第151話 新香港強襲 2

 大陸西部

 華西民国 首都新香港市


 信号弾を確認した北門で交戦中の竜騎士団長は、後続の騎士団、歩兵団等に伝令を飛ばす。


「南門が開いたぞ!!

 我等はこ奴らをここに引き付けておくのだ!!」


 団長の声に竜騎士、竜騎兵達が鼓舞される。

 その後輩では騎士団が戦場を迂回し、東門方向に向かっていく。

 進行方向は更にその先の南門だ。





 新香港市内

 在華日本国自衛隊駐屯地


 戦況をドローンで伺っていた安西三等空佐は、西部貴族連合軍の動きに舌打ちをしていた。


「手玉に取られたな。

 南門は突破されるかも知れない。

 市内邦人の駐屯地内避難を急がせろ」


 情報班を仕切る岡崎一等海尉が状況を知らせてくれる。


「そちらは日本人街の保安官事務所と各社の武装警備員が中心となって殿を務めてくれています。

 三自衛隊の混成隊員30名。

 保安官3名、武装警備員5名がこちらの戦力、避難邦人とその家族は約3000になります」


 目眩を覚える状況だが、座視するわけにはいかない。

 自衛隊や独立国、独立都市の連絡官合同庁舎は隣接していて、東門側にあるが市街戦の危険が出てきた。


「駐屯地内の日の丸を全部掲揚、車両や金網、フェンスに貼り付けろ。

 貴族共が我々まで敵に回すか試してやる。

 それとエジンバラに救援要請、ヘリで要人や非戦闘員をピストンで避難させる」

「エジンバラに配備されてるのはロクマルですよ?」

「頑張ってもらわないとな」


 エジンバラに配備されてるのはUH-60J ブラックホークだ。

 最大で乗せれる避難民は11人だから、先に燃料の方が底を尽きるだろう。





 大陸西部

 華西民国陽城市

 国防軍基地


 襲撃を受けたのは新香港市だけてではない。

 華西民国の第二都市陽城市もアランデル伯爵の領邦軍と交戦状態となっていた。

 アランデル伯爵に取って不幸だったのは、華西民国国防軍の精鋭第1自動車化狙撃連隊はこちらの都市に配備されていたことだ。

 連隊長包智沢大佐は壁上から散乱するアランデル伯爵の領邦軍の惨状に眉を顰めていた。

 戦闘が終わったら死体の始末をしないといけない。

 この世界ではアンデット化する恐れがあるからだ。

 まだ戦闘自体は終わっていないが、既に掃討を行わせている段階だった。


「こっちが終わったと思ったら新香港もか?

 あんまり兵は割けないぞ」

「しかし、師団司令部の命令です。

 聞かないわけに行きません」


 幕僚の言葉に頷くと考え込み


「劉文哲少佐を呼べ。

 奴の大隊を新香港の援軍に向かわせる」


 皇帝派エルフのテロ行為で、エルフ大公領まで進行した実績を持つ文少佐ならいち早く新香港に到着出来ると見込んでだ。


「他の都市の動向も気になる。

 戦況は悪くないが、敵は交通網の破壊工作も行っている。

 すんなりは着かせてはくれないだろうな」


 陽城市から新香港市まで直線で約100キロ。

 道路が無事なら3時間もあれば到着出来る。


「準備にも一時間はいるかな?」





 新香港市

 東門側陣地


 東門側を防衛してた武装警察、郷土防衛隊が陣地を構築していたが、前方の敵軍はこれらの陣地を無視して南門に向かう。


「向かわせるな、横から銃弾を叩き付けろ!!」


 陣地から銃弾が発砲され、騎馬に乗った騎士達が落馬していくが距離を取られている為に効果が薄い。


「抜けられる……」


 ここを抜けられると南門は卒倒した将兵ばかりで戦力が足りない。

 壁上からもAK-130 130mm連装速射砲や125 mm滑腔砲 2A46Mが火を噴き、騎士達を吹き飛ばしていくが、全力で駆け抜けていくことに専念した騎士達の突破を許していく。


