第144話 受閲艦隊第一群
大陸東部
日本国那古野市
海上自衛隊那古野基地
海上自衛隊の桟橋に一台の高級車と警護の為の覆面パトカーが数台停車する。
車両から秋月春種総督は歩きながらも書類を補佐官の秋山に渡されて、必要事項の確認をしていた。
「石化した警官と郷土防衛隊の方々は、厳重に梱包されて神居市に送られます。
欠損した部分は掻き集めましたので、石化解除してすぐなら回復や接続も可能だそうです。
ただ頭部が粉砕されていてはその瞬間に死んでしまうので、取り扱いは慎重にと厳命しています」
「回復できるならよかった。
しかし、回復には大陸人の基準で半年か。
ご家族の方々には手厚い優遇措置を惜しまないでくれ」
先日のコカトリスが中島市で暴れた件の処置には思ったより時間が掛かった。
体内に魔力を保有した大陸人なら半年放置すれば石化は自然に解除されるらしい。
その間は石化された対象は仮死状態に置かれるらしく、コカトリスはその状態で餌として石化したまま貪り食うらしい。
問題は魔力を保有しない地球人が石化した前例が無いことだ。
その為に石化の自然解除や仮死状態化が維持されているかも厳しい所だった。
X線撮影等の検査により、体内の細胞から制服の繊維まで完全に石化していることは間違いなかった。
神殿などに持ち込み、石化解除の奇跡を神官達に施してもらう手段もあるが、これですら一ヶ月単位の時間が掛かり、その間の生命維持には疑問が持たれていた。
途方に暮れている医療陣の前に西陣市西陣中央病院に務めている日本国籍の大陸人にして、『地と記録の神』の侍祭であるマリーシャ・武井の助言で
「せ、石化した人物に魔力を外部から付与すれば良いのではないのでしょうか?」
魔道具を作成したり、武器に魔力を纏わせる魔術があるのは知られていた。
同様に傷などを癒やしたり、毒消しを行う奇跡の力も魔力を体内に注入する行為である。
その進言を聞いた総督府でも『府中の相談役』こと、元皇国筆頭魔術師マディノ子爵ベッセンに問い合わせた。
「ああ、魔力を持ってない人類を想定して無かったから考えたことも無かったよ。
しかし、その発想は面白いね。
いけると思うよ」
その言葉に総督府の面々は色めき立ったが、次の言葉に頭を抱える。
「でも彼等に魔力を付与する人材はいるの?」
最初に白羽の矢が立ったのは、当然現地にいるマリーシャ・武井だった。
彼女も所属する大陸総督府直轄大陸人部隊神官小隊はその治癒能力を重宝されて、大陸各所の自衛隊の拠点に散り散りとなっていて、すぐには招集出来なかった。
「気力快復の奇跡は使えますが、一日に十人となると、私だけでは厳しいかと。
他の司祭やお寺のお坊さんに協力は求めれないのですか?」
この頃になると、この世界で産まれた地球人でも魔法が使える魔力がある事がわかっていた。
しかし、実際に使うとなると大陸人並みの狭き門であった。
まず地球人に魔術を教えてくれる魔術師が殆いない。
これは先の戦争で、魔術師達の血族や師弟が多数戦死したことによる恨みと自分達のアドバンテージを奪われない為である。
最も多少でも優れた魔術師は、皇国軍や貴族の領邦軍に徴用されて殲滅されている。
私塾を開ける導士クラスの人材が枯渇している現状もある。
もう一つの各教団も同様に神官戦士団や皇都にいた各教団指導者、幹部達がまとめて米軍の空爆で灼かれており、地球人勢力とは距離を取られている。
日本としても一番連絡を取りやすいのが、頭を抑えた『復讐と嵐の教団』という物騒な名前の地球人との戦争の被害者団体という有様だ。
しかし、何事にも例外はある。
大陸で28番目の教団として認定された仏教団体だ。
「確かに我々も『法力』を使える修行僧を確保していますが、最年長でも中学生です。
あまり長期の派遣は……」
大泉寺の宗人和尚にも渋い顔をされた。
大泉寺は新京に造られた大陸最大の寺院である。
同時に大日本仏教連合の本部でもあり、総督府との窓口となっている。
「円楽ならどうにかなるかも知れませんが、あやつもレキサンドラ辺境伯領の領都トレバに新設される寺院とマノイーター討伐の僧兵団の指揮を差配していまして、身動きが取れません。
勿論、短期なら修行僧を修行の一環として交代で派遣はします」
「助かります」
