第82話 エルフの森 後編

 大陸北部

 エルフ大公領

 リグザの町


 よく見てみれば巨大樹の幹や枝に、鳥の巣箱のような家が多数見受けられる。

 枝から枝には橋も掛けられている。

 身軽なエルフ達には、木の上での生活も苦労はないようだ。

 しかし、もっと森の奥深くに町なり拠点があると思っていた日本人一同は、森の外縁から約2時間程度で目的地についてしまった事に拍子抜けしてしまっていた。


「遠いと何かと不便じゃないですか」


 エルフ達に対するイメージはあまり変えて欲しくは無かったゆえにサルロタの答えにどこか釈然としないものを感じていた。



 日本の使節一行が案内されたリグザの町は、基本的には鎖国体制を取るエルフ大公領の唯一の開かれた町である。

 何百年も霧に包まれた大森林ではあるが、皇国の領邦となってから儀礼的に皇国の使者を受け入れる拠点が必要があって作られた。

 最も皇国が崩壊し、新たに勃興した王国は1度もこの地に使節を派遣していない。

 大公領からも忠誠を誓う為に王都に出向いたりはしていない。

 最早、実質的な独立国と言ってよかった。


「王国などと言っても、皇国時代は我らと同じ大公領に過ぎなかったソフィアの軍門に下る必要を感じなかっただけです。

 ソフィアにもこちらに討伐軍を派遣する余裕は無かったでしょう」


 そう説明してくれるのは森林衛士旅団で小隊を預かるサルロタであった。

 彼女はハーフエルフでありながら、エルフの高官の娘という立場だ。

 外から来る招かれざる客を迎え討つ、もしくは保護する部隊の指揮官となっている。

 ユニコーンから降りて、杉村局長や佐久間二尉達と共に徒歩で案内してくれている。

 人間種だからと高貴なエルフに見下されるのでは無いかと懸念していた杉村達は、内心で反省を試みていた。

 町の建物の大半は、木の上に小屋が建てられ大樹と大樹を繋ぐ縄橋が掛けられている。

 佐久間達は不安定で脆そうな縄橋に不安を覚えるが、身軽で小柄なエルフ達は問題なく渡っている姿を見て、種族的特性を感じずにはいられない。

 しかし、それ以上に気になる点があった。


「あのサルロタ殿。

 エルフの皆さんはその、随分好奇心が旺盛のようですな」


 杉村局長が他の官僚や自衛隊隊員の疑問を代表して質問する。

 小屋という小屋の窓、縄橋、大樹の陰から無数のエルフがこちらの様子を伺っているのだ。

 その問いにサルロタも些か困った顔をする。


「え~と、皆さんがエルフをどのように考えているかは、理解しているつもりです。

 ですが、おそらく彼等彼女等は、あなた方の想像より、好奇心が旺盛で、奔放なのです」


 明らかに言葉を選んでいるサルロタに、杉村局長も佐久間二尉も先が思いやられる気がした。

 エルフ達は何れも妖精的な美しさであり、大森林の外の人間に比べれば小綺麗にしているので魅力的に見える。


『日本人は女に興味が無いのか?』


 と、言われるほどに大陸の日本人は大陸の人間と性的なトラブルは少ない。

 それどころか、娼館にも行く者は少ない有り様だ。

 それは大変な偏見であるが、日本人から見れば大陸の平民の小汚ない格好や臭いは、マイナスのイメージとなっていることは間違いない。

 また、栄養に問題があるのか肉体的魅力にも乏しさを感じている。

 未知の風土病や性病の恐れもあり、二の足を踏むのは十分とも言える。

 逆に日本の統治地域に来た良家の女性は、この問題から解放されておりアイドルのように扱われている大陸人女性も多数存在するのだ。

 しかし、エルフ達は痩身だが栄養には問題の無い生活を送っており、花の香りがして若い隊員達を魅了している。

 やがて一行の前に地上に建てられた迎賓館が現れた。

 皇国の施設一行が宿泊する為に建てられたもので、歴代皇帝も宿泊した由緒正しい建物らしい。

 出迎えてくれたのはこれまた20代後半に見える美しい女性エルフだった。


「この町の町長ユシュトーに御座います。

 使節御一行の御世話を任されております。

 部屋は有り余っていますのでそれぞれ個室を用意しております。

 長旅お疲れでしょう。

 先にお食事にしますか?

