第80話 鉱山襲撃 後編
大陸南部
アンフォニー男爵領
この地に駐屯する自衛隊第六分屯地司令柴田一等陸尉は、大陸南部の同盟都市ガンダーラがエルフの小部隊と交戦したとの報告を受けていた。
ガンダーラにも自衛隊部隊の調査隊を派遣する命令を受けて苦い顔をする。
「昨日もサイゴンに小隊を派遣したばかりなんだがな。
ここが手薄になるぞ、全く」
第六分屯地には204名の陸上自衛隊隊員が、任務に携わっている。
海自や空自の隊員もいるが、連絡官かオブザーバーの役割でしかない。
第六分屯地の任務は主に近隣の鉱山や年貢を納めてくれる農地、農民の保護である。
普通科2個小隊を送り出しては、日々の任務のローテーションにも支障が出てしまう。
「司令、領主代行閣下が一連の騒動でお話があると」
幕僚の一人が報告してくる。
「どっから掴んで来たんだその情報。
応接室にお通ししろ」
応接室に移動して待っていると、この地を治めるハイライン侯爵家令嬢兼アンフォニー男爵領主代行ヒルデガルドとアンフォニー男爵領代官斉藤光夫が入室してきた。
軽い挨拶の後に本題に入る。
「正直なところ日本はエルフについて、どの程度ご存じで?」
ヒルダに言われて柴田一尉は考え込む。
日本はエルフとの交流はほとんど無い。
冒険者の中にはエルフやハーフエルフの存在が確認されている。
資源探索に総督府も依頼したりもするが、エルフ達が皇国に与えられていた本拠地である大陸北部の大公領とは接触出来ていない。
だが概ね日本人達がイメージするエルフ像と大差が無いことで知られている。
「大公領は北部の大森林奥深くに有りますものね。
陸路では『迷いの結界』も張られてますから、到達はほぼ無理かと」
「まだ、試しては無いので無理かどうかは判断は付きかねます。
それに『皇国』はどうやってか連絡は取り合ってたのでしょう?
ジェノア事件の時のケンタウルス自治伯とシルベール子爵のような取次役がいるのかこちらも調べてはいるんですよ」
エルフ達がケンタウルス達より高い爵位を与えられているのも気になる点だった。
「取次役はいたんですけど、皇都と一緒にふっ飛んじゃいました。
貴族では無く、皇族でしたから」
公安調査庁の調査では皇都に皇族の生き残りはいない。
臣籍降下した者も含めてだ。
また、エルフ大公領が日米との戦争の際に大公領の治安組織である『森林衛士旅団』を参陣させて皇都大空襲で全滅させている。
エルフ達の皇国との連絡所たる大公屋敷も跡形も残っていない。
唯一の例外が、皇弟にして大公だった現アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスだけだが、かような些事に関わらせるわけにはいかなかった。
「では、エルフとの接触方法は空路で直接乗り込むか、俗世に出ているエルフに伝言を頼むしかなさそうですな。
今回の事態の説明を求める必要が出てきました。
出てきた死体は何れもエルフのみ。
総督府並びに同盟都市政府は、エルフによる組織だったテロと見ています。
襲撃を受けた場所も些か問題があります」
地球人達が規模は小さいがウランという鉱物に神経を尖らせている理由はヒルダも斉藤達に聞いている。
日本くらいしか使い道や活用が出来ないが、莫大なエネルギーを産む鉱物とは理解している。
「そういえば、今日こちらに来たのは何か有益な情報を頂けるので?」
「人間に残る最後の取次役が出来そうな人物への紹介状をお売りしようと思いまして」
「つい先ほど取次役は全員死んだとお聞きしましたが?」
「公的にはです。
現在の王家も大公領とは連絡を取り合っていません。
ですが、私的には貴族にも連絡手段を持っている人物がいるのです」
ヒルダは紹介状の代金代わりの利権を記した書類を柴田一尉に渡す。
目録に目を通した柴田一尉は眉を潜めてため息を吐く。
「小官の一存では決められません。
総督府の判断待ちになりますが、よろしいですか?」
「えぇ、互いに喜ばしい判断をお待ちしておりますわ」
ガンダーラ近郊山中
エルフのクラクフは、額に汗して山中を逃げ惑っていた。
人間達が掘り起こした醜悪な鉱山を襲撃するために30人からなるエルフが集まり幾つかの組に別れて目標に進んでいた。
