第78話 新天地

 大陸東部

 福崎市から北に約1000キロの海岸線


 何もない土地だが、福崎市からヴェルフネウディンスク市への線路に小さな駅舎と幾つかの政府機関の建物だけは完成していた。

 線路沿いに電柱も建てられ、電気が通じていることがわかる。

 駅前には事前に来ていた陸上自衛隊の軽装甲車や高機動車の姿が見える。

 他にもこの駅を守る鉄道公安隊のパトカー2両が、鉄道公安隊派出所に停車していた。

 本日はこの新築の駅舎に初めて停車する蒸気機関車が到着し、最初の乗客達が降りていく。

 初乗客達が到着したのにテープカットなどのセレモニーは用意されていない。

 到着した蒸気機関車には客車の他に装甲列車が連結されており、道中は車両に固定された2A65「ムスタ-B」 152mm榴弾砲が睨みを聞かせていた。

 貨物車両に積載されていた装輪装甲車であるBTR-60PBやBTR-70に、マイクロバスやバイクが降ろされて視察団や自衛隊隊員達の足になる。


「次の帰りの上り列車は八時間後に到着する予定です。

 視察団の皆さんは存分にこの地を御覧下さい」


 視察団を率いる秋山総督補佐官が拡声器を使って呼び掛けている。

 遠ざかる列車に残された者達は不安を覚えるが、いつまでも列車を駅に置いて線路を塞いでおくわけにはいかない。

 まだ、小規模な駅舎とホームくらいしかないこの駅の今後の課題と言えた。

 この視察地の各所に第1鉄道連隊の隊員達が、警備の為に徒歩で散り始めている。

 彼等にも新たな駐屯予定地を視察する目的があったりする。

 まあ、自分達が駐屯するわけではないのだが、任務なので仕方がない。

 彼等が時折発砲する銃声を聞いて、視察団の面々は不安そうな顔をする。

 他の自衛隊員や秋山補佐官は意にも介した様子も見せていない。


「ホテルなどの宿泊施設があるとよかったんだけどね」


 などと呟いてる秋山補佐官に、乗客の一人で日本の本土から来たばかりの商社の部長という男が不安そうに訪ねてくる。


「あの、銃声が時折聞こえるのですが、避難とかの必要は無いのですか?」


 確かに列車を降りて既に20分ほど経っている。

 秋山の耳にも幾つかの銃声が聞こえてきたが、あまり気にしてはいなかった。


「ああ、自衛隊が付近の危険生物の駆除を行っているのですよ。

 植民が正式に開始される秋頃まで続くのでご安心下さい。

 しかし、何度か演習を兼ねた掃討作戦を行ったのですが、根絶は難しいものですね」


 それは付近に危険生物がいることを認める発言だが、気にするなと言われて部長は困惑する。

 だが視察団で、自分とは違う反応をしている人間達に気が付く。

 補佐官の発言に安心し、視察を続けるのが既にこの大陸に移民してそれなりの年月を過ごした者達だ。

 彼等はそれとなく周囲を警戒しながら地図を片手に目的地に向かい始めた。

 数人は護身用の刀や槍、ボウガンを装備している。

 警備会社から派遣された警護の者達もいるが、彼等とは毛色の違う背広姿のサラリーマン達も武装していることに驚かされる。


「彼等も民間人ですよね?」

「都市部の外にでますからね。

 最低限の武器を用意していたのでしょう」


 そういう秋山補佐官の腰にも拳銃がホルスターに納められているのを見て絶句する。


「さすがに大物は根絶やしにしましたから安心して下さい。

 市の建設に先だって、防壁の普請も行います。

 より確実な安全が確保されるでしょう」


 掃討された一番の大物はグリフォンの群れであり、42匹で構成される大規模なものだった。

 鉄道公安隊は線路を敷設する際に過去の文献や冒険者ギルドなどで現地情報の収集を行った。