 湯編みにしますか?

 それとも……」


 急にユシュトーが流し目で杉村局長を見つめてきた。

 見れば隊員達にもメイド姿のエルフ達が、色目を使っている。


「さ、先に広間をお借りしたい。

 こちらも話し合うことがあるので、軽食を用意して頂くとありがたい。

 アルコールは無しで」


 ユシュトーは残念そうに頷くと、メイド達に目配せして準備をさせる。

 長年の外交官人生で遭遇したハニートラップに誘われた状況と同じだった。

 あんな失敗は三度で十分である。

 広間に集まった日本人一同は、美しいエルフ達に完全に舞い上がっていた。

 佐久間二尉を除いて。

 杉村局長が泰然としている佐久間二尉に感心していた。


「さすがですな佐久間二尉」

「いや、私に色目を使ってきたのが執事のエルフだったので」


 ゲンなりした声で言われて杉村局長も肩を落とす。

 サルロタが退室する前に一つ忠告してくれた。


「明日にはこの大公領を取り仕切っている公子殿下が到着します。

 正式な会談はその時に。

 それと、御家庭に不和を招きたくなければ

 彼女等の誘いを受けないでください。

 大公領のエルフはこの10年男日照りなので」

「じゃあ、あの執事は何なんだ?」


 佐久間二尉は自分に熱い視線を送ってくる執事エルフに体を身震いさせている。

 いつまでも消沈してもいられないので、状況を整理することにする。


「まずあのエルフ達の格好はなんだ?

 昔の英国軍みたいだったぞ」


 窓から外を見ていた上坂三尉がそれに付け足す。


「ここの警備の兵もです。

 赤い上着に熊の毛皮の帽子、まるでバッキンガム宮殿の近衛兵です。

 メイド達もヴィクトリアンメイドとか言ったかな?」

「ふむ、毛受一曹。

 先ほど連中の銃について何か言ってたな」


 毛受一曹は転移前から自衛隊に所属していたベテランだ。

 古い銃器についても含蓄がある。


「はい、エルフの兵士達の兵装は第一次世界大戦時の大英帝国のものに酷似しています。

 銃もリー・エンフィールド小銃に似ていますね。

 手に持たせて検分させて貰ったわけでは無いので、はっきりとは言えませんが、あれがリー・エンフィールド小銃と同じなら10発入りの着脱式弾倉。

 これだけで大陸の王国軍の小銃を遥かに凌駕しています。

 独自のボルトアクションによる素早い再装填が可能です。

 有効射程も900メートル以上もあります」


 色々と説明されたが、杉村局長にはエルフ達は王国軍や皇国残党より厄介なことは理解できた。


「ブリタニカの連中が密かに供与したのか?

