第143話 スコータイ市

 大陸西部

 ピラーセーニョ伯爵領 伯爵邸


「ふざけるな」


 フランク・ピラーセーニョ伯爵は華西民国からの使者を相手に憤慨していた。


「講和条約の内容は覚えているでしょう?

 我々が新たに植民都市を建設する際には領主、領民共々、新領地に退去して頂くと。

 その代わりに賠償の年貢徴収を免除する、何が不満なんです?」


 確かに莫大な賠償が免除されるのは魅力的だ。

 しかし、それ以上に千年の昔よりこの地を切り開き、守ってきた誇りがこの地を退去することを許さなかった。

 大陸で最大の勢力を誇る日本国も次々と東部貴族を転封させているが、その殆どが中央部の天領などへと気を遣われている。

 対して華西民国が代替地として用意したのは、大陸北部の実り少ない地だ。

 そこが王国への要求を通せる日本国と華西民国との力の差なのだろう。

 最も大陸中央は、先の戦争で一族諸共に皇都大空襲で御家断絶した領地も多く、大公家から王家になった現王政府では管理しきれないという事情もあるが、やはり納得のいくものではない。


「確かに条約の履行は守らなければならない。

 しかし、貴君等の植民都市斟尋も人口が十万に達して無いではないか。

 我々が立ち退く条件を満たしていない」

「将来的に我が国は新たな植民都市建設は既定路線ですので、今のうちに建設を始めたいのですよ。

 今日のところは帰りますが、年内に領民共々、転封退去の準備を初めて下さいよ」


 使者は言いたい事だけ言って帰ったが、あの言い様には腸が煮えくり返るようだった。



 華西民国からの使者が帰ったあと、フランクは館にいた主だった家臣を集めて善後策を練っていた。


「しかし、お館様。

 奴等が本気でこの領地に攻めて来たらひとたまりもありません。

 周辺の諸侯や御一門の方々に援軍や王都にこの暴挙を諌める訴えを行なうべきではないでしょうか。

 そして領民達にもこの暴挙を伝え、志願兵を募るべきです。

 このままでは伯爵領30万の民が路頭に迷うのだから否応なしに集まりましょう」


 家宰のリーベルトの進言は最もだった。


「ここが踏ん張りどころだな。

 武器庫も開放し、領民に持たせろ。

 だがこちらからは決して仕掛けるな。

 ここ数年で地球人共の弱点もわかってきたからな。

 いつまでもやられっ放しでいると思うなよ」


 華西民国と揉めているのは、ピラーセーニョ伯爵領だけでは無かった。

 華西民国の年貢という名の賠償の取立ては苛烈で、大陸西部の貴族領では数十の領主達が怒りの声をあげていたのだ。

 だが現実的な軍事力では如何に数万の兵士達を差し向けたとて、一蹴されるのは目に見えていた。


「しかし、奴等の軍は4つの都市に分散しています。

 衛星都市の陽城、窮石、斟尋には歩兵部隊がそれぞれ千程、首都の新香港には司令部や基幹戦力と海軍、空軍しかいないようです。

 今の華西民国は外征の為の戦力が乏しいのです」


 今回の交渉の前から華西民国を内定させていた密偵のエルドールの話にフランクは勝機を見出す。


「だがまだその時ではない。

 最高の勝機を見計らい全ての戦力を無駄なく叩きつけなければならない」


 幸いにして華西民国と揉めているのは、ピラーセーニョ伯爵領だけでは無い。

 伯爵からの使者は近隣の諸侯に派遣されていった。





 大陸南部

 スコータイ市


 同市において、大陸独立国・独立都市サミットが行われるにあたり、調整の為に各国、各都市の官僚やビジネスマンが多数訪れていた。

 同様に各国・各都市との交流や交易或いは観光の為に王国貴族の家臣や御用商人達も同市のホテルを満室にしていた。


「ホテルが満室とは困りましたね」


 アンフォニー代官斉藤光夫が困り果てた顔をしていた。


「だから早く行こうって言ったのに……」


 アンフォニー男爵領領主代行のヒルダが呆れた顔で着いてくる。


「しょうがないじゃないですか、ハイライン本家からアクラウド事変の復興支援要請で、てんてこまいだったんですから」

「私だけでも先に来れば部屋だけでも取れたのに」

「こんな面白そうなことに姫様一人だけ行かすわけないじゃないですか」

「まあ、いいけどアテはあるんでしょうね?」

「後藤が話を付けに行ってますが、そろそろ連絡があるころなんですが」


 財務担当の後藤が用意した宿は、石狩貿易本社船『クリスタル・シンフォニー』だった。

 もちろんもともと『クリスタル・シンフォニー』は、豪華客船だったので、停泊中はホテル業務も行っている。

 桟橋でヒルダが腰に付けたサーベルを抜こうとするのを斉藤と後藤が押し留める。


「ねぇ後藤、ここって本家に喧嘩売ったカークライト男爵の黒幕の本拠地だったわよね?」

「サーベルは納めてください。

 一応は豪華客船としての機能は維持されてて、客船としても運営されてますから問題ありません」

「そういう問題じゃないでしょう!!

