第147話 スコータイサミット 1
大陸南部
スコータイ市 ミスクロニア城
旧ミスクロニア侯爵領を接収して建設されたスコータイ市は、侯爵の居城を改修して迎賓の施設にしていた。
各国、各市、各領から招かれた代表や随行が入城し、スコータイ軍警察600名が警備している。
「軍警察の6割を城の警備、第4中隊は港湾を固めろ。
完全装備で郊外の各援軍とも連絡を円滑に行なえ」
軍警察出身の市長カムトン・プサーンラーチャキットは来賓の安全を指示し、身支度を整えて会場となっているダンスホールに入室する。
「時間になりましたので、これよりスコータイサミットを開催を宣言させていただきます。
今回議長を務めます、当市の市長カムトン・プサーンラーチャキットと申します
今回の会議を通し、各国、各都市の発展に寄与できれば幸いです」
議長役と言ったが、最初の報告はプサーンラーチャキット市長が行う。
「スコータイ市は順調に人口を増加させており、人口が12万人を越えました。
現在は軍警察の拡充に務めております。
来年には軍警察隊を国家憲兵隊に再編し、警察組織との分離を検討しています。
つきましては日本国の自衛隊装備の売却を検討して頂きたい」
いきなり話を振られたが、回答を求められたわけではないので秋月総督は傍らの秋山補佐官に囁く。
「聞いてないぞ。
補佐官会議でそんな話出たか?」
「余剰装備が出ればの話でしたが、来年とは聞いてません。
あれは他の都市に対する牽制でしょう。
同じ提案はルソンからも出ています」
本国の自衛隊は規模の拡大に伴い、装備の拡充と更新が行われている。
現在は第10師団までが完了しており、これまでの装備は第11から15師団に引き渡されている。
「来年の第11師団の更新の余剰装備は第16師団と警察が受領することになっています。
他の都市にまわせる余裕なんてありませんよ」
背後にいた高橋二等陸将が抗議の声を囁いてくる。
陸上自衛隊第16師団は転移前に在日米軍が沖縄やキャンプ座間に持ち込んでいた装備を転用している。
転移前の米軍再編に伴い、米陸軍第1軍団司令部移転の為に密かに運び込まれていた装備だ。
転移後のアメリカ陸軍は海兵隊と違い支援部隊が大半で、まともな戦力はグリンベレーを中核とする大隊程度の戦力しか保有していなかった。
余剰の兵器を日本からの支援を得る為に売却するのに躊躇しなかった。
しかし、モンスターや残党軍との戦闘が多かった第16師団の装備の消耗は他の部隊と比較にならないほど早い。
大陸の陸上自衛隊を統括する高橋陸将としては見過ごせ無い問題だ。
プサーンラーチャキット市長の報告と今後の展開に関する演説が終わり、秋山総督が発言する。
「プサーンラーチャキット市長の装備売却要請だが、要請された装備は本国自衛隊の保有するものであり、総督府の一存では答えられない。
だが本国政府への働き掛けは協力させて頂く」
何年かかるかは知らないが、との言葉は飲み込んでおく。
タイ軍警察はやはりM16自動小銃やブローニングM2重機関銃、ハンヴィーは米軍から供与されている。
他は民間の車両の即製戦闘車両化で補っている。
海上船舶も同様だが、虎の子のフリゲート『プミポン・アドゥンヤデート』は、サミット後の観艦式で観閲旗艦として、海上自衛隊の練習艦『かしま』ともに各首脳陣を乗艦することが告げられた。
大陸西部
華西民国 斟尋市郊外
斟尋市から窮石市に延びる線路には山間部を通る区間が存在する。
それは両市を結ぶ幹線道路を脇に敷設されている。
「反対側の山から合図です」
「よし爆破しろ」
大砲用の火薬を爆弾用に加工し、山の斜面に設置した。
近隣の貴族の領邦軍から掻き集めた物だ。
華西民国のやり方に不満を持つ貴族達は喜んで協力してくれた。
爆破された山の斜面から土砂や木々が流れ込み、線路や道路を埋めていく。
巻き込まれた車両はいない。
通報を遅らせる為に連日調べて、爆破の時間を調整したのだ。
「山崩れだけならいきなり軍は出てこない。
土砂の撤去が終わる寸前にまた仕掛けるから、所定の隠れ家に身を隠せ」
「久しぶりの皇国軍残党の活動だ。
効果的に地球側を削らないとな」
窮石市に華西軍の第二自動車化歩兵連隊、斟尋市には第三自動車化歩兵連隊が駐屯している。
どちらかでも皇国軍残党の討伐に出てきたら一溜まりもない。
「そろそろあっち側でも火の手があがる頃だ」
大陸南部
スコータイ市 ミスクロニア城
サミットの演壇には二人目の出席者が登壇していた。
高麗国任那波道知事白泰英である。
「任那道は現在、百済、新羅、高句麗、伽耶、耽羅の5都市を建設し、任那道人口は141万人を超えました。
こう言ってはなんですが、任那道の力は本国のそれを上回ります」
任那道は住民たちの出身から棲み分けが行われた。
