第76話 移民 中編

 

 十分な食事と睡眠を取り、翌朝には福崎市に向けての出発の準備に取りかかる。

 朝食後に駅に向う。

 移民達も車両を持ち込んでない者は、汽車に乗って現地に向かうことになる。

 7両編成の汽車だが客車は二両だけで、二両は貨物車だ。


「機関車と炭水車はわかるが、最後尾の車両は何だろう」


 晴三の疑問に野戦服を来た自衛官がその言葉を聞いて、答えてくれる。


「あれは装甲列車だよ、俺達自衛官や鉄道公安官が乗り込むんだよ。

 ほら、屋根にも銃座とか付けられてるだろ?

 まだまだ皇国残党やモンスター、山賊が出るからな。

 だいぶ掃討したが、どこから沸いて出てくるやら」


 呆れ顔の自衛官がそのまま装甲列車に戻っていった。

 晴三も護身道具として持ってきた金属バットだけでは心細く感じている。

 親父もせいぜいスパナ程度らしい。

 列車に伴走する民間の警備車両の武装警備員達もライフルを持っていることから銃器購入の必要性を感じた。


「なあ親父、俺達民間人もこっちの大陸でも銃とか持てるのかな?」

「新京の方にメーカーが工場造って直販してるらしい。

 途中で立ち寄るから買ってみるか?

