第79話 鉱山襲撃 前編
大陸南部
呂栄市
人口24万人を誇るフィリピン人による地球系都市で開かれた会談は無事に終わった。
ニーナ・タカヤマ市長の肝煎りで、昨年の百済襲撃のような愚を犯さないように徹底した警備が行われている。
現在も完全武装の軍警察一個連隊が市内や郊外を巡回し、警戒を怠っていない。
港湾から沿岸までは、40m級多目的対応巡視船『トゥバタハ』、『マラブリコ』、『マラパスクア』、『カポネス』、『スルアン』、『シンダンガン』が海上警備を担当し、同盟国・都市の海上部隊と守りを固めていた。
そして、会談に先んじて引渡し式が行われた同型の『ケープ・サン・アグスティン』、『カプラ』が港に停泊して訓練が行われている光景が目に映る。
「本国も呂栄沿岸警備隊の充足に力を入れてるなあ」
「転移前からの約束ですからね。
あと2隻が予定されていますが、供与が早すぎて呂栄側が船員を揃えるのに苦労してるみたいですよ」
「こっちは十年遅れなんですけどね」
山のように溜まってた書類に些か現実逃避気味に秋月総督と秋山補佐官は、宿泊する日系ホテルのテラスから港湾を眺めていた。
わざわざ呂栄まで持ち込んだ書類だけあって、呂栄絡みの物が多い。
呂栄沿岸警備隊の整備事業の書類を見て意見を交わしあっていたところだ。
「あ、これがエウローパから提出された旧構成国別のリストです。
分類がなってないな」
秋山補佐官からの愚痴混じりの言葉を聞き流しながら、リストを受け取る。
エウローパは、ヨーロッパ40ヵ国の国籍保有者と彼等の配偶者となった日本人と合わせて約7万人で建設された新たな地球系同盟都市である。
名称はヨーロッパの語源となった女神のラテン語読みから名前から取られている。
その構成は
フランス15000名 ドイツ6200名 イタリア4000名
ベルギー3600名 ウクライナ3100名 スペイン3000名
ルーマニア3000名 スウェーデン2700名 ポーランド2000名 スイス1600名 オランダ1300名 オーストリア1100名 ブルガリア1000名 デンマーク100名 フィンランド800名 ノルウェー800名 リトアニア800名 ルクセンブルク750名 エストニア700名 ハンガリー600名 セルビア600名 スロバキア600名 チェコ400名 ギリシャ300名 クロアチア300名 ラトビア20名 モルドバ200名 スロベニア100名 アイスランド100名 グルジア50名 アルメニア50名 マルタ20名 リヒテンシュタイン10名 他少数サンマリノ、バチカン、アンドラ、キプロス、モンテネグロ、マケドニア
「細かいな。
しかし、よくまとまったものだな」
「ヨーロッパ系キリスト教国で固まりました。
ボスニア、アルバニア、コソボといったヨーロッパ系イスラム国家は態度を保留しつつ、外務省の仲介で教徒同士の住民交換も行われました」
宗教、文化は均一な方が争いは少ないと、外務省が仲介に奮闘した結果である。
「次はどこが有力なんだ?」
「単体の人数ではモンゴルですが、ボリビアが南米、中南米系をまとめ始めました。
年内には決まると思います」
在日外国人の処遇も大半が片付き、目処が見えてきた感がある。
最終的には全部まとめて押し込む気だ。
地域的に孤立したモンゴルやヨーロッパ系イスラム3ヶ国はその対象となっている。
「そうそう北部デルモンドに派遣している第11分遣隊より、現地の鉱物資源の調査結果が出ています。
ウラン、クロム、鉄鉱石、マンガン、なかなか有望です」
大陸最北端の北サハリン領ヴェルフネウディンスク市と王都ソファアを繋ぐ大陸鉄道北部線。
そのちょうど大陸中央と大陸北部の境界線にあるデルモンドの町の砦を接収して分屯地の建設が行われた。
まずは砦を改修し、駅の建設、インフラの確保が行われ、周辺地域の資源の調査が実施された。
調査の結果は上々で、特にクロムは日本の支配領域では初めての算出だ。
現在はサイゴンからの輸入に頼っているが、この量を減らす事が出来る。
「来年のサイゴンサミットでは議長国を困らせることになるな」
「供与予定の船舶で我慢してもらいましょう。
すでに漁業取締船6隻や退役した巡視船を2隻供与してるのです。
呂栄に次ぐ優遇ですよ。
他の同盟都市からの需要も伸びてる筈ですから問題は無いでしょう」
「他都市からの依存度が減らせるのは優先すべきだな。
ここ数年は騒動続きだったからな。
そろそろ落ち着いて欲しいものだ」
秋月総督の期待を裏切るように新たな書類が机に積み上げられた。
持ってきたのは総督府で軍務を補佐する高橋陸将だ。
「何か問題が起きたか?」
「スコータイのウラン鉱山が襲撃を受けました。
スコータイの連中は秘匿してますが、警備に当たっていた軍警察の1個分隊は全滅。
鉱道が爆破され、鉱夫にも少なからず死傷者が出てるのを現地の大使館が情報を掴みました。
敵の正体は不明です」
銃器で武装したスコータイの軍警察を全滅に出来るとはただ事では無い。
スコータイの軍警察は転移後に即席で創られた為に練度に不安があったのは間違いない。
それでも装備も軽歩兵程度の物は揃えてある。
銃火器やテクニカルで武装した分隊が、ムザムザとやられるだろうか?
