第135話 総督府財務局

 大陸東部

 日本国

 新京特別行政区 大陸総督府


 会議室から財務局長室に戻った斉木和歌財務局長代理は、自衛隊からの要望について考えていた。

 大陸で自衛隊が動けない危険性は彼女も理解はしていたが、無い袖は振れないのである。


「無いなら有るところから貰うしか無いわね」


 彼女の案が通れば、年内の弾薬不足はある程度解消するかもしれなかった。


「まあ、それも明後日次第か」


 今は考えてもしょうが無いので、総督府の内装に付いて考えが切り替わっていた。

 そもそも大陸総督府は、移民した日本人の帰属意識に訴える為に日本の城郭を模したデザインとなっている。

 勿論、壁や床などにはコンクリートや大理石が使われていたり、各々の事務室は完全に日本のオフィスという完全な外見詐欺である。

 木造なのは総督官邸たる本丸御殿や迎賓館代わりの二の丸御殿くらいだ。

 天守閣や櫓等もコンクリートで塗り固められ、財務局自体は四の丸の北櫓の中にある。

 主に文官用のオフィスビルである。


「どうせ外見を凝るなら内装も和風にすればいいのに」


 書類仕事を始めるがどこの部局も予算の追加申請ばかりで、肩が凝り始めた。

 息抜きにプライベートの携帯電話に目を通すと、高校時代の友人から休暇で新京に来ているから飲みに行こうというものだった。


「今は神居市だっけ」


 陸上自衛隊の第16師団司令部に所属している彼女は、高校時代はギャルグループのリーダー格だった。

 総督府で再会した時には、別人の様な凛凛しい制服姿で驚いたものだった。


「昭美も来てるんだ。

 旦那の船で飲み会?

 剛毅なものね」


 もう一人の学友は豪華客船を自宅兼会社にしている男と結婚した筈だった。

 その男も和歌の同級生なのだが、いまいち印象が薄い。

 政治家の息子なのは知っていたが、今やその父親は閣僚だし、本人的にも猫を被っていたのだろう。

 総督府では目の敵にされているが、そんな人物の船に行っていいのか疑問が残る。

 しかし、経済的問題にはいずれ顔を合わせる必要を感じていた。


「豪華客船って、何を着て行けばいいのかしら?」


 財界の紳士達もよく来ていると聞いているから、気合いを入れる必要が合った。




 豪華客船『クリスタル・シンフォニー』


「お養父さんが来るのか?

 ん~、この船見せて大丈夫かな」


 石狩貿易CEO乃村利伸は愛妻の白戸昭美の父親が大陸に来るというので、ガラにもなく緊張していた。

 三者共に忙しくて、数回しか顔を合わせていない。


「中之鳥島の調査船団と移民船団の護衛として大陸に来るの。

 那古野市に寄港するからこの船もそちら付けて貰っていい?」

「商談もあるから構わないけど、いっその事パーティに呼ぶか」

「何のパーティ?」

「中之鳥島調査船団の先生方を慰労するパーティ、財界のお偉方や綺麗所を呼んで派手にやるから」

「じゃあついでに香織や和歌も呼んでいい?」

「吉田や斉木か。

 公務員への饗応は問題にならないかな?」


 今更な気もするが、彼女等の肩書きに色々問題がある気がする。


「そういえばお養父さんは今はどの艦に乗ってるんだ?」

「練習艦『あさぎり』の艦長よ、今でも」


 中之鳥島調査船団は観艦式への参加、遠洋航海演習、船団護衛の為に練習艦隊が同行していた。

 護衛艦から艦種変更した『あさぎり』はそのうちの1隻だ。


「乗員の皆さんもパーティに招待するか」

「それなら問題無いわね。

 人事院の倫理規定にも抵触しないわ」


 倫理規定は公務員が20人程度は参加する立食パーティのようなものに関する内容だ。

 色々とツッコミたいところだが、自分のやってることも大概なので黙ることにした。




 元南極観測船こと、砕氷艦『しらせ』はその頑強な艦体や様々な観測器機、ヘリコプターを3機を搭載出来ることから、調査船団の旗艦としては最適な能力を保有していた。

 同行していた練習艦は『あさぎり』、『ゆうぎり』、『はまぎり』、『かしま』の4隻。

 この5隻が中川誠一郎三等海将の指揮の下、アウストラリス大陸東部の中島市の港に到着した。


「先生方は明日は豪華客船への壮行会パーティに誘われているらしい。

 我々からもパーティへの参加を命じられた」


 中川海将は幕僚達にそう告げるが、任務の忙しいのにと迷惑そうな顔をされた。


「そんな顔をするなよ。

 綺麗所も用意されてるし、食事も多分上手いぞ?