秋山補佐官は大泉寺との交渉を振り返り、疲れがぶり返す思いだった。
後日譚となるが、石化した被害者達は半年後に全員が生還を果たす事になる。
「お待ちしておりました」
二人を出迎えたのは海上自衛隊那古野地方隊総監猪狩三等海将と練習艦『かしま』艦長の永見一等海佐だ。
練習艦『かしま』は、一般の艦艇より公式儀礼を行う為の内装が施されており、国家元首級の来賓を想定した特別公室が存在する。
「お世話になります」
今回のスコータイサミット参加にあたって、秋月総督の座乗艦となる。
他にも新京都警視庁警備部警護課警護第1係や海上自衛隊第8特別警備隊からの一個小隊や官僚達が乗艦している。
最大170名の実習生を乗せることを想定した『かしま』なら、十分に乗せれる『お客様』の数だ。
出港した『かしま』を旗艦に練習艦隊『あさぎり』、『ゆうぎり』、『はまぎり』、砕氷艦『しらせ』。
那古野基地所属の地方隊第16護衛隊の護衛艦『しらね』、『くらま』、『いそゆき』。
第5護衛隊の護衛艦『むらさめ』、『はるさめ』が後に続く。
さらに海中には先行しておやしお型潜水艦『みちしお』が航行している。
護衛艦『はるさめ』は、西方大陸アガリアレプトに派遣されていたもがみ型護衛艦『みくま』が本国に帰国したのに伴い第5護衛隊に編入された。
『みくま』も就役して七年ほどだが、西方大陸アガリアレプトでは華々しく活躍しての凱旋帰国だった。
『はるさめ』は、南方大陸アウストラリスに向かう移民、資源輸送船団の護衛艦と交代し、護衛任務を引き継いで大陸に到着したのは先週の話だ。
家財道具をコンテナに積載し、輸送船から新居の庭にコンテナごと置いていかれたので、整理には些か難儀している状況だった。
そんななか、観艦式に参加する為の慌ただしい出港となってしまったので家族からは苦言を呈されている始末だった。
「女房がさあ、まだ荷解きも終わってないのに、また出港!!
とかお冠りなんだよな。
親兄弟姉妹、親戚一家を引き連れて来たから男手は足りてるはずなんだが」
「艦長のとこもですか?
うちもですよ、割り当てられた家や土地が広すぎて、親兄弟親戚一家に部屋を割り当ててもスカスカで、落ち着かないのもあるんですよね。
引っ越しだから不用品を大量に処分したのは失敗だったかも知れません」
『はるさめ』の艦橋では、艦長の上島二等海佐と航海長の竹山一等海尉は愚痴り合っている。
引っ越し自体は公務による異動ともあって、横須賀の第1特別警備隊が乗員やその近隣の親兄弟親戚一家の住居に大挙して訪れて家財道具を運び出されている。
「横須賀は当面は移民の対象から外れてると安心してたらこれだ。
転校を強要された息子達の目も厳しくてな……」
一般市民と違い、自衛官とその家族は、食料の配給でも優遇措置が行われている。
よって大陸への移民にそれほどの焦燥感は持ち合わせていない。
むしろ自衛官の兄弟姉妹一家の方が、困窮していて大陸への動向を歓迎しているふしがある。
子供達は一族や同年代の乗員の子供達とで、同じ学校にまとめて放り込まれてるから、転校による孤立の心配はあまり無かった。
「早く整理しないと、次は女房の両親と兄弟姉妹が来週には来るからな。
サミットはともかく、観艦式までやろうと言い出した奴には小一時間文句を言ってやりたい」
即席の護衛艦隊は、受閲艦隊第一群として那古野沖で、艦列を組んでスコータイ市に向けての航海を開始した。
受閲艦隊第一群の司令官には、砕氷艦『しらせ』に乗艦していた中川誠一郎三等海将が務めることとなった。
高橋陸将は総督付きとして、練習艦『かしま』に乗艦する。
「しかし、海保の巡視船を残してるとはいえ、海自が総出で留守にしていいんですかね?」
中川海将も旗艦である『かしま』に乗艦し、懸念を猪狩海将に口にする。
「何週間も離れるわけじゃない。
たかだか数日くらいは留守居の連中でどうにかなるさ」
と、楽観的に答えられる。
しかし、猪狩海将は猪狩海将で懸念があるようだった。
「スコータイのフリゲートの『プミポン・アドゥンヤデート』って、もがみ型護衛艦より少し大きい程度だったと思ったが、そんな艦にお偉方をまとめて押し込んで大丈夫なんだろうか?」
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