エルフは森林では身が軽く、溶け込みやすい習性を持っている。
人種に気づかれる様な事はこれまでは無かった。
だがどこかの組がヘマをしたのか、地球人の軍と交戦したことから作戦が早められた。
鉱山に砦を築いていた地球人の兵士達は警戒を強めていたが、クラクフ達の弓矢や精霊魔法に次々と倒れていった。
森の中からの攻撃は優位に進んでいたが、砦に空飛ぶ機械が飛来してからは状況が変わった。
自衛隊のセスナ 208 キャラバンの主翼下6箇所のハードポイントから発射されたヘルファイア対戦車ミサイルが、クラクフ達の隠れていた森林を爆発させた。
無差別な爆発は数人のエルフを吹き飛ばす。
たちまち姿を隠してくれていた精霊が逃げてしまった。
さらに飛来したUH-60Jと旧インド海軍のウエストランド、シーキング Mk.42B哨戒ヘリコプターが2機着陸し、2つの軍隊の兵士達が展開した。
ウエストランド、シーキング Mk.42B哨戒ヘリコプターは、インド海軍シヴァリク級フリゲート『サハディ』に搭載されていた機体である。
ガンダーラの虎の子といえた。
鉱山基地の正面に布陣した自衛隊の隊員達は、AK-74小銃とKord重機関銃を森林に向けて無差別に掃射した。
逃げ惑うエルフ達がたちまち血飛沫を上げて薙ぎ倒されていく。
「退けぇ!!
森の奥なら我等が有利だ!!」
クラクフの張り上げた声に生き残っていたエルフ達が森の奥に退き消えていく。
しかし、森の奥にはヘリコプターから降り立ったグルカの兵士達が先回りして待ち構えていた。
森の精霊が危険を伝えてくれるが、その動きや射撃に体が着いていけない。
グルカナイフで切り裂かれ、警告の外から小銃で狙撃される。
エルフに取って有利な筈の森での戦いが、一方的な殺戮の舞台と化していく。
クラクフは風の精霊の力を使い、味方と敵の位置を把握している。
しかし、敵の銃撃は把握出来る距離の外側からも行われる。
近くにいたグルカ兵を弓で射るが、肩口に刺さっただけでは怯まずに射撃してくる。
矢や王国の小銃なら反らす事が出来る風の精霊も彼等の銃弾を反らすには不十分だった。
数発の銃弾がクラクフを貫く。
自衛隊の隊員達も森に入ってきて掃討を始めている。
「捕虜になるわけにはいかない」
クラクフは囲まれる前に自ら首をナイフで掻き切った。
「くそっ、生け捕りは無理か!!」
「スコータイの鉱山基地を襲ったのもこいつらか?」
「襲われたのは一昨日だろ?
距離的に無理だ。
別動隊がいるんだろう」
薄れゆく意識の中で地球人達の会話から、別動隊のヴァンダ組は上手く逃げ延びたことを悟り、クラクフは息を引き取った。
アンフォニー男爵領
翌日、総督府からの解答を持って柴田一尉は領主館を訪れていた。
「総督府は利権を売ることに同意しましたよ。
詳しいことはこちらの封筒に。
朱印状も入ってるからお確かめ下さい」
「はい、確かに。
しかし、せっかくの朱印状を下賜されるとしたら堂々とした式典を開いたらよかったですね」
礼服を着て赤絨毯の上で、ドレス姿のヒルダに朱印状を渡す自分の姿を想像して柴田一尉は頭痛を覚える。
「そ、そういうのはもう少し上の方がいる時にお願いします。
さて、本題の取次役になりうる御仁ですが」
「はい、私の父のノディオン前公爵フィリップです。
若い頃は家を飛び出して冒険者として活躍していました。
そのパーティーにいたエルフの精霊使いが、現大公領森林衛士旅団団長ギーセラー殿なのです」
意外な人選に柴田一尉が感心するが疑問も残る。
「しかし、物理的な接触は不可能な筈ですが」
ヒルダはこの質問に少し顔を赤らめながら、言いにくそうに答える。
「父はそのギーセラー殿と冒険者時代に肉体関係にあったらしくて……
パーティー解散時に個人的に通信用の水晶球を贈られて、逢瀬を重ねてたらしく、私に腹違いのハーフエルフの姉までいるらしいのです」
ハイライン侯爵家の黒歴史らしいので、対価を得ねば割に合わないのは理解出来た。
「こちらから特使を送る旨をお伝え下さい。
詳しい日時は代官殿に電話で連絡します」
大陸東部
新京特別区大陸総督府
「そういえば疑問なんだが、ケンタウルス自治伯、エルフ大公領とか何で種族名がそのまま領地名になってるんだ?
