第138話 リュビア
大陸南部
ケニング子爵領
領都 領邦軍練兵場
「周辺の封鎖は確実にな。
まあ、隠しては無いが領民が騒ぎ出すのは避けたい」
領主のケニング子爵は、領邦軍の責任者に指示を下して空を見上げる。
王都からの早馬が到着したのは2日前のことだった。
子爵領に隣接する森林地帯で、日本人冒険者を含むパーティが行方不明となり、自衛隊がわざわざ捜索に来ることになったのだ。
正直なところ、自由業で流れ者の冒険者を国軍が救出に向かうという行為が理解出来ない。
「日本の貴人の御子息か何かなのでは?」
「おそらくそんなところだろうな」
ケニング子爵は同行していた騎士隊長の言葉に頷く。
大陸の貴族でもたまにある話ではある。
若い貴族の子弟が冒険者や放浪の騎士等の冒険、英雄譚に憧れて、実家を飛び出してしまうのだ。
跡取りの長男や予備の次男以外なら止めたりはしない。
普通なら跡取りのいない同格の貴族家や配下の家臣、領内の村長の家に婿養子の道を探してやるものだ。
最も最近は貴族の子弟が冒険者の道を辿ることは、ほとんど有り得ない。
王家直属の近衛騎士団や王国正規軍或いは、文官に推薦しする方が容易で確実だからだ。
かつての皇国軍は日本が率いる地球系連合軍を相手に壊滅的損害を負った。
今の王国軍は皇弟だったソフィア大公家の領邦軍が中核になっているが、大陸全域に霸を唱えるには規模が小さすぎ、貴族達の領邦軍に頼らざるを得ない状況だ。
直属の近衛騎士団だけは、頭数を揃えたが膨大な天領や砦を守る王国軍兵士の再建はこれからだった。
貴族の部屋住み子弟の士官先としての余地は十分だった。
これは文官も同様で、実は領邦軍自体も人手不足で士官先には困らない時代だ。
貴族の子女にも決められた婚姻に不服で、神殿や冒険者に活路を求める者が少なからずいた。
最近は日本に人質として預けられた筈の令嬢達が、何故か高等教育を施されて帰って来る。
彼女等は読み書き、計算が出来る程度の文官を駕ぐ学識があり、領地の運営には欠かせない存在になって来ている。
その結果が貴族令嬢の自立と晩婚化であり、各貴族家の悩みの種になっている。
まあ、そんな時代ではあるが、貴族の子弟が冒険者になることが廃れた訳でもない。
最も次男や三男程度では捜索隊は組まれない。
「日本の名家の嫡男といったところか?
無事なら当家との婚姻も有り得るか、どの程度の捜索隊を送り込んでくるかで推し量れるな」
やがて大陸ではほとんど聞く機会が無い、ローター音を響かせ、複数のヘリコプターの編隊がケニング子爵達の視界に捉えられた。
「あれがヘリコプターとやらか」
話には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。
領邦軍の練兵場に着陸したヘリコプターは3機。
航空自衛隊のCH-47J 大型輸送ヘリコプター1機。
陸上自衛隊のUH-2 多用途ヘリコプターの2機だ。
UH-2 多用途ヘリコプターは、SUBARU ベル412EPXをプラットフォームに次期多用途ヘリコプター導入計画UH-Xとして開発された機体だ。
開発自体は転移の年2015年に予算も付いて始まっていた。
運用開始は転移から6年目で、皇国との戦争には間に合わなかった。
西方大陸派遣部隊や本国の師団に優先的に配備され、大陸の師団にはまだ配備されてない筈の機体だ。
UH-2から陸自の隊員が降りて来て、CH-47Jからは機材や高機動車を運び出していく。
天幕にて待機しているケニング子爵と騎士隊長に向かい、自衛隊の指揮官が敬礼と共に駆け寄ってくる。
「日本国陸上自衛隊第6教育連隊第6教導中隊隊長柿生武志一等陸尉です。
この度は総督府からの要救助者の救助任務支援の要請にお応え頂き、感謝の念に堪えません」
「こちらこそ会えて光栄です柿生一尉殿。
最大限の支援をさせて頂くが、教育部隊が救助任務なのですか?」
「どこの部隊も任務過多で動けなくて、我々に白羽の矢が立ちましてな。
しかし、ご安心を。
教育隊と言ってもこの中隊は新人教育の部隊ではなく教導隊の隊員です。
捜索にあたる小隊は、全員がレンジャー資格を有した隊員だけで編成されています」
