第77話 移民 後編

 神那監視所から新京までは何事もなく順調に進み、中島港から上陸した移民達の車両も合流してくる。

 夕方になる頃には、新京特別行政区に到着した。

 移民団はすでに大都会化している新京の光景に驚きを隠せない。

 さほど高層なものは無いが、本国の中核都市に負けない程度のビルディングがある。

 ところどころに大陸風の御屋敷も見受けられる。


「あれが大陸貴族の屋敷らしいな。

 ちょっとした観光名所になっているらしい」


 新島家の祖父利光、父晴利、三男晴史の三人は、家財道具を積んだ車両で、植民先の福崎市に向かっていた。

 その途中で都会化した新京特別行政区に立ち寄ってはしゃいでしまうのも仕方が無いだろう。

 利光が監視所の売店で購入したガイドブックを見ながら解説してくれる。

 大陸風な建築物に貴族の家名が書かれたガイドブックである。


「個人情報はいいのかな、これ?」


 それはそれとして後部座席からカメラを取り出し、大陸総督府となっている新京城の写真を撮り出す。


「あれが大陸総督府である新京城か。

 大陸なのにわざわざ和風の城を建てたんだな」


 意外なことだが、日本の支配地域に旧皇国の大規模な城は少ない。

 新香港はノディオン城、百済にはエンハンス城がある。

 日本の支配地域では、リューベック城やフィノーラ城くらいである。

 日本は他の地球系都市と違い、大規模な建築能力を保持している。

 大規模な城や都市を貰っても開発の邪魔になるだけなのだ。


 もちろん領主の館や代官所は存在したが、新京では迎賓館としての役目を終え、郷土資料館として改修工事中である。

 大陸東部は皇国にとっても辺境であり、半分近くが天領となっていた。

 当然、大陸の住民も他の地域に比べれば少ない。

 戦後の住民感情や統治の面倒さも日本が東部の割譲を選択した理由だ。


 すでに日が沈み初めている。

 都市間の道路にも街灯が設置されてるが、まだまだ危険も多い。

 今日は車で進めるのはここまでだった。

 この夜は新京の宿泊施設に泊まることになる。

 宿泊施設での夕食後は自由行動が許されているので、三人は街を散策に乗り出す。

 道の駅っぽい監視所でも武器屋を覗いてみたが、さすがに新京は品揃えが違う。


「銃はいいが弾丸は高いよ。

 町に住むだけなら刀剣か、拳銃にしときな。

 勿論拳銃は最後の武器だ」


 店の親父はどや顔で決め台詞を語っている。


「あと刀剣は講習、銃は学校に通った後に試験が有るからな。

 運転免許と同じで、射撃学校と免許センターでの免許交付後に初めて銃が買えるようになる。

 ああ、街の自警団に参加すれば訓練で、射撃学校に通ったのと同じ検定資格を得られるよ」


 やはり武器の所持は大陸といえど、甘くはないようだった。

 悩む晴史は別の武器を探してみる。


「今すぐ持てる武器は無いのか?」

「ならこれが売れ筋だ」


 そうやって出されたのは、檜の棒だった。


「金属バットの方がマシじゃね?」

「値段は金貨3枚、日本円で9千円な」

「修学旅行の木刀と比べれば暴利すぎないか?」

「まあ、現実的に考えると鉈や山刀かな。

 本国より、値段は高めだが1万円から10万円くらい。

 予算的にもこのへんが打倒な線だと思うぜ」


 結局、店主に勧められた刃物を一人1品買うに留めた。

 これ以上の高価な買い物は家族会議が必要だろう。

 武銀屋を出た後は、酒場に寄って少し豪勢に大陸の食べ物や酒を試してみる。

 山海の美味を大量に味わうのも久しぶりだ。

 帰り道は貴族の女性を見掛けては、3人ともデレデレになっていた。

 宿泊施設にどうやって帰ったかは覚えていない。



 翌朝、朝食後に割り当てられた順番に車両は出発する。

 次の街は中島市だが、ここは大阪市民が主に移民した街だ。

 中島市の市名の由来は、大阪市にあった中島藩から取られている。

 航空自衛隊の司令部も置かれており、大陸で最も航空自衛隊の隊員が多い街でもある。

