第81話 エルフの森 前編

 大陸北部

 エルフ大公領

 タージャスの森外縁


 深い霧が常に森全体に立ち込め、侵入者が必ず行方不明なるタージャスの森。

 森全域がエルフ大公領であり、その面積は関東平野に匹敵する。

 そのエルフ大公領を求めて、侵入する者が稀に現れる。

 商人、冒険者、密猟者。

 後日、エルフ達に連行され、戻ってくるが全員ではない。

 この霧はエルフ達が張った魔法による結界と言われている。

 そんな怪しげな森に陸上自衛隊の大型ヘリコプターが接近していた。


「外務局長、見えました」


 そう声を掛けられた杉村外務局長は、CH-47J大型輸送ヘリコプターの窓から地面を眺める。

 即席で造られたヘリポートには、デルモントの第11分屯地から派遣された部隊がテントや陣地を構築して展開している。

 降下したCH-47Jから降りた杉村と外務局スタッフを部隊長の佐久間二等陸尉が敬礼で出迎える。


「デルモントより派遣された佐久間二等陸尉以下、隊員21名。

 外務局の護衛を勤めさせていただきます」


 一応は外務局からも警備担当官を2名連れて来ているが、重武装の自衛隊の協力は有難い。


「お忙しいところお世話になります。

 しかし、デルモントにもウラン鉱山はあるでしょう?

