第136話 幻の島2
大陸南部近海
日本国
調査船団
大陸南部の近海を中ノ鳥島を調査する日本国の調査船団の4隻が航海していた。
船団は海上自衛隊練習艦隊の3隻と砕氷艦『しらせ』で構成されている。
練習艦隊といえども乗員は各護衛艦から派遣された研修生達で編成されている。
経験の少ない幹部候補生達は、いまだに那古野にいる練習艦『かしま』に押し付けてきた。
「ようやく那古野から調査船団の第2陣が出港したそうだ」
調査船団司令の中川誠一郎三等海将が『しらせ』のブリッジで苦笑していた。
「出港したのはいいですが、間に合うんですかね?」
答えるのは海上自衛隊第8特別警備中隊第2小隊隊長の牧原望二等海尉だ。
牧原二尉の第2小隊はこの『しらせ』に乗艦している。
同様に栗山二等海尉の第3小隊は『しらせ』に同行している練習艦各艦に分乗している。
海自の特別警備隊は転移前から創設されていたが、転移後の皇国との戦争で陸自が大陸に進行して手薄となった本国を守る部隊として増員された。
何よりも失業者対策の一環でもあった。
役割としては、海自の基地の警備、艦船の保安、不審船への臨検、搭載ヘリコプターのガンナーなど多岐にわたる。
「今回は海自の主導なのに陸自が割り込んでくるからだな。
『むらさめ』、『かしま』の乗員達も水陸機動団のお守りで大変だな」
転移前は旅団規模で編成される予定だった水陸機動部隊は創設が保留となり、海自の特別警備隊に出向の身となることを余儀なくされた。
今でも共同で訓練を行うが、互いに対抗意識を向き出しにしている。
その水陸機動大隊は防衛フェリー『まなづる』で今回の調査に同行する筈であったが、
その『まなづる』がファンガスによる避難民支援の為に帰還が遅れて、第2陣として護衛艦『むらさめ』や練習艦『かしま』とともに来る事になっていた。
「連中が来る前に任務を片付けてしまおう」
「長沼二佐の悔しがる顔が目に浮かぶようです」
呑気に話していた二人だが、僅かに艦に何かが当たったような衝撃を複数感じた。
「なんだ、流木にでも当たったか?」
中川海将も不安になってくる。
艦底に設置されたマルチビーム音響測深機(MBES)が激しく反応している。
本来は海洋測量装置として、海底の地形をスキャンする装置だが、複数の物体が艦にぶつかってきているのが観測された。
「魚群探知機にも反応しています!!」
「艦の周辺から流血と思われる現象を確認」
「『はまぎり』、『ゆうぎり』からも同様の報告が!!」
牧原二尉が目視で確認する為にブリッジから出て、船縁から原因を見つけた。
中ノ鳥島で確認されたモンスター、ケートスの群れだった。
大きく膨れたイルカや鯨に似た胴体に犬の頭部を持ち、下半身は魚。
ようするに犬の顔をしたトドだ。
大型のものでも全長6メートル程なので、『しらせ』や練習艦にぶつかっても損傷は無い。
相手が鋼板でも仕込んで無い限りは問題は無い。
それでも数十匹が、ぶつかってくれば限界はある。
艦に衝突したケートスは艦の重量に押し潰されて沈んでいった。
艦の揺れも激しくなり、手摺りに掴まる必要が出てきた。
「特別警備隊の隊員はデッキに集合!!
小銃を忘れるな」
『しらせ』に乗艦していた特別警備隊の隊員達は、転移後に増設された4基の銃架や船縁に64式7.62mm小銃を設置する。
南極観測船だった頃から『しらせ』には、小銃や弾薬が保管されている保管庫がある。
隊員達とは別に乗員達も小銃を手に甲板の船縁に散開する。
「第1班は左舷、第2班は右舷から射撃して掃討しろ。
第3班は艦首、第4班は艦尾だ」
『牧原二尉、ヘリを出すから一班まわしてくれ』
「第5班をヘリに乗せます」
ブリッジからの中川海将からの無線に従うと、隊員達が甲板を走り回り、射撃を開始する。
海面から殺到するケートスに銃弾が着弾し、血飛沫を上げて沈んでいく。
『しらせ』以外の練習艦でも特別警備隊員や手隙の乗員達が発砲している。
『Ciwsで海上を叩く、各艦注意せよ』
まだ、ケートスに襲われてない『あさぎり』がCIWS Mk.15 mod.2を2基震わせて海面を叩く。
高性能20㎜機関砲はたちまちケートスの一群を殲滅するが、再び別の一群が船団に襲い掛かり、『はまぎり』、『ゆうぎり』も同様の処置をとる。
この頃になると、各艦に搭載されていたSH-60J 哨戒ヘリコプターが飛び立ち、ドアガンからの射撃でケートスを仕留めていく。
「まずいな。
思ったより数が多い、弾が足りなくなるぞ」
無数のケートスの死体が海面を漂い、沈んでいくが調査船団を襲う群れの勢いは衰えていない。
特別警備隊は海上自衛隊の陸戦隊とはいえ、弾薬はそれほど保有してはいない。
地上の基地ならば陸自に補給を要請するが、洋上では簡単には出来ない。