「追撃の部隊を出せ!!」

「駄目です、こっちにも来ました」


 東門陣地の北側が銃弾の雨に晒されていた。

 土を俵に詰めて転がしながら移動してきた歩兵団の銃士隊だ。

 普通の歩兵達も剣や槍を持ったまま俵を転がし、或いは匍匐前進しながら進んでいく。

 前の戦争から10年近くも経つと、彼等も対地球人用の戦術を研究していたのだ。


「くそ、やりにくい」


 全体的な優位は動かないが東門の防衛隊はこの場から動くことが出来なくなっていた。




 大陸西部

 華西民国

 首都 新香港市郊外


 西部貴族連合軍の総大将を務めるピラセーニャ伯爵は、連合軍の本隊を率いて新香港市南門攻撃部隊である竜騎兵と華西民国国防軍テクニカル部隊の戦闘を遠巻きに見ていた。

 ドラゴンゾンビの『竜の咆哮』で卒倒した将兵が投げ出した地球性銃火器がそこら中に放置されている。


「宝の山だな」


 騎士の一人が馬から降りて、カラシニコフ AK-74自動小銃をその手に取る。


「伯爵、我々も加勢するか敵を迂回し背後を突くように進軍するべきではないか?」


 本隊には子爵以下の貴族はいない。

 男爵達が用意した領邦軍は男爵本人か、名代として参陣した当人が直接指揮する必要があるくらいに規模が小さかったからだ。

 逆に子爵や他の伯爵達は領邦軍を配下の指揮官に任せるくらいの規模だ。

 すでに主力の竜騎兵、騎士団、銃士隊、歩兵団は出払っていて、この本隊にいるのは貴族お付きの護衛騎士や供回り、魔術師や従軍神官と輜重兵くらいだ。


「あの乱戦に突入しても騎竜や自動車に跳ね飛ばさるのがヲチだ。

 弓矢や魔術も乱戦に撃ち込むと味方を害しかねない。

 しかし、迂回は考慮の価値がある。

 現在は東門を銃士隊や歩兵団が先行する騎士団を追いなが東門の防衛隊に攻撃を仕掛けている。

 我らは最も消耗しているだろう東門守備隊南側に攻撃を仕掛ける」


 伯爵の言葉に本隊の将兵が歓声を挙げて盛り上がる。

 東門守備隊南側は確かに先行する騎士団や現在攻撃中の部隊が真っ先に攻撃を仕掛け続けて、死傷者や弾薬の不足により後退を重ねていた場所だ。

 伯爵の指揮は的確に誰もが思っていた。

 伯爵は騎士の一人にこっそりと耳打ちする。


「我が領邦軍以外の歩兵団や銃士隊は東門への攻撃を継続させろ」

「それでは北門への援軍が少なくなってしまいますが?」

「分け前と弾除けは多いに越したことはないからな。

 それに情報通りなら華西民国軍の弾丸はそれほど多くない」





 新香港市内

 在華日本国自衛隊駐屯地


 在華日本国自衛隊駐屯地は比較的東門側に位置している。

 その駐屯地ゲートでは、避難してきた日本人と日本人と婚姻した新香港市住民が殺到していた。

 その中には当然のことながら駐華西民国日本大使相合元徳も混じっている。


「避難状況はどうなっている、戦況もだ?

 大使館では情報が伝わらなくてな」


 挨拶もそこそこに言われた駐屯地司令の安西三等空佐は状況を伝える。


「駐屯地に避難してきたのはさきほど1800名を越えたところです。

 駐屯地は6000名の援軍を収用する施設があり、そちらに入れてありますが、日本人かそうでないかの確認は後回しになっています。

 駐屯地内の全車両や避難民を乗せてきた大型車両は避難民を迎えに行くために出払っています。

 恐れ入りますが大使館の職員バスもこちらで使わせて貰いますよ」

「それは構わんが運転手にはそれは強要出来ないぞ?

 隊員の数もそこまでいないだろう」


 ゲートの警備に武装警備員や日本人街の保安官達が加わっていることからもそれが伺える。

 中には武器を所持する民間人もだ。


「それには同盟国、同盟都市の連絡官達にも加わってもらっています。

 彼等の避難民も保護する事が前提ですが」

「わかった。

 大使権限で大使館警察も君等の指揮下に加えるから存分に使ってくれ」


 大使館警察は、外務省警察の傘下組織で、前身となった在外公館警備対策官を発展、組織化させたものである。

 在外公館の警備に加えて、要人警護、在留邦人の取締及び保護、反日活動家の情報収集・監視も任務に加わっている。

 以前は主に自衛官、警察官、海上保安官、入国警備官、公安調査官や民間警備会社からの出向でその人員を賄っていたが、現在は外務省で独自の警察官を採用している。

 5つの警察署を独立国大使館に、9つの派出所を独立都市領事館に隣接させ、旧東京プリンスホテルに移転した外務省本館に合わせて、芝公園3丁目の廃校となった学園、高等学校の敷地、建物に本部を置き、500名の人員を擁する外務省参加の武装組織である。

