第150話 新香港強襲 1

 大陸西部

 華西民国 新香港市近郊


 大陸西部の華西民国に対する不満貴族の連合軍約二万が、新香港市とは山一つ挟んだ反対側の森に陣取っていた。


「もともとこの地には古く廃棄された砦の跡地があり、近隣の村住んでいた猟師くらいしか知らない獣道でしか来れなかった。

 領主だったノディオン公爵がハイライン侯爵に降爵し、領民も一緒に移民してこの地を去り、この場を知る者がいなくなった。

 この砦を野営地にした冒険者以外はな」


 居並ぶ諸侯を前にフランク・ピラーセーニョ伯爵は語る。

 冒険者はノディオン公爵の領民ではなかったので、ノディオンの街が新香港に変わると、近隣の領邦を転々とし、冒険や情報を切り売りして活動していた。

 冒険者向けの野営地に相応しいこの砦跡地の情報がフランク・ピラーセーニョ伯爵の目に止まる。


「密かに砦の場所を探り、井戸を掘り、武具や防具を持ち込ませ、貴公らをここに招いた。

 ここからなら竜騎なら半日、騎馬なら一日の距離になる。

 華西の連中はまだ気がついてないが、先発隊が間もなく口火を切る」


 出来れば戦力を一度に投入したいが、大規模な戦力の移動は華西側に察知されてしまう。


「しかし、伯爵殿。

 華西軍の主力の各自動車化狙撃連隊は、囮を殲滅する為に出撃を確認しているし、艦隊も南部のスコータイのサミットとやらの式典に参加する為に留守にしているのはわかる。

 確かに千載一遇の機会だ。

 しかし、新香港を囲む外壁は堅いぞ、どう突破する?」


 同志の子爵が聞いてくる。


「そのことだがホラティウス侯爵が飛竜騎士を派遣してくれた。

 そこから外壁の北門を破壊し、制圧して主力を雪崩込ませる」

「おおっ、飛竜騎士が残っていましたか」


 飛竜騎士はワイバーンと呼ばれる飛行可能な小型竜を駆る騎士のことだ。

 飛竜騎士は生まれた時から卵のワイバーンと生活を共にする為に代々の家業となっている。

 しかし、ワイバーンを育てるのは町中では無理だし、維持費も馬鹿にならない。

 皇国時代は国が費用を出し、飛竜騎士団を始めとする航空戦力を育生していたが、それも先の地球勢との戦争で壊滅し、それぞれの家も没落した。

 貴族家でもグリフォンやペガサス等で代用していたが、それでも伯爵家で一騎や二騎が限度の虎の子だった。


「さすがはホラティウス家ですな、最近婿養子が跡を継いだと聞いてましたが」

「しかし、よく侯爵とはいえ飛竜なんぞ養えましたな?」





 新香港沖合

 ミストラル級強襲揚陸艦『ディクスミュード』


 地球からの転移時に日本から離れた船舶にフランス海軍所属の艦があった。

 ミストラル級強襲揚陸艦『ディクスミュード』は大陸に到達し、乗員達は辿り着いたブライバッハ子爵領にて歓迎の宴を開かれ毒殺された。

 最新鋭の艦を手に入れたブライバッハ子爵だったが、動かすことも出来ずに持て余し、隠蔽することになった。

 しかし、皇国残党の解放軍を支援する貴族の仲介で、元アメリカ空軍チャールズ・L・ホワイト中佐にこの艦は譲渡されていた。

 その後はホワイト中佐に従う犯罪者や密輸業者から選抜した船員に一部解放軍兵士も訓練し、動かせる程度にはなっていた。


「作戦開始はまもなくだ。

 飛竜騎士を飛ばすことなっている」

「あれが飛竜騎士とは詐欺もいいところですな」


 腹心で元ロシアンマフィアのナルコフが呆れている。