 そちらは大丈夫なのですか?」


 敵の目標が明確なので、警備は厳重なのだろうが人手をこちらに割いてしまったことに負い目を感じていた。


「以前に龍別宮捕虜収容所襲撃事件時に透明化した敵を判別したサーモグラフィを投入しています。

これまでとは同じにはいかないと思います」

「ならよいのですが、こちらも『迎え』が来るまで時間はありますので、考えられる事態を想定しておきたいのですが」


 付近に駐車されている自衛隊の車両に不安を覚えた。

 普通科部隊の持ち込んだ73式中型トラックと高機動車は理解できる。

 問題は緑色の自衛隊カラーに塗り替えられた赤色灯が付いた車両だ。


「あれ、警察の化学防護車ですよね」

「正確にはNBC災害対策車ですね。

 我々も予算の問題で割りを食ってまして、自衛隊の車両よりは入手しやすいので」


 佐久間二尉も苦笑しながら答える。

 すでにこのNBC災害対策車で霧の解析は行ったが、何もわからなかった。

 後は直接隊員かヘリコプターを突入させるくらいだが、相手が迎えに来てくれるというなら待つしかない。


「ではそろそろ連絡しますか」


 杉村局長は携帯を懐から出して、登録してある番号に掛けてみるのだった。


「杉村です。

 はい、準備が出来ましたのでよろしくお願いします」





 大陸西部

 ハイライン侯爵領

 侯爵邸


 新香港や日本との商取引で多大な利益を得たハイライン侯爵家は、ようやく居城の建設に取り掛かることが出来た。

 ハイライン侯爵ボルドーは感慨深く普請を監督していた。

 縄張りを父のフィリップがしていたことは不安を覚えるが、アンフォニーの妹ヒルダから日本の技術者を呼び寄せてくれたのは助かった。

 現在建築されているハイライン城は、星形城塞となる予定だ。

 完成予想図を見せられた時のフィリップのはしゃぎぶりは脳裏に焼き付くほどだ。

 その光景を思い浮かべてると、軽快な音楽に思索を中断される。

 近くの陣幕からだ。


「父上、何か音楽が?」


 陣幕を潜ると、フィリップが携帯電話を片手に水晶をいじっていた。

 そばにはアンフォニーから派遣された黒川という男が右手を奇妙な形に挙げて、こちらの言葉を遮ってくる。


「妖精の森に連絡を取るところだ、邪魔をするな」


 仮にも侯爵である自分に随分な高圧的言い種である。

 黒川は大陸語を流暢に話せるが、同じ日本人同士で会話をすると難解な論調で話すので、相手を困惑させる傾向があるらしい。

 何故かフィリップはあっさりと理解し、コミュニケーションはスムーズに進んでいる。

 ちなみにフィリップが会話している携帯は黒川のものだ。

 黒川の目にはフィリップがいじっている水晶の操作が、転移前に流行ったスマートフォンみたいに見えていた。

 転移当時のスマートフォンのシェアは20パーセントに届いた程度だった。

 しかし、転移後は新機種が出るわけがない。

 海外サーバーから切り離されたことにより大半のインターネットのサイトも消え去り、電池が長持ちしないスマートフォンは一気に無用の長物となり廃れてしまった。

 本国では倉庫や廃棄待ちだった公衆電話や固定電話が再び普及し始め、携帯電話も通話とメールが出来ればよいとガラケーに戻っていった。

 今でも本国の電力事情は良くない。

 現在の電力生産量は転移前の半分程度にしか満たせていない。

 転移により、輸入に頼っていた石油やLNGを使用していた火力発電所は軒並み停止する。

 石炭系の火力発電所は転移前から3割以上の電力生産を可能としており、大陸から採掘が可能になった現在は本国の電力を支える主力となっている。

 水力発電も転移前から1割程度の電力生産を担っていた。

 ここに北サハリンや新香港の東シナ海からの石油や天然のガスの輸入により持ち直して来たばかりなのだ。

 原子力発電は、転移後に激減した電力生産を支える為に全力稼働の方向となっていた。

 しかし、転移から10年以上も経つと、備蓄されていたウランやプルトニウムも枯渇し始めて再び停止する原発も増えていた。

 大陸からウランが採掘出来るようになると、柏崎原子力発電所がようやく再稼働が可能になった。

 本国も省エネやリサイクルが進み、電力消費も下がっている。

 このような状況では、携帯電話の充電にも苦労する有り様だ。

 根本的な問題として、電池の生産に必要なリチウムをはじめとしたレアメタル等の採掘量が需要に追い付かないのだ。

 一番肝心のリチウムにしても、吹能等町近郊にしか鉱山を発見出来ていない。

 現在の黒川達が使っているのは、都市鉱山で資源をリサイクルされた携帯電話ばかりだ。

 年配の者達が


「時代は30年は後退したな」


 と、ボヤいていたのが印象的だ。


「ギーセラーの奴が出てくれればいいんだが、向こう側の水晶球の側に誰かいてくれないと気がついてもらえないのだ」


 ギーセラーというのが冒険者時代のフィリップが浮き名を流したエルフの女性の名であることに、ボルドーは頭痛を感じていた。

 ハーフエルフの姉サルロタまでいるという話も昨夜に聞かされたばかりで、心の整理が追い付かない。

 すでに一昨日には一度連絡が取れているので、向こうも水晶球の側にいるはずだった。


「おっ、繋がった!?

 ギーセラーか、一昨日に話した件だが日本側の準備が整ったそうだから回廊を開いてやってくれ。

 ああ、何か不自由は無いか?

 必要な物があれば送るぞ。

 ワシも行きたかったのだが、離れられなくてなあ」


 フィリップの喜色を隠そうともしない姿にボルドーも黒川も苦笑する。

 ボルドーもまだ会ったことが無い姉とやらに会って見たかった。


「いずれ客人として呼べばいい。

 その為にもこの城の完成を急がせねばな」


 珍しく黒川の言うことにボルドーは頷き、その日が来ることを楽しみに思えた。





 エルフ大公領

 タージャスの森付近


「霧のトンネル?」


 杉村局長の言葉に誰しもが納得する。

 深い霧に包まれたタージャスの森に、ぽっかりと回廊のように霧が晴れていく。



「ここを通れと?

