第140話 殴り合いダンジョン

 大陸南部

 リュビア自治男爵領

 ダンジョン内


 同行してきた自衛隊の部隊に女はいなかった。

 歌声が女の声だから油断していたが、明らかに味方の呪歌では無い。

 それに気が付くのが遅かった。 

 種を明かせば簡単だ。

 高機動車は災害派遣や演習でも使う外部スピーカーとも接続できる。

 今回は行方不明者に呼び掛ける必要性からも接続したままだった。

 最もこのスピーカーも自衛隊の装備品ではなく、民生品のワンタッチ車載拡声器スピーカーを流用したものだ。

 それをカーオーディオから流した女性歌手の歌声を大音量で流したのだ。



 グロリアが再び警戒態勢を取ろうとした瞬間、ダンジョン入口からM84 スタングレネードが投擲された。

 起爆と同時に170-180デシベルの爆発音、1100万カンデラ以上の閃光がグロリア達を襲う。

 グロリア達をラミアは視覚を人間と蛇の赤外線を可視できるモードに切り替えることが出来るが、強烈な光の前には意味がない。

 目と耳を奪われ、驚愕したところをダンジョン入口の高機動車の助手席から大松一等陸曹が、サングラスとヘッドフォンを装着して飛び出してきた。

 ダンジョン入口からグロリア達のいる通路は下り坂である為に、勢いのままに駆け抜ける。

 すでに40代に差し掛る年齢の大松一曹だが、その動きは年齢を感じさせない。

 そのまま距離を詰め、89式5.56mm小銃の銃床でグロリアの顔面を殴打した。

 銃弾はラミア達の身体を貫通し、尾に巻かれた隊員に当たるかもしれないから使用を控えた。

 尾で締め付ける力が緩むと、グロリアに運搬されていた宮村ニ等陸尉ともう一人の隊員が這い出してくる。

 さすがにほとんどの隊員が、スタングレネードの大音量で強制的に目を覚まし、正気を取り戻してもがき始める。

 大松一曹はそのまま2人目、3人目のラミアの顔面を銃床で殴り倒し、拘束されていた隊員達が這い出してくる。

 また、ナイフや拳銃を発砲して自力で這い出してくる隊員もいた。

 四人目を殴打しようとした大松一曹は、ようやく視界を取り戻してきたラミアに槍を横薙ぎにされて後退する。

 救助できたのは9人。

 グロリアも嘔吐と頭痛、顔面の痛みを我慢して、大松一曹の退路を断つべくダンジョン入口方向を塞ぐ。

 しかし、大松一曹は一顧だにせずにラミア達の尾を踏み付けながら、這い出てきた2人の隊員の尻を蹴飛ばし、ダンジョンの奥に消えて行った。

 半数以上の隊員を奪還され、負傷者も出したグロリア達、リュビア衛視隊は再びダンジョン入口から距離を取った。


「やるじゃない、完全にしてやられたわね。

 距離を取って時間を稼ぐわよ」


 顔に痣を作りながらも衛視隊に後退を指示する。

 衛視隊のラミアの中にはいまだに不調を訴える者もいる。

 あの攻撃を立て続けに行われたら次は持ち堪えられないと焦りを感じていた。




「はあ……はあ……、どうなってる?」


 ダンジョン入口を塞ぐ高機動車まで、息も絶え絶えに辿り着いた宮村ニ尉は、5.56mm機関銃MINIMIの銃架を担当していた隊員に問い詰める。


「森からも多数ラミアの衛視隊が接近してきましたが、手榴弾やグレネードを投擲すると、後退していきました。

 何本かの木には火も付けてます。

 あいつら木の枝からも這い寄ってくるんですよ?

