第180話 モンスターハント

 大陸南部

 天領アルバレア


 王国直轄領である天領だが、代官が一人赴任して切り盛りしている領邦が幾つかある。

 このアルバレアもそんな領邦の一つで、住民も少なく、鉱物資源も特に無い。

 一昔前はこんな地でも納める貴族がいたのだが、米軍による皇都大空襲で一族郎党が全滅した。

 治める後任がいないことから天領に組み込まれていたが、統治の役人が人手不足の王国の中央や西部に栄転してしまった。

 その煽りを受けて、代官が一人代官所に残されて、徴税から治安維持まで行っている。

 と、言っても代官一人で出来ることには限界があるので、モンスター退治等は地元の冒険者に委託していたが、この日は外部の冒険者達がアルバレアに来ていた。


「いたいた大物だ、抜かるなよ」


 この冒険者達は日本人のグループに露出過多なエルフと食い摘めドワーフが加わったものだが、些か素行の悪い。

 日本の植民都市でもつま弾き者だった彼等だが、強いだけで尊敬されるこの地では、水を得た魚のように活躍していた。

 今回の彼等の目的は、ミルメコレオ、別名アントライオンである。

 ミルメコレオは、ヨーロッパの伝承では、ライオンの上半身とアリの下半身を持ち、肉食も草食も不可というあり得ない生物だ。

 キリスト教的解釈では、二重人格例えや欲望に動かされて身を滅ぼす悪魔の象徴として、説教の題材にも用いられた。

 現在ではウスバカゲロウの幼虫、アリジゴクを指し、ウスバカゲロウの学術名にも使われている。

 では、彼等が求めているのはどちらのミルメコレオかと言うと、全長数メートルはある巨大アリジゴクの方だ。

 砂地にすり鉢のようなく窪みを作り巣として、落ちてきた生物を大顎で捕らえ、消化液を注入し、口器より吸汁する。

 その獲物には当然人間も含まれており、村人が数人ミイラのようになって発見されていた。


「釣り餌を垂らせ、アグネスは地中を固くしといてくれ」

「わかったわ」


 露出過多なエルフのアグネスの肢体を露骨に眺めながら、リーダーは付近で生け捕りにした鹿にワイヤーを巻き付け、ミルメコレオの巣穴に他のメンバーと投げ落とす。

 獲物に反応したミルメコレオの大顎がワイヤーに巻き付いた鹿を捕らえ、吸汁を始める。


「ワイヤーは……いい感じだ

 、巻き上げろ」


 ワイヤーはミルメコレオの大顎にも巻き付き、巣穴の外の4WD車に設置された電動ウインチのスイッチが入れられる。

 おおよそ1トンの物体を引き上げられる電動ウインチは、たかだか数百キロのミルコレオ等簡単に吊り上げる。

 地上に出てきたミルコレオは鉄製の檻まで引きずられて、閉じ込めらる。

 そのまま檻ごとクレーン付きのトラックの荷台に乗せられていく。


「これまでの冒険はなんだったのか考えちゃうわね」

「全くだ」


 エロフのマリーダと食い摘めドワーフのドネルは、複雑そうな顔をしている。


「楽でいいじゃねえか」


 そんな二人にリーダーの高倉は呆れた声を出す。

 リーダーはまだ若いが転移前に産まれた世代で、魔法は使えない。

 転移当時は小学生で、商社のエリート社員だった父親は失業し、食うのにも困った少年期を送っていた。

 自衛隊等の政府機関が失業者対策で、大規模な人員を雇用はしていたが、妙にエリート意識を持っていた父親は完全に出遅れてあぶれてしまった。

 両親ともに祖父の代から東京に住んでいたせいで田舎に知己もなく、食糧を増産する仕事にもツテは無く、新潟で募集していた農場の小作人として肩身の狭い生活を送ることになる。

 この次期は農業にしろ、漁業にしろ、第一次産業従事者が幅を利かせていた時代だったが、小作人として雇われただけの一家は、地主に頭が上がらずブラック企業並みの労働環境だった。

 そんな生活を送っていたが、東京都民として籍を残していたので、最初の移民対象として大陸に渡ることになった。

 ようやく自分の農場が持てて喜んでいた両親にかつてのエリート商社員だった面影は無い。

 高倉自身は少年期にこき使われた農業に嫌気がさして、家を飛び出し、冒険者になった。

 それなりに有能だったのだが、トラブルを起こすことも多く、似たような連中とパーティーを組んで辺境での活動を余儀なくされていた。


「でもいいの?