 あれで本家がどれほどの死者と損害を被ったのか忘れたわけじゃないわ。

 カークライト男爵領だけじゃ、割りに合わないわ」


 激昂するヒルダに後藤がパンフレットを渡す。


「SP シーブリーズ・ペントハウス・スイート、ベランダ付き?

 船にベランダがあるの? 

 リビングスペース、プライベートベランダ、テレビ&ビデオ、データポート、クイーンサイズベッドまたはツインベッド、ボディジェット付シャワー、ビデ、ウォークインクローゼット、冷蔵庫、金庫、バトラーサービス……」


 読み上げる部屋の内容に心が揺れるヒルダに後藤が、追い打ちを掛ける。


「しかも先の商談の御詫びを込めて、タダで御招待したいと」

「仕方無いわね。

 謝罪したいというのに招待を受けないのも非礼ですものね」


 先程までは激昂とサービスの良さに心が揺れ動いていたのに貴族令嬢の見本の様な優雅さで乗船していく。

 後藤は案内の為にヒルダに付き添ったが、斉藤は船のオーナーに挨拶に出向いた。

 こちらも執事付きの豪華な部屋だが、リビングの半分がオフィスと化していた。

 執事にベランダに案内されると、そこに現役防衛大臣の次男で石狩貿易CEOにしてこの船のオーナー、乃村利伸が双眼鏡で海を観ていた。


「姫様をなんとか宥めることが出来ましたが、後でそちらからも出向いて下さいよ」

「夕食でも一緒に如何ですか?

 と、伝えといてくれ。

 この船はレストランも一流だから中華料理に寿司やグリル、バーまで揃えている」

「よく今の時代にそれだけ維持できましたね」

「転移時に食料も配給制になって、一流どころの料理人達も店を畳んだり、失業した連中が多かったからな。

 ある程度落ち着いても大都市では住民の殆どが移民してしまい店の再開も覚束ない。

 植民都市で店を開きたくても資金と失業中のブランクを回復させるのにも理想的な職場だろ?」


 もちろん料理人達が独立して店を開きたいというなら投資して支援もするし、傘下や協賛の為の料理店に紹介もしている。


「職人の育成もなかなか楽しいものだよ」


 どうにも斉藤はこの大学時代の先輩にして『サークル』の最大手スポンサーでもある乃村のことが苦手だった。


「ところでこの立派な執務室に望遠鏡なんて持ち込んで何を見てるんですか?」


 オフィスの窓際に双眼観光望遠鏡が置かれている。


「最高倍率108倍の高性能観光双眼鏡さ。

 まあ、見てるのは船なんだが……」

「相変わらず船が好きですね。

 大学時代も帆船同行会を起ち上げて、ヨットを自作してたましたもんね」


 斉藤も双眼観光望遠鏡を覗くと2隻の船が映し出されていた。


「巡視船ですか?

 呂宋の沿岸警備隊ですね」


 船体に書かれた『Luzon Coast Guard』の文字が読み取れる。


「呂宋沿岸警備隊が我が国に発注して就役したばかりの『テレサ・マグバヌア』と『メルチョラ・アキノ』だ。

 フィリピンの英雄的女傑の名前が冠せられている。

 くにかみ型巡視船をベースにして、30mm単装機銃が一門装備された。

 これまで供与されていたパロラ級巡視船の2倍の大きさの大型巡視船だな。

 随分羽振りがよさそうで、なによりだ」


 日本で進水式並びに艤装が行われた両船が大陸まで訓練航海を兼ねて、観艦式に参加するべくスコータイまで航行してきたのだ。

 呂宋市は独立都市の筆頭的に相応しい海上戦力が整いつつあった。


「さあてこれから連日のように様々な艦船が来航してくる。

 今のスコータイの港湾施設だと停泊も厳しい。

 宿の手配すら君等が今日経験した有様だ。

 そこでスコータイ市政府からこの船に一つの依頼があった。

 アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリス陛下が、この船のクリスタル・ペントハウスに逗留されることになった。

 まあ、問題を起こさないよう気を付けてな。

 今夜にはチェックインする予定だから」


 ヒルダが刃傷沙汰を起こしていたら大事になるところだったと、斉藤は胸を撫で下ろしていた。






 スコータイ市郊外

 自衛隊駐屯地


 スコータイ市にも自衛隊が援軍を要請された時の為の駐屯地が存在する。

 もちろん人手不足から管理小隊しか普段は存在しない。

 だがサミットの為に各即応機動連隊や普通科連隊から一個小隊が集められていた。


「どれくらい集まったんだ?」

「即応科が2個小隊60名、普通科が120名、管理小隊を合わせれば200名を超えます」

「参ったなあ、中隊指揮なんか採ったことがないぞ」


 ボヤくのはこの駐屯地管理小隊隊長の山木真一一等陸尉だ。

 この駐屯地管理の他にスコータイ軍警察との連絡官も兼ねているので、一尉の階級を得ている。


「隊長、もう一つの問題が」

「なんだ?」

「連中、ヘリで運ばれてきたのでいざという時の足がありません」


 隊員が指摘しいるのは、この臨時中隊を運べる車両が無いとの話だ。


「もうみんな帰しちゃえよ、まったく……」


 当然、そんなわけにもいかず、管理小隊の隊員達は車両の確保に奔走する羽目になる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る