第137話 幻の島3

 大陸東部

 那古野市

 海上自衛隊 地方総監部


 調査船団からの報告書を読み漁り、海上自衛隊那古野地方隊総監猪狩三等海将は頭を抱えていた。

 猪狩海将に状況を説明する幕僚もうんざりした顔で、資料を読み上げていた。


「と、言うわけで調査船団から逆に砲弾や機銃、小銃の弾薬補給を要請されて、斉木財務局長代理が怒り狂っています。

 現在は局員達がスイーツ等を与えて宥めていますが、小銃と機銃の弾丸は陸自から分けて貰うことは許可されました。

 問題は砲弾でして、未使用の『むらさめ』、『かしま』の分を分配しろとか言い出してきました」

「2隻の艦の砲弾を8隻で分け合えと?

 新規増産させた分も含めて1隻あたり30発か。

 今年の砲撃訓練は中止だな」


 猪狩海将は幕僚の進言に肩を竦めるが、他に方法も無さそうだった。

 幸いなことにどの艦も主砲は62口径だ。

 砲弾の互換性には問題は無い。


「Ciwsは各植民都市の防壁にも地上配備型を設置してましたから弾数は豊富です。

 当面の有事には、Ciwsだけで対処してもらいましょう」


 艦長たちの青褪める顔と抗議文の山が目に見えるようだった。

 ミサイルは稀少性が高く、使用許可はそうそう下りたりはしない。


「もう一つ問題があります。

 練習艦『ゆうぎり』のヘリコプター格納庫が、ケートスの侵入で損壊しています。

 航行、戦闘には支障は有りませんが、ドックでの修理を行わせます」

「観艦式には間に合わせろ。

 ああそうだ。

 どうせドック入りさせるなら、その分の砲弾は他の艦にまわしておけ」


 那古野市の各弾薬の工場はすでに稼働し、人員も足りてはいるが材料の資源が足りない状況だ。

 本国の生産分はすぐに西方大陸アガリアレプトに派遣された艦隊にまわされるので、アテには出来ない。


「そうだ。

 観艦式には秋月総督の座乗艦は『かしま』に決定したが、ここに来てサプライズゲストのお出ましだ。

 ゲストに見合った船は無いか秋山補佐官から問い合わせがあったぞ」

「誰ですか、この忙しい時にゲストなんて……」

「アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリス陛下だ。

 さあ、どこに押し付けるべきかな?」


 二人共心底迷惑そうな顔で協議を続けることとなった。







 発生させた。

『ゆうぎり』でも逃げ惑う整備士達を尻目にケートスはヘリ甲板から格納庫に突撃して、暴れまわった。

 体勢を立て直した整備士達が拳銃を発砲するが、倒しきる前に2匹目、3匹目がジャンプして着地してきた。


「任せろ!!」


 艦首に集まっていた特別警備隊員が、それぞれ一人ずつ両舷の通路を駆けてきた。

 左舷側のケートスは二人が発砲して倒すが、左舷側通路がその巨体に塞がれてしまった。

 左舷側の特別警備隊員の弾薬も切れ掛かっていたが、他の乗員の援護も受けて、銃剣を64式7.62mm小銃に装着してケートスの首筋に刺突して仕留めることが出来た。

 その後もジャンプしてくるケートスはいたが、適切に処理されていった。

 荒らされた『ゆうぎり』の格納庫は、暫くのヘリコプターの収容を出来なくされた。

 ケートスの駆除作業は、調査船団の小火器や主砲の砲弾が尽きるまで行われ、海岸から洋上まで血に染めていた。


「ようやく片付いたか……

 しかし、これじゃあ上陸は厳しいか?」


 砕氷艦『しらせ』のクレーンが練習艦に着艦したケートスの死体を排除する為に動員されている。

 小銃から拳銃の弾まで撃ち尽くした後では、危なくて中ノ鳥島の上陸任務を命令することが躊躇われた。

 それでもベースキャンプを設置するために見通しのよい海岸に内火艇やヘリコプターで人員や物資を輸送し、仮設基地懿徳と命名され、調査船団第二陣の到着を待つこととなった。

