第142話 ポツンとダンジョン

 大陸東部

 中島市


 通報を受けて、数台のパトカーがある施設の入口を固めていた。

 中島警察署の堀越町交番に所属する警官10名とパトカー3両だ。

 施設の扉はコンクリートの壁で塞がれており、その壁が轟音とともに亀裂が発生し、内部から何かが出てくるのは時間の問題だった。


「周辺住民の避難並びに郷土防衛隊の配置が終わりました」

「よし、総員銃を構え!!」


 警官たちはパトカーを防塁代わりにして、拳銃やショットガンを構えて待ち受ける。

 さらにそれを取り囲むように郷土防衛隊の隊員達が配置に付く。


 郷土防衛隊は住民による消防団と自警団をさらに武装化させて、訓練を施した非常勤公務員達だ。

 武装と言っても基本的には猟銃や刀剣の類いで、弓矢や棒を持っただけの者もいて、装備は統一されていない。

 それはこの武器たちが隊員達が自腹で持ち込んだ護身道具や学校の部活の備品だからだ。

 この場に集まった郷土防衛隊隊員は30名になる。


「基地からの増援は?」

「つい先程出たところだと」

「間に合わんな」


 扉を封鎖しているコンクリートの亀裂が徐々に大きくなる。

 これを破壊できるモノだ。

 タダモノである筈がない。


「出てくるぞ」


 コンクリートを粉砕し、中から出てきたモノに銃を持った者達は照準を合わせる。

 ニワトリの頭部、竜の翼、蛇の尾、黄色い羽毛を持つ怪鳥が出てきて、1番近くの警官がその黒いブレスに晒されて石化して倒れる。


「射て!!」


 無数の銃弾が怪鳥を貫くが、また一人の警官が石化する。

 怪鳥は一匹じゃなかったからだ。

 扉の奥からさらに八匹の怪鳥が飛び出してきて、犠牲者が続出する。


「ここを通すな!!」


 遠距離から弓矢も投射されるが、パトカーが蹴飛ばされ三匹の怪鳥が警官隊の包囲を突破する。

 郷土防衛隊の隊員が石化にも怯まずに刀や槍で斬りつけるが、二匹が市街地に向けて飛び出していった。


「住民の避難は!!」

「堀越町は各学校の体育館に避難は完了してますが、坂巻町は避難は行われてません」

「追え!!」


 警官4名、郷土防衛隊からは6名が石化されてしまった。

 堀越町と坂巻町の境目には川があり、橋を渡ろうとしている。

 警官達はパトカーで追おうとしたが、破壊された扉から真っ赤なサイのようなモンスターが飛び出してきた。

 サイのようなモンスターは警官二人を乗せたパトカーに突進して弾き飛ばした。



 その橋には急行した航空自衛隊中島基地警備中隊の軽装甲機動車(LAV)が、辛うじて間に合った。


「降車!!

 遠慮無く撃ちまくれ!!」


 運転手以外の3人が飛び出し、89式5.56mm小銃を発砲する。

 同時に開いていた上面ハッチから後部座席間に座る機関銃手が5.56mm機関銃MINIMIで、鶏の化け物を蜂の巣にしていく。

 普段は紛争などでは前線に出て来ない部隊だが、中島市周辺のモンスター退治には駆り出されていたりするので手慣れたものだ。

 航空自衛隊全体では3000名の人員を擁しており、便宜上の最高位に空将補の旅団長が存在する。

 最もこの大陸にいるのはニ百名だけで、一部は各都市のレーダーサイトの警備に派遣されている。

 蜂の巣にして倒れ伏したモンスターに銃剣を刺し、生死を確認していると、郷土防衛隊の隊員が自転車で追い付いてきた。


「自衛隊さん、施設にまたモンスターが!!」

「大丈夫です。

 そっちにも別働隊が行ってます」



 真っ赤なサイのモンスターに蹂躙されて、警官達も郷土防衛隊も死者を出しつつ後退していた。

 道路は車両で封鎖しているが、真っ赤なサイのモンスターがその気になれば突破されてしまう。

 真っ赤なサイのモンスターは、個人宅の家庭農園のイチゴやブルーベリーを食い漁っているので、移動を止めているだけだ。

 そこに航空自衛隊中島基地警備隊の虎の子82式指揮通信車が到着した。

 82式指揮通信車は当然のことながら、陸上自衛隊からのお下がりだ。


「あの出来れば農園は傷つけないで欲しいと郷土防衛隊から……」


 まだ動ける警官から基地警備中隊の東山三等空尉に要請するので困った顔をする。


「クラクションを鳴らしまくれ、こっちに引き付けろ」


 通常の野生動物は大音量を鳴らす物体が近付くと逃げていくが、魔物の類いは逆に襲い掛かってきたりする。

 案の定、真っ赤なサイのようなモンスターはこちらに突進してきた。


「射撃開始!!」


 82式指揮通信車の主武装12.7mm重機関銃M2と副武装の5.56mm機関銃MINIMIが火を噴き、真っ赤なサイのようなモンスターは体中から血を噴き出しながらも減速しながら突進してくる。


