第152話 観艦式 1
大陸南部
スコータイ市沖合
スコータイ市市長カムトン・プサーンラーチャキットは、スコータイ沿岸警備隊所属のフリゲート『プミポン・アドゥンヤデート』に座乗し、観艦式の参加する艦艇を待っていた。
「ゲストの方々は予定通り、『クリスタル・シンフォニー』にほとんどが乗り込んでます。
各市長、知事、お貴族様、モルデール王、ヴィクトール宰相、デウラ将軍、ピロシュカ大公といったお歴々です」
艦長のレオ・スクチャム中佐が『プミポン・アドゥンヤデート』後方を航行している豪華客船『クリスタル・シンフォニー』に乗り込んだVIPをリストを読み込んでいる。
「また、秋月総督が乗り込んだ練習艦『かしま』が当艦の左舷側500メートルを並走して航行しており、各受閲艦隊も所定の位置に着きました」
「では、そろそろ始めるとしようか」
マイクを持ったプサーンラーチャキット市長は、この海域にいる全艦船に一斉放送された。
『本日は、南方大陸アウストラリスの海を守る多国籍海軍、沿岸警備隊、水上警察等の職員諸君を激励したく、ここに足を運びました。
こうして、観閲艦『プミポン・アドゥンヤデート』の甲板に立ち、諸君を前にお話しできることを大変光栄に思います。
豊かな恵みをもたらし、世界を繋ぐ扉である海は、同盟各国、各都市の存立の基盤です。
この海の安全と権益を守るため、昼夜を分かたず全力で取り組んでいる諸君は、我々の誇りです。
西暦2015年に発生した異世界転移の危機に際しても、海の守護神たる諸君の本領がいかんなく発揮されました。
被災者の救援、未知の航路の探索、そして、今もなお海賊やモンスターが現れるの海で、自らの危険も顧みず、汗にまみれ、泥にまみれ、力の限り尽くしてくれた諸君の勇気と真心に、多くの人々が心を打たれました。
観閲官として、そして、一人の地球人として、深甚なる感謝を申し上げます。本当に、ありがとう。
ここに集うの諸君は、異世界転移以来、同胞の利益が交錯する最前線で、広大な海域を担当されている精鋭たちです。
本日、実際に任務に使用する艦艇を拝見し、領海や排他的経済水域等における警戒警備や救助活動がいかに苛酷な業務であるのか、認識を新たにしました。
諸君が正に命をかけて業務に当たっていることを実感した次第です。
国民、市民の諸君等に対する期待が高まる中、諸君が、任務に対する誇りと使命感を胸に刻み、このの美しい海の「守り神」として大いに活躍されることを強く祈念して、私からの訓示とします。
益々の活躍を期待しています。頑張ってください。
それでは、国際観艦式を開始します!!』
プサーンラーチャキット市長がマイクのスイッチを切ると、前方から複数の艦艇の接近が報告された。
『受閲艦隊第一群、海上自衛隊。
旗艦は砕氷艦『しらせ』です!!』
司会女性のアナウンスに甲板のプサーンラーチャキット市長を始めとした一同が一斉に敬礼する。
それは練習艦『かしま』でも同様だった。
海上自衛隊
練習艦『かしま』
甲板の秋月総督や秋山補佐官、陸上自衛隊大陸東部方面隊総監高橋二等陸将が敬礼する。
「なんかここまで長かった気がするな」
「そうですか?
