第139話 呪歌

 大陸南部

 リュビア自治男爵領

 ダンジョン内


 通路自体は大の大人が二人横に並べれる程度だ。

 ホコリだらけなのは頂けないが、歩きやすく照明器具や通信器の中継機を設置するのには便利だった。


「その明かりは便利な道具だが、軍装品にしては不揃いな品よな?」


 リュビア衛視隊の隊長グロリアの指摘に宮村ニ尉はため息を吐く。

 確かに自衛隊の装備品にしては、壁掛け式の照明や吊り下げ式があったり、棒状の照明を隊員たちが壁に埋め込んだりしている。

 全体的に安っぽい作りだ。

 ちなみに彼女等の目は暗視が可能で、照明は必要ないらしい。


「もちろん隊の装備品じゃないです。

 本国で倒産した雑貨店の品を食糧と引き換えに買い取った在庫です」


 転移当時、日本は海外からの食糧輸入の道が完全に閉ざされていた。

 備蓄や決して高くは無い生産量を調整し、どうにか2年は保たす目処は立たせたが、3年目には詰んでしまう。

 その間に官民一体となって、休耕地や空き地、学校のグラウンドから公園や家の庭まで使って田畑が造られた。

 海や川、湖でも釣りや漁が行われ、来たるべき飢餓への破滅を先延ばしにするべく努力が行われた。

 これには日本から母国に帰れなくなった外国人も加わり、異世界転移した地球人が本当に一つとなった時期だった。

 当初は懸念された外国人による暴動も起こらなかった。

 母国に帰れなくなり絶望した彼等にそんな気力は残っていなかったのだ。

 そんな彼等に耕すべき畑や廃船寸前の漁船、或いは釣具一式でも供与すれば、明日を生き抜く糧を得るために懸命になって働いてくれた。

 当然、食糧の盗難や強盗が多発したが警察や自警団で対処出来る範囲に落ち着いていた。

 その反面、商業活動は潰滅的打撃となった。

 外国から商品の現物や資材の輸入も途絶えたからだ。

 何より自動車や工場を動かすのに必要なエネルギーの輸入が途絶えたのも大きく、食糧増産の為に人的資源まで取られてしまった。

 商店等は在庫となった商品を食糧との物々交換でしのいでいたが、宮村ニ尉達が当時駐屯していた駐屯地近所の100円ショップが閉店することになった。

 そこで自衛隊隊員達とその家族が運営していた共同農場の食糧と交換し、残った商品を全て引き取ったのだ。

 半分くらいは善意による食糧提供の口実だ。

 現在、この救出任務に使われた照明もその時の在庫で、官給品の消耗を惜しむ上層部からの提案で、在庫整理も兼ねて、こういった任務で供出している。


「ふ〜ん、じゃあ私物の提供と変わらないよね。

 共同農場の産物の代価は、食糧危機の去った今では補償されないのか?」

「退官時に年金の代わりに貰える土地に加算してくれることになってますよ。

 一体、どこの土地が貰えるやらですがね」


 現状でも温泉旅館並みの土地家屋が、これまでの給与未払いの代わりに新京の都民指定の土地家屋割当の代わりに頂いている。

 そこには両親や妻の両親、兄弟姉妹とその家族まで住んでいる。

 彼等彼女等の市民土地割当と合算すると、そのくらいの広さとなったのだ。


「まあ、飛び地を貰ったら希望する兄弟と調整ですかね?」

「住み慣れた土地から同胞を引き剥がすのは難儀するぞ。

 妾達もそれで結構な血が流れたからな」


 ラミアの女王が皇国の初代皇帝が孕まされて以来、リュビアの土地を自治領として拝領し、大陸各地のラミアの全てこの地に集めるように命じられた。

 ラミアの女王といってもあくまでこの地の血族の女王であり、説得や脅迫に応じない者が多数いた。

 その地のラミア達は、皇国正規軍や冒険者による討伐の対象となり、徹底的に殲滅された。


「もともと数も多くはなかったからな。

 今でもどこかでラミアの存在が確認されれば、衛視隊が説得や捕獲に赴くことがある」


 その際に人間と結ばれてれぱ、その伴侶もこのリュビアに住むことが出来る。

 人間より寿命が長く、老化した容姿になりにくいラミアに惚れる人間は少なからずいる。


「まあ、タケヒコもそんな一人なんだが」


 その言葉に宮村ニ尉の足は止まる。


「今回の救助者の荒川武彦氏のことですか、それは?」

「うむ、男爵閣下の娘を産卵させている。

 妾達との行為を『roll me』とか、喜んでたそうよ」



 その言葉に宮村ニ尉は力を無くして、段差に引っかかり膝を地につけてしまった。


「た、隊長?」


 信頼する技量を持った隊長が蹴躓いたのだから、隊員達が不審がり足を止める。


「なんでもない進め……」


 宮村ニ尉は上にどう報告するか頭の中でいっぱいだった。


「なあ、宮村ニ尉?

