第148話 スコータイサミット2

 大陸南部

 スコータイ市 ミスクロニア城


 華西民国本国で起きた一連の事件は当然の如く主席である林修光の耳に入っていた。

 報告してきたのは華西民国国防軍総参謀長常峰輝中将で、その言葉に頭を抱えて眉を顰める。


「偶然では無いだろうな。

 こんな事態が同時に起こるものか。

 各方面の防備を固めさせ、復旧を急がせろ」

「はい、各現場には窮石市、斟尋市、陽城市から自動車化歩兵中隊を派遣させています。

 おそらく土砂崩れもなんらかの破壊工作だと思われます。

 念の為に新香港の周志澈准将に厳戒態勢を取るよう指示しました」


 華西民国は国防軍建軍に伴い、武装警察と分離を実施した。

 主力として陸軍では第1自動車化歩兵師団を創設された。

 まだ司令部基幹部隊と3個自動車化歩兵連隊しかない為に周志澈准将が師団長代理として師団の充足に奔走している。

 将来的には陸軍師団や海軍艦隊、空軍部隊を統合指揮する為に武警少将だった常峰輝が国防軍中将に移籍昇進となった。

 地球系独立国、独立都市は軍を含む治安部隊の階級を保有する軍備の規模に合わせたものにすると合意している。

 つまり中将級以上の階級を持つものは日本、米国、北サハリン、高麗国、華西民国にしか存在しないことになる。


「他国や独立都市の方々にはお伝えするのですか?」

「まだだ。

 可能な限り我が国だけで対処したまえ」

「わかりました。

 しかし、そうなるとこちらに艦隊や自動車化歩兵中隊を連れてきたのは痛かったですね。

 情報封鎖は新香港の自衛隊駐屯地ぐらいがネックになります」

「連中も規模的には何も出来ないだろう」


 新香港にも当然のことながら地球系同盟軍の駐屯地が置かれているが、日本以外の各国、各都市は人員不足の為に管理を自衛隊に委託していた。

 最も自衛隊も管理小隊を置くのが手一杯となっている。


「まあ、バレてもデメリットは無いが面子に関わるからな」


 華西民国も先程の答弁で、建設中の植民都市は時期尚早では無いかと追求されたが、日本に残留する同胞の受け皿として必要と切り抜けたばかりだ。


「我が国が沖縄沖にて採掘している海底油田がある限り、日本が強く言ってくることはない。

 しかし、この面倒な時期に反抗勢力共が……」


 サミットが終われば大々的な掃討を行うことを林主席は脳裏に浮かべていた。





 アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスは、オブザーバーとしてサミット会議場の一角に家臣達の代表団と陣取っていたが、高麗国と華西民国の主張とそれを咎めることをしない地球人達に不愉快な気分になっていた。