大陸の他の地域には、エルフやケンタウルス達は住んでいないのか?」
秋月総督の疑問に秋山補佐官が資料をめくる。
「驚くべきことに皇国初代皇帝陛下は、大陸中の亜人を一地域に移住させて、代表者を貴族として叙勲し、領地を封じたようです。
その為に種族名がそのまま領地名となってるようです」
なるほどと秋月総督は頷く。
「爵位の格付けは各種族の規模と帝国に対する貢献度が反映されているのか。
しかし、大公という地位はさすがに度が過ぎてないか?」
「初代大公は当初公爵だったようですが、そのまま初代皇帝の第3皇妃を兼ねていたようです。
初代皇帝の崩御後に大公として陞爵した模様です」
2人がこんな会話を続けてるのは、特使として派遣される杉村外務局長に聞かせる為だ。
ジェノア事件の失態がある杉村としては、今回の会談が不首尾に終われば進退を伺う状況であった。
「デルモントの街に駐屯する蒲生一等陸尉には、全面的に協力するように言ってある。
必要なら援軍も派遣しよう」
「はい、必ずやエルフとの会談を設けて見せます」
杉村の熱意に秋月総督は、困ったような顔をする。
「一連の襲撃でウラン鉱山が立て続けに襲われたが、日本及び各同盟都市はこの大陸に5ヶ所のウラン鉱山を確認している。
スコータイ、サイゴン、新香港……
そして日本が管理する2つのウラン鉱山、そのうちの1つがデルモントだ。
エルフの本拠地たる北部にあることもある。
安全には十分に気を付けて行ってくれ」
少し顔をひきつらせた杉村に脅かしすぎたかと後悔した。
杉村局長が現地にヘリで向かうと同時に、新香港のウラン鉱山が襲撃を受けたとのニュースが飛び込んできた。
総督府のヘリポートで、見送りに来ていた秋月総督は顔をしかめる。
「大陸南部から西部へとか、ずいぶん広範囲だな。
被害状況は?」
「武警の隊員が8名、鉱夫が4名死亡。
エルフの死体は13体確認。
鉱山も爆破され、林主席は怒り心頭で机を蹴飛ばしたそうです。
常峰輝武警少将が陣頭指揮を取り、新香港から特殊警察部隊一個連隊も投入して山狩りの実施中です」
新香港武装警察は首都の新香港と衛星都市である陽城、窮石防衛の為に、武装警察第1旅団並びに2個の連隊を組織した。
そして、将来的な正規軍設立の為に重武装の特殊警察部隊が政府直轄部隊として設立させた。
その新香港の最強戦力を投入していることから、怒りの本気度が理解できる。
「本気なのは新香港だけじゃないのだよな」
秋月総督が頭を抱えるのを秋山補佐官は不審に思う。
「本国が何か言ってきましたか?」
「エルフ共が邪魔するなら、特殊作戦大隊を派遣するか、巡航ミサイルの使用を許可しようかと乃村大臣と本国もこの件に大変関心がおありのようだ。
だが我々としては本国の介入は最低限に留めたい」
転移後に規模を大隊にまで拡大させた特殊作戦群と在日米軍の倉庫から引っ張り出した巡航ミサイルを装備した第1巡航ミサイル大隊は防衛大臣の直轄部隊だ。
総督府や大陸方面隊の意向を無視する可能性があった。
「何より、大陸において3番目に人口の多い種族との戦争は避けるべきです」
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