 まさか二人の恋路の邪魔はしないわよな?」


 艶めかしく、耳元で囁かれた宮村ニ尉の首筋にはグロリアの三叉槍の刃先が当てられていた。

 一瞬、判断が迷った隙にラミアの尾で身体が巻かれていく。

 それは宮村ニ尉の周囲にいた部下達も同様で、衛視隊のラミア達に制圧されている。

 人数的に全員が拘束されたわけでは無く、20人程が無事だが、狭い通路では見動きが取れない。


「こ、このダンジョンに遭難した冒険者達はいないな?」

「あら、どうして?」

「床の埃に人が通った形跡が無い」

「なるほど、よく見てるわな。

 まあ、暫くは大人しくしててもらおう。

 殺しはしないから安心せい、たぶん」


 グロリアの後ろにいたラミアが竪琴を奏でて歌を唄いだした。

 狭い通路では呪歌も反響して、奥まで響き渡る。

 呪歌は大陸に古くから伝わる古代語の『力ある言葉』を唄にしたものだ。

 物理的な作用は無いが、精神に働き掛ける効果がある。

 その艶めかしい魅了の呪歌に拘束された10人と、前衛と後衛にいた10人の隊員達が身体が高揚し、感極まって気絶していった。


「えっ?

 ちょっと、そこまで強力なの掛けてないぞ。

 魅了されて、自分達で動いて貰わないと困るのだが……」 


 魔力に対して耐性の無い日本人達は彼女達の予想を越えて呪歌が効きすぎて、大陸人相手では考えられない反応を示してきた。

 全員が涎を垂らして、だらしない顔で倒れている。

 このまま放置も出来ない。

 魅了して、外の隊員を制圧させる為にも必要だったのだ。

 隊列の最前にいた隊員と最後衛にいた隊員達は、距離を取って呪歌の効果範囲から逃げている。

 そちらへの対処も必要だ。


「とにかく外に運び出すのだ、装備も全部よ」


 ラミア達の上半身部分は、鍛えた成人男性とやや上程度の力しかない。

 下半身の尾は人間を絞め殺す程度には力を出せるが、巻いたままでは移動は困難だ。

 困惑する彼女達は、担当していた隊員を尾で巻いて、床を這って地上を目指すしかない。

 彼女等は体格の良い成人男子に装備重量を込めた100キロ近くの隊員20名を運び出すのに難儀することになる。


 当然のことながら最後衛にいた3人の隊員は通信機で、グロリア達の裏切りを示す符丁の信号を送っていた。

 彼等は敢えて、交戦せずに外の隊員との合流を優先して移動していた。





 ダンジョン外


 ダンジョンの外で留守を任されていた大松一等陸曹は、陣地を構築しながらもダンジョンから帰ってくる隊員達の為にカレーを調理していた。


「班長、本隊から状況Bだと!」


 通信当番の隊員の報告で、大松一曹は簡易コンロの火を消して、鍋を掻き混ぜるのを止める。


「ダンジョンの入り口を車で塞げ!!

