第149話 スコータイサミット3

 大陸西部

 華西民国陽城市 国防軍基地


 第1自動車化狙撃連隊隊長包智沢大佐は、近郊のインフラの警備や市外に出ている市民の保護の為に旗下の部隊を出撃させていた。

 包大佐自身は残存部隊による陽城市防衛の指揮を取っている。


「第1大隊は完全に出動させてしまったから第2大隊の外壁警備は残業決定だ。

 そのまま外壁の警備を継続させろ。

 非番の第3大隊の招集はどうなってる?」

「半分ほどは基地に戻りましたが、狩りに出てた者も多く、帰還に手間取っています。

 もともとの出勤時間は明日でしたから」


 自衛隊もそうだが華西民国国防軍将兵も非番時や休日は屯田兵的に田畑を耕したり、食肉の確保の為に市外に狩りに出ている者が多数いた。

 休日とはいえ家でのんびり過ごす者は皆無に近く、食卓を彩らせる為に日々努力するのは、大陸に住む地球人達の常識になっていた。

 幸い農地や牧場等は、市を囲む外壁の内側の無駄に広く割り当てられた住宅の庭に造られている。

 そちらは普段から家族が運営してくれているから特に問題は無い。

 しかし、市外の食肉の確保は、モンスター等の駆除も兼ねた必要性の高いものとして、政府からも奨励されている始末だ。


「ヘリを出して国境を哨戒させろ」


 すぐに哨戒ヘリコプターSH-60Kがヘリポートから飛び立ち国境に向かう。

 しかし、すぐに急報が届く。


「数千の騎士団らしき武装勢力だと?

 と、なると伯爵家級か」

「しかも旗印までご丁寧にはためかせています。

 あれはアランデル伯爵領邦軍です」


 部下からの報告に駐留部隊の戦闘配備や他都市への警告や増援の要請、住民の避難を指示する。


「住民の避難は郷土防衛隊に任せて、連隊将兵は所定の持ち場に付け。

 連絡の取れた市外の将兵は、陽城に戻れないなら市外拠点にて待機、指示を待て」


 包大佐の命令の元、参謀達が無線や携帯電話で各所、各責任者に連絡していく。

 傍受の可能性が無いから出来る連絡方法だが、転移前に軍籍に身を置いた者からは不評だった。

 市を守る外壁はコンクリート製で、高さは三メートル程度。

 訓練の度に市外に柵や堀、土塁を造らせているが、モンスターの侵入を防ぐことを想定したものだ。

 都市間の幹線道路や鉄道の線路はゲートが閉鎖されることがスピーカで通達され、市外の住民や車両が慌てて市内に避難していく。

 兵士達は壁上や各ゲートの横に設置された陣地に配置に付いていく。


「鉄壁の構えと言いたいが、兵隊の数が圧倒的に足りない。

 敵軍が確認できる西側以外は武装警察に監視を任せる」


 なにしろ人口25万人の都市を外壁で完全に囲っているのだ。

 転移前なら百万人の人口を抱えれる面積だ。

 そんな街を武装警察含めて、千人程度で防衛しろとは包大佐でなくとも頭を抱えるだろう。

 これが日本の防衛する植民都市なら陸上設置用20ミリ対空機関砲システムにVADS(Vulcan Air Defense System)や7.62mm多目的ミニガン、M200ハイドラ70ロケット弾ポッドが壁面や壁上に設置されて兵員の少なさを補っている。