 華西民国大使館付きの日本国新香港警察署には、30名の署員がおり、全員が拳銃と9mm機関けん銃を装備している。


「あいにく他の都市に派遣している署員がいて、20名程度しか新香港には残ってなかった。

 邦人観光客やビジネスマンはこちらが宿泊地を把握しているから任せて貰おう」


 松田署長の言葉に安西三佐は胸を撫で下ろすが、複数の馬の足音や啼き声に全員が銃を構える。

 騎馬隊が市内に入り込んでいるのは、南門が突破された事を示していた。

 安西三佐はメガホンを手に取り、接近中の騎馬隊に向けて発声する。


「我々は日本国自衛隊である。

 この駐屯地と避難している者達は、我が国の国民とその家族である。

 駐屯地敷地内に侵入、もしくは避難中の我が国国民を傷つけた場合、即座に我が国は貴公達と交戦状態となる事を覚悟しろ」


 騎馬隊はこちら近付かずに迂回して離れていくが、一騎だけ身なりの良い騎士が大声を張り上げている。


「民には手を出すな、日本人と華西人は区別がつかん。

 兵士や警察の格好、役所にいる者だけを狙え」


 騎士達からすればうっかり日本を敵にまわす事は最も避けるべき事態だ。

 下手に略奪や虐殺を行って日本人を害すれば最強の武力集団が敵にまわるなど悪夢でしかない。

 何より今はそんな事で兵を遊ばすほど余力も無い。

 とりあえず目の前の戦闘を回避できたと胸をなでおろす安西三佐は、疑問に思っていたことを相合大使に聞いてみる。



「華西政府側から要請があれば即座に敵にまわるんですけどね。

 要請は無いんですか華西政府から?」

「無いな。

 こっちから問い合わせて余計な藪蛇を突くわけに行かないから問い合わせもしてない」

「そいつは助かります。

 たぶん現状で交戦すればここを守りきれなくなりますから」


 多少の兵力差はあろうとも本国からの援軍が来るまで持ち堪える事が可能だと思っていた相合大使は、怪訝な顔を浮かべるが


「さっきの騎士共、華西軍の小銃を鹵獲していました。

 それもかなりの数です」


 その言葉に舌打ちし、華西軍のモロさを愚痴りだしていた。




新香港市 南門


 南門での戦闘は終わった訳ではない。

 しかし、ドラゴンゾンビの『竜の咆哮』で九割近くの武装警察官や郷土防衛隊隊員が倒れ、僅かに抵抗していた陣地や外壁の砲台も装輪装甲車AMX-10RCに破壊されると、防衛線に大きく穴が開けられてしまう。

 残った隊員達は、昏倒した同胞を安全な場所まで移送しながら身の安全をはかる為に戦っていたので、多数の装備を遺棄しなければならなかった。

 騎士の一人が、華西軍が使用していたAK-74自動小銃を拾い、またある者は郷土防衛隊が使用していた豊和M1500ライフルを手にする。

 前装式小銃程度なら使い手なら幾人も存在した。

 すでに穴を開けられた外壁や南門から銃を手に入れた騎士達が侵入を試み、僅かに残った南門防衛隊の陣地や門の内側にパトカーを並べて銃撃を試みる武装警察の攻撃を突破し、数十名の騎士が市街地を進撃していた。

 武装警察側はこれを追跡しようとするが、尚も侵入しようとする騎士達の対処に追われてそれができない。

 そうこうしているうちにピラセーニャ伯爵率いる本隊が南門に到着し、防衛隊側は弾薬を撃ち尽くしつつあった。


「敵陣地や車に火球を放て」


 鉄の盾を持った魔術師達が火球の呪文を唱え、パトカーや陣地に放たれて爆発が巻き起こる。

 攻撃魔術は銃弾や弓矢より射程距離が短いが、相手が撃てない状態なら関係はない。


「騎士団は敵の司令部を、本隊は敵の首魁の居城となったノディオン城を奪還する。

 進めぇ!!」


 市街地の僅かな抵抗を排除し、西部貴族連合軍は華西民国の拠点に向かう。

 日本人を害する可能性を考慮し、民間人への虐殺、略奪が禁じれたのはせめてもの救いだった。

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