「あいつら王国の領土を切り取るのにこちらに意見も求めないのだな」

「こちらが賠償の年貢の緩和を求めることを既にわかっているのです。

 ハーベルト公爵家夫人ローザマイン殿から情報が届いています」


 ヴィクトール宰相が挙げた名は、ハーベルト公爵家は南部の有力貴族で、公爵夫人のローザマインはエウローペ元市長のアントニオ・ヴェッサローニと不倫の関係に有った。

 先年のベッサローニ元市長は、痴情のもつれによる紛争の責任を追求されて市長を解任される。

 しかし、財界の要人でもあったベッサローニの影響力はいまだに強く、ペドロ・ガルシア新市長の政権下でも情報収集力は衰えていない。

 そして、アントニオ・ベッサローニ氏は大変に口が軽かった。

 特に隠し子まで作ってしまったローザマインには、何を口走っているか、本人にも自覚がないようだ。

 今は北サハリン共和国ヴェルフネウディンスク市のチカチローニ市長が、北部で問題となっている魔神達に対する攻撃の戦果を語っていた。

 魔神達には王国も領民の保護や討伐の共同作戦を行っているので、その報告を邪魔してまで抗議の声もあげられない。


「足元を見られてるとは、これが王国の立ち位置か、嘆かわしい」


 自嘲的に呟くモルデール王の言葉に、ヴィクトール宰相や近衛騎士団長デウラ将軍も胃が痛くなる。





 チカチローニ市長が壇上から北サハリン共和国の代表団の席に戻ると、同行している軍高官に耳打ちされた。


「未確認艦だと、なんだそれは?」

「明らかに地球系の軍艦なんですが国籍不明です。

 接近させて確認させたいのですが、探知したのが待機させておいた潜水艦隊からでして……」


 北サハリン海軍潜水艦隊は観艦式に参加できないのだが、受閲艦隊第3群に途中まで同行していた。

 現在は地球系同盟軍が探知できないスコータイ沖の海中で待機させておいたのだ。


「日本あたりは気付いてるかもしれんが、潜水艦隊を連れてきてるのは秘密にしている。

 相手が地球の艦なら向こうからも探知されるかも知れない。

 潜水艦隊に距離を取らせろ。

 用があれば向こうから接触してくるだろう」


 この時期にスコータイ沖に来るなら、目的地はスコータイ市をおいて他ならない。

 いざとなればスコータイ市郊外の駐屯地に北サハリン陸軍中隊も連れてきてる。


「やれやれ何が出てくるか楽しみだな」




 大陸南部

 スコータイ市

 ミスクロニア城


 サミットの報告を終えたニーナ・タカヤマ呂宋市市長は、自分の番が恙無く終わったことにホッとしていた。

 呂宋市の現状は順調だ。

 当初は男女比率が女性に偏りが懸念ではあるが、経済が健全化したことにより人口も25万人を越えた。

 日本航路で活動する船員や日本で農業、漁業を指導教育を受けていた者が多数いたことが幸いした。

 その勢いは大陸南部の独立都市の中では一つ頭を抜けている。

 防衛を携わる軍警察も連隊規模で、沿岸警備隊も13隻の巡視船を擁している。

 連絡輸送機LC-90を中心に航空隊も組織された。

 ロクな海上、航空戦力を持たないアルベルト市、ドン・ペドロ市の哨戒を受け持ち、その見返りも莫大なものだ。


「三都市同盟がすでに設立しているのは、さすがにもう気が付かれてるわよね」


 チラリと日本側代表団を観るが、秋月総督達にはスルーされてしまった。


「日本には自衛隊装備の売却をお茶を濁されましたね」


 タカヤマ市長の横にいるのは、呂宋沿岸警備艇団司令のホセ・ジャンジャリーニ大佐だ。

 日本から調達した新鋭巡視船『メルチョラ・アキノ』を旗艦に受閲艦隊第5群を率いている立場だ。


「来年には日本本国の自衛隊旧式装備が余剰となるから、玉突きで第16か、17師団の装備を譲り受けようと思ってたのに。

 まさか大陸の自衛隊にまわさないとは誤算だったわ」


 その件に関しては大陸総督府も陸上自衛隊大陸方面隊幹部も憤っているようだった。

 日本本国は陸上自衛隊の旧式装備を本国の海上自衛隊、航空自衛隊、警察、海上保安庁、公安調査庁に分配されたのだ。

 来年の余剰装備も国境保安局から国境保安庁に昇格する国境保安隊やその他公的武装機関に供与されることが決まったのだ。

 大陸の陸上自衛隊の装備は、旧在日米軍の余剰装備と旧ロシア軍の保管基地に放置されていた予備保管装備を使用している。

 旧在日米軍の余剰装備は転移前から使われてた物だが、旧ロシア軍の予備保管装備等はソ連時代の骨董品だ。

 装備品の老朽化も申告で、共喰い整備や部品の現地改修でしのいでいるのが現状だ。

 そんな装備品でも南部独立都市からみれば、喉から手が出る程欲しい存在だ。


「再来年に期待ですかな?」

「それも怪しそうね」


 現在演説しているのは、サイゴンの市長ロイ・スアン・ソンだ。

 タカヤマ市長から見れば、スコータイ市とサイゴン市はライバルと見ていた。

 サイゴンも安定した都市経営を行っており、食料生産から工業に関してもバランス良く運営されており、問題は少なかった。

 人口も17万人を突破し、軍警察も800人規模で、海上警察も日本の水産庁から供与された旧漁業監視取締船『ショウカク』、『ショウエイ』、『フクマル』、『ハヤト』の4隻を巡視船に改修させた。

 この4隻は観艦式に参加させるべく、スコータイ市に寄港している。


「ここ最近、ミュルミドンと命名された蟻の亜人との小競り合いが頻発しています。

 開発していた鉱山が彼等の巣穴と繋がってしまったようで、大きな被害は出てませんが言語による対話も出来ずに鉱山の開発は難航。

 衝突の範囲は拡大する一方です」


 ミュルミドンは直立した蟻の姿をしており、口からは強力な蟻酸を吐き出す。

 鋭利な大顎を岩をも砕き、硬い外殻は人間が剣で斬りつけた程度では、簡単に弾かれてしまう。

 銃弾などはさすがに外殻を貫通できるが、集団で襲い掛かってくるので、サイゴンの軍警察も撃退に手こずっていた。


「大火力を前面に押し出せば圧倒することが出来ますが、連中が出没するのは坑道や地面の下からばかりと効果的な攻撃が出来ません。

 王国とも交流がないらしく、種族的な規模も不明の為にどの程度の戦力を投入すれば良いかもわかりません」


 ロイ・スアン・ソン市長の困っている声に返答したのは、見た目40代の美女のエルフだった。


「貴方達が遭遇したのは兵士階級のミュルミドンですね。

 ミュルミドンは女王単位でコロニーを形成し、数千単位で巣分かれして互いの交流を絶ちます。

 兵士階級は全体の1割ほどですが、コロニーに侵入すれば、階級に関係なく襲いかかってきますよ。

 駆除したければコロニーに大量の水を注水し、水没させることですね」


 31年ぶりに起床し、今回のサミットにオブザーバー参加したエルフ大公ピロシュカだった。

 実年齢は800歳ほどだが、目を覚ましたら皇国が崩壊して大陸に新たな住人達が台頭していることを面白がっていた。

 何故かその身にタイの民族衣装シワーライを着ている。

 シワーライは細やかな刺しゅうの巻きスカートに、上半身はサバイという長方形の布を巻き、さらにシルクなどの布を肩から掛ける服だ。 

 片方の肩が丸出しで、うなじから首筋、鎖骨に胸元までのラインが露出している。


「私もテルノを着てくるべきだったかしら?

 インパクトで負けてない?」


 ニーナ・タカヤマ市長の言葉にジャンジャリーニ大佐は困惑した顔を浮かべる。

 テルノはフィリピンの民族衣装だがパイナップルの葉や繊維の素材ピニヤから製造された薄手のドレスだ。


「対抗意識を持たないで下さい。

 彼女は城までユニコーンに跨って全裸で来たそうですよ。

 スコータイのスタッフが慌てて衣装を用意して着させただけなんですから」


 そんなピロシュカ大公を憎々しげに見つめる者がいた。

 同じくオブザーバー参加のモルデール国王だった。

 彼は王国から独立を果たそうとするエルフ大公領のことを快く思っていない。

 ここで彼女にサミット参加者達が好感を持たれるのは避けたい状況だった。

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