 砲声が轟き、街壁を震わせる。

 アランデル伯爵領邦軍による大砲の砲撃だ。

 たかだか3〜4キロ程度だが森の中から撃ってくるので、華西軍側は位置の特定に手こずっている。

 最も威力はそこまで高くない。

 領邦軍が所有できる鋳造の青銅製前装式滑腔砲ライヒワイン砲程度なら街壁は持ち堪えていた。


「しかし、アランデル伯爵とは何がモメてたか?」

「ダムを造るために伯爵領の村を立ち退かせて、ダム湖の底に沈めましたからね。

 根に持たれてると思いますよ」


 領邦軍の兵士達も散開し、地に伏せたり、岩や木等の遮蔽物を利用しながら接近してくる。

 昔のように一塊になって押し寄せてはこない。

 両陣営の間で激しい銃撃戦が始まる。

 包大佐からの連絡は当然、新香港の国防軍総司令部やスコータイ市の林主席に伝わったが、その指示は


『サミットが終わるまで現有兵力を持って対処せよ』


 と、いうものだった。





 大陸西部

 華西民国

 首都 新香港


 在華自衛隊駐屯地


 一連の西部武装勢力と華西民国との紛争は、華西側の懸命に隠蔽してきた努力も虚しく、日本国側の知るところになっていた。

 駐屯地司令の安西三等空佐は胡散臭い顔で報告書を見ていた。


「これが紛争地から普通に通話されていたのか?」

「はい、華西の将兵は家族や知人に戦闘中でも携帯電話で通話していました。

 華西民国軍の練度の程が伺えますね」


 駐屯地の情報班の岡崎一等海尉も呆れた感じで罵倒している。


「建軍したはいいが、まともな軍事教育を施せる人材がいなかったからな。

 ある程度の軍組織ごと転移できた我々や米軍、北サハリンや高麗とは違うさ」


 華西民国軍の前身となった旧中華人民共和国人民解放軍は選抜徴兵制であり、兵役は不足に応じて実施することになっていたが、不足したことは無く、日本に来日していた中国人達はあまり兵役を経験した者は少なかった。

 これに対し、もう一つの前身である旧中華民国の場合は徴兵制が2012年に停止しており、やはり軍隊経験者は少ない。

 転移前から現役で転移してきた軍、準軍事組織の関係者は、その殆どが海軍や沿岸警備隊、海警、空軍パイロット、諜報機関の人間で、華西民国陸軍は自衛隊の目から見てもアマチュア感が強かった。


「それでも今までは火力で圧倒できたので問題にならなかったが、敵がゲリラ戦を展開してきた以上は練度に問題がある」

「まあ、我々も人の事は言えませんでしたが、さすがに大増員から10年も経ちました。

 即席自衛官もそれなりになりましたよ」


 日本は転移後に産業全体が壊滅的打撃を受けた。

 外国からあらゆる資源、資材も入ってこなければ工場も稼働できなくなり、商取引も停止していく。

 唯一、食料の大増産が必要になり、失業者達が大量に流れていったが、農地や漁船も無限にあるわけでは無い。

 焦った政府は自衛隊や警察、海保等に失業者対策として大増員を行った。

 自衛隊としては創設以来初めて全部隊の定員が満たされたばかりか、部隊規模の拡大が実施された。

 失業者対策としては雀の涙程度だったが、肝心の自衛隊としては彼等の扱いに困った。

 今まではデスクワークばかりしていた中年男性が自衛隊の本格的な訓練に耐えていける訳が無い。

 おまけに彼等に支給する装備品も足りず、ジャージで雑用をやらせる事が殆どだった。

 口の悪い連中は彼等の事は即席自衛官、即席警察官等と呼び、自衛隊はどこぞの職業訓練施設かと揶揄された。

 最も皇国との戦争が始まると、彼等は留守部隊として十分に機能した。

 大陸からの資源も入るようになると、稼働が再開した工場や自衛隊隊員が出資する商業活動の社員として隊を離れていった。

 これは中国人民解放軍「自力更生」と呼ばれる独特のシステムをモデルにしている。

 国家等の公的予算に頼らず軍が自分で自分の食料や装備を調達するという、屯田兵を商業、工業まで発展させた様なものだが、さすがに現役の隊員は第一次産業や資金の出資に留めさせている。

 それでも社会全体の失業者の数は膨大であり、大陸への大規模移民が始まった現在でも自衛隊も警察も定員割れは起こしていない。

 また、自衛隊から巣立っていった彼等は各自治体で設立された郷土防衛隊の中核としても役立っている。


 逆に今の華西民軍はその即席軍人が大半占めている状態なのだ。

 定員分の小銃も揃えれないので、中核部隊以外の規律は緩んでおり、作戦行動中に私物の通信機器で電波を垂れ流してる惨状だった。


「現状を新京に送ると同時に駐屯地の警備を強化せよ。

 それと華西以外の各連絡官にこちらに来てもらうよう伝えろ」


 この駐屯地は自衛隊が運用し、いざという時に援軍を受け入れざる施設や情報収集を行っている。

 それは他の地球系独立国、独立都市も同様である。

 最も人口の規模が日本とは二桁、三桁以上少ないので、北サハリン、高麗国でも5人程度、独立都市だと二人しかいない。

 駐屯地に隣接する小学校のような建物、国際共同連絡事務所の各部屋にオフィスを構えている程度だ。

 それでも全員揃えば自衛隊管理小隊と同規模なので、共同で訓練や警備を実施している。

 当然のことながら、この駐屯地は華西民国武装警察公安部が監視しており、華西側の国際共同連絡事務所にオフィスを構えており、自衛隊からの招待をハブられたことを嗅ぎ付けていた。