元々百済市は転移後に行き場を失った観光客や出稼ぎ韓国国民や北朝鮮国民が植民させる為の都市だった。
しかし、日本政府は食い扶持を減らす為に日本国内にいた在日韓国人を外国籍の家族ともに高麗国に押し付けて、新羅市、高句麗市を建設させた。
同様に在日北朝鮮人を伽耶市に植民させている。
他の地球人国家、独立都市同様に産めよ増やせよで余剰となった人口や一緒に転移してきた本国諸島から移民してきた人口の受け皿が耽羅市だ。
「国防警備隊は本国の首都警備旅団と任那道の第1軽歩兵師団がそれぞれ治安の維持に務めています。
また、航空戦力の充実化も達成しており、エウロべ市と共同開発したKM900装輪装甲車の再現と量産化も見通しが立ちました。
また、BMP-3歩兵戦闘車の北サハリン共和国からの輸入が決まり、さらなる高みを目指しております」
KM900装輪装甲車は、イタリアのフィアット 6614装甲兵員輸送車をKM900の名でライセンス生産したものだ。
BMP-3歩兵戦闘車は陸上自衛隊第17師団でも採用された兵器だ。
旧ロシアの第230保管基地で発掘されたものを日本、北サハリンの協力で再現、生産に成功したものだ。
ここまでは問題は無い。
「高麗国は現在李朝なる都市を建設していると確認していますが、これは植民都市建設規約に違反している疑惑があります。
この件についての説明をお願いします」
議長役のプサーンラーチャキット市長が問い質す。
白泰英知事は予めこの件を聞かれることが知らされていたので慌てずに説明する。
植民都市は最初は人口50万人を達成する見込みで、第2都市の建設が承認される。
第2都市からは人口25万人が上限だ。
無思慮な領土獲得を起こさせない為である。
その意味では高麗国が行っている李朝の開発は規約違反の疑いがあった。
今まで日本や他の独立都市かツッコまなかったのは、なんとなく忙しくて面倒臭かったのと、誰かが先にツッコんでくれるだろうと考えていたからだ。
「確かに予定されていた植民者や新たに産まれた人口を足しても耽羅の上限を半分も満たせていません。
しかし、3年前の百済サミット襲撃事件や昨年のハーピィ大発生で、本国諸島の住民がこちらへの移民を本国政府に訴えるようになってきました。
次の大統領選の結果次第ですが、民意に押し切られる可能性が高くなったのです」
高麗国の本国諸島とは日本とともに転移してきた巨斉島、南海島、珍島の3島とそれに連なる島々のことである。
「すでに任那道と本国諸島は人口も軍事力も比較にならない。
故に住民達は日々孤立し、襲撃の発生する島の状況に不安を覚えている。
任那道としては将来を見据えた用地の獲得と建設だったが、関係各所に説明が不足していたことは認めざるを得ない。
深く陳謝する」
本国諸島の人口は35万人を超える。
それがいっきに雪崩込んでくれば確かに規約は満たされる。
しかし、高麗本国政府が南海島や珍島はともかく、巨斉島の人口流出を容認するとは思えなかった。
なぜなら巨斉島にはこの世界では最大の造船所である玉浦造船所があるからだ。
玉浦造船所は日本以外で軍艦や大型船を建造できる2つしかない造船所の一つだ。
「確かに規約には違反していたことも事実なので、ここは深く陳謝する。
だが近い将来には必ず必要になるので承認をお願いしたい」
各国、各同盟都市は特に異論も無いので事後承認を認めた。
実際に使用される事が間違いないからだ。
華西民国主席林修光は
「次は我々が槍玉に上げられる番かな?」
と呟き、日本の秋月総督は
「うちもあっちこちに部隊を駐屯させたり、日本人街を造らせてるからな」
と問題としてない。
南部の独立都市群からすれば、南部で頭一つ抜き出てる高麗国に釘を刺して置きたかっただけだ。
そもそも王国から領邦を掠り獲ることは合意しているのだ。
この件で文句があるのはオブザーバーとして参加しているアウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスだけなのだが、議長から発言を求められない限り、何も言うことは出来なかった。
「王国の権威が地に落ちますな」
「皇国の権威がだ。
傀儡国の我々にそんなものは最初からないさ」
ヴィクトール宰相の毒づきにもモルデールは冷淡に答えるしかなかった。
大陸西部
華西民国 斟尋市郊外
土砂崩れの一報を受けて華西民国武装警察のパトカーや瓦礫撤去の重機車両が斟尋市、窮石市間の線路沿いに集まっていた。
「ああ、これは酷いな」
「署長さん撤去作業始めていいかね?」
「巻き込まれた人間や車両は無いから、いっきにやっちゃってくれ。
鉄道局にも早く来てもらって復旧作業をさせないとな」
斟尋市武装警察署署長は、一応作業員がモンスターに襲われないように署員たちを散開させて警戒にあたらせた。
それを見ていた存在がいるのを知らずにだ。
「あいつら分散したぞ?