『しらせ』からも2機のMCH-101掃海・輸送ヘリコプターが飛び立ち攻撃に加わる。
中川海将の懸念を余所に、銃弾が消費されていく。
「各艦に砲撃も許可する。
但し銃弾も含めて、消費を最低限に抑えさせろ」
こうなると第2陣が持ち込んでくる弾薬に期待するしかない。
「先行していたヘリが中ノ鳥島を確認、航空写真が転送されてきましたが、これは……」
それは中ノ鳥島の海岸を埋め尽くすケートスの群れだった。
その数は千を超える。
いまだに海を泳いでるケートスもいることを考えると十分な脅威と言えた。
そして、他の個体をはるかに凌駕する巨大なケートスの姿が確認された。
もう1つ確認されのが、餌として持ち込まれたのか山積みにされた人間の死体だった。
「報告では大陸沿岸の村が幾つか襲われて、住民が行方不明だったな。
あれがそうか……」
中川海将はケートスの大規模な駆除の必要性を確信した。
「全艦に連絡。
島のケートスどもに対して艦砲射撃を命令する。
練習艦各艦は横列で島に距離1000まで接近し、海岸の群れに撃ちまくれ」
遠距離で反撃してくるわけじゃないから、より正確に砲撃して欲しかったから、島に接近はすることにした。
考えてみれば弾薬を節約して帰還しても半分はあの財務局長に持っていかれるなら惜しむ必要もなかった。
「砲撃位置に到達したら各艦の判断で砲撃を開始しろ」
大型のケートスはこの周辺海域のケートスのボスであった。
この島の群れが多数殺害されたことにより、縄張りを守るために周辺の群れに集結を命じたのだ。
途中、村を襲わせ餌を確保し、長期戦に備えていた。
数百年生きてきたボス・ケートスは、知能も高く、人語も介し、魔法の力を行使する術も持っていた。
口から解き放たれる水流は、巨大な皇国の軍船も粉々に粉砕して、瓦礫に変える水圧を持つ。
水中から忍び寄れば、如何なる敵もなすすべも無く倒すことが出来た。
故にキロの単位で攻撃し、直撃させてくる敵の存在は認識していなかった。
練習艦の3隻は一番目立つボス・ケートスを最初の目標に定め、その主砲を一斉射した。
「主砲、打ちぃ方始めぇ!!」
「打ちぃ方始めぇ!!」
艦首、62口径76mm単装速射砲がほぼ一秒間に一発ずつ発射されると、多少巨体のケートスといえども一溜まりもなかった。
各艦の主砲が真っ先に狙ったことから、一瞬で肉塊に変えられてしまっていた。
ボス・ケートスが肉塊に変えられると、群れはいっきに統制を無くし、四散して逃げようとする。
両側からは逃がさないようにヘリコプター5機による航空隊が二手に別れて殲滅していく。
正面の海に逃げようとしても、さらに接近してきた各艦のCIWSや特別警備隊員の銃撃の的になっていく。
この距離なら主砲以外の武器も存分に生かしやすい。
それでも火力の雨を潜り、練習艦『ゆうぎり』の下を抜けた個体がジャンプして、ヘリ甲板に着地して転がった。
「へ?」
「うわあ!?」
油断していたヘリ甲板の飛行科整備士達が逃げ惑う。
肝心の特別警備隊員達は殲滅戦の為に艦首甲板に集まっていた。
トドやアザラシといった海獣も海面から数メートル単位のジャンプが出来る。
同様の事が『はまぎり』の艦首でも起きて、主砲に激突する。
「排除しろ!!」
『はまぎり』に乗艦していた第8特別警備隊第3小隊隊長の栗原二尉が64式7.62mm小銃の銃弾を叩き込みながら叫ぶ。
このケートスは速やかに殺処分されたが、その重量は主砲の旋回に些かの支障を発生させた。
『ゆうぎり』でも逃げ惑う整備士達を尻目にケートスはヘリ甲板から格納庫に突撃して、暴れまわった。
体勢を立て直した整備士達が拳銃を発砲するが、倒しきる前に2匹目、3匹目がジャンプして着地してきた。
「任せろ!!」
艦首に集まっていた特別警備隊員が、それぞれ一人ずつ両舷の通路を駆けてきた。
左舷側のケートスは二人が発砲して倒すが、左舷側通路がその巨体に塞がれてしまった。
左舷側の特別警備隊員の弾薬も切れ掛かっていたが、他の乗員の援護も受けて、銃剣を64式7.62mm小銃に装着してケートスの首筋に刺突して仕留めることが出来た。
その後もジャンプしてくるケートスはいたが、適切に処理されていった。
荒らされた『ゆうぎり』の格納庫は、暫くのヘリコプターの収容を出来なくされた。
ケートスの駆除作業は、調査船団の小火器や主砲の砲弾が尽きるまで行われ、海岸から洋上まで血に染めていた。
「ようやく片付いたか……
しかし、これじゃあ上陸は厳しいか?」
砕氷艦『しらせ』のクレーンが練習艦に着艦したケートスの死体を排除する為に動員されている。
小銃から拳銃の弾まで撃ち尽くした後では、危なくて中ノ鳥島の上陸任務を命令することが躊躇われた。