 大松一曹が蛇の特性に詳しかったので助かりました」

「ああ、大松一曹はレンジャー教官だったからな。

 飼育しているうちに詳しくなったか」


 自衛隊ではレンジャー学生達に蛇を飼育させたりする。

 主にアオダイショウやマムシで、捕獲してきたり、業者から食用として購入したものだ。

 レンジャー訓練前に動物授与式というのを行い、鶏、蛇、ウシガエルを受領するのだ。

 それらを訓練の合間に一週間ほど飼育し、捌いて食べる訓練に使用するのだ。

 つまりレンジャー隊員だけで編成されたこの部隊は、全員が蛇を食べた経験があった。

 転移当初の食糧難で、自衛隊の真似をして蛇を捕食しようとして噛まれたり、寄生虫に寄生された民間人が続出する事態が相次いだ。

 その為に大松一曹等が各地に赴き、『正しい蛇の捕獲、捌く、食し方講座』を開くことになり、改めて蛇について勉強させられたのだ。


「よし頭がはっきりしてきた。

 小銃は取られたが拳銃は無事だ。

 ほら、お前等も配置に付け」


 実際には小銃は重かったからグロリア達は、遺棄して来ただけだったりする。

 宮村ニ尉同様に脱出してきた隊員達に声を掛けて、壁を背に拳銃を構えさせる。


「本隊に連絡は?」

「15分前に現状を報告したきりです」

「わかった、俺も報告するか」


 無線機を受け取り、ケニング子爵領に設置された柿生一等陸尉が指揮する本部に通信機のチャンネルを合わせた。




 ケニング子爵領

 子爵邸


 宮村ニ尉からの報告を聞いた柿生一尉と取次のケニング子爵が頭を抱えていた。


「ラミアさん達は何がしたいんですかね?

 彼女等のしたいことがさっぱりわかりません」


 柿生一尉の言動は半分キレ気味で、ケニング子爵は額に汗を浮かべて後退りしている。


「彼女達の行動原理は単純です。

 より強い種を求める。

 そう意味では自衛隊の方々は屈強で問題ないのですが、ここ数百年で彼女達の嗜好も変わって来てまして……」


 柿生一尉はケニング子爵が何の話をしているのか理解したくなかった。


「当初は純粋に力の強さとか、戦いに強い者とかの種を求めてたんですが、最近は美形とか金持ちとか権力とか、別方向の力を欲する様になりまして……

 日本人との子を宿せば、その庇護下に入れると考えてるようで……」

「子爵殿、ひょっとして知ってました?」

「いや、皇国が有った頃から彼女等にその傾向が有りまして、そうじゃないかなあと。

 人食いの体質改善したら嗜好も変わったんじゃないかと言うものもいましたから」


 と、なると行方不明者となった日本人冒険者の所在も怪しかった。

 絶対にダンジョンにいないのは確信できた。


「第3小隊をダンジョンに割り振ったのは失敗だったか、こうなったら直接リュビアの領府に乗り込むしかないか」


 背後で通信担当の葉山一等陸曹が行きたそうな気配と顔をしている。

 絶対にこいつだけは駄目だなと、心に決めるが手持ちの部隊と車両が無い。

 ヘリコプターで直接乗り込むしかなかった。

 ケニング子爵領の本部に残っているのは、第6教育連隊の衛生や通信、施設等の後方教育を施す隊員たちばかりだった。


「一応、全員普通科の訓練も受けてるだろ?

 準備を急げ」

「了解で有ります!!」


 他の隊員達が嫌そうな顔をするなか、力一杯応えたのは葉山一曹だった。


「お前は留守番な!」





 大陸東部

 日本国 新京特別行政区

 大陸総督府


「それでリビュア自治男爵領の目的は盛大なハニートラップか?」

「どちらかというと子作りの方がメインの用ですが、日本人とラミアの子供が産まれたら我々は保護下におく必要があるでしょう。

 行方不明だった日本人冒険者は、その……

 別の意味で手遅れとみるべきでしょう」


 秋山補佐官の言葉に秋月総督はいつもの様に頭を抱えていた。


「現地の部隊には実際に子供がいるのか確認を急がせろ」

「それが派遣部隊の実戦部隊はリビュアの衛視隊と対時中でして、本部部隊がヘリコプターで男爵邸に乗り込むそうです」

「後方の部隊なんだろ?