 本国の配給もだいぶマシになったとはいえ、豪勢な料理なんて食う機会なんて無いんだ。

 食い尽くす気で行ってこい」

「いや、提督も行くんですからね」


 調査船団は那古野市の海上自衛隊の港に停泊すると、待機していた基地の隊員達が予定されていた補給物資の積込みが開始される。


「すまんが防衛フェリーの『やまばと』が避難民の救助で同行できない。

 だから水陸機動大隊を運べる船舶が無くてな。

 第8特別警備隊くらいは各艦に分乗させれば人員は乗せれる」


 新京の総督府から駆けつけた猪狩海将が状況を説明してくれる。


「今の『しらせ』なら73式装甲車を何両積める?」

「ああ、陸自からのお下がりですか。

 他の車両もあるのですが、まあ二両くらいは……」


 二人が『しらせ』を桟橋で眺めていると、数台の黒塗り車両や軽トラックが現れる。


「おいおい、仮にもここは海上自衛隊の基地だぞ。

 誰の許可を得て入った!!」


 基地の最高責任者である猪狩海将が怒鳴り付けるが、黒塗り車両から斉木和歌財務局長代理と財務局局員達が出てきた。


「中川三等海将閣下ですね。

 大陸総督府秋月春種総督の命令と権限により、貴船団の砲弾を徴用させて頂きます」


 あまりの予想外の命令に猪狩・中川両海将の開いた口が塞がらなかった。




 大陸南部

 沿岸部の村沖合い


 大陸南部沿海を2隻の巡視船が航行していた。

 巡視船『ペカン』、『アラウ』の二隻だ。

 両船はともにアル・キヤーマ市海軍に所属する船であり、日本の海上保安庁から寄贈された船だ。

 巡視船『ペカン』は元は海上保安庁巡視船『えりも』であり、『アラウ』も海上保安庁巡視船『おき』だった船だ。

 両船は同海域をパトロール中だったナーガパーサ級潜水艦『アルゴロ』の通報を受けて、沿岸の漁村に向かっていた。

 アル・キヤーマ市初の建造艦である『アルゴロ』は、高麗国からの建造技術や部品などの供与を受けて、アル・キヤーマ市で建造された艦だ。

 1番艦『ナーガパーサ』、2番艦『アルデダリ』が高麗国巨済島の玉浦造船所で建造されていた頃に比べると、同市の発展は目覚ましいものがある。

 その『アルゴロ』からの連絡によると、アル・キヤーマ市近郊の大陸民の漁村が炎上しているというものだった。

 その漁村自体は同地を治める貴族の領地ではあるのだが、食糧の自給率が低いアル・キヤーマ市が取引を行っていた村だった。

 領主ともある程度の協定を結んでおり、モンスターや海賊などの襲撃には協同で対応にあたることにしていた。


「船長、見えてきましたがあれは……」


 言い淀む船員に『ペカン』の船長ゴダール少佐は、ブリッジから漁村がある方向を見渡す。


「全船戦闘用意。

 上陸部隊も十分に警戒に当たれ。

 海軍本部にも増援を要請するかもしれないと通信を送れ」


 先月も大陸南部はファンガスによる少なくない被害を被ったばかりだ。

 ゴダール少佐の危機感は船員全員に共有されている。



「ファンガスの汚染がこちらにも来たか?

 上陸は危険かもしれ……

 何の音だ?」


 船体に何かがぶつかる音に周囲を探らされると、損壊した人間の体だった。

 黙視できる範囲で十数体、いずれも村人のものだった。


「なんで海上にこんなに?