「飛ぶ竜には違わないだろう?」


 二人の前には飛行甲板には一匹の竜が待機していた。

 腐食漂わせるその姿は飛竜などという可愛らしい大きさではない。

 その足には対戦車ミサイル ミランが二本握られていた。


「しかし、前から疑問に思ってたんだが、この艦の乗員教育のマニュアルをどうやって作ったんですか中佐?」

「聞いた」

「誰に?」

「この艦の乗員に」


 怪訝な顔をするナルコフにホワイトは面倒そうに答える。


「俺は転移前に在日米軍の三沢基地にいたんだ。

 三沢の軍人達は、休暇の際に日本の名所に行ったりするんだが、比較的近くに恐山という山があってな。

 そこにはイタコと呼ばれる死者の霊を自らに降ろして対話させる老婆達がいた。

 当時の俺はそれをオカルトだとバカにしていたが、この世界ならそれを再現できるのではと考えた」

「じゃあ、聞いた相手って……」

「当然、この艦に乗艦していたフランス人共だ。

 もちろん、海軍だけじゃなく陸軍もだな」


 二人の目には『ディクスミュード』から発進する揚陸艇にが映し出されていた。

 搭載された偵察戦闘車AMX-10RCの48口径105mmライフル砲が、その鼻先を覗かせている。


「念には念を入れないとな」





 大陸西部

 エジンバラ自治男爵領


 西部貴族連合軍の動きを察知したのは、日本人の自治男爵にして陸上自衛隊三等陸佐丸山和也だった。

 自らも西部貴族の一員として、社交界に出入りする羽目になっていたが、最近はハブられる事が多くなっていた。

 しかし、全く繋がりを断たれたわけではなく、密告をしてくる者も少なくなかった。

 エジンバラの第10先遣隊は、西部における日本の最大の戦闘部隊だ。

 日本は西部貴族と特に問題も起こしてないので、西部貴族連合軍もエジンバラは監視に留めてスルーしていた。

 しかし、第10先遣隊は情報収集を怠っていたわけではない。


「新京の総監部、スコータイの総督、新香港の自衛隊駐屯地には連絡したが、監視の連中がこちらに手を出してこないとも限らない。

 騎士団の方もいつでも動員できるようにしておいて下さい

 」

「ははっ」


 エジンバラ自治男爵領邦軍の団長を務めているアレクが命令に応じる。

 前エジンバラ男爵の弟は従順に従ってくれるが、逆に居心地の悪さを感じてしまう。

 丸山三佐は自衛隊部隊と領邦軍双方の指揮権を持つ特異な立ち場にいる。

 何より統治する領民までいる有様だ。

 それだけに持ち場から身動きが取れない。


「邦人や避難民の救助と受け入れ体制だけは整えておくか」


 ヘリコプター1機では出来ることも限られるのだがと、自嘲せざるを得なかった。





 新香港市

 北門


 北門を防衛する華西軍は、迫りくる西部貴族連合軍の先遣隊を前に外壁の外にいる同胞の避難を優先させていた。

 市民の避難が終わらないと、ゲートを閉鎖することができない。

 しかし、華西軍主力の自動車化狙撃連隊は新香港にはいない。

 司令部直轄部隊は各ゲートに散っている。


「北門に敵襲来。

 各門の防衛は武装警察と郷土防衛隊に任せて、軍の部隊は北門に集まれ」


 テクニカルや小銃を持たされた工兵、司令部要員が市内を横断して集まり始める。

 それまでは現有部隊で、北門を防衛しないといけない。

 騎竜の咆哮が兵士や避難中の市民を怯ませるが、その距離はどんどん縮まっていく。


「突撃!!