 今では見慣れたが、多種多様な自衛隊車両がひっきりなしに動いている。

 晴史が興奮するのも仕方がない。


「おお、戦車だ」


 自衛隊の74式戦車だった。

 在日米軍の兵器を基本的に使用する第16師団だが、戦車だけはどうにもならなかった。

 在日米軍は戦車を保有してなかったからである。

 大陸との戦争が始り、増強された各師団、旅団に戦車部隊が配備されることが決まった。

 転移前は戦車部隊は次々と廃止する傾向があった。

 しかし、転移後は『隅田川水竜襲撃事件』の影響もあって、大型モンスターに対する近接での一撃必殺の能力が求められたのだ。

 転移時の混乱で、生産が決まっていた16式機動戦闘車の開発が凍結したことも大きい。

 10式戦車の増産が決まり、色々と性能をオミットした10式戦車Eが増産された。

 世間では『簡単10式』とか呼ばれている。

 それらを差し引いても大陸の第16戦車大隊に10式戦車や90式戦車がまわってくることは無かった。

 どっちも運ぶのが重いし、74式戦車でも大陸では十分な戦力なのも間違いない。

 74式戦車は市の外郭で、屋根のある東屋の下に鎮座している。

 よく見れば、外郭のそこかしこに似たような光景が見られる。

 駐屯地から一々移動させるのも燃料費が掛かるので、要所に予め配置して砲台代わりにしているのだ。

 その傍らでは隊員達が家庭菜園に勤しんでいる。

 あの家庭菜園が無事なうちは、この中島市は平和なのだろうと晴利には思えた。

 ちなみに余談だが、在日米軍は戦車を保有していなかったくせに、砲弾だけは腐るくらいに保管していた。



 中島市を通過すると、次は古渡市だ。

 主に名古屋市民が入植した市だが、特色は特に無い。

 昼食と休憩だけして次の福崎市に向かう。

 長兄の新島晴久一家が住んでいる福崎市だ。

 福崎市は現在の福岡城が建てられた地の地名に由来する。

 肝心の晴久一家は、休暇を取って新宅の掃除や先に届いた荷物を家に運び込んでくれている。

 

 

 この時点で、日が暮れて暗くなっている。

 もう少し頑張れば福崎市には到着出きるが、福崎市ー古渡間は夜間の通行が規制されている。

 福崎市は主に福岡市民が移民している町だが、まだ設立から半年程度しか経っていない。

 まだ、住民達も夜に出歩く余裕は無い。

 宿泊所は新築なので安心だが、夜に出歩いても買い物や遊べる店が少ない。


 翌朝、朝食後に出発し、特に何事もなく福崎市に到着する。

  重装備の警官が警備するゲートを検問の後に通過し、割り当てられた住居に向かうことになる。


「おっ、いたいた」


 晴史が携帯電話で連絡を取り、ゲートまで迎えに来ていた晴三を車に乗せて案内してもらう。

 案内された家は屋敷のようにでかい住宅だった。

 学校のグラウンド並みに広い庭付きである。

 自衛官をしている長男一家のお陰で、多少は優遇された結果だ。


「まあ、普通は学校の体育館くらいの広さかな?」

「例えがわかりずらいよ、兄貴」


 案内をしてくれた晴三の説明に晴史が肩を竦める。

 一軒一軒がこの規模の敷地を持っている等、本国にいる頃からは考えられない。

 最も新島家と次男の義理の両親合わせて13人で住んでも広すぎる。


「今日は疲れたでしょう。

 荷物は明日からでいいから先にお風呂にでも入っちゃいなさいよ」


 妻の明美に言われて晴利は


『大浴場か?』


 とツッコミたくなる風呂に浸かる。

 そのうち、ややクセのある肉を焼いた匂いが漂ってくる。

 例のイノシシの肉なのを察してため息をはく。

 風呂から揚がると明美に御近所迷惑にならないか聞いてみる。


「私も気になったけど、御近所さんの大半が同じメニューみたい」


 と、言われて深く考えることをやめた。

 新天地での新たな人生が平和で実り多きものであることを信じて

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