第145話 受閲艦隊第三群

 大陸北部

 北サハリン共和国

 ヴェルフネウディンスク市


 北サハリン共和国は地球から来た独立国として認められた4つの国の一つである。

 ヴェルフネウディンスク市は日本に売却した南樺太や千島列島の住民、在日ロシア人、在日ウクライナ人、在日ベラルーシ人とその配偶者や海上にいたユーラシア大陸に住んでいた筈の海空軍関係者や漁師や船員を市民として、現在は26万人の人口を誇っている。


 現在のチカチローニ市長は、首都では無いが、北サハリン最大の都市の市長として大統領を凌ぐ権勢を保有している。

 そんな彼の悩みは、市民達から『顔が怖い』と嘆かれることだ。


『あれは絶対何十人も殺してる顔だ』

『笑顔を向けられた時は心臓が停まるかと思った』

『子供が拐われないように市長公邸の近くでは、住民が住み着こうとしない』


 などとチカチローニ市長に対する印象を書かれた報告書を読んでは、落ち込んでウォッカを呑む毎日だった。

 もちろんチカチローニ市長とて公人としての自覚はある。

 公務中のウオッカは愛用のスキットル一本分に留めている。


「市長、エゴサーチも結構ですが、サミットに向う艦隊がそろそろ出港します」


 補佐官兼護衛のアンドロポフに促されて窓際に立つと北サハリン海軍自慢の艦隊が軍港を離れていく。

 ヴェルフネウディンスク市防衛を主任務とする第36水上艦艇師団、スラヴァ級ミサイル巡洋艦『ヴァリャーク』、ソヴレメンヌイ級駆逐艦『ブールヌイ』、『ブィーストルイ』が水先案内人として先頭を航行している。

 さらに第44対潜艦旅団のウダロイ級駆逐艦『アドミラル・ヴィノグラードフ』、『アドミラル・パンテレーエフ』、『アドミラル・トリブツ』、『マルシャル・シャーポシニコフ』。

 第31保障船舶旅団のボリス・チリキン級補給艦『ボリス・ブトマ』、改アルタイ級給油艦『イェルニャ』、『イゾーラ』、『イリーム』が後続として続いていた。


「日本艦隊は何隻だした?」

「潜水艦を含めて11隻です。

 ちなみに高麗の受閲艦隊第2群も当初は13隻でしたが警備艦2隻を外して11隻にしたようです」


 北サハリン共和国は艦隊を派遣する際に揚陸艦で編成される第100揚陸艦旅団や潜水艦隊も送り込んでいた。

 しかし、肝心のホスト国のスコータイが自分達の港の収用力を超えると自重を促してきたのだ。

 各国並びに各独立都市も無理な事を薄々わかっていたので、自重することになったのだ。


「本国の連中にも忠告してたんだが、まさかあんなに派遣して来るとは思わなかった。

 飲み過ぎで酔払てるんじゃないか、あいつら?」


 アンドロポフ補佐官は机に置かれたスキットルに視線を移しながらスルーすることにした。


「第100揚陸艦旅団にはよい機会なので、那古野市のドックに入ってもらいます。

 これは観艦式後に行う予定でしたが、前倒しさせて頂きました。

 潜水艦隊は魔神共への艦対地攻撃に参加させますので、無駄にはならないですよ」

「大統領は我が海軍の規模を見せつけたかったのだろうが、無駄に油を浪費しただけだったな」


 北サハリン共和国の権力構造には2人のトップがいる。

 国家元首たるペドロコフ大統領と北サハリン最大人口を誇るヴェルフネウディンスク市市長のチカチローニだ。

 実質的にNo.2のチカチローニ市長は、大統領の椅子に魅力を感じていなかった。


「いっそのこと、北サハリンもオハ油田以外は日本に売り払って、大陸の開発に注力すべきなんだ」

「反対も多いんですよ、母なるロシアの大地は寸分たりとも奪われてはならぬ、ですから?