「シキツウ前進!!」


 82式指揮通信車が前進し、突進してきた真っ赤なサイのモンスターを弾き飛ばした。

 パトカーも弾き飛ばした真っ赤なサイのようなモンスターだが、13.6tもの82式指揮通信車には歯が立たなかった。


「少しヘコんだか」


 東山三尉はモンスターの駆除の報告と負傷者の救助を指示しながら、困惑した表情を崩さなかった。


「石化ってどうしたらいいんだ?」


 取り敢えず石化した警官や郷土防衛隊隊員の搬送は、石化により重量が何倍にも増していて難航する羽目に陥った。







 大陸東部

 日本国

 新京特別総督府


 総督府の会議室では、秋山、青塚補佐官や斉木財務局長代理や杉村外務局長といった文官。

 陸上自衛隊大陸東部方面隊総監高橋二等陸将、海上自衛隊那古野地方隊総監猪狩三等海将、航空自衛隊第9航空団司令の澤村三等空将といった三自衛隊の長。

 柿崎警視総監や公安調査庁の波多野局長や海上保安庁の岡田海上警備監といった面々もいる。


「近年の民間企業や日本人冒険者の横行により、自衛隊まで出動する事態が多発しています。

 おかげで総督府財政も逼迫していて、浦和市への入植は遅滞しました。

 鯉城市への本格的な入植は来年に持ち越し、杜都市の建設も進んでいません」


 斉木財務局長代理の発言に全員が沈痛な面持ちを見せる。


「石狩貿易、ラカンティアファーム、大日本仏教連合、石和黒駒一家、ポックル族の勇者やリュビア自治男爵の次期当主配偶者。

 NGO団体『大陸民主化促進支援委員会』も厄介事を振りまく種ですな。

 まあ、バラエティに飛んだ厄介事ですが、組織だった連中はともかく冒険者達の管理はどうなってるんですかね?」


 青塚補佐官のあげた団体を資料を読み漁っていた柿崎警視総監は苦虫を噛み潰したよう顔をする。


「冒険者とはようするに自営業者だろ?

 業務停止命令処分とかチラつかせて統制はとれないのか」


 空自の澤村空将は部隊の燃料制限から活動が縮小され、隊員が他部署に人員不足の為に出向させられている現状を苦々しく思っていた。

 だいたい自分達の根拠地たる中島市の防衛もままならない。

 強化した基地警備中隊と警察の中島国際空港警備隊から抽出した戦力で、どうにかまわしている。

 高橋陸将が困ったように答える。


「街での活動はともかく、都市から出られたら制御できない。

 都市の外ではモンスターの駆除や食肉の確保で貢献しているから発言力も強いんだ。

 冒険者といえば、魔物退治や遺跡やダンジョンの探索だと思っていたが、あれも冒険者が増えた原因だろ」


 地球人達がこの大陸に入植するようになり、植民都市建設や鉄道や道路の付設、重機まで使用した広大な田畑や牧場の開発等が行われた。

 これまでは人跡未踏の森林がかなりのハイペースで切り開かれていった。

 それまでの大陸人冒険者は、精々が人里から徒歩で数日程度の範囲で発見されたダンジョンの探索に限られていた。

 領主主導による開拓も人力なので、重機も使用した地球側の開発と比較にならない遅さだ。

 結果として地球側のハイペースの開拓で、これまでは未発見のダンジョンや遺跡が続々と発見されたのだ。

 それでも植民都市等の生活圏の開拓は止まらず、住宅街にポツンとダンジョンや古代遺跡が存在するという奇妙な状態が続いていた。

 加えて日本人冒険者は車やドローンも使うので、行動範囲も移動距離も大きい。

 遺跡はともかく、ダンジョンはモンスター達の棲家になっていることも多く、入口の封鎖や内部の掃討が自衛隊や警察によって行われていた。


「遺跡やダンジョンの正体はいまだに不明なんでしたっけ」

「大陸の学者が千年掛かっても文献や伝承も発見出来なかったそうですからね」


 猪狩海将や杉村外務局長も興味深く語りだす。

 話が脱線しそうなので、秋山補佐官が話を戻す。


「とにかく市内で活動する冒険者は警察に任せるとして、市外での冒険者の実態を調べる必要がありますね」

「いや、食肉や森の恵みを得るために森に出入りしている民間人も多いんですよ、どうやって区別するんです?」


 そこに中島市でのモンスター襲撃事件の第一報が入ってきた。

 モンスターが発生したのが、先程まで話していた住宅街にポツンと飲み込まれていたダンジョンの一つだった。

 モンスターは鶏の化け物がコカトリスと判明した。

 真っ赤なサイのようなモンスターは、ライブラリーに無かったのでレッドライノスと命名された。


「あそこはある程度は掃討して、下層階の深さから探索を断念。

 入口を鉄の扉で封鎖して、コンクリートで固めた処置を施したのにそれを突破したと?」


 中島市の防衛を受け持つ澤村空将は椅子に座ったまま天を仰ぐ。


「とにかく一旦、中島市に戻ります。

 石化はどうしたらいいか、連絡をお願いします」


 澤村空将は航空自衛隊の長だが、自分の基地に戻るのに連絡機の使用は許可されていない。

 燃料が勿体無いからだ。

 石化の犠牲者達は魔力の保有量により、自然に治るらしいが、魔力皆無の地球生まれの地球人には絶望的だった。

 最も司祭や神官に頼めば奇跡の力で、浄化して貰えることが判明して、全員が生還を果たすことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る