第146話 行く者 来た者
大陸中央部
王都ソフィア
スコータイサミットにオブザーバーとして参加する為、アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスは、王都にある鉄道駅に馬車に乗って向かっていた。
それに騎竜に乗った近衛騎士団第6大隊が同行している。
「自衛隊が護衛を付けてくるという話だったが?」
国王の言葉に同乗している宰相のヴィクトールは思い出したように答える。
「小代二尉の疲労ぶりから見ると、自衛隊も人手不足のようですな。
来年には駐屯地に新しい兵団が来るようですが、その準備にも大忙しのようです」
小代二等陸尉は、自衛隊の王都ソフィアに存在する自衛隊駐屯地を管理する部隊の隊長だ。
第17即応機動連隊が王都を去ってからは、王都からの軍事的陳情は全て彼に送られている。
本人からすれば、たかが二等陸尉には荷が重いと嘆いてるらしい。
「問題は次々と起きてるが、解決の見通しが立たっていないからな。
地球人共も力を出し惜しみしているのが原因の一つだ。
本来の奴等の力ならどの件も簡単に片付いていた筈なのだ。
それなのに地球人共はこちらに文句ばかり言ってくる」
「やれ現地の治安が悪い。
環境改善にもう少し注力せよ。
検地の進捗状況が思わしく無い、統治機関は協力する気があるのか?
他には何かありましたか?」
数々の地球人からの文句や干渉を思い出し、モルデールはサミットに行きたくなく無くなってくる。
「アメリカ、北サハリン、高麗、華西の連中の文句の多さは何なんだろうな?
身分とか権威とかをまるで考慮に入れてくれない。
どいつもこいつも失礼な奴ばかりだ。
幸いにして最大勢力の日本が一番気を使ってくれるのは意外だがな」
「日本も我らと同じに君主を戴きにおく国ですからでしょうな。
まあ、だからといって甘い相手では無いのですが……
一見腰が低そうに見えて喰らいついてくるとこは大変しつこい。
譲らない所では実は一番頑固でもあります」
地球人勢力に対抗すべく王国軍の増強と近代化を急ぎたいところだが、皇国から引き継いだ莫大な賠償が枷となって進んでいない。
王国軍は王国直轄地である天領の警備隊と王都に駐屯する近衛騎士団約1万人が全戦力なのだ。
あとは各貴族の領邦軍に戦力の派遣を命じれる程度だ。
強大な直轄軍を有していた皇国時代と違うのは、モルデールもヴィクトール宰相も痛感させられている。
「兵の数だけで無く、武器の調達にも限界があるのでしょう。
地球人共の底が見えて来たのかもしれません。
ただ、地球人達は別の大陸に戦線を構えており、例のアメリカの本拠地もそちらだとか。
我等が連中に対抗するのはまだまだ無理ですね」
「他の大陸でも戦争とは貪欲な奴らだ。
他の連中もそちらに行ってくれないかな?」
西方大陸アガリアレプトへの派兵は先年に王国も行ったばかりだ。
これ以上の派兵には十年以上先にならなければ無理である。
「しかし、面白くない事はもう一つあるな。
あの女も参加とは……」
「ピロシュカ大公ですか、31年ぶりに目を覚ましてサミットへの参加を表明するとは思いませんでしたな」
ピロシュカ大公は大陸北部を領土とするエルフ大公領の当主である。
モルデールからすれば初代皇帝の孫に当たる彼女は遠い親戚にあたる。
エルフ特有の世俗に無関心になり、瞑想したまま眠りについて30年以上も目を覚まさなかった。
皇国が解体されて、王国が建国されても起きて来なかったのだが、エルフ大公領がエルフ大公国として建国宣言をすると寝床にしていた巨木の中から出てきたのだ。
「王国としては当然認められない話だが、地球側に押し切られるだろうな。
しかし、考えてみればあの連中、大公が寝ていたのに建国宣言なんて大事に及んだのか?」
「エルフ達の自由奔放さは我等の思惑とか、権威とかを軽々と超えてきますからな」
「自由すぎだろあいつら」
エルフ大公国だけで無く、ケンタウロス自治伯、狼人族のビスクレット子爵、リザードマンのセルン湖沼伯、ラミアの自治男爵までも招待されている。
「いきなり全部の独立は地球側も混乱を招くと訴えよう。
残念だがエルフ大公領は捨てて他を抑え込もう」
それも時間の問題で覆されるだろうが、王国の再建の為には賠償の支払い完遂と近代化の為の人材育成が必要だ。
どれも時間の掛かる問題であり、最悪でも王国は現在の人族の貴族領だけは維持しなければならない。