 だがファンガスの線は消えたな」


 きちんと調べたわけでは無いが、死体はいずれも食い荒らされていた。

 ファンガスではこうはならない。

 上陸部隊が漁村の探索に入るが、家屋は外部から破壊され、漁船は悉く破壊されていた。

 村人に生存者は無く、五体満足な死体は一つも無かった。


「こんな小さな村だが屈強な漁師や衛兵もいた筈だ。

 モンスターの死体が一匹も無いのは不自然じゃないか?」

「村長の家も何かに激突されたように押し潰されている。

 どんな巨体だ?」


 漁港からは海から上陸した巨大な何かが這いずり回る痕跡が発見された。

 他にも比較的に小さめな這いずり回った跡が複数。

 上陸部隊の隊員達は、自分達のPindad SS1-V1小銃程度の装備で対応できるのか不安になった。


「もう少ししたら『ゲティス』の修理が完了してたんだが」


 日本の那古野で修理を行っているG級フリゲート『ゲティス』が、アル・キヤーマ海軍に所属することが決まっている。

『ゲティス』があればアル・キヤーマ海軍の戦力が格段に上がる。

 だがいまだに手元に無いので、不安をひた隠しながら捜索を続けることになった。





 大陸東部

 日本国新京特別行政区

 大陸総督府


 本国から派遣された海上自衛隊調査船団司令の中川誠一郎三等海将の猛抗議を受けて、秋月春種総督は斉木和歌財務局長代理を総督府に出頭させていた。


「いやね、確かに砲弾の調達に大幅な権限を与える許可は出したけど、工場とかに発破を掛けるくらいに考えてたよ」

「それも実施していますが、目の前に砲弾を満載した艦が大陸に来たのです。

 半分ほど融通して貰うことに何が問題なのでしょうか?」


 同じ組織間での物資の融通は、同じ組織同士で調整を行うものであり、財務局が一時的にだが調査船団から砲弾を徴用しようとした事は非効率の極みだった。


「例え非効率でしょうが、要請を受けたのは財務局です。

 財務局が砲弾を調達出来ずに、地方隊に支給できなければ財務局の手落ちであり、責任問題になります」


「ああ、面倒臭い娘だ、この娘……」


 うっかり可愛いなあと、書類にサインした自分を秋月総督は呪いたくなった。


「とにかく、この件は総督府預かりとし、財務局は砲弾の生産工場に増産の要請に留めて下さい。

 これは総督閣下からの正式命令です」


 予め決めていた指示を秋山補佐官が文書にして斉木財務局長代理に渡す。


「正式な命令なら従います。

 執務が残ってますので、失礼してよろしいでしょうか?」

「ああ、問題無い。

 頑張ってくれたまえ」


 斉木財務局長代理が退室した秋月総督の執務室では、残された二人がため息を吐いていた。


「大丈夫か財務局?」

「時々暴走しますが、優秀なんですよ。

 なにしろ一度も壊れたことが無いですから」

「いや、頑丈過ぎて性格もガチガチになってるような……

 まあ、それはともかく調査船団の出発に支障は無い?」

「抗議書の作成なので、中川海将の上陸後の休暇が無くなったくらいです」

「じゃあ問題無いな」

「はい、問題ありません」




 大陸東部

 那古野市

 那古野港

 石狩貿易本社船『クリスタル・シンフォニー』


 元が豪華客船である『クリスタル・シンフォニー』では、大陸の財界の名士や学者、調査船団の団員や新京に在住する貴族令嬢等が招かれ、調査船団慰労パーティが行われていた。


「いや、災難でしたねお養父さん」


 パーティの主催であり、『クリスタル・シンフォニー』の船主である乃村利伸にお養父さん呼ばわりされているのは、練習艦『あさぎり』の艦長白戸輝明二等海佐だ。

 いまだにこの軽い調子の男に『お義父さん』と呼ばれることに馴れはしない。

 父親との付き合いで子供の頃から知っているが、政治家としては豪快な父親とは似ていない。

 娘の昭美もいい性格をしているから、似合いといえば似合いの二人だった。

 既に大陸経済における重鎮だが胡散臭い娘婿だと思っていた。

 まあ、玉の輿には違いないし、退官後の老後の世話になるには申し分無い男だ。

 白戸二佐は護衛艦『あさぎり』の艦長として、先年の『オペレーション・ポセイドンアドベンチャー』に参加していた。

 その後は『あさぎり』は練習艦に艦種変更になり、白戸二佐はそのまま艦長として留任していた。

 おそらくはこの艦が自衛官としての最後の任地と考え、後進の指導に当たっていたが、他の僚艦とともに演習航海として大陸にやってくる羽目になった。


「おかげで地方隊の艦長達との懇親会が微妙な空気になった。

 あの財務局長代理は昭美の学友なんだろ?」

「私の高校時代の同級生でもあります。

 渾名は『ちびっこ委員長』でしたね」


 昔から融通が利かないが、その容姿から愛でられていたイメージがある。


「そうなのか?