 門を確保せよ」

「迎撃、敵を近づけるな!!」


 竜騎士達の小銃と華西軍のテクニカルから乱射される機銃を撃ち合いながらの混戦となっていた。

 テクニカルの装甲と馬力なら騎竜とぶつかっても跳ね飛ばすことが出来る。

 しかし、騎竜達は跳躍する等して、巧みに車体に当たるのを避けている。

 数に劣るテクニカル部隊が突破を許すが、外壁に設置された機銃やバリケードの兵士達がそれを阻止すべく発砲される。

 市民の避難が終わり、ゲートが閉じられ始める。


「駄目か……」


 竜騎士は諦めの顔を見せるが大きな爆発音が外壁を震わせた。

 だが外壁にいた華西軍の指揮官も絶望の声をあげた。


「南門が破壊された!?」


 南門を防衛していた兵士は爆発で穴を開けた門を見て、その攻撃をした者を見返した。


「ドラゴンゾンビ……」


 かつて平戸を襲った化け物が再びその姿を現した。







 大陸西部

 華西民国

 首都新香港市


 ミストラル級強襲揚陸艦『ディクスミュード』からLCAC-1級エア・クッション型揚陸艇を使い揚陸させられたドラゴンゾンビは、地を這いながら腐臭を漂わせ、腐肉を大地に落としながら新香港の南門に到達した。

 その大きさは北門で交戦している騎竜達など、数十騎分のスケールだ。

 ここを守護するのは、武装警察と郷土防衛隊、僅かばかりの軍人達だった。

 そんな彼等を見渡し、ドラゴンゾンビは『竜の咆哮』を彼等に叩きつけた。

 魔力の籠もった咆哮は、門を守る者たちを恐慌させ、或いは失神状態に追い込む。

 彼等を食す為にドラゴンゾンビは地面を這いずり回るが、僅かばかりの銃弾がその巨体に突き刺さった。

『竜の咆哮』の影響の少ない車内や外壁の内側にいた者たちだ。


「管制室に連絡しろ。

 外壁の兵装を奴に使え。

 なんで門を閉めない!!」


 門の開閉装置を動かしていた要員が恐慌状態に陥ってる姿に舌打ちする。

 外壁に設置された76mm速射砲や30mm機関砲が唸りをあげてドラゴンゾンビを狙い撃つ。


「日本からの情報によると、『竜の咆哮』を受けた地球人は半日は正気に戻らない。

 しかし、収容する為の人員もいない。

 放置するしかないな」

「ですがこのままならあの化け物は倒せます。

 東門の連中に貴族達をこちらに通過させないよう強く要請を……」


 指揮所の指揮官達が突然の爆発に吹き飛ばされた。

 続いて外壁の76mm速射砲が爆発して砲身が地面に落ちる。

 こちらも『ディクスミュード』から揚陸された装輪装甲車AMX-10RCだ。

 48口径105mmライフル砲が砲塔内に装填された12発の砲弾を次々と吐き出すと、外壁の防御兵装やドラゴンゾンビに攻撃を続けていた陣地、テクニカル車両を粉砕していく。


「すげぇ、なるほど地球人達に敵わんわけだな、これは……」

「感心してもらってるとこ悪いが、軍の部隊が本気を出されたら、こいつでも一撃で撃破される。

 後退して連合軍の奮闘に期待するぞ。

 その前に信号弾、撃て!!」


 砲弾はまだ半分も使ってないが、再生産の効かない貴重品なので、最低限の任務をこなしたら退くことになっていた。

 AMX-10RCに乗り込んでいたのは軍務経験がある元ロシアマフィアの車長と訓練された皇国残党の解放軍兵士3名だ。

 皇国軍残党は統一された指揮系統が無い為に一部は貴族の領邦軍を隠れ蓑に所属していたり、地方の軍閥と化していたりする者もいる。

 酷い者等、山賊、海賊に落ちぶれている。

 その中でも解放軍は一番訓練や装備が行き届いている勢力になりつつある。

 AMX-10RCから発射された信号弾を確認し、ロシア人車長は呟く。


「どうせならルクレールでも積んどけよな、フランス人め」


『ディクスミュード』は元々、転移前のフランス植民地や派遣部隊への交代要員や補給を兼ねて日本に寄港している。

 その中に主力戦車ルクレールを使用している部隊は無い。

 装輪装甲車AMX-10RCにしてもジブチ駐留フランス軍

 第5海外混成連隊用の車両だった。

 ちょうどドラゴンゾンビもその動きを止めたが、その死体が門の封鎖を邪魔する位置に鎮座している。

 華西の兵士達はどうにかドラゴンゾンビの死体を動かそうとしているが、人力では不可能だ。


「さあ、おウマさん達は間に合うかな?」



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