華西軍じゃないな、武装警察か」
武装警察といっても一人一人が再現に成功し、量産化された03式自動歩槍を装備している。
侮って勝てる相手ではない。
テクニカル化した即製戦闘車両の姿も見受けられる。
大陸西部
華西民国 窮石市郊外
陽城市に続く鉄道線路には谷間に架かる鉄橋を通る区間がある。
当然このような重要な場所には華西民国国防軍の詰所が置かれていて、陽城市と窮石市の各々の自動車化歩兵連隊が小隊を巡回させている。
華西民国兵士も自衛隊に劣らず経験を積んでいるが、自分達の領土内ということもあり油断していた。
侵入者達は人間の眼では見えない術を行使し、鉄橋の側を巡回している歩哨目掛けて剣を振るおうとする。
しかし、人の目には見えなくても機械の眼は誤魔化せない。
岩棚に設置された赤外線センサーに侵入者の足を捉えて、警報を鳴り響かせる。
さすがに歩哨はそのまま勢いに任せて首を掻き切られた。
それでも歩哨は声を張り上げて仲間達に敵襲を叫ぶが、音が全く伝わらない。
術で消音化された英国製ウェブリー Mk IV 回転式拳銃を模した拳銃弾を三発受けて絶命する。
しかし、警報を聞きつけた二人の兵士が03式自動歩槍を水平に凪ぐように射撃すると今まで姿が見えなかったエルフが二人、銃弾を身に受けて地面に倒れ伏す。
そうなると風に精霊に遮られていた音が出るようになっていた。
「敵襲!!」
たちまち華西民国の兵士達が詰所や巡回場所から殺到し、誰もいない空間に03式自動歩槍を乱射する。
姿を隠す相手との戦いは経験済みの華西民国の兵士達は弾幕を張りつつ、携帯型のサーモグラフィーを持つ兵士の指示で目標を絞り込んでいく。
侵入者達は、普通の矢なら反らせる風の精霊の力を張り巡らせていたが、アサルトライフルの銃弾の威力は殺せない。
姿隠しの闇の精霊も弾幕を張られては意味がない。
「また皇帝派エルフか!!」
倒れた死体の長い耳を確認した小隊長は敵の正体を看破する。
皇国の初代皇帝が禁忌とした教えを守る原理主義者のエルフ達、それが皇帝派エルフだ。
エルフ大公領からは追放処分を受けた身である彼等は銃火器の補充もままならなくなっていた。
しかし、周辺貴族から仕入れた前装式ライフルをどうにか手に入れて銃撃戦に参加する。
それでも大多数のエルフ達は弓矢を使用して対抗してきた。
もちろん多少の距離を詰められたが倒れていくのはエルフ達ばかりだ。
「土の精霊よ!!」
たちまちエルフ達の前に土塁が築かれ、銃弾の雨からその身を護る。
「手榴弾!!」
投擲されたRGD-5対人破片手榴弾が土塁ごとエルフ達が粉砕していく。
さらにテクニカル化されたトヨタ ハイラックス 4WDが詰所の裏から出てきて、デッキスペースに設置された
12.7mm Kord重機関銃で、土塁ごとエルフ達を撃ち抜いていく。
「皇帝陛下万歳!!」
形勢は決まったかと思われたが、一人のエルフが火薬を詰めた革袋を抱えて突撃してくる。
たちまち銃弾により蜂の巣にされるが、革袋の火薬に点火して爆発し、皇帝派エルフも華西民国の兵士達も爆風で互いに攻撃できなくなる。
さらに後方にいたエルフの一人が弓矢にダイナマイトを付けて投射する。
狙いは鉄橋の線路だ。
線路だけならすぐに交換すれば修復出来る。
それだけなら国防軍の鉄道連隊だけで可能だ。
しかし、鉄橋が破壊されれば大々的な修復工事が必要になる。
最初の爆弾矢が鉄橋の線路で爆発し、鉄橋が激しく揺れる。
この頃には陽城市側の兵士達もトロッコで窮石市側の詰所に駆け付けて参戦している。
皇帝派エルフ達はその殆どが射殺されるが、爆弾矢のニ投目が鉄橋の鉄骨の一部を吹き飛ばした。
エルフ達は殲滅されたが陽城市と窮石市の交通が一部遮断される事態に陥る。
「司令部に増援を要請しろ。
手隙の人員は瓦礫だけでも撤去を急げ。
……よりによってうちの小隊が当番の時に!!
忌々しい奴等だ」
掛かる失態に小隊長はスコータイにいる上層部からの叱責に頭を悩ますことになる。
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