 この時に現地の集落が全滅したとの記述を発見したのだ。

 調査にあたった騎士団や冒険者は、住民の遺体の一部や散乱していたグリフォンの大量の羽を発見して撤収した。

 それ以後、この近辺は危険地域に指定され封鎖された。

 グリフォンの群れを討伐するには、当時の皇国時代の現地戦力では割に合わないと判断されたのだ。

 時代が代わり、皇国から王国になり、総督府の傀儡となると事情が変わってくる。

 この地域に鉄道の線路を敷設する必要に迫られたのだ。

 鉄道公安隊もパジェロを改造したパトカー5両で調査に赴き、グリフォンの襲撃を受ける羽目に陥った。

 パジェロのパトカーは改造されて、人間が何人も乗り込んだ状態であり総重量が4トンに達していた。

 しかし、その鋭い鈎爪で牛や馬をまとめて数頭掴めるグリフォンには軽々と空中まで持ち上げられてしまった。

 馬や牛と違い、銃を持った鉄道公安官達は発砲して抵抗する。

 まだ地面から車体が離れたばかりのパトカーはよかったが、ある程度の高度まで持ち上げられていたパトカーは落下し、車体が潰れて死傷者を出してしまった。

 1両が巣まで運ばれて、嘴で啄まれて6名の鉄道公安官が食われたことが後日に判明する。

 事態を重く見た総督府は自衛隊に出動を命じた。

 派遣されたのは第16即応機動連隊第3大隊。

 目立つように装甲車両を走らせ、グリフォンを誘き出す作戦が実施された。

 誘い出されたグリフォンは装甲車両を鋭い鈎爪で貫こうとするが、その爪先は14.5mm機銃弾に堪えるストライカー装甲車の装甲を貫けなかった。

 さらに持ち上げようにも17トンもの重量を持ち上げることが出来ない。

 ストライカー装甲車は、取り付けられたカメラの映像を車内のモニターで見ながら重機関銃や擲弾発射器の操作が可能であり、射手を危険に晒すことなく、機関銃弾をグリフォンに叩き込みながら駆逐していった。

 最終的に巣を擲弾で吹き飛ばして事態の終了を宣言した。

 討伐にあたった自衛隊は成体は駆除し、幼体は捕獲した。

 幼体は動物園や友好的な騎士団への売却が行われた。

 王国が再建を進める『鷲獅子騎士団』は、グリフォンに騎乗する騎士で編成されており、幼体から騎士に育てさせて慣れさせることから需要があったのだ。

 新京、那古野の両動物園では、『鷲獅子騎士団』との協力のもとグリフォンの育成や調教等の研究が行われている。

 その後も定期的に魔物討伐は行われ、回を重ねるごとに魔物の体は小さくなっていった。

 その様子を秋山補佐官に伝えられても安心感を得られなかった。

 普段は日本本国に住んでいる者や大陸に移民して日が浅い者達は、足取りが重くなっている。

 自衛隊員や武装した視察団員の後ろから追い掛けるように着いていく様子が見てとれた。


「貴方も行かなくてよろしいので?」

「そ、そうですな。

 お~い、待ってくれ!!」


 駆け出す商社の部長に秋山は苦笑する。

 同行するSPも似たような思いのようだ。


「大陸に来たばかりの頃を思い出しますね。

 あの頃は毎日が怖かった」

「まあ、私は護衛がたっぷり付いてたから恵まれてる方でしたけどね。

 今回も頼りにしてますよ」


 敬礼で答えられ、秋山も総督府の支所予定地に向かう。

 しかし、視察といっても風光明媚な海岸線とだだっ広い原野が広がってるだけだ。

 道も無いから遠くに行くわけにもいかない。

 気をとり直した視察団の参加者達は、未だに挨拶の終わっていない同行者に名刺を配ったりして親交を深めている。

 その交換された名刺にはアンフォニー代官の肩書きを持つ斉藤光夫のものも混じっていた。


「これはこれは青塚さんじゃないですか?