「なるほど、レンジャーですか」
柿生一尉とケニング子爵とはレンジャーに関する認識にずれがある。
ケニング子爵の認識では、レンジャーとは弓や短剣を駆使する山や森林の活動に適した技能を有するエルフや狩人のような存在だった。
しかし、柿生一尉の後ろに並んだ屈強な男達からはそのイメージからはほど遠い。
「支援の一環として、土地勘のある狩人や冒険者を用意しました。
近隣の村にも窓口役として、騎士を配置したので、存分に利用して下さい」
「御厚意に感謝致します。
宮村ニ尉、準備が出来次第出発しろ」
「了解、準備を開始します」
宮村ニ尉の部隊以外隊員は、指定された宿舎に通信機器や指揮所の設置や食事の調理を始めている。
「それで、彼等が向かった湿地帯ですが……」
それが彼女等との取次役であるケニング子爵と接触をはかった理由だった。
リュビア湿地帯は半人半蛇の亜人、ラミアの自治領だ。
カテゴリー的には男爵領に当たるが、ラミア人口はさほど高くなく千人に満たないという。
彼女等の伴侶やその候補、子供達を合わせれば自治領全体で六千人を超える人口となる。
男爵領としても小規模な領地だ。
基本的にラミアは女性しかおらず、伴侶として異種族と交わる傾向があり、美的感覚は人間と変わらない。
産まれる子供は卵からだが、女子ならラミア、男子なら交わった相手の種族となる。
古代の魔術師が創り上げた魔獣と考えられており、ダンジョンや遺跡に生息していた。
しかし、人に变化する魔術を使い街や村に住み付き、男性と交わり、人の子供を餌として攫ったりしていたことから討伐の対象となっていた。
「ですが千年前に初代皇帝陛下が、うっかりラミアの娘を孕ませたことから、その娘に呼び掛けさせてリュビアに大陸中の仲間達を集めさせて自治領として成立させました。
その後は代替わりと体質改善を促し、人喰いを辞めさせ現在に到ります」
「体質改善の概念はあったのですね?
しかし、よくまとめて討伐しようとはなりませんでしたね」
柿生一尉の疑問にケニング子爵は、目を瞑り、天を仰ぐように応える。
「わりと、貴族の中に性的に魅了させられる者がいつの時代も一定層いましてな。
彼等の熱意と欲望の結果、ラミアは魔獣から亜人として法的に扱わることになりました。
その代表者が……
その……
うちの御先祖様なんですが……
なんかその、巻かれてることが性的に癖になるとか」
「なんか色々すいません」
遠い目をするケニング子爵に柿生一尉が謝罪する。
少し離れたところで、通信機器を設置していた隊員が無言で頷いてるのが気になった。
「葉山一曹、その……
大丈夫か?」
「はい、通信ケーブルが上手く巻けました」
深くは考えずに任務に集中することにした。
「件の冒険者達は、リュビア自治領唯一の街の領都リュビアから最近発見された遺跡に向かったそうです」
「なるほど、ではそこまで捜索隊を向かわせますので、自治領の責任者との取次ぎをお願いしたい」
元を正せば、行方不明となったのは日本人冒険者二人を含む6人のパーティーだった。
リュビア自治領にある地下資源の探索に向かう依頼で、古代の遺跡が鉱山発掘の拠点であったのではという仮説からの調査に向かった。
過去にはこんな依頼は冒険者には来なかったのだが、地球系の都市が大陸に建設されると企業がこのような依頼をする事が多くなった。
同行している日本人冒険者の一人は地質学者で、現役の学者でもあった。
遭難した彼らから携帯電話を通じて、SOS通報や安否メールの送信が行われ、自衛隊が救助に向かうことになる。
UH-2 多用途ヘリコプターから遺跡の近くに降り立った自衛官達は、いきなりラミアの群れに囲まれていた。
「お客人、一応連絡は受けていたが街への挨拶くらいは欲しかったであるな」
上半身に鎧や上着を着たラミア達に自衛官達は警戒を解く。
鎧はビキニアーマーの胸部部分とショルダーガードに篭手だけの者が多く、目のやり場に些か困っている隊員が多い。
容姿は何れも見目麗しいが、一言でいうなら妖艶さを漂わせている。
「これは失礼した。
日本国自衛隊の宮村ニ等陸尉だ。
リュビアの領邦軍の方かな?」
「リュビア衛視隊のグロリアである。
ミヤムラは独身かな?