 周囲の警戒も怠るな。

 本部並びに最寄りの各司令部にも状況を報告しろ」


 大松一曹の指示のもと、高機動車がダンジョンの入口に駐車され、出入りが制限される。

 後部座席の銃架の5.56mm機関銃MINIMIに隊員が取り付き、銃口をダンジョンの入口に向ける。

 大松一曹も89式5.56mm小銃を手に取り、周辺を伺う。


「当然いるよな、こっちにも」


 陣地周辺に巻いた各種センサーが敵の接近を伝えてくる。

 ダンジョン内部との連絡は取れない筈だから、すぐに襲ってくることは無い。


「襲撃があるとしたら、ダンジョン内部の敵が帰ってきた時だな。

 それまでに増援が間に合えばいいが……」


 そして、ダンジョン内からの『唄に気を付けろ』の通信に大松一曹は心当たりがあった。


「ラミアってのは、ハーピーと同じ事が出来る可能性があるのか、本部に問い合わせろ」


 事前のミーティングでは、そんな生物的特性はラミアには無い筈だった。

 隊員達は耳栓やヘッドフォンを装着し、平戸市や唐津市で大量の死傷者を出したハーピーの群れの襲撃事件の戦訓を活かすことしていた。

 その内にダンジョン内にいた隊員3名が合流して、守りを固めることになる。




 大陸南部

 リュビア自治男爵領

 ダンジョン内


 リュビア衛視隊のグロリア達の唐突の裏切りで壊滅した第6教育連隊所属の第6教導中隊第三小隊で、先頭にいた事で中村陸曹長と藤井一等陸曹の二人は呪歌の効果範囲から逃れていた。

 壊滅と言っても殉職者が出たわけでは無く、多数の隊員が昏倒しただけだ。

 態勢を立て直す為に二人は、さらなるダンジョンの奥部に突入するが追撃は無かった。


「追って来ませんね」

「隊の連中は昏倒させられただけだからな。

 こっちに手がまわらないんだろう」


 完全に後手にまわったが、ネタがバレてしまえば対処の仕様はある。

 捕まった第3小隊の隊員達を救うべく、再び距離を詰めることにする。


「しかし、連中はどういうつもりなんですかね?」

「さあな、俺達とエッチなことをするつもりなんじゃないか?

 ラミアってあれだろ、女しか生まれないから他種族の雄に種付けさせるらしいからな」


 それが事実なら面倒な事になる前に救出に行かないとけない。

 何しろ隊員のほとんどが既婚者だ。

 家庭崩壊で離婚となったら後味が悪い。

 それに大陸に植民した隊員は、細君の家族まで同居しているのがほとんどなので、財産分与で揉める事は間違いないのだ。

 64式7.62mm小銃を構え、元来た道を戻ろうとした時に何かが這うような音が背後から聞こえた。

 中村陸曹長が発煙筒をダンジョン奥部に投げると、ミミズ、ゴカイ等の体が細長く、脚のない環形動物のようなモンスターがいた。

 頭部と思われる先端部が開口し、円形に配置された歯が、剥き出しで近付いてくる。

 全長はわからないが、全幅は2メートルは確実にあった。


「うわっ、なんだアレ?」

「撃て、とにかく撃て!!」


 二人は銃口をワームに向けて、発砲しながら後退し、横道に逃げ込んだ。

 銃弾は外れようが無く、ブヨブヨな体表を貫き、奇怪な色の体液を噴出させるが、その体液は酸性らしく付着した壁や床か僅かに溶けて煙を上げている。


「近付かれたらやばいな。

 レモン!!」

「了解」


 藤井一曹がM26手榴弾を投擲させて爆発させる。

 どうやらワームは倒せたようだが、その死体を食い漁りながらもう一匹のワームが現れた




 一方、ダンジョンの入口に到着したグロリア達、リュビアの衛視隊も手詰まりだった。

 苦労して自衛隊隊員達を尾で巻き付けて運んで来たのはいいが、衛視隊員達は疲労困憊の上にダンジョンの入口が高機動車で横付けされて塞がれていた。

 おまけに銃架から5.56mm機関銃MINIMIの銃口がこちらに顔を覗かせている。


「これは近付けないわねぇ」


 先程から竪琴を奏でさせて呪歌も唄わせているが、外の自衛官達には効果がない。

 耳栓でもしていることは容易に想像が出来た。

  冒険者達でも相手が恐慌を引き起こす咆哮や呪歌を唱える者がいるとわかると、同じ様に対応してくる。

 最初にこちら側に逃した隊員達から話を聞いたのだろうと、グロリアは舌打ちする。

 同時に奥部に逃げただろう隊員達のものであろう銃声や爆音がダンジョンに鳴り響き、呪歌を妨害してくる。


「後ろも何か出たみたいね。

 厄介なモンスターじゃないといいけど、これは根比べかしら?」  


 外の森林に配置した部隊が自衛隊を無血で無力化してくれれば問題は解決する。

 それなりの数は配置した筈だか、些か時間が掛かってるようだ。

 現にダンジョンの外からもずっと歌声が聞こえてくる。

 持久戦を考えていたグロリアだが、暫くしてから違和感を感じた。


「呪歌じゃない?」


 

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