異種族の領地は王国の借金のカタにする事は覚悟していたことだった。
「せいぜい高く、小出しに地球側に売りつけてやらないとですな」
ヴィクトール宰相の言葉にモルデールも深く頷いていた。
駅に到着したことにより、馬車から降りて改札に向かう。
駅の通路には近衛騎士達が警備しており、一般人が駅に入ることを規制している。
「観艦式か、王国海軍も出したかったな」
「まずは海軍を創設するところから始めないといけませんが」
皇国海軍は地球側との戦争で、戦う機会さえ得られずに壊滅した。
皇国から王国に大陸の君主は代わったが、海軍を新たに創設出来る予算は捻出できずにいる。
「まあ、傀儡の王は傀儡の王らしく、宗主国様に手加減をお願いしに行くか」
二人が王室専用車両に乗り込むと、高麗国百済市の駅に向かう汽車は出発した。
大陸西部
グリンボール男爵領
男爵領の役人であるドーガは華西民国からの検地局の横暴に憤りを感じていた。
彼等が調べていた収穫量は明らかに水増しされ、調査の方法も大雑把だ。
おまけに文句ばかり多くて、対応に当たった者達もこちらに苦言を呈してくる。
「東部貴族から伝え聞く日本の対応とはえらい違いだな。
あちらは半分観光気分で来ているが、検地や測量は正確、農業指導や鉱脈の有無まで教えてくれるそうだ」
「それも華西の連中に言わせると地力の差だから仕方が無いとのことでしたが」
ドーガの報告を聞いたグリンボール男爵はため息を吐く。
勿論それだけが原因では無い。
大陸東部と南部は貴族が極端に少ないのだ。
大陸は貴族領や王家直轄の天領も合わせて1500の地域に区分されている。
しかし、貴族領の大半は中央部と西部に存在している。
これは皇国が建国される前の当時の人類の生存圏が西部に偏っていたことが原因である。
当時の大陸西部にはまだ統一された国家は存在せず、大小様々な豪族がひしめき合っていた。
そんな中に一つの国が突如として、西部を統一した。
それが当時、冒険者として名を馳せ、仲間の一人だった有力豪族の娘を娶り、娘婿として家督を継がされた皇国の初代皇帝だった。
西部を十年で統一した初代皇帝は大陸中央に皇都を建設し、新たに叙勲した貴族や親族に領地を与え、何代にも掛けて中央貴族を形成させた。
貴族の三男以降はやはり領民の三男以降を率いて、東部、南部、北部の開拓を行わせて実家はそれを支援することを義務とした。
何百年も経つとそういった分家と本家の立場が入れ代わったり、後継がいなくなり断絶する家も出てくる。
中央や西部では後継のいない領邦は皇家直轄の天領となっていった。
そして、日本が率いる地球側との戦争、敗戦である。
中央貴族はかなり数が皇都大空襲で一族ごと亡くなり、跡を継げた者もその本来の立場を考慮し、降爵となった。
また、戦争に積極的だった貴族家は軒並み西部、南部、北部の天領に移封となった。
日本が植民都市を短期間に複数建設できたのは、土地の接収する困難を省略出来たことが大きい。
同じように北部には北サハリンが植民都市を建設したが、本国が別に存在するためにヴェルフネウディンスク市の割譲に留まっている。
南部は複数の植民都市が造られたが、元々開拓が進んでなかった沿岸部ばかりなので問題は少ない。
内陸部に進出してきた高麗国は将来的に問題になるかもしれないが、今は許容の範囲内だ。
問題はやはり西部で貴族領がひしめき合っているこの地域で、華西民国が内陸部に進出してきたことだ。
「新香港だけでは飽き足らずに最初は緩衝地帯だった天領を接収し陽城市。
次は年貢の支払いを滞らせた貴族から領地を取り上げ窮石市。
その次は難癖を付けて王国に御家を取り潰させて接収して斟尋市。
だんだん手口が悪辣になって来ているな」
「形はどうあれ、ピラーセーニョ伯爵からの申し出は考慮すべきでは無いでしょうか?」
それは華西民国が立ち退きを要求しているピラーセーニョ伯爵からの書簡で、西部貴族が団結して華西民国に何らかの打撃を与え、同国の進出を遅滞させようというものだった。
「直接の戦闘は無理だ。
だが街道封鎖や罪人から有志を募り、ピラーセーニョ伯爵領の監獄に移送させることは問題なかろう」
「ははっ、取り急ぎ準備させます」
せいぜい協力できるのは災害を装ったサボタージュや一撃離脱に専念させたゲリラ戦くらいだ。
「まあ、たかが男爵領程度では手駒も少ないからな」
「しかし、罪人の引き取り等何に使うのでしょうか?」
「さあな?