 副総督の補佐官に就任したとか、おめでとうございます」

「斉藤さんお久しぶりです。

 アンフォニーの発展、噂は聞いてますよ。

 今度は病院を建てたとか」

「炭鉱や鉱山で健康を害する患者を見越した先行投資ですよ」


 近隣の領地から若い女性を集めて、看護婦として教育し、雇い入れている。


「あなた方のケースを基に、我々も東部に大規模な大陸人の女性向けの学園都市を造ろうかと思いましてね。

 民主化問題に熱心な武田葉子教授を口説いて候補地を選定中ですよ」


 武田の名前を聞いて、斉藤は眉を潜める。

 新京大学の教授であり、転移前はテレビでコメンテーターを務める論客として有名であった。

 転移後もその知名度を生かして、大陸の各地で混乱を引き起こす悪名高いNGO団体『大陸民主化促進支援委員会』の主催者でもある。

 斉藤も在学時代は彼女の講義を受講したことがあるが、典型的な男女平等を主張するフェミニストの主義者だった人物だ。

 根本的に斉藤達『サークル』の活動を軽蔑しており、折り合いが悪い。

 最近は彼女の愛弟子だった女性がどういう経緯か自衛官と結婚して、エジンバラ自治領領主夫人となってしまい、ヒステリーが激しくなったと噂では聞いていた。


「また面倒な人物を」


 斉藤は呆れるが、青塚は首を横にふる。


「面倒な人物だからいいんです。

 彼女は女性保護の活動には熱心ですからね。

 保護した大陸の女性にも日本人と同様の権利や環境を与えようとするでしょう」


 学園都市にて衛生観念と教育を与えられた大陸の女性達は、小汚ない村や町に戻れるだろうか?

 教養も無く、不潔な大陸の男達との婚姻に我慢出来るのだろうか?

 すでに新京の教育機関に留学してきた貴族の子女にその傾向が見られる。


「どうです?

 うってつけの人物でしょう武田教授は」


 青塚のどや顔が微妙に斉藤はムカ付いたが、『サークル』の方針としては都合がいいのも事実だった。


「大陸人の少子化は、政府が百年単位で行うつもりだったんでしょう?」

「我々はそれを早めてやろうというだけですよ。

 国家百年の大計も結構ですが、我々、或いは我々の子供達が享受出来ない利益に何の価値があるというのか」


 その為に多少の血生臭いことになろうとも甘受する気だった。

 斉藤達の愛しき姫君達には聞かせられない話だった。


「それで、その候補地はここで?」

「いや、さすがに我々日本国民戦線だけでは資金力とか問題でしてね。

 些か不本意ながら神殿都市の建設を狙ってる日本仏教連合と協賛になりそうなんですよ」

「ああ、フィノーラですか」


 フィノーラは新京から中央線で2つ先にある都市だ。

 吹能羅という日本名に代えて、巨大な寺院の建設計画が建てられている。

 竜別宮とともに大陸人との共存の場ともなっている。

 男女平等主義者と宗教勢力が相容れるのかは大変疑問だった。

 それでも最大限の利益は勝ち取らないといけない。


「建設が本格化したら、アンフォニーも一枚噛ましてもらいますよ」

「その前に『ここ』ですか」


 総督府が主催した視察団が訪れたこの地は、日本が新たに建設する植民都市だった。

 今年の10月末をもって、福崎市への植民は完了する。

 新しく建設するこの地には、自衛隊やインフラ業者とその家族を先遣とした植民が11月から開始される。


「今度は何て名前になるんでしょうかね、この街」

「京都市民が移民の主力になる街ですからね。

 総督府では命名を巡り、殴りあいも辞さない緊迫した会議が続いたそうですよ」


 来年には総選挙が控えている。

 秋山達、総督府も自分達の息の掛かった候補者を支援している。

 青塚達『日本国民戦線』や『大陸民主化促進支援委員会』、『サークル』も独自の候補者を立候補させるべく動いていた。

 大陸の民達は、選挙活動という名の日本内部の争いを公開しながら見せられるという珍妙な事態に戸惑いを見せることになる。

 その騒音に住民からの苦情が殺到したのは予想通りだった。

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