 クリル諸島と南サハリンを売り払っておいて、いまさらだ思いますがね」


 転移前のロシアでのサハリン州の扱いは悪くはなかった。

 日米との最前線ゆえに新しい住民の定住化に補助金や土地まで支給されるくらいだ。

 産業も石油、天然ガスが構造の半数を占め、水産業もロシア全体の1割を占める規模だ。

 日本にこれらの産物を売り払えばサハリン州だけで、自足自給も出来たと思う。

 日本から見れば魅力あふれる地だったろう。

 しかし、この世界に転移すると事情も変わる。

 ロシア太平洋艦隊のほとんどの艦艇も一緒に転移してきたが混乱をきたしており、艦隊の集結すら容易ではない。

 それだけにサハリン州政府とロシア軍は、自衛隊と在日米軍の侵攻を恐れた。

 当時のサハリンのロシア軍の装備は日米の基準から見ても旧式揃いだ。

 確かに艦隊の規模は大きいが、水上艦は一隻残らずソ連崩壊より前に建造された艦だ。

 地上部隊も掻き集めても3個旅団程度。

 空軍機も整備もままならない。

 逆に日本は1億を超える国民を食わせる為に血眼になっていた。

 日に日に彼らが主張する南サハリンと南クリル諸島を奪還すべしという声が大きくなっていた。

 オホーツク海の豊富な水産資源を狙い、日本の密漁船の活動が活発化したが、下手に取り締まれば血走ってる日本との武力衝突に発展しかねない。

 オハ油田も日本の需要を満たせるだけの埋蔵量は無いだろうが、垂涎の的だったろう。

 ロシア本国との連絡を断たれたサハリン州政府は、ノイローゼとアルコール中毒で機能不全に陥っていた。

 酔いの覚めない当時の州知事が、日本にクリル諸島と南サハリン売却を申し込んだときは、日本側が困惑してたくらいだ。


「今思えば杞憂だったよな。

 日本の野心をそらすのと、技術的な支援を引き出す為に我々は大幅な譲歩したつもりだった。

 しかし、日本の矛先は大陸に向かっていた」

「まあ、我々も緩慢たる死を迎えるより、新天地に活路を開く必要がありました。

 南サハリンとクリル諸島は投資の一環としては、大成功でしたよ」


 ヴェルフネウディンスク市近郊の大規模な農園は、北サハリン共和国に豊かな食卓を提供した。

 人手不足の為に開発がままならないが、豊富な地下資源も手に入れた。

 王国貴族からの賠償も莫大なものだ。

 北部貴族からは北サハリン共和国の役人の検地は杜撰で、遅々として進まないことに安堵している。

 外見も自分達に近いことからも他の地域よりも親交が深くなっている。

 それだけに大陸北部の問題にも介入を強める気だった。

 地球とは別の異世界から召喚された魔神達、彼等に制圧されたドワーフ侯国に艦隊からの艦対地攻撃が加えられるのだ。

 観艦式に参加する前の景気づけだった。


「提督には観艦式に参加するには品格と礼節を第一にせよと、訓示を与えた。

 地上部隊の派遣も問題無いな?」

「第18機関銃・砲兵旅団が侯国との国境にあたるモンランバン伯爵領に前線基地を完成させました。

 以後は順次討伐を開始していきます」

「程々にな。

 仮想敵はいつだって必要だからな。

 完全に倒してしまっては意味が無い」


 明日にはチカチローニ市長も専用機でスコータイに赴く。

 どの酒を執務室から持ち出すか、真剣に考える時間が

 必要だった。






 大陸北部

 旧ドワーフ侯国沖合


 海中から続々と北サハリン共和国海軍潜水艦隊が浮上する。

 旗艦であるデルタ型原子力潜水艦『ポドルィスク』の艦体中央部のミサイルハッチが開いていく。

 同様に僚艦のアクラ型原子力潜水艦『バルナウ-ル』、

『サマ-ラ』、『カシャロ-ト』、『マガダン』、『ブラ-ツク』がRK-55「グラナート」(SS-N-21)巡航ミサイルを発射すべく、魚雷発射管を開く。