世の中にはあんまり知らない方が良いこともある。
伯爵殿は大規模な収容施設を造ったから近隣の罪人を集めて監獄の維持費を削減しようと提案してきたからそれに乗った。
ただそれだけのことだ」
納得したドーガが出ていくと、グリンボール男爵は物思いに耽る。
日本国からの華西民国の移民は斟尋市で限界を向かうと聞いていた。
それなのに華西側が領邦の接収を急ぐ理由を知りたいと考えていた。
日本国海上自衛隊
練習艦『かしま』
スコータイ港に入港した海上自衛隊の観艦式参加の受閲艦隊第1群は、それぞれの艦が桟橋での渓流作業が行われている。
埠頭では秋月総督を迎える為のスコータイ市軍警察隊による音楽隊が歓迎の曲を奏でている。
スコータイ市は在日・訪日タイ人9万人、在日・訪日ラオス人3千人とそれぞれの配偶者となった日本人を加えて約10万人の人口を誇る都市である。
独立都市の中でも規模は大きな方ではなく、市の防衛を携わる軍警察も千名に満たない。
各国や独立都市の艦艇が港湾を埋め尽くしている光景は壮観だが、経済活動的に良いのか秋月総督は疑問に思っていた。
「流石に呂宋の警備艇隊は母港で待機しているそうです。
まあ、半日もかからない距離だからリハーサルや本番には問題無く参加できるそうです。
タカヤマ市長はすでにこちらに来ているそうですが」
呂宋沿岸警備隊は大型巡視船2隻を日本から購入して、14隻もの巡視船を保有し、独立都市としては最大規模の海上戦力を擁していた。
アルベルト市やドン・ペドロ市の海上哨戒も委託されており、観艦式にも受閲艦隊第5群として参加する。
独立都市では唯一の単独の参加だ。
それでも3都市に各1隻の巡視船は残している。
「タカヤマ市長は外交活動に積極的だからな。
今も元気に動きまわってるんだろ」
元女優で色気たっぷりのニーナ・タカヤマ市長は距離間が近くて、色々と誤解を招く傾向があるので秋月総督も苦手にしていた。
「最近アイドルデビューさせた娘さんのライブに付き添ってらしいですよ。
来年はあちらも市長選挙ですからね。
知名度と人気を兼ね揃えた身内がいるのは強いですよね」
ニーナ・タカヤマ市長は政治的手腕も評価が高く、独立都市では突出した軍事力を転移後に組織し、その為の経済力を捻出して見せた能力は侮れないものがある。
「本国の高官達が市長のおねだりに骨抜きにされてるのが大きいんですけどね」
「それは国家機密だから口を紡ぎ給え、秋山補佐官」
スコータイの高官と握手し、大使館の用意した車に乗り込み宿泊先のホテルに向かう。
車窓から別の桟橋に停泊している豪華客船に不快な顔をする。
「『クリスタル・シンフォニー』も来ているか」
「国王陛下や多数の貴族が宿泊先にしているそうです。
こちら側の客人や各首脳陣は概ね日系か、華系系列のホテルですね」
「その華西の連中だが、西部で無茶をしているそうだな。
今回の議題の一つだ。
どうして問題ばかり起こすかなあ」
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