 代官の依頼は退治でしょ、捕獲じゃなくて」

「こういう化物を飼いたがってる好事家がいるんだよ。

 代官からの端金なんか目じゃねえし、ここからこいつがいなくなるなら文句無く、依頼料はくれるさ」


 幾つかの業者を介することになるが、手数料は相手持ちだ。


「今晩は派手に乱れようぜ」


 マリータの肢体を想像しながら今晩のプレイについて想いを駆け巡らせていた。





 大陸南部

 日本国 古渡市

 豪華客船『クリスタル・シンフォニー』

 石狩貿易本社


 石狩貿易CEOにして社長である乃村利伸は、取引先の後ろ暗い企業から持ち込まれた案件の書類をゴミ箱に投棄していた。


「くだらん」

「せめてシュレッダーに掛けて投棄してください。

 何がそんなに気に食わなかったんですか?」


 内容を知らない企画部部長の外山がゴミ箱から書類を拾い上げて目を通す。


「生け捕りにしたモンスターの本国輸送。

 報酬は悪くないようですが、動物園にでも展示するのですか?」

「依頼人は新潟の農業貴族だ。

 転移前から危険生物や希少生物の収集を趣味にしていたんだが、転移後に闇市でかなりの財産を作って県政財界の重鎮の座に収まったデブだ」


 これは相当毛嫌いしていると、外山は肩を竦める。

 農業成金とは職業差別にも聞こえるが、転移当時の食糧難を乗り切る為に政府は農作物や漁獲物を最大限買い取り、配給制を実施した。

 農家や漁師は自分達の食べる分は最低限確保し、政府への一律売却に応じた。

 ちなみに売却費用はツケである。

 経済自体が破綻してたから仕方がない。

 それでも最近では大陸で接収した土地を供与や売却した金で、支払いを完遂させたので問題になっていない。

 日本本国で餓死者が出てた状況では、彼等はそれなりに裕福となり豪農と呼ばれていた。

 同時に最低限の確保を最大に高めたり、隠し畑等で収穫した農作物を闇市で流し、莫大な収益を上げた者がいる。

 増大した失業者を小作人として雇い入れ、ブラック企業も真っ青な酷使で成り上がった連中だ。

 人は彼等のことを農業貴族と毛嫌いしたが、豊富な資金と大量の食糧生産は地方自治体の政界に触手を伸ばし、官憲の取り締まりをも遮っていた。


「個人的に気に入らないと?」

「それもあるが、大陸のモンスターを本国に持ち込むとはどういう了見だ、ということだ。

 いずれ訪れる未来にしても、日本人自身の手で時計の針を進めることはなかろう」


 意外と乃村は文化的な物には保守的な愛好ぶりをしている。

 その中には日本固有の生態系を崩すことに危機感を持っていたりする。


「既存の動物園も海外から動物を輸入していましたが?」

「奴は個人の邸宅の庭先をサファリパークにしている。

 長岡市の小動物園を拠点に裏手の旧市営スキー場やゴルフ場を買い取り、本人は長岡温泉の旅館を邸宅にして優雅にやっているよ」


 ふと乃村は悪いことを思い付いた顔をするので、外山は悪い予感がした。


「何かよからぬことを考えてません?」

「何を言う。

 犯罪が行われてそうなことを察知したら通報するのが、市民の義務だろ?

 ようするにチクッてやる」


 叩けば誇りが盛大にでる人間が言うから説得力がまるでない。

 乃村は電話を片手に通報しようとするが、その手が止まる。


「えっと、こういう場合はどこに通報すればいいのかな?」

「そこは素直に警察でいいんじゃないですかね」



 大陸東部

 セグルス男爵領


 日本の西陣市に近いこの地の夜半。

 青地のアサルトスーツに黒のボディアーマー、顔を隠すバラクラバ、バイザー付きのACHヘルメットに身を包んだ一団が、闇に潜んである施設を包囲していた。

 とある日本企業が、男爵領の借金の肩代わりに譲り渡した砦の一つだ。

 男達は物陰に身を潜めて、接近するが、大陸人の見張りの巡回に動きを止め、息を潜める。


「マル被発見。

 見張りの四人と思われます。

 何れも大陸人」


 隊員のヘルメットに装着されたウェアラブルカメラから送信された映像に警察庁特殊強襲連隊、SAR( Special Assault Regiment)連隊長高里三郎太警視長は、マイクロバスを改造した指揮車両で、総督府直通の無線で許可を取る。


「よろしいのですね?