戦力に不安があったことも一因ではあるが、全滅の上に敵の正体もわからないとは遅れを取るにも程があった。
「おそらく奇襲だったのでしょう。
通信も出来ないほどに敵の連携も巧みだったことが予想されます。
ウラン鉱山はこの世界の住民では活用出来ないことから、狙われたのは偶然と思われます」
高橋陸将の分析にも腑に落ちない点は拭えない。
「ソムチャイ市長には私が直接話を付ける。
自衛隊は調査部隊を至急派遣する準備をしておいて下さい」
「アンフォニーの第6分遣隊から小隊を出させます」
地図で確認すれば1番スコータイに近い部隊だ。
「物が物だけに各同盟都市にも警戒を促すようにしましょう」
スコータイ市
市営病院
同盟都市の中では比較的人口が豊かなスコータイではあるが、転移当時は医療関係者はほとんど存在しなかった。
これは他の同盟都市も同様である。
当初は在日外国人を伴侶にした日本人医療関係者とたまたま観光で来日していた外国人医療関係者を中心として各都市は病院を創設し、運営する状態となっていた。
近年では日本で学んだ外国人の医者や看護師の若者が病院に勤めだして改善の傾向はある。
しかしその数は少なく、少数の病院に集約せざるを得ないのは致しか無かった。
その為に殉職した軍警察の隊員10名達の遺体もこの病院に安置されていた。
「こちらです」
在スコータイ日本大使館駐在武官重留康之二等陸尉は、日本人医師の福永に霊安室に案内された。
線香の匂いの強い霊安室の中には、10人分の遺体がベッドに寝かされていた。
「報告書は目を通させて頂きましたが、実際にみるとひどいですなこれは」
いずれの遺体も惨憺たる有り様で、通常の弓矢や銃火器、刀剣で殺されたのとは違う有り様を呈していた。
「見てください、この苦悶の表情。
苦しみ抜いて死亡したことが伺えます」
福永が遺体の顔に掛ける白い布、打ち覆いを外すと夢に観そうな苦悶の顔をした軍警察隊員が現れた。
報告書には死因は溺死と書かれている。
「はい、どうも水筒の水を一気に飲んで溺死のようですが不自然すぎます。
次の遺体は焼死です。
火炎放射器でも浴びせられたのでしょうかね?