 でも確か、講習や資格がいるんじゃなかったか?」


 福崎市でも割り当てられた農地を貰うことになっているので、害獣、害虫対策に必要になることもあるらしい。


「害虫対策って、どんだけデカイ虫が出るんだ?」

「城壁を崩すくらいのが出るらしい。

 怪獣だな、それは」


 汽車には300名の乗客が乗れるが、乗用車を持ち込んだ移民達は乗り込む訳にはいかない。

 可能な限り家財を積み込み、警備車両や他の移民の車両と一団を形成し、幹線道路で福崎市に向かうことになる。

 すでに北の福原市からの移民車両の一団が神居市を通過した後だ。

 神居市から福崎市までは、途中の新京特別行政区を挟み約600キロの幹線道路が通っている。

 安全運転で18時間も運転すれば着くはずだった。


「じゃあ晴三、家族を頼むぞ」

「ああ、ここから南に600キロも先だから運転気をつけてくれよ親父」


 父と祖父は一足先にワゴン車で福崎市に向かうことになっていた。

 福崎市では、兄の晴久一家が割り当てられた住宅の掃除をしながら待ってくれているらしい。

 駅のホームでは神居市のボランティアによる炊き出しが行われていた。


「現地に着くまでのおにぎりを持って行って下さい。

 一人三個までです」


 初老の男性からおにぎりを貰い、晴三は頭を下げる。


「ありがとうございます」

「我々も神居市を造る時はそれなりに苦労したが何とかなった。

 君達にも出来るさ」


 一から全てを造り上げねばならなかった新京の連中から比べれば恵まれていると言えよう。

 移民達を乗せて発車する汽車や車両群をボランティア団体を率いていた神居市市議会議長の佐々木は感慨深く見送っていた。




 新島一家は長男の晴久が汽車に乗り、女子供達と福崎市に向かっていた。

 その間に晴三の祖父利光、父晴利、晴三の弟晴史の免許のある男手3人は、大陸に持ち込んだ車で中継地点である新京特別行政区を目指すことになる。

 移民達の車両は31両に及び、98名が一団となって京浜道を進む。

 制限速度は時速90キロ。

 約80分程で、那古野市に入ることが出来る。

 那古野市はその名の通り、名古屋市からの移民が大半を占める町だ。

 こちらに寄港した移民船からも降ろされた車両が合流する手筈になっている。

 そこからほぼ同じ速度、距離を走行し中島市に入る予定だ。

 途中休憩を挟み、約6時間ばかりの行程だ。

 また、先導する車両は自衛隊の軽装甲機動車であり、最後尾には高機動車2両と73式中型トラックが張り付いている。

 これらの車両は移民達の車両を伴走警備する為のものだ。

 動員された自衛隊の規模は普通科1個小隊。

 彼等にとっては定期的な日帰りパトロール任務の一環である。


「東部地域ではあまり活動が見られませんが、皇国残党軍によるテロを警戒しています。

 他にも日本人を狙った山賊や盗賊とか、一度に大量の人間が動くことを嗅ぎ付けたモンスターとか、結構掃討したのですがたまに現れるんですよ」

「皇国軍が壊滅して王国軍の規模の演習では、駆逐出来ないらしく、各領地で行われていた領主による狩猟も小規模化して、モンスターが増えちゃったんですよね」


 説明してくれる自衛官達は気軽に言ってくれるが、大陸に到着してまだ1日程度の移民達には壮絶な光景が頭に過っている。

 実際のところスタンピード現象における各地の被害は軽視できるものでは無い。

 王国軍や貴族の私兵、自衛隊をはじめとする地球系同盟都市の各治安部隊まで駆り出されて駆除にあたっている有り様だ。

 特に大陸の農村部の民達に被害が出ると、賠償金代わりの年貢に響くのだ。

 とにかく自衛隊の護衛は有難いのだが、自衛隊の警備に便乗する形で、都市間市営バスや荷物を積載したトレーラー、古渡市の乗用車も後に続く。

 これらの民間人が72名。

 総勢200名からなる一団は、予定から少し遅れて出発する。


「線路と幹線道路が並行になっているのは助かるな」


 運転している晴利が感慨深そうに呟いている。

 線路は道路より外側の海に面して張られている。

 道路沿いの防音壁は、大森林からの野性動物の侵入を防いでいた。

 そのせいなのか、ところどころに破壊されている場所や補修箇所が見受けられる。

 幹線道路も安全では無いことを示していた。

 新島家の男達にはコンクリートの外壁を破壊できるモンスターとはどんなのなのか想像が出来ない。


「見ろ、交通誘導の警備員だ」

「工事でもしてるのかな?」


 サンルーフから周囲を警戒していた晴史が双眼鏡で捉えた方向を指差している。

 確かに道路の片側車線を塞ぐように制服を着た警備員が旗を振っている。

 先頭を走る自衛隊の軽装甲機動車が停車し、警備員から事情を聞いているようだ。

 もう一人の自衛官が拡声器で注意を促している。


『この先で、モンスターによると思われる防壁の破壊が確認されました。

 現在、道路公団による補修工事が行われております。

 各車両は誘導に従い徐行で通過をお願いします』


 この間にドライバーの腕や自動車の性能、荷物の過多により伸びていた車列も修正されていく。

 交通誘導員の誘導に従い、工事現場が行われている車線の横の反対車線を車列が通過する。

 その後方には道路公団の黄色い車両の姿が見受けられる。

 本国にいるノリで交通誘導員を軽視して、悪態を吐く若者もいた。

 しかし、交通誘導員達が一様に刀や拳銃で武装していることに驚き、それらを手を掛けながら若者に指示に従う様に詰め寄っている。

 激昂した若者が唾を吐くと、一斉に刀や拳銃を突き付けて威嚇する。

 よく見てみれば警戒の為に槍まで持たされている交通誘導員までいる。

 交通誘導員が武器を持って、民間人に詰め寄っているのに、それを自衛官達は止めようとはしない。


「お、おい、何みてるだけなんだ!!

 助けろよ、コラッ!!」


 悲鳴を上げた若者に助けを求められ、ようやく一人の自衛官が彼等の間に割って入る。

 ほっとした顔の若者の期待を裏切り、自衛官は一言だけ若者に言った。


「後がつかえてます、誘導に従って下さい」


 ここは本土とは違うことを再び実感させられる。


「あれ、大丈夫なのか?」


 晴利が付近で交通整理を手伝っていた自衛官に聞いてみる。


「ああ、実際に発砲したり、斬り付けなければ威嚇の範囲で始末書にもならないでしょうね」

「いや、本国なら鉄砲向けただけでも始末書じゃ済まないでしょう?

 威嚇だけでも新聞沙汰だぜ」


 自衛官は不思議そうに首を傾げ、急に何かを思い出したように柏手を打つ。


「ああ、本国ではそうでしたね。

 帰国した際には我々もうっかりやらないように気を付けないと」


 自衛官達もやっているらしい言葉に、晴利はドン引きしつつ誘導に従い車を前進させる。

 暫くして京浜道の中間地点に設置している神那監視所が姿を見せる。

 それは一見すると、要塞化されたサービスエリアであった。

 普通のサービスエリアと違うのは、強固な外壁とタワー状の監視塔の存在である。

 自衛隊の車両や大砲、ヘリコプターが置かれている。

 警察や各治安機関の連絡所もあるらしく、広い駐車場には様々なパトカーも駐車している。

 道路公団も事務所を置いており、黄色い車両や工事用の重機の姿も見える。


「給油や車両修理の施設もあるらしい」

「レストランやお土産コーナーまで完備か、足湯にマッサージコーナー?」

「異世界の大陸に来てまで土産物が饅頭に煎餅か、武器屋?」


 新島家の男達は案内の看板を見ながら苦笑を禁じ得ない。

 まだ、土産を買う余裕や食事をする空腹感は無いが、トイレタイムで予定通りに一行は立ち寄った。

 先を急ぐ便乗組の車両は立ち寄らずに先に進む。

 3人はせっかくだからと足湯に浸かっている。

 湯に浸かりながら晴史がカタログに目を通している。

 