 日本人がマル被にいても射殺しても構わないと」

『抵抗したならだ。

 いや、武器を持っていたなら射殺もやむ無し、許可する』

「了解、速やかに砦を制圧します」


 公安上がりの新総督は肝が座っててやりやすいと、高里警視長は、隊員達に突入命令を下す。

 砦内部には、日本本国に密輸される予定のモンスターや大陸特有の動植物が捕獲されている。

 通報があり、公安調査庁の内定の結果の出動だった。

 SARの隊員達は刀剣を腰に下げた大陸人達をインテグラルタイプサプレッサーを装備した短機関銃H&K MP5SD3で、次々と射殺し、砦に接近する。

 銃声を完全に消すのは無理だが、獣達の鳴き声で騒々しい砦内部では、気が付くことは出来ない。

 さらには砦の四方から投げ込まれたM84スタングレネードが、銃声等聞き取る余裕を中の人間に無くさせていた。

 突入とともにまだ立っていて、武器を携帯していた人間を日本人、他地球人、大陸人、亜人問わずに公平に射殺していく。

 砦内部にはモンスターを入れた檻やコンテナが混在しており、うっかり破壊しないように慎重に前進、射撃をして行く。


「警視庁だ。

 大人しく逮捕されたい者は、武器を捨てて、頭に手を当てて、地に伏せろ」


 隊員の一人が叫ぶが、砦の中にいた者は残らず耳がやられて、視界も定まっておらず、銃弾を身に受ける者が相次いだ。

 中には小銃や拳銃で反撃してくる者もいるが、装備、連度、火力、人数の差が圧倒的だ。

 SARの隊員は砦の内部に30名を突入させ、150名もの隊員が包囲している。

 内部での抵抗は無理で、外部に逃れることも不可能だ。

 隊員達も最初は反撃してくる者は会社から派遣された武装警備員かと思い、手心を加えようと考えていた。

 髪型や言動、武器の持ち方がどうみても企業に仕えるそれではなく、カタギでは無いと判断し、容赦しなかった。

 それでも一人の被疑者が砦に置かれた幾つもの檻の一つの扉を開き、頭から食われた。


「本部、一匹解放された。

 今から退治する」


 檻の奥から出てきた巨大なトカゲ モオ・クナは、口から食べたばかりの足を咥えて突進してきて、伏せていた被疑者達を踏み潰しながらSARの隊員達に突進してくる。

 ハワイの怪物伝承から命名された個体だが、巨大な牙を持ち、噛まれれば毒性のある体液を吐いたりする。

 隊員達は、後退しながら銃弾を浴びせるが、モオ・クナは素早い動きで壁や天井に張り付きながら突進という器用な真似をして距離を積めてくる。


「どうやって、捕まえたんだあれ?」

「グレネード!!」


 再びM84スタングレネードが投擲される。

 爬虫類は強い光を好まない種もいる。

 怯んだモオ・クナに銃弾が集中するが、鱗が堅く致命傷を与えられていない。

 対物ライフル KSVK(コヴロフ製の大口径狙撃銃)を構えた隊員が砦に入ってきて、モオ・クナの体に穴を開けて仕留めていく。


「本部へ、砦を制圧完了」

『本部了解。

 捜査官を送る、油断はするな』


 捜査官を率いる宇野警視は、死人の多い現場にため息を吐いた。


「もう少しなんとかならんかったのですか?」

「モンスターを解放されたら厄介だったからな。

 早期制圧、それ以外は些事だ。

 だいたい我々を動員した時点んで諦めろ」


 確かに砦内部のモンスターが一斉に暴れたら手が付けられない。

 だが

 総督府も最初は機動隊を派遣しようと考えていたが、新京警視庁の第1機動隊並びに第2機動隊は全員がSARの隊員だったことを思い出して諦めた。

 そのことを説明された佐々木総督は


「え?

 機動隊員より、特殊強襲部隊隊員の方が数が多いの?」


 と、困惑していたという。


 宇野警視も同感だし、彼等がそういう任務の部隊だとわかっていても、警察組織の人間として死体を量産する作業に関わるのに苦言を呈したかっただけだ。

 任務自体を否定する気はない。


「それにしても臭うな」


 以前に担当したリザードマンの虐殺事件も酷かったが、今回の砦内部もモンスター達の獣臭さに辟易する。


「高里連隊長、このモンスター達はどうするんです?」

「グリフォンや地竜、亜人は引き取り手がいるが、ほとんどは殺処分だな」

「供養塔くらいは立ててやりたいですな」

「上に申請だけはしておくよ」


 モンスターに同情しても射殺された人間には宇野警視は、完全に割りきりに切り替えていた。

 捜査官達が砦内部に残された書類から捕獲されたモンスターの数を報告しにきて、眉を潜めていた。


「連隊長、どうやら出荷されたのがいるようです」

「ああ、海の方にも網は張り巡らせてるよ」




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