 車両では無理ですな」


 回廊の広さは車両でも十分に通れる。

 問題は獣道に毛が生えた程度の道だ。

 普通科部隊なら問題は無いが、杉村達をはじめとする官僚達にはきついだろうと佐久間二尉達は眉をしかめる。

 杉村達もある程度の徒歩は覚悟しており、全員が登山ルックだ。


「佐久間二尉、とにかく行くしかない。

 途中のポイントに発信器を置いて、ヘリにフォローしてもらいながらマッピングして行こう」



 霧の回廊に自衛隊の隊員15名と官僚5名が霧の回廊を進む。


「霧を操ることが出来る。

 魔法なのか、魔道具なのか、脅威ですね」



 杉村局長はキョロキョロと警戒しながら歩くが、佐久間二尉は前だけを見ていた。


「普通科部隊には脅威ですが、いざとなれば特科で吹き飛ばせば問題はありません。

 空爆という手段もあります」



 自衛隊だって煙幕くらいは使う。

 対抗策は幾らでもある。


「それでも気象兵器なのか、自然現象なのか区別がつかないのは問題ですね。

 初動が遅れそうだ」


 一見すると真っ直ぐ歩いているようだが、微妙に方向がずらされてるのがわかる。

 時間の感覚もわからなくなってきた。

 コンパスも狂わされて、回転している。

 マッピングがしずらくてしょうがない。

 森林の木も一本一本の樹齢が想定出来ないくらいの巨木なのも距離感を狂わせる。

 それら巨木から伸びた枝葉が日の光を遮り、昼間なのに明け方くらいの暗さになっていた。


 訓練を積んだ隊員なら惑わされることもないが、同行している官僚達はつらいだろうと佐久間二尉は気になりはじめた。


「2時間で4キロですか、あんまり進めてないですね」


 杉村局長に指摘されて佐久間二尉は驚く。

 よく見てみれば官僚達は平気な顔で隊員達に着いてきており、疲れや焦りの顔も見せていない。



「意外に元気そうなので驚きました」

「もう慣れましたよ。

 交渉の度に大陸各地に派遣され、航空機は燃料が高いのと滑走路の問題で余程の有事でなければ使わせてもらえない。

 車両だって舗装された道ばかりじゃないですからね。

  最近は鉄道である程度は近場まで移動出来るだけ楽になりました」

「なるほど新人とか来たら大変そうですな」


 足手まといにはならなそうだと安堵していると、霧の彼方から蹄の音が聞こえてくる。


「どうやらお出迎えのようです」



 隊員達が互いの姿を見失わない範囲で散開して警戒にあたる。

 官僚達に同行している外務省警備対策官の2人は、ホルスターに手を掛けながら杉村局長を護るべく前後に立ち塞がる。

 現れたのはユニコーンに乗った美形の妖精族だった。



「エルフ大公領森林衛士隊所属のサルロタと申します。

 日本の使節団のお出迎えにあがりました」



 責任者とおぼしきハーフエルフの少女に一行は戸惑いを覚えるが、他種族は見た目で年齢を判断してはならないと肝に命じているので顔には出さない。

 人数は30人程度。

 騎乗しているのは6人。

平兵士と思われるエルフは軽鎧だけを纏い、頭部には縁の周りの広い鍔と円形かつ浅いクラウン部が特徴の地球側がブロディヘルメットと呼ぶ物を被っていた。

 武器もレイピアこそ腰に差しているが、全員が小銃を肩に担いでいる。

明らかに大陸の王国軍が制式採用しているものより先進的だ。


「リー・エンフィールド?」


 背後で隊員が呟くのが聞こえたが、杉村局長も佐久間二尉も今は挨拶と相手の観察に重点を置く。

 エルフの森林衛士を率いていたサルロタに若い隊員達は笑顔を隠しきれていない。

 だが彼女の着ている服装に違和感を覚えて笑顔も消えていく。

 全員がズボンを穿いているのは理解できる。

 しかし、上着はブルゾンっぽい服で、ネクタイが首に巻かれている。

 また、頭部はベレー帽を被っている。


「礼服なのです。

 あまり見たことが無い格好でびっくりしますよね。

 私もあまり着ないのですが」


 サルロタも照れ臭そうに言ってくれるが、現在のブリタニアの軍服に酷似している為に自衛隊側は困惑を深めるだけだった。

 「ようこそエルフ大公領へ。

 すでに貴方達は『街』の中に踏み込んでいます」

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