 大丈夫なのか、増援を送る必要があるんじゃないか」


 すでに南部のアンフォニーの第4分屯地の浅井三等陸佐やイベルカーツの第9分屯地の千堂三等陸佐からは、これ以上の戦力は割けないと言われていたからの第6教育連隊からの派遣だったのだ。

 航空自衛隊による空爆も考えられたが、レイモンド男爵領空爆により爆弾や燃料の備蓄に乏しく、澤村三等空将に渋い顔をされたばかりだ。


「他にアテとなると、高麗民国耽羅市に駐屯する高麗民国国防警備隊第3軽歩兵連隊となりますが」


 高麗民国国防警備隊第3軽歩兵連隊は、元は珍島を警備していた国防警備隊第3連隊を再編した部隊である。

 国防警備隊第3連隊時代は、K1A1 5.56mmアサルトカービン、ブローニングM2重機関銃、K131多用途車とパトカー程度の装備だった。

 しかし、昨年にはK311小型トラックの再現と量産を成功させて大陸の植民都市の防衛部隊して再編成したのだ。


「まだ殉職者も出してない時点では、要請も無理だな。

 最大戦力を持ってるはずの我々が自前でやれと断られるのがオチだ」

「航空部隊なら話は別では?

 この大陸での実戦の実績を欲しがってましたよね」


 秋山補佐官が指摘したのは高麗民国国防警備隊第2戦闘航空団だ。

 元は大韓民国空軍大邱基地所属の第11戦闘航空団の第151戦闘飛行隊のF-4D、第102戦闘飛行隊と第122戦闘飛行隊のF-15Kを中核とする部隊だ。

 同様に光州基地の第1戦闘航空団の第105戦闘飛行隊F-5E や泗川空軍基地の第3教育飛行団のT-50練習機や様々な基地のF-16C/Dも多数転移して来ている。

 巨斉島、南海島、珍島を始めとする高麗本国3島とそれに付属する諸島群はもともと大韓民国の領土だったし、日本に返還した竹島や米軍との訓練で、転移範囲を飛行することが多かった部隊だ。

 戦力としてはともかく、今までの高麗民国では置き場所に困る代物だった。

 何しろ日本と一緒に転移してきた韓国の島々にはロクな民間空港すら無かったのだ。

 一時は日本の在日米軍基地に避難していたが、旧韓国空軍と同様に在韓米軍第7空軍のF-16およびA-10も避難してきて手狭になって、形見が狭い思いを味わっていたらしい。

 皇国との戦闘ではそれなりに活躍し、西方大陸アガリアレプトの戦線でも投入されていた。

 部品や武器は米軍との共通なので、特に問題にならなかった。

 高麗民国建国共に国防警備隊が結成されても航空基地建設が後回しにされたので、百済サミット襲撃事件や鳥島諸島ハーピィ駆除作戦には参加できなかった。

 自分たちがいれば亜人共に好きにはさせなかったと忸怩たる思いがあったらしい。

 そして念願がかない、高麗民国任那道高句麗市に航空基地が建設されて正式に国防警備隊に合流を果たした。


「今はどれほどの部隊が、こっちの大陸いるんだ?」

「F-15K スラムイーグル 1個飛行大隊25機、F-16C/D、F-4D、F-5Eが飛行中隊12機ずつ配備されています。

 空自の第9航空団より規模が大きいですね」


 今後はルソン市の沿岸警備隊の南部独立都市の沿岸警備委託同様に領空警備委託を請け負う調整が行われている。


「人死にも困るからな。

 爆装した攻撃機を1機要請しよう」





 リュビア自治男爵領

 ダンジョン内


 ダンジョン内で孤立する中村陸曹長と藤井一等陸曹は、最初のワームを倒したのも束の間、有翼で悪臭を放つ大蛇や双頭の大蛇に襲われて疲労困憊の有様だった。

 その尽くを倒してきた二人は獅子奮迅の活躍ぶりだったが、戦いながらダンジョンの最奥に引き込まれて、壁に背中を付けて倒れ込んでいた。


「た、弾はどれくらい残ってる?」

「ハチキュウが最後のマガジン、半分くらいです。

 こんなに撃ちまくったのは初めてです」

「訓練でもこんなに撃てないからな。

 こっちは9mmがあと3発だ。

 次にモンスターが出たらヤバいな」


 

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