妾のテントはあそこに用意しておるので、こんばんわ夢の一時など如何かな」
「はっ?」
「そろそろ子供が欲しいなあ、と思ってたのである。
安心せい、他の娘も隊員達の面倒をみるであるから」
宮村ニ尉はすぐに隊員達に捜索を命じ、せっかくの拠点を使うことを諦めた。
最もグロリヤ率いる衛士隊も着いてきており、夜までには捜索を完了させて撤収したかった。
衛視隊の武器は統一性に欠けているが何れも大型で、人の身の丈程もあるグレートソードや大槍にバルディッシュといった膂力が人間には無理な動きで得物を軽々と振り回している。
同様に盾持ちは厚さ数十センチの鉄の盾を軽々と持ち上げている。
弓も彼女等のサイズに合わせた大弓で、人間に引けるとは思えなかった。
彼女等の上半身、人間部分は人間の女性と変わらないサイズだから不思議なものに宮村は感じていた。
「本当は銃なんかも欲しいのだが、我らの領地には職人が来なくてな。
剣や槍が造れる職人はどうにか育成したが、鉄砲鍛冶は王国や領主が保護している。
日本や独立都市からは誰か適当な人物はいないだろうか?
人間同士では与えられない快楽は提供できるが、まあ、屈強な男達の子種も貴重だからお主らでも良いが」
「自分は既婚者なので遠慮させて頂く。
隊員達も作戦行動中には控えて頂きたい」
「当然じゃ、将来の伴侶を決めるのだからな。
既婚者には手は出さんよ」
言葉とは裏腹に意外に身持ちが固そうで、宮村はホッとしていた。
「既婚者なのに妾達と同衾してたら絞め殺すところだったわ」
「あ、後で隊員達にも注意しておく」
遺跡の奥に日本人を含む冒険者パーティが行方不明となったダンジョンが存在する。
入口に見張りと連絡役に一個班5名を残し、隊員達は高機動車で運ばせた装備を身に纏う。
25名の隊員と案内人を買って出たラミアの衛視隊10名が、捜索隊としてダンジョンに入っていく。
陸上自衛隊宮村二等陸尉が指揮する第6教育連隊所属の第6教導中隊第三小隊は、ダンジョンに簡易照明を設置しながら進んでいた。
ダンジョンは洞窟を加工して、石畳や煉瓦の壁が敷き詰められた通路が存在した。
篝火を設置する台座まで存在する。
誰が整備したか等の情報は全く無い。
ダンジョンが発見されて数百年前からこうなってたらしい。
このダンジョンは最下層まで攻略されたわけでは無いが、ある程度のマッピングとモンスターの駆除は行われていた。
「最奥部にはスキュラの巣があったな。
増えてくると、他の魔物が押し出されてくる。
外まで出てくると妾達、衛視隊が最後の一人になるまで奥に進み、一匹でも多く討伐する。
この数百年はその繰り返しよ」
「全滅覚悟で突撃ですか?
さすがに付き合いきれませんね」
「まあ、近年は武器も発達したし、ダンジョンの地図の作製も進んだ。
最後の一人と言っても、最後の一人の役目は殿軍よ。
戦闘不能になった者を離脱させたり、同胞の死体を回収させたりする為のな。
やつらにむざむざと餌をくれてやることもないからな。
それに冒険者が適度に数を減らしてくれる様になってから、魔物達が外にあふれる期間がだんだんと伸びている。
そのうち最奥部まで到達できるだろうよ」
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