 ただ暫くはケートスの死臭に上陸部隊は悩まされることになる。

 到着した調査船団第二陣の水陸機動団団長の長沼二等陸佐は、


「死体の処理を手伝いに来させられただけだった」


 と、愚痴る羽目になった。




 大陸南部

 中ノ鳥島


 砕氷艦『しらせ』のクレーンを利用して降ろされた資材を利用して、作業員達が『日本国中ノ鳥島』と彫られた標柱を海岸に突き刺していた。

 日本国の領土である事を主張する為に新たに造られた標柱だ。

 作業が続くなか、森の奥から時折銃声が鳴り響いている。

 季節は初夏に入り、南国での理想的なビーチだが、誰も海水浴に興じる者はいない。


「まだなんかいるんだな」

「こっちには寄越さんで欲しいな」


 ケートスの大量駆除には成功したが、弾薬不足により殲滅出来たわけではない。

 海中や島の奥地に逃げ込んだ個体を確認されている。

 海岸でも武装した自衛官達が警備しているが、奥地でも弾薬を補給された第8特別警備隊の隊員や彼等に弾薬を分獲られた水陸機動大隊の隊員がケートスや他のモンスターの駆除にあたっている。

 待機している学者達も駆除作業が完了し、安全が確認出来るまでは海岸線で調査作業を行われている。


「植生は小笠原諸島と変わらんな」

「シンノウヤシに明日葉か。

 これなら地球から転移してきた島というのも信じられるな」

「明日葉寿司美味いんだよな。

 島なら魚貝類も豊富だろうし、期待できるな」

「昨日はグアノ鉱床も見付かっている。

 山田禎三郎のホラ吹きも見直さないといけないな」


 大正時代に中ノ鳥島を発見したとされる山田禎三郎は、探検、測量し、リン鉱床を発見したと報告していた。

 グアノは島の珊瑚礁に死骸や糞、魚や卵の殻が数千年間掛けて、化石化したものだ。

 肥料の材料として、日本が喉から手が出るほど欲しがっていた資源だった。






 上陸した調査船団司令の中川誠一郎三等海将は、水陸機動大隊隊長の長沼二等陸佐と海岸を視察していた。


「この入り江に港が欲しいところだな。

 駐屯地もここに建設すれば、港町の防衛には十分だろう」

「本国が部隊を新設してくれますかね?