熱量は大したことは無さそうですが、全身に火傷を負って死亡しています。
魔法でも火炎球を飛ばすのが有りましたからその類いかと。
次の遺体は」
シーツを剥がされた遺体は全身に湿疹が出ていた。
「これは?」
「協力な花粉症によるアレルギーによるショック死です」
「か、花粉症?」
次の遺体は植物の蔓に首を巻かれた状態発見された。
鋭利な何かで全身を切り刻まれたり、石が多数飛んできて死亡した遺体もある。
「他の遺体は仮眠中に同じ刃物、おそらく同一人物に殺されてます。
誰一人暴れることも起きることも出来ずに。
こんなことが訓練を受けたとはいえ、人間に可能なんですかね?」
現状では魔法による攻撃に間違いない。
それも導士級の魔術士が兵士の訓練を受け複数人。
高名な魔術士は公安調査庁を初めとする各情報機関が不完全ながら監視対象としている。
現状では有り得ないとしか、重留二尉には思えなかった。
現地に調査に向かった部隊からも鉱山の爆破も火薬が使われた形跡が無かったとの報告がある。
警戒を各方面に促す必要があった。
ガンダーラ
ウラン鉱山
ガンダーラ軍警察第1グルカ・ライフル部隊は、周辺領域を圧倒的なスピードで鎮圧したことで、近隣にその名を轟かせていた。
他の同盟都市と同様の銃火器で武装しながら森林戦では残党軍もモンスターも歯が立たない。
そんな強者揃いの彼等だが、ガンダーラの都市建設が目処が立ち始めると同胞となるインド、ブータン、ミャンマーの民達を兵士として鍛え上げることを新たな目標に掲げた。
「見込みが甘かったな。
ブータンの連中はともかく、ミャンマー、インドの連中は話にならん」
そう嘆くグルカ兵の教官パン曹長の評価は些か厳しい部類にはいる。
子供の頃からスカウトされて訓練を受けていた彼には、転移後に兵士として徴兵された彼等は頼りなく見える。
今日もウラン鉱山基地の施設までの山岳訓練を実施していた。
だが少し前から山道を進む自分達が追尾されているのを感じた。
しかし、何度振り返っても相手の姿が確認出来ない。
「全員に安全装置を外させろ。
そのまま音がするまで振り返るな」
インド人の分隊長に指示して、藪に身を潜める。
追尾者の気配は感じるが、ひどく薄い。
姿は相変わらず見えないが、パン曹長は己の勘を信じて、日本の包丁鍛冶に造って貰ったグルカナイフを藪の中から投擲した。
「きゃあ!?」
女の声がしたかと思うと、何も無い空間から血が噴き出し、金髪の小柄な美少女が姿を現す。
誰何をしなかったことを責任問題として、追及されるか考えた直後に植物の蔓がパン曹長に巻き付いた。
「ぐあっ、魔法か!?」
パン曹長の声を聞き付け、行軍を続けていた訓練部隊が少女のいる方に発砲する。
たちまち少女は銃弾の雨に曝されて血飛沫をあげるが、同時に少女の回りで姿を消していた連中にもあたり、金髪の若い男達が地面に倒れ伏す。
パン曹長も蔓に巻き付かれながらもホルスターから拳銃を取り出す。
例え魔法による攻撃でも、こちらを視界に捉えられる範囲に敵はいるはずだった。
少女の周辺、訓練部隊の火線から外れた位置に銃弾を叩き込む。
2人に当たったらしく、金髪の若い男が姿を現すが、魔法を掛けてきた当人では無いらしい。
締め付けてくる蔓に意識が朦朧としてきた頃、火線の範囲を広げた訓練部隊が術者を仕留めたことで命拾いした。
「助かったよ、やるじゃないかお前ら」
労いの言葉に訓練部隊の兵士達はいい笑顔で応えくる。
「俺達に基地までの道案内をさせる気だったのかな?
どれ何者か顔を拝んでやるか」
転がっている死体は7つ。
そのうちの血溜まりに伏した少女の頭を掴み、顔を確認する。
武器は細剣や弓矢だけ、銃火器や爆弾の類いは持っていない。
「皇国の残党か、貴族の私兵か」
パン曹長が思索していると、同じように倒れていた男達を調べていた訓練部隊の隊員の1人が口笛を吹いて、死体をパンの元に引き摺ってくる。
「教官、こいつらはエルフです。
見てください、この長い耳を」
実物にお目にかかるのはパン曹長も初めてなので判断に迷う。
だが明確な敵対勢力がこの山中にいるのは確かだ。
他にも敵はいないか探るが、足跡や草木が踏まれた痕跡は一切無かった。
唯一の痕跡は数人分の負傷時に流血したと思われる血痕だけだった。
「本部に通信。
我が隊はエルフによる襲撃を受けたがこれを撃退。
なお、掃討の必要ありと認む」
連絡を受けたガンダーラ軍警察本部は、グルカ兵による中隊をこの山に投入を決定し、エルフとグルカ兵が2日に及ぶ山岳戦に突入することになる。
また、アンフォニーからの調査隊がガンダーラにも派遣されることが決定していた。
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