第141話 新しい血


 ハチキュウは89 式5.56mm小銃の部隊内での呼称であり、9mmは9mm拳銃MP-443 グラッチのことだ。

 9mm拳銃は転移前の20世紀は三佐以上の幹部自衛官か、戦車長、無反動砲の砲手、対戦車誘導弾の操作手、警務官だけの装備だった。

 21世紀に入り、市街地戦闘訓練や海外派遣時に一般隊員も装備出来るようになるが、生産数が足りていない現状だった。

 転移後に始めて全隊員に支給されることが決められるが、当然日本本国の生産力では間に合わない。

 そこで、南樺太のロシア軍の保管庫から引っ張り出したのが中村陸曹長が構えている拳銃だ。


「倒したモンスターは冒険者ギルドとかで買い取ってくれるらしいですよ。

 絶対に回収して帰りましょう」

「ああ、いい小遣いになるな。

 と、なると生きて帰らないとな」


 言い終わるより先に中村陸曹長が発砲する。


「そら小遣いが向こうからやって来たぞ!!」


 任務中に討伐したモンスターの肉や素材を売却することは彼等自衛官達にも権利として認められていた。

 舌舐めずりしている二人の前に姿を現したのは、9つの人間の頭部を持つ大蛇だった。


「何じゃそりゃあ!?」

「無い、それはさすがに無い!!」


 さすがに不気味すぎるモンスターの形態に二人はビビりまくる。

 あまりのホラーの姿に先程まで気にしていた残弾を残さず撃ち尽くしていた。

 銃弾は人型の頭部を次々と粉砕していったが、まだ二つ残っていて二人に這い寄ってくる。


「伏せろ!!」


 背後からの声に咄嗟に床に伏せるが、その頭上を銃弾が通り過ぎる。


「ん?

 まだ死んでないか」


 さらに銃弾が頭を掠めて行く。


「もういいですよ」


 二人が顔を上げる別働隊だった筈の大松一等陸曹がここにいる。

 89式5.56mm小銃を両手に一丁ずつ、背中に四丁背負っていた。


「その銃はどうしたんだ?」

「落ちてました。

 おそらく隊長達が拘束さたれた時に投棄されたものでしょう。

 いっぱい落ちてましたよ」


 大松一曹は言いながら二人に89式5.56mm小銃を渡していく。


「後で全員分回収しますよ。

 さすがに放置はまずいですから」

「わかった。

 しかし、さっきの不気味なのはなんだったんだ?」


 この場ではわからなかったが、駐屯地に戻った時に先程の怪物の名前もアーカイブに記録されていたことに三人は驚くことになる。


「取り敢えずラミア共の後背を脅かしに……」


 大松一曹と中村陸曹長が今後の対応を話し合っていると、藤井一曹が付近に隠し部屋の扉を見付けて安全を確かめていた。


「これは……宝だ。

 さすがにこれは無理かな?」


 何百年も手付かずの金銀財宝がそこに積まれていた。







 リュビア自治男爵領

 領都テルシア


 ラミア達の都テルシアは、高麗民国国防警備隊第2戦闘航空団の攻撃機F-5EタイガーIIの空爆を受けていた。

 投下されたMk.82爆弾が食料庫や街の広場を破壊していく。


「あいつら我々も一緒に爆撃しないだろうな」


 領都に乗り込んできた柿生一等陸尉が空を見上げて呟く。

 今の所は領都に入った陸自からの通信を下に、住民のいない、あるいは退避させた建物を空爆させていたのだ。

 領館にてラミアの自治男爵にして女王のミリアーナとの会談に取り付けいたのだ。

 ミリアーナは会談の場にベッドを持ち込み、3メートルは有る尾をトグロを巻かせて寛いでいた。


「死者がでないうちにケリをつけたいのですがね。

 そちらがお孫さんですか?」

「えぇ、イチローというの日本の偉人から名付けたと、タケヒコ君が」


 荒川武彦氏は日本人冒険者の一人で、今回の救出劇の原因となった人物だ。


「婿殿はリュビアに骨を埋めると言ってくれたの。

 でももう一人が納得してくれなくて、貴方達に救助を要請しちゃったのよね」


 もう一人の冒険者、立花菜々美は荒川武彦に好意を寄せていたらしい。

 しかし、ミリアーナの娘と恋に落ちた荒川武彦は子作りに励み、この地に留まると言い出した。


「それで我々が来れば強引に連れ出してくれただろうと?

 確かに似たような事案は最近ありましたが短絡的な」

「うちの若い娘達もそれを信じちゃったからこの有様よ。

 まあ、ついでに貴方達の種をご相伴に預かろうとしたわけね。

 と、言うわけで今回はこれで手を打たない?

 どうせリュビアに欲しい利権も土地も興味が無いんでしょ」


 ミリアーナの言う通りにこのまま紛争化させても面倒なことばかりだ。

 あとは面子の問題だが、空爆で幾つかの建物を吹っ飛ばした事で保たれている。


「難しい調停は総督府の文官の仕事なので任せますが、停戦には合意しましょう」


 総督府も面倒事はさっさと片付けたいのだ。

 遭難者さえ救助できれば用は無かった。

 総督府も自衛隊も痴話喧嘩に付き合う程、暇ではないのだ。


「そうそう、これだけは覚えていて貰おう。

 次の次のリュビア自治男爵は日本人の血をひいているからな」


 余計なミリアーナの一言に柿生一尉は舌打ちをして部隊には撤収を命じた。

 捕まってた隊員も回収しなければならない。

 報告書に何と書けばいいか、頭が痛かった。





 後日譚だが、リュビア自治領に日本人女冒険者の一団が現れた。

 領内のダンジョンで莫大な財宝を見付けて話題になった。

 長年ダンジョンを出入りしていたラミア達やリュビアの冒険者達は悔しがりようは相当なものだった。

 肝心の彼女達の冒険者としての活動はこれ一回限りであり、家族や親戚に自衛官がいたことは特に話題にも問題にもならなかった。

 また、休暇中の中村陸曹長、藤井一曹、大松一曹がたまたま大型トラックでドライブに来ていたことも、小隊総出の宴会の後は偶然として忘れられていった。

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