 大陸の部隊は正直手一杯ですよ」

「ここなら南部独立国・都市を監視するのにも最適だからな。

 きっと3自衛隊合同の沿岸監視隊なら新設してくれるさ」


 今でも食料不足の本国では、自衛隊への志願者が多数存在する。

 資源不足により、兵器量産が停滞してることから採用は限定的だが、沿岸監視隊程度なら確かにどうにかなりそうな規模だった。

 この島の調査が終わり、建設が始ってもグアノが出荷されるまで数年は掛かるだろう。

 住民も島の規模から大規模な街は造れない。


「そういえば司令達はこの任務の後はサミットの準備ですか?」

「その前に那古野で簡易的な整備だな。

 それより気になることがあるんだが」


 島の各所を視察して新しいペレットの散積してるのが見受けれた。

 ペレットとは鳥が食べたもののうち、消化されずに口から吐き出されたものを指す。

 大事なグアノの元だが、そんな物が島の各所に新しく堆積されているのだ。


「これまでのグアノが転移前の渡り鳥が遺していった物とわかるんだが、あの新しいペレットの山はどこから来たんだ?」


 アホウドリが渡る為の島が転移したことに寄って、新しいペレットの山が出来る訳が無いのだ。

 大事な資源の元だが悪臭が悩ましい。


 そこに練習艦『あさぎり』の艦長白戸二等海佐の声がスピーカで鳴り響く。


『未確認飛行物体接近、上陸した者は上空を警戒せよ』


 各艦の対空兵器がそれぞれ動きを示し、上陸した作業員や学者達は木陰に隠れる。

 長沼二佐や中川海将も銃を構えて警戒するが、現れたのは一匹のワイバーンだった。

 そのワイバーンはすでにペレットの山となっている場所に糞や吐瀉物を投下して去っていった。


「ああ、あれか……」


 中川海将の呟きに長沼二佐はため息を吐いた。


「酷い臭いですな、全く。

 しかし、渡りワイバーンと来ましたか。

 近くに他の島も無いのに随分と遠くまで飛んで来れるんだな」

「いや、ここに居住区造るならあれは脅威だぞ」

「今度はワイバーン退治ですか、やれやれ。

 まあ、単独で来るだけなら、対空装備の車両が2、3両もあれば十分でしょう」


 当面は射撃が上手い隊員に狩らせるしか無かった。

 長沼二佐は周囲で警戒にあたっていた水陸機動団の隊員5名を集めて、ワイバーンが降り立った方向に向かうことにした。


「まずは一匹、狩ってみることにしよう」









 大陸東部

 那古野市

 海上自衛隊

 地方総監部


 調査船団からの報告書を読み漁り、海上自衛隊那古野地方隊総監猪狩三等海将は頭を抱えていた。

 猪狩海将に状況を説明する幕僚もうんざりした顔で、資料を読み上げていた。


「と、言うわけで調査船団から逆に砲弾や機銃、小銃の弾薬補給を要請されて、斉木財務局長代理が怒り狂っています。

 現在は局員達がスイーツ等を与えて宥めていますが、小銃と機銃の弾丸は陸自から分けて貰うことは許可されました。

 問題は砲弾でして、未使用の『むらさめ』、『かしま』の分を分配しろとか言い出してきました」

「2隻の艦の砲弾を8隻で分け合えと?

 新規増産させた分も含めて1隻あたり30発か。

 今年の砲撃訓練は中止だな」


 猪狩海将は幕僚の進言に肩を竦めるが、他に方法も無さそうだった。

 幸いなことにどの艦も主砲は62口径だ。

 砲弾の互換性には問題は無い。


「Ciwsは各植民都市の防壁にも地上配備型を設置してましたから弾数は豊富です。

 当面の有事には、Ciwsだけで対処してもらいましょう」


 艦長たちの青褪める顔と抗議文の山が目に見えるようだった。

 ミサイルは稀少性が高く、使用許可はそうそう下りたりはしない。


「もう一つ問題があります。

 練習艦『ゆうぎり』のヘリコプター格納庫が、ケートスの侵入で損壊しています。

 航行、戦闘には支障は有りませんが、ドックでの修理を行わせます」

「観艦式には間に合わせろ。

 ああそうだ。

 どうせドック入りさせるなら、その分の砲弾は他の艦にまわしておけ」


 那古野市の各弾薬の工場はすでに稼働し、人員も足りてはいるが材料の資源が足りない状況だ。

 本国の生産分はすぐに西方大陸アガリアレプトに派遣された艦隊にまわされるので、アテには出来ない。


「そうだ。

 観艦式には秋月総督の座乗艦は『かしま』に決定したが、ここに来てサプライズゲストのお出ましだ。

 ゲストに見合った船は無いか秋山補佐官から問い合わせがあったぞ」

「誰ですか、この忙しい時にゲストなんて……」

「アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリス陛下だ。

 さあ、どこに押し付けるべきかな?」


 二人共心底迷惑そうな顔で協議を続けることとなった。



 中ノ鳥島の日本国復帰は、本国でも大々的に報道された。

 防衛省は離島防衛の為に第309沿岸監視隊の創設と同島への配備を発表し、経産省、農水省はグアノ鉱床の有効利用に付いて期待を寄せる声明を発表した。

 マスコミも久方ぶりの明るいニュースに好意的に報道された。

 しかし、この島のモンスターにより大陸側で多数の漁村の住民が捕食されたことは伏せられたままだった。

 あまりネガティブなニュースは企業誘致や開拓団の誘致に支障をきたすと考えられた為だ。

 世間の注目は新たな資源や開発による開拓団に集まり、島の都市伝説的な経緯等は全く歓心を持たれ無かった。

 そのことは一部の者、特にオカルト関係の雑誌編集者達を落胆させたのだった。

 彼らにはせっかく用意した書籍が、在庫の山となって返品されることとなる。

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