前のサミットは平和に終わりましたが、今回は紛争の真っ最中にこんなことをしてるから、そう感じるだけじゃないですか?」
華西民国で発生した紛争は、総督府ではとうに把握していた。
要請があれば援軍を送る準備も出来のだが、一向に要請が来ないので、途方に暮れている有様だった。
「そろそろこっちから声掛けるべきかな?」
「面子に拘る人達ですからね。
邦人の保護と避難は順調と報告を受けています」
当面は様子見しか無さそうだった。
たった今すれ違った砕氷艦『しらせ』が接近して、受閲艦隊第1群司令の中川誠一郎三等海将が敬礼する姿が見える。
秋月総督と秋山補佐官の呑気な会話に猪狩海将が割り込んでくる。
「よろしいでしょうか?」
「ん、何かあったかな?」
「本国から連絡がありました。
護衛艦『ゆうだち』の那古野配備が決まりました。
第5護衛隊司令部の正式移転と中川海将の司令就任もです」
西方大陸アガリアレプトからの自衛隊撤収計画に沿って、日本本国ではもがみ型護衛艦『やはぎ』が帰還する事となった。
むらさめ型護衛艦『ゆうだち』の南方大陸アウストラリス配備は、『やはぎ』の本国護衛艦隊の編入に伴う処置である。
「第5護衛隊は当然のことながら、君の指揮下には無いということだな」
「はい、本国の意向を反映する艦隊となります」
那古野地方隊は総督府の監督下にあり、総督の命令を優先させる権限のもとに配備されていたが、今後は本国が大陸に自由に介入出来る実戦部隊を送り込んできたことになる。
「まあ、簡単には介入させないがな。
しかし、そうなるとアレを自由にさせる為の財界の意向が本当のところだな」
秋月総督達の視線の先には豪華客船『クリスタル・シンフォニー』の姿があった。
豪華客船『クリスタル・シンフォニー』
豪華客船『クリスタル・シンフォニー』の客室に敷設したベランダでは、元ノディオン公爵フィリップやその長男のハイライン侯爵ボルドー、長女のアンフォニー男爵領領主代行のヒルデガルドがワインを片手に受閲艦を眺めていた。
「おっ?
護衛艦『しらね』がいるぞ、マーマンの王国探索にハイラインに来ていた艦だ」
「父上、よく見分けが付きますね?」
「艦首に134と書かれてるからな、何度も見に行ったし覚えてしまった。
135と書かれてるのが『くらま』だな。
あちらは百済のサミットで、アガフィア海亀甲艦隊となの戦いで、旗艦として活躍したそうだ」
ヒルダは男達が観艦式に盛り上がってしまい、先程まで話していた利権の相談がそっちのけになっている事に呆れてしまっていた。
「父上、兄上、夜にはサルロタ様との対面も控えてるので、お酒はほどほどにして下さいね」
「も、もちろんじゃ」
「あ、ああ、そうだな」
男共は初めて会うハーフエルフの家族に少し行き足だっていた。
エルフ大公領の森林衛士隊の小隊長をしているサルロタは、フィリップが若い頃に浮き名を流したエルフとの間に作った隠し子だ。
そのサルロタはピロシュカ大公の護衛としてこの船に乗っているから、彼女が非番となる夜に対面となったのだ。
些か気まずいものがあるが、この機会に対面しないと大陸の反対側に住む彼等、彼女等には2度と会えないかもしれないから仕方がなかった。
「サルロタにも遺せるものは、遺したいしな」
普段と違い、殊勝な事を語りだすフィリップに呆れながらヒルダもワインをいっきに飲み干していた。
貴族一家が家族の絆を確認していている一方で、この船の別室では船のオーナーが観艦式を心配な眼差しで眺めていた。
「今のが『いそゆき』か、海賊退治で活躍した艦か」
企画部長の外山はうんざりした顔で答える。
「はい、今の三隻で第16護衛隊は終わりですね。
次が練習艦隊、先頭は練習艦『あさぎり』」
「お義父さんの艦だ。
問題無く航行しているな?」
「社長、問題ないですから落ち着きましょう」
石狩貿易社長の乃村利伸の愛妻昭美の父、練習艦『あさぎり』の艦長白戸輝明二佐の艦だ。