それでもベースキャンプを設置するために見通しのよい海岸に内火艇やヘリコプターで人員や物資を輸送し、仮設基地懿徳と命名され、調査船団第二陣の到着を待つこととなった。
ただ暫くはケートスの死臭に上陸部隊は悩まされることになる。
到着した調査船団第二陣の水陸機動団団長の長沼二等陸佐は、
「死体の処理を手伝いに来させられただけだった」
と、愚痴る羽目になった。
大陸南部
中ノ鳥島
砕氷艦『しらせ』のクレーンを利用して降ろされた資材を利用して、作業員達が『日本国中ノ鳥島』と彫られた標柱を海岸に突き刺していた。
日本国の領土である事を主張する為に新たに造られた標柱だ。
作業が続くなか、森の奥から時折銃声が鳴り響いている。
季節は初夏に入り、南国での理想的なビーチだが、誰も海水浴に興じる者はいない。
「まだなんかいるんだな」
「こっちには寄越さんで欲しいな」
ケートスの大量駆除には成功したが、弾薬不足により殲滅出来たわけではない。
海中や島の奥地に逃げ込んだ個体を確認されている。
海岸でも武装した自衛官達が警備しているが、奥地でも弾薬を補給された第8特別警備隊の隊員や彼等に弾薬を分獲られた水陸機動大隊の隊員がケートスや他のモンスターの駆除にあたっている。
待機している学者達も駆除作業が完了し、安全が確認出来るまでは海岸線で調査作業を行われている。
「植生は小笠原諸島と変わらんな」
「シンノウヤシに明日葉か。
これなら地球から転移してきた島というのも信じられるな」
「明日葉寿司美味いんだよな。
島なら魚貝類も豊富だろうし、期待できるな」
「昨日はグアノ鉱床も見付かっている。
山田禎三郎のホラ吹きも見直さないといけないな」
大正時代に中ノ鳥島を発見したとされる山田禎三郎は、探検、測量し、リン鉱床を発見したと報告していた。
グアノは島の珊瑚礁に死骸や糞、魚や卵の殻が数千年間掛けて、化石化したものだ。
肥料の材料として、日本が喉から手が出るほど欲しがっていた資源だった。
上陸した調査船団司令の中川誠一郎三等海将は、水陸機動大隊隊長の長沼二等陸佐と海岸を視察していた。
「この入り江に港が欲しいところだな。
駐屯地もここに建設すれば、港町の防衛には十分だろう」
「本国が部隊を新設してくれますかね?
大陸の部隊は正直手一杯ですよ」
「ここなら南部独立国・都市を監視するのにも最適だからな。
きっと3自衛隊合同の沿岸監視隊なら新設してくれるさ」
今でも食料不足の本国では、自衛隊への志願者が多数存在する。
資源不足により、兵器量産が停滞してることから採用は限定的だが、沿岸監視隊程度なら確かにどうにかなりそうな規模だった。
この島の調査が終わり、建設が始ってもグアノが出荷されるまで数年は掛かるだろう。
住民も島の規模から大規模な街は造れない。
「そういえば司令達はこの任務の後はサミットの準備ですか?」
「その前に那古野で簡易的な整備だな。
それより気になることがあるんだが」
島の各所を視察して新しいペレットの散積してるのが見受けれた。
ペレットとは鳥が食べたもののうち、消化されずに口から吐き出されたものを指す。
大事なグアノの元だが、そんな物が島の各所に新しく堆積されているのだ。
「これまでのグアノが転移前の渡り鳥が遺していった物とわかるんだが、あの新しいペレットの山はどこから来たんだ?」
アホウドリが渡る為の島が転移したことに寄って、新しいペレットの山が出来る訳が無いのだ。
大事な資源の元だが悪臭が悩ましい。
そこに練習艦『あさぎり』の艦長白戸二等海佐の声がスピーカで鳴り響く。
『未確認飛行物体接近、上陸した者は上空を警戒せよ』
各艦の対空兵器がそれぞれ動きを示し、上陸した作業員や学者達は木陰に隠れる。
長沼二佐や中川海将も銃を構えて警戒するが、現れたのは一匹のワイバーンだった。
そのワイバーンはすでにペレットの山となっている場所に糞や吐瀉物を投下して去っていった。
「ああ、あれか……」
中川海将の呟きに長沼二佐はため息を吐いた。
「酷い臭いですな、全く。
しかし、渡りワイバーンと来ましたか。
近くに他の島も無いのに随分と遠くまで飛んで来れるんだな」
「いや、ここに居住区造るならあれは脅威だぞ」
「今度はワイバーン退治ですか、やれやれ。
まあ、単独で来るだけなら、対空装備の車両が2、3両もあれば十分でしょう」
当面は射撃が上手い隊員に狩らせるしか無かった。
長沼二佐は周囲で警戒にあたっていた水陸機動団の隊員5名を集めて、ワイバーンが降り立った方向に向かうことにした。
「まずは一匹、狩ってみることにしよう」
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