 しかし、今は少し浮いてないか」


 白戸二佐がパーティに参加している斉木財務局長代理を見ている。

 総督府を定時で退勤し、汽車に乗って那古野港に到着、乗船して来たらしい。

 しかし、彼女が着ている衣装は貴族令嬢が着ているようなドレスだった。

 他の日本人からは遠巻きに敬遠されているが、パーティに参加している貴族男子には人気があるようだ。

 最も群がっているのは明らかに十代の子弟達だ。


「間違いが起きないようにお目付け役を付けときます」


 貴族の見目麗しい子弟にチヤホヤされて、完全に浮かれている。


「本当にうちの艦隊から砲弾を接収しようした官僚かね?

 場馴れしてないコンパに初参加の女子大生みたいだぞ?」

「あのドレスもどこで仕入れたのやら?

 間違いなく意匠的に国産じゃないでしょうし」


 同じくパーティに参加していた学友の陸上自衛隊第16師団師団長付き副官の吉田香織一等陸尉は、呼び出されて不機嫌そうな顔だった。

 こちらは陸自の礼装服だ。


「ちょっと何よ、せっかくいい感じだったのに!」

「誰とだよ。

 ふむ、こちらはこちらで学生時代から見事なイメチェンだな」


 乃村の記憶にある彼女は流行に敏感なギャルだった。

 不躾な元クラスメートの視線に不満げな吉田一尉の視線を斉木財務局長代理の方に誘導しする。

 斉木財務局長代理のデレデレとした顔と空気に呆れ顔になっていく。


「このままじゃお持ちかえりされそうだからさ」

「もうあの娘は……」


 乃村の言葉を察して、斉木財務局長代理を保護すべく吉田一尉が離れていく。


「これで大丈夫でしょう。

 さすがに大陸総督府の局長に間違いがあったら大変なことになりますからね」

「ならいいが。

 ところでどうかな、昭美との、その孫の兆候とかは……

 アイツのキャリアとかもあるから別居状態だから気になってな」


 夫婦仲は良好だが妻の昭美は防衛大臣の私設秘書だ。

 普段は日本本国の別宅に居住しているが、休暇は可能な限りこの船で過ごすようにしている。

 今の昭美は大臣秘書として、財界の名士達と談笑している。


「鋭意努力中ではあります」

「そ、そうか。

 頑張ってくれたまえ。

 それにしてもやはり食事が豪勢だね。

 本国もだいぶマシになったが、大陸はモノが違うね」


 些か微妙な空気になりかけた義理の父親はすぐに別の話題を振ろうとする。

 あまり追求されるのも気まずいので乃村も振られた話題に食い付くことにした。


「本国では一汁一菜で、転移後十年続いたが、最近はオカズの皿が増えてはいる。

 それでも嗜好品にカテゴリーされる食品はいまだに高価で手が出ないがね」

「この場に出ている食事は、当然大陸に移民した日本人から見ても高級な食材が使われています。

 それでも転移前ほどの規模では無く、精々がホテルのビッフェ相当です。

 大陸でも沿岸都市では外食産業も復活して来ています。

 いつまでも手に職を付けさせていた職人や料理人を腐らせておくのは勿体ないですからね。

 雇用の問題もありますから、積極的に投資していくつもりです。

 今日のパーティはそんな彼等のデモンストレーションでもあります」

「単に金持ちが贅を凝らしただけじゃないわけだ」


 転移後の日本では、食料不足や輸入に頼っていた食材の調達先が無くなったことで外食産業は真っ先に壊滅した。

 国民も食料の自給に奮闘したが、いまだに立ち直れていない。

 大陸でなら敗戦による賠償金代わりの食料が行き渡り、本国にも加工された食品が送られている。

 それでも余剰となった品が市場に出回り、支給された土地も広いので屋台や外食店が増え始めていた。


「東部中央都市はまだまだ厳しいですけどね。

 浦和、鯉城、杜都の各市は大半が仮設住宅やバラックに移民が住んでいます。

 都市生活を安定化させるのは来年の話になるでしょう」

「護衛任務とはいえ、国民を大陸に連れて来た身としては忸怩たる思いだ」

「本国政府は急ぎすぎだという声も有りますが、大陸に送ってさえしまえば飢えからは救えます。

 少なくとも植民都市の建築と大陸移民政策は間違ってはいないですよ」

「そんなものかな?

 さて、我々は明日の夜には那古野の港を出港しする。

 夕方までは自由時間なんだが家族の時間は少しはもてるかな?」

「明日は私も昭美も予定を入れていません。

 存分にもてなさせて頂きますよ、お義父さん」


 パーティ会場から一時離れて、執務室に戻ってきた乃村は、企画部長の外山がかき集めた中之鳥島の資料を用意されていた。

 

 

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