?」

「こっちもグリフォンの幼体ですね。

 まあ、成体なら生け捕りなんか無理か」


 成体なら生け捕り出来てもコンテナに詰め込めなかっただろう。

 幼体ゆえ、可哀想な気もするが、全頭殺処分である。

 部下から船内の日誌を受け取り、密輸船が仙台に向かっていた事が判明する。


「仙台なんて今は人口18万人程度でしたな?

 目立たずに入港するには最適ですな」


 仙台市も移民政策で人口を激減させ、第一次産業従事者と食品加工業者、港湾労働者、伝統技能保持者と宗教関係、治安関係を中心とする公務員等とその家族くらいしか残っていない。

 陸上自衛隊仙台駐屯地も第5教育連隊等の隊員を増員させた為に隣接していた苦竹3丁目、4丁目まで拡大させている。

 同様に第5飛行中隊等を駐屯させている霞目駐屯地も霞目二丁目の住宅街を接収して駐屯地を拡大させている。

 逆に言うとそれだけ仙台市はスカスカであり、モンスターを積載したトラックが通行しても気づかれてなかったのだ。


「名目は食肉の輸送か、国境保安庁の検疫はザルかな?」


 大陸から食糧輸送は、日本本国国民を食べさせる為に連日、膨大な量が運び込まれている。

 税関を傘下に納めた国境保安庁は、食の安全を最優先にそれ以外がおざなりになっているところがあった。

 技術流出規制法があるので、日本からの持ち出しの取締りは厳しいが、持ち込みに関しては些か緩い現状だ。


「どうりでここ数年、アガリアレプトから本国護衛艦隊に艦が戻されてるわけだな。

 その煽りで我々は那古野行きですが」


 護衛艦『いなづま』は、移民・資源輸送船団を護衛しながら

 この海域を航行していた。

 あまり船団から離れているのは好ましくなく、そろそろお暇させて欲しかった。


 伊賀二佐は国境保安庁の不手際をなじっているが、林崎二保監は、別の方法を考えていた。


「いえ、おそらくは瀬取りじゃないかと思います。

 港に着く頃には、このコンテナは消え去っていますよ」


 瀬取りとは、洋上において船から船へ船荷を積み替えることを言う。

 港に接岸できない大型船から船荷を運び出し、小船で陸揚げする手法だが、覚醒剤取引をはじめとする密輸の手段として利用されている。


「じゃあ、怪しいのは大陸からの貨物船が停泊しない漁港ですか、無数にありますな」






 日本国

 新潟県長岡市栖吉町城山


 かつては栖吉城と呼ばれた城山に幾つもの屋敷が建設されていた。

 その主郭部の屋敷から下界を見下ろす男、鍋岡正三は不快な報告を聞いていた。


「今回贈られてくるグリフォンやシーサーペントは楽しみにしてたんだがな」

「も、申し訳ありません。

 ですが密輸船から足が付くことは絶対にありません。

 ペーパーカンパニーを五つ通しており、名目上の取締役達は全員、名簿にない小作人達です」


 執事の瀬川は恐る恐るだが、政府の追求が届かない理由を述べてくる。

 鍋岡はこの長岡市の大地主であり、日本の異世界転移直後に空き地や休耕地を買い漁った。

 転移直後はまだ現金が価値を有しており、莫大な借金をしててでも多くの土地を手に入れた。

 また、転移の為に失業した者達を小作人として雇い入れ、食料不足に喘ぐ国内で、莫大な利益を挙げた。

 貨幣経済が崩壊していたことから、借金の証文等紙屑同然であり、大陸との戦争が終わる前に利子を着けて返してやった。

 所謂農業貴族と呼ばれる一人だが、米どころを抑えてるのは大きく、地元での権勢は揺るがなかった。

 地盤を固めるべく、一族の者を長岡市市長や自警団団長、新潟県県議や与板警察署署長、長岡警察署副署長に就任させ、地元新聞社、ローカルラジオ局の筆頭株主となっている。

 地元では権勢を振るい、合法非合法問わずに横暴さが目立ちつが、ネットやマスコミが力を無くした現在、公権力まで抑えれば怖いものはない。

 最近の趣味としては、悠久山公園を買い取り、大陸から密輸したモンスターを公園内の小動物園で飼育することだった。


「だんだんモンスターも大型化してたからな。

 幼体だったから安心してたが、さすがに足が付いたか」


 本当は大陸貿易会社社長からの密告なのだが、さすがにそこまでは思い至らない。

 仙台沿岸まで来た密輸船を小型貨物船で瀬取りして、寺泊港から陸揚げする気だったが、船が来ないのではどうにもならない。


「旦那様、小動物園の飼育員が檻の強化を進言してきておりますが」

「何番だ?」

「6番です」


 6番の檻には鍋岡自慢のモンスターが買われており、同好の好事家達に御披露目を来月に控えていた。


「御披露目まではもたせろ。

 その頃なら予算が出せる」


 飼育員は月末までには何とかしてくれと騒いでいたが、瀬川は主人の意向を優先した。

 いざとなれば地元暴力団と小作人から腕っぷしが強いのを集めた私兵集団も存在する。

 現体制の不満から何度も小作人争議が引き起こされていたが、その度にこの私兵集団が力で叩き潰していた。

 そんな長岡市自治体はおろか、新潟県自治体でも手が出せない有り様だったが、これに反旗を翻そうとする国家機関が存在した。

 すなわち、長岡税務署と長岡労働基準監督署だった。

 数々の不透明な所得とブラックな労働環境は、両署に介入の準備をしていた。

 普通は縦割り行政に阻まれ、異なる機関同士の協力は、治安機関以外はあまり無い事例だが、相手は地元の名士。

 両署は互いに手を繋ぎ、一気呵成に鍋岡を叩くことにしたのだ。


「警察は駄目だ。

 奴等に情報が漏れる」

「公安調査庁の新潟公安調査事務所が実働部隊とやらを派遣してくれるそうだ。

 どっから嗅ぎ付けて来たのやら」


 海上保安庁や国境保安庁が、モンスターの密輸容疑で、鍋岡に操作の目を向けていたのを知れば、きっと同志に加えていただろう。

 しかし、この時点では知りようが無いのは縦割り行政の弊害だろう。

 むしろ財務省と厚生労働省の地方機関が協調の体制をとれたのは、奇跡と言っても過言では無かった。


 両署から署員達が派遣された当日、長岡の町から救援要請が各機関に送られることになる。

 最初の第一報が、警察に届けられたのは、その日の夕方のことであり


『ヒドラが出た、長岡駅前だ!!』


 だった。

 警察のオペレーターが隠蔽の為に事態が加速し、誰もが予想しえない悪夢の惨状となっていった。

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