「情報が漏れたな。

 国防部に連絡して対応を求める」


 最も華西軍連絡官黄王平中尉は監視を強化せよ、との指示以外は受けなかった。

 現場部隊が早期鎮圧する以外に事態の収拾などありえないのだからだ。





 大陸南部

 スコータイ市

 ミスクロニア城


 ミスクロニア城で行われているサミットでは、ブリタニアのダリウス・ウィルソン市長に対する質疑応答が続いていた。

 ブリタニアは他の独立都市と違い、人口増加の伸び悩みを見せている。

 今回は観艦式に参加させる為にアンザック級フリゲート『スチュアート』、タイド型給油艦『タイドスプリング』、『タイドレース』、『タイドサージ』、『タイドフォース』を引き連れ寄港させている。

 エウロパ市長ペドロ・ガンダルからは


「転移前のヨーロッパと同様にEU(欧州連合)の理想をこの地でも果たそう。

 きっと地球に残された故国達も今頃は欧州統合の夢を果たしていることだろう」


 ダリウス市長の記憶では、本国はEU離脱の国民投票直前だったはずだが、今となっては投票の結果はわからない。

 なんとなく英国は欧州連合離脱を選択したような気がするが口には出せない。

 確かにエウロパとの統合はメリットもあるが、市民の気質がそれを許さない。


「まあ、その話はまた今度に。

 現在、ブリタニアは急進派が作り上げた人狼兵士の行方を追っている。

 殲滅したと思っていたが、バルカス辺境伯領のポックル族の反乱に参加し、討伐軍の本陣を壊滅させたとか」


 モルデール国王も立ち上がり、報告を付け足す。


「バルカス辺境伯を含む討伐軍の貴族が四人も討ち取られて総崩れだ。

 生き残った騎士の話では、人狼兵士とやらの数は5匹だが全員がミスリルの武具防具を身に着けていたそうだ。

 そしてそのうちの一人は地球側の銃火器で本陣を蹂躙したらしい。

 早くなんとかして欲しいものだな」

「あら、辺境伯がお亡くなりになるほどの損害でしたら、いっそのことポックル族の勇者を貴族に封じて自治を認めさせてやればいいじゃないのですか?」


 エルフ大公ピロシュカは気楽に言ってくれるが、自治を認めるにしても王国に忠誠を誓う人物である必要がある。

勇者も現族長もその立場としては不十分であり、認めるわけにはいかない。

 ダリウス市長としては、希少金属であるミスリルが人狼兵士にも装備できるくらいに投入されたことに言及して貰いたがったが、モルデール国王やエルフ大公ピロシュカの険悪な空気に言い出せなくなっていた。

 人狼兵士に関しては地球系独立国や独立都市の興味が高い。

 何しろ人間から獣化出来る兵士など厄介極まりない存在だ。

 先年の米軍強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』炎上事件の記憶はまだ薄れていない。

 政府や軍の中枢に侵入を容易にし、単体での戦闘力も完全武装の米軍海兵隊隊員を上回れる存在など、悪夢でしかない。


「いずれ徹底的な調査か、討伐が必要ですな。

 その時には御協力をお願いしたいものですな」


 ダリウス市長はそう締め括った。


 この頃には新香港の大使館や連絡官から一連の紛争が伝わっていた。

 各代表からの問い合わせに林修光主席は


「すでに我軍により暴徒でもは蹴散らされ、鎮圧は時間の問題であります」


 と、答弁していたが日本国秋月総督から


「帰国の首都新香港に二万の軍勢が迫っていますが、こちらも対処済みであると?」


 把握出来ていなかった敵勢力の存在を指摘されて、蒼白とした顔を隠せていなかった。






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