「さっき武器屋を覗いてみたが、刀剣に槍、弓矢に拳銃、手裏剣とバラエティーに富んでいたよ。

 でも気軽に手に入る値段じゃないな」

「街中ならともかく、こんなところで買いに来る人達がいるのか?」


晴光が疑問を口にしていると、駐車場に3台の軽トラックが入ってきた。

 移民団とは別口の車両だ。

 公団のクレーン車が軽トラの荷台から何かを吊り下げて宙吊りにしている。

 晴光がその光景に感嘆の声を挙げる。


「でかいイノシシだなあ!!」

「いや、でかすぎだろ」


 晴利は呆れた声をあげている。

 全長4メートルを越えるイノシシなどは見たこともない。

 それが3匹。

「あいつが外壁を破壊した奴らしい」

「ワイルドボアか、でかいな。

 600キロは有りそうだ」


 見学に来た自衛官達の声が聞こえる。

 本国でもイノシシの被害は転移前から報告されていたが、大陸のは桁が違うようだ。

 ワイルドボアとは日本語だとイノシシのことだが、大陸ではイノシシのモンスターの名前として定着しつつある。

 大陸の人々は単に『でっかいイノシシ』としか呼ばない。

 ワイルドボアの名称は、日本人学者が勝手に命名したのが登録されたものだった。


「あの怪獣みたいの自衛隊が倒したんですか?」


 晴史が彼等に声を掛けている。

 自衛官達は手首を振って否定して指を指す。

 獲物の側で写真撮影をしている一団がいる晴利達の目からはコスプレイヤーの撮影会にしか見えない。


「この付近で活躍している冒険者のパーティーだよ」

「全員日本人?

 いや、大陸の人もいるのか」


 パーティーに白人がいるので、逆に安心した気分になる。


「いや、あれロシア人のアンドレセンさん。

 転移前は格闘家で確かに強かったけど……

 仕留めたのはリーダーのあの弓と薙刀持ったおばさんの市原さん」


 袴姿の恰幅のよい女性がピースでカメラに応えている。


「あのおばさんが」

「日本人冒険者では有数の実力者だ。

 神居の剣豪佐々木会長とどちらが強いか話題になっている」

「佐々木会長って?」

「出発時に炊き出ししているお爺さんがいたでしょう、あの人」

「あの爺さんそんなに凄い人なんだ!!」


 とんだ買い被りである。

 盛り上っている中、吊り下げられたワイルドボアの血抜きが行われている。

 その濃厚な臭いに、先ほど交通誘導員に悪態を付いていた男が口を抑えてトイレに駆け込んでいった。


「ああ、移民さん達にはキツかったかな?

 ごめんね」


 市原女史が困ったように謝罪を振り撒いている。

 他にも4人ほど移民達が血や肉の臭いに具合を悪くしたので、暫くこの監視所で休憩することになる。

 暫くして移民達が落ち着きを取り戻すと、市原女史のパーティーからお詫びと称してワイルドボアの肉が切り分けられ、移民達に御裾分けが行われていた。

 軽トラでも無いと運べない獲物だったので、通常は討伐対象の確認部位や一部の肉を食料、素材に使える部位を切り取るだけで投棄するだけだった。

 今回は運良く防音壁工事の軽トラックが空荷で近くを通ったから乗せて運ぶことが出来たらしい

 勿論、監視所にいた自衛隊の衛生科の隊員や保健所職員による検査済みの肉だ。

 新島家もクーラーボックスにビニール袋に包んだ生肉を入れて保存する。


「母さん達、イノシシの肉なんて調理できるかな?」

「や、焼けばいいんじゃないかな?

 焼肉とかステーキみたいに」


 新島家の兄弟達は額に汗を浮かべる。


「そもそもイノシシの肉と同じ様に考えていいのか?」

「いや、でかいだけでイノシシなんでしょ?」


 晴三も首を傾げる。

 貴重な食料は無駄には出来ない。

 携帯電話で先行している列車組に遅延と土産の肉を手に入れたことを連絡して出発となった。

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