 いや、不可能か」


 如何にブリタニカとはいえ、そこまでの生産力は無い。

 各同盟都市の兵器の生産は、公安調査庁の監視下にもある。

 しかも、森の外のエルフ達からはそのような武器を持っていると報告されたことはない。

 今回の一連の事件でも使用されていない。

 エルフ達が鍛冶に長けているようにも見えない。。

 ここのエルフ達は明らかにおかしい。

 それと気がついたが、エルフ達の男女比率も女性に片寄ってる気がする。

 公式記録によると、エルフ大公領の人口は55万人。

 全部の人口がエルフでは無く、半数以上がハーフエルフとのことです。

 まあ、実際にはかなりの領民が領地から出て旅をしたりしてるらしいですが」


 それには佐久間二尉が答える。


「杉村局長。

 その記録は皇国が十年前に取った戸籍のものです。

 皇都大空襲のおりにエルフ大公領は五個の森林衛士旅団を派遣しており、約2万人のエルフが灰となりました。

 男女比率の歪さはそこから来てるのでは無いでしょうか」

「だとすると寿命の長いエルフは遺族として我々を恨んでるかもしれません。

 寝首を掻かれないようベッドに彼女等を招き入れることは勘弁して下さいよ」


 杉村局長の言葉に舞い上がっていた隊員達の顔は引き締まる。

 相手は敵かも知れないとわかれば彼等には十分だった。

 しかし、情報が不足していた。

 もう少しエルフのことを知る必要がありそうだった。




 サルロタは仲間達の色情ぶりにうんざりしていた。

 長い寿命を持つエルフにとって退屈は天敵だった。

 概ね六百年ほど生きるが、3百年も生きてくると、何事にも無感動になってくる。

 そのうち考えるのも面倒になり、瞑想に耽りながら朽ちていく。

 初代皇帝の孫娘である現大公もそうであり、この百年は眠ってばかりいる。

 退屈をまぎらわす為に執着するものの探求はエルフにとっての課題になっている。

 冒険や研究に走る者はよい方で、性的に倒錯に走る者も少なくない。

 そのくせ出生率は高くないのだが、長い寿命の中で他種族との子供を宿す者も出てきた。

 だが皇国と日本、アメリカとの戦争で年長で能力のある男性エルフは多数戦死する事態に陥った。

 エルフは基本的に年功序列であり、年長の者が大公軍に所属していた。

 その穴を埋めるべく女性エルフが大公領の要職を占めるようになる。

 サルロタも再建された大公軍だからこそ、隊長までに昇進出来たのだ。

 そうでなければ大公家に血が連なるとはいえ、年若いハーフエルフの自分は昇進などは無縁だったろう。


「余計なことを言ってくれたわね。

 おかげで彼等は私達を警戒して廊下に見張りを着けたわ。

 近よれはしない」


 ユシュトーの抗議にもうんざりしてきた。

 彼女達にとっては一連の騒動も刺激的な娯楽に過ぎないのだ。


「少しは自重してください。

 日本とのトラブルは起こさないように大公家からも元老院からも指示が来ていたでしょう!!」

「自由を愛するエルフを縛るには、どっちも物足りないわね。

 まあ、いいわ。

 機会は今夜だけではないから、それよりどう?

 今夜一緒に寝ない?」

「結構です!!」


 そのまま自室に戻ることにした。

 明日にはアールモシュ公子殿下が母のギーセラーとともにリグザの町にやって来る。

 日本の使節達を例の場所に案内する役目があるのだ。

 アールモシュはサルロタの従兄にあたる。

 今夜はゆっくりと湯船に浸かり眠りたかった。







 大陸北部

 南北鉄道

 よさこい11号


 黒煙を上げながら多数の貨車を牽引して汽車は進む。

 線路脇には日本管理するデルモントの町を経由し、北サハリン領ヴェルフネウディンスク市に続く街道が存在する。

 機関車に乗車していた機関士達が、前方の街道に不穏な土煙を発見した。


「あれは自動車が何台も走っている土煙だな。

 自衛隊かな?」


 北部地域で車両を何台も走らせることが出来るのは、自衛隊か北サハリン軍だけだ。

 接近してみればわかるが、日本製の車両ばかりだ。

 問題は車両に『新香港武装警察』と書かれていることだろう。

 三菱パジェロ4両、トヨタ・コースターGX、三菱キャンターの一団だ。

 キャンターが牽引するトレーラーの屋根には銃座が2基設置されている。

 パジェロにもサンルーフから銃架が設置されている。

 よさこい11号はその一団を追い抜いていくと、30分後に同じ編成の一団と遭遇する。

 よさこい11号の車掌と鉄道公安官が対応を話し合っている。


「分屯地に通報は?」

「出来ました。

 こちらからは刺激するなと」


 新香港武装警察の部隊を追い抜き、距離を取るしか無かった。


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