「艦長、航空自衛隊の早期警戒管制機から通信。

 魔神達の潜伏先の座標です」


 航空自衛隊のE-767早期警戒管制機から通信だ。

 魔神の数は正確には把握できていない。

 だが陸上自衛隊の第16偵察中隊や第17偵察中隊、北サハリンの海軍スペツナズが調べ上げたものだ。


「18匹か、思ったより少ないな。

 まあ、あんまり欲張っても仕方がないな」


 艦長のニコライ大佐は残念そうな顔を浮かべながらマイクを握る。

 虎の子の艦対地ミサイルや巡航ミサイルを使用するのだ。

 もう少し効率よく成果が欲しかったのは本音だ。


「各艦、割り当ての設定は終わったな?

 攻撃を開始せよ」


 魚雷発射管から発射されたRK-55「グラナート」(SS-N-21)巡航ミサイル40発が、水中から飛び出してはるかな天空まで飛んでいく。

『ポドルィスク』からもSLBM16基からR-13潜水艦発射弾道ミサイルが発射された。


「さてどれほど効果があるのやら」


 この攻撃が外れれば現地の偵察部隊は後退する。

 追撃を掛けれればそのまま攻撃を仕掛けることになっている。

 潜水艦隊の後方にはヴェルフネウディンスク市を出港した艦隊が航行している。

 北サハリン海軍は受閲艦隊第3群としてスコータイに向かうことになる。





 大陸南部


 ガンダーラ市

 ガンダーラの港に次々と華西民国の艦艇が入港する。


「遂に来たか。

 しかし、上手くいくのか本当に?」


 その様をシヴァリク級フリゲート『サヒャディ』のブリッジから艦隊司令のカーン准将は怪訝な顔をする。

 艦長のパプ大佐も困った顔をしている。


「我が艦隊とブリタニカ、エウロパ艦隊とで受閲艦隊第7群ですか?

 ロクに共同訓練とかしたことは無いですから、

数合わせとはいえ、2列横隊が出来れば上等でしょう」


 どうせ臨時編成なのだから、そこまで難しいことは求められてない筈だった。


「頭数を揃える為とはいえ、あれを呼ぶのはどうかと思うな。

 前から思っていたが、スコータイの八方美人外交は鼻につくことがある」


 カーン准将の視線の先には港に停泊しているタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『シャイロー』の姿が映っていた。

 国際的な式典にはあまり顔を出さないアメリカ合衆国だが、先年の百済サミットを皮切りに表舞台に出てこようとする気配が感じられた。

 しかし、大陸民もアメリカが巻き起こした凄惨な攻撃を忘れていないので、余計な軋轢が生じる事は避けて欲しかった。


「そういえば提督。

 北サハリン軍と自衛隊による魔神討伐の戦果が報告が届きました。

 北サハリン艦隊の長距離攻撃によって、魔神11匹の討伐に成功。

 負傷した魔神を自衛隊、北サハリン軍、王国軍近衛騎士団第九大隊が各々仕留めるべく追撃を仕掛け、4匹を仕留めましたが少なからず犠牲が出ています。

 自衛隊が4名戦死、北サハリン軍は6名、近衛騎士団第九大隊からは12名の近衛騎士と近衛兵が戦死しました」


「人類の生存圏奪還に殉じた戦士達に哀悼の意を示す」


 自衛隊は第16偵察中隊のM1127 ストライカーRV、第16戦車大隊の74式戦車、北サハリン軍は偵察戦闘車BRDM-3やT-80戦車を投入した上でのこの犠牲者の数である。

 こちらの世界に召喚された魔神は200体を超えていると確認されているが、討伐されたのが44体に過ぎない。


「我々にもお鉢が回ってくるかもしれんな」


 カーン准将としては、独立都市に過ぎないガンダーラがこの事態に関わり合いにならないよう祈るだけだった。

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