「船内のBGMを勇壮なものにして盛り上げるべきじゃないかな?」
「余計なことは止めといたほうがいいすよ。
このバカ社長め」
最後の一言はもちろん聞こえないように呟いただけだった。
大陸南部
スコータイ市沖合
観艦式海域
日本国海上自衛隊による受閲艦隊第1群の受閲は練習艦隊が、観閲艦『プミポン・アドゥンヤデート』や観客を乗せた艦船の間を航行していた。
練習艦隊は並列の単縦陣で先頭の練習艦『あさぎり』に続き、『ゆうぎり』、『はまぎり』がこれに続く。
練習艦隊は砕氷艦『しらせ』とともに突如として発見された中之鳥島の調査に派遣されたまま観艦式に参加する為に残されていた。
「いい加減に乗員も帰りたがってるんだかな」
『あさぎり』艦長の白戸二等海佐はうんざりした顔を上げている。
乗員のほとんどが実習員の為に交代の実習員もわざわざ連絡機で送られてくる始末だ。
特に『ゆうぎり』はヘリコプター格納庫がケートスの侵入で損壊していて修理に難儀したのだ。
どの艦も艦齢40年以上の艦ばかりだがこの世界なら十分に戦力になるので、財務省の方針曰く『沈むまで使う』との発言に海上自衛隊幹部が絶句していたとの噂がある。
「実際のところ艦の数も足りないですし、入隊希望者は増加の一途ですからね。
それだけに練習艦をいつまでも大陸で遊ばせておくわけにいかないですよね」
航海長の言葉に白戸二佐は頷く。
この世界に転移して以来、日本本国の産業は壊滅状態で、食料を確保する為の第一次産業は食品の加工業以外は休業状態だ。
さすがに十年も経つと大陸からの資源が流入してきて持ち直しては来たが、失業者の数は転移前とは比較にならないほど多い。
政府も失業者対策として自衛隊や警察、各武装機関を拡充して採用したが、海上自衛隊は艦が確保できなければお話にならない。
「これが終わればやっと帰れるんだ。
乗員達にはもう少し頑張ってもらわないとな」
豪華客船『クリスタル・シンフォニー』
ペントハウス・スイート
この客室に宿泊する南部貴族メルゲン子爵クルツは、貴族の中では裕福な部類に属する。
南部独立都市建設への材木売買で利益を上げ、日本語が堪能な次男パトリックや長女のマルガレーテが役に立ってくれる。
特にマルガレーテは新京で日本人の若者達に人気でアイドルという職業についているので、この船でもコンサートを行っている。
「あの『あさぎり』型で日本では1番古い艦だそうだ。
あんな艦でも我々には手が出ないな」
「それ以前に許可も下りないでしょうがね。
ハイライン侯爵領で建造している木造の新型船が現実的ではないでしょうか?」
パトリックの言葉に頷く。
「我々が欲しいのは商業用の船だからな。
もう少しグレードを下げた日本の中古船も探ってみよう」
メルゲン子爵とパトリックはベランダで観艦式を眺めていた。
金銭には不自由していないが日本への賠償金は残っているし、クリスタル・ペントハウススイートとやらの豪華客室には王族や上級貴族ばかりだから身分を憚ってこちらにしたのだ。
部屋の広さは半分ほどだがそれなりに豪華だし、ベランダから観艦式を鑑賞出来るので支障は無かった。
「おっと日本艦隊は最後の2隻のようです」
二人の視界にむらさめ型護衛艦『むらさめ』と『はるさめ』が通過していった。
『続いて受閲艦隊第2群です』
アナウンスが流れて観客達の目が受閲艦隊第2群こと、高麗国国防警備隊海上警備隊の艦艇に注がれる。
先頭の旗艦、李舜臣級駆逐艦『大祚栄(テ・ジョヨン)』、大邱級フリゲート『大邱(テグ)』 『慶南(キョンナム)』 『大田(テジョン)』 『浦項(ポハン)』と続き、統営級救難艦『光陽(クァンヤン)』、太平洋3号型警備救難艦『太平洋9号』 『太平洋10号』が後に続く。
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