第83話 彷徨える英国人
デルモントの町
陸上自衛隊第11分屯地
「よさこい11号からの通報により、3個小隊規模を確認!!」
「デルモントの北部の街道、オーロフ男爵領近辺の線路補修中の工員が四個小隊規模の新香港武装警察部隊を確認」
報告を聞いた分屯地司令の蒲生一等陸尉は困惑を深めている。
「海路でヴェルフネウディンスクから来たな?」
デルモントにいる第11分遣隊も中隊規模の約200名の隊員がいるが、先日1個小隊をタージャスの森に派遣している。
さらにウラン鉱山の警備とパトロールに2個小隊割かれている。
分屯地の防衛を考えれば動かせるのは1個小隊しかなく、南北から接近する新香港武装警察を食い止めるのは論外である。
「だが新香港も我々と事を構えるのは本意では無いだろう。
総督府を通じて止めてもらうしかない」
政治的圧力で止められなければなす術が無い。
大陸中央からの援軍はまず間に合わない。
だが新香港の目的地はデルモントでは無いだろう。
「第5小隊をタージャスの森に派遣して合流させろ。
対応は追って沙汰する。
ここの警備には海と空の連中にも手伝ってもらう」
戦力をここに残しても意味がない。
連絡官として来ている海自や空自の隊員が少数だがいる。
彼等にも小銃でも持たせておけば飾りにはなる。
事態をややこしくすることは避けて欲しかった。
大陸北部
タージャスの森南側外縁
自衛隊キャンプ
大森林に向かった部隊の留守部隊として、陸上自衛隊の隊員6名がキャンプに残っていた。
彼等は留守番の最中も陣地構築を行っている。
問題は陣地が森側からの攻撃を想定されていて造られていることだ。
これから迎え撃たないといけない相手は、街道からやって来るのだから意味が無い。
「新香港の部隊が?」
「やりあわずに足留めってどうしろというんだ」
「無理に決まってんだろ!!」
連絡と命令を受けた隊員達は頭を抱える他無い。
まともに使える車両はNBC災害対策車と高機動車くらいだ。
銃火器も小銃や拳銃くらいしか残っていない。
こんな装備で200名近い新香港武装警察とやりあえる筈もない。
ましてや地球人同士の交戦は、神戸条約により禁止されている。
地球人による植民都市が増えた結果に結ばれた条約だ。
逆に言えば彼等自身が人間の盾になれるのだが、そんな立場は御免蒙りたかった。
「森の中の佐久間二尉との通信はまだ取れないか?」
どのような作用か、電波による通信は本隊が町に入るとの通信を最後に取れなくなっていた。
増援の第5小隊の到着も3日は掛かる見通しだ。
彼等留守部隊6人がとれる選択肢は少ない。
「森の中に隠れよう、車両もテントも全部だ。
痕跡を残すな」
「命令は足止めでは?」
「ようするにここを通すなという意味だろ?
見つからなければ入口も見つからないから時間も稼げる」
反対する者はいなかった。
「森の奥まで行かなければ迷うことはないはずだ。
あとは霧が隠してくれる」
幸いなのは新香港も森の入り口はわかっていないことだ。
関東平野に匹敵する広さの森の周囲探索に時間が掛かるのを望むしかなかった。
「隠せるかな?」
今さら造り続けていた塹壕を埋め戻したり、鉄条網の撤去など6人で出来る時間があるのかは疑問だった。
結局のところ、彼等は盛大に霧の中を迷子となった。
そして、新香港武装警察の部隊は、自衛隊が構築していた陣地跡まで来ることは無かった。
森の中に隠れた彼等がエルフ達に発見され、保護されて解放されたのは1ヶ月後の話になる。
大陸西部
新香港
主席官邸『ノディオン城』
日本大使相合元徳と駐在武官である渡辺始一等海佐は、大陸北部に部隊を進めた新香港に事態の説明を求めに訪れていた。
ノディオン城は主席官邸と同時に新香港政府の政府庁舎を兼ねている。
「説明も何も事態は明白でしょう。
我々はウラン鉱山の被害と死者を出しているんですよ。
報復か謝罪を要求するのは当然では無いですか。
そして、我々にはエルフとの外交チャンネルを持っていない。
示威的行動或いは実力行使が今回の動員の理由です。
貴国が対応したケンタウルスの時と何ら変わらない」
武装警察の常峰輝武警少将が応対に出て会談に応じている。
普段は友好的な対話をしてくる常武警少将の高圧的な態度に、2人は顔には出さないが動揺していた。
「ケンタウルスの時は明確な敵対勢力による攻撃でした」
「今回は違うと?」
そう言われると些か苦しいが、ここで退く訳にもいかなかった。
「詳しいことはまだ何もわかっていない。
現在、我々がエルフとの外交交渉を行っています。
今少し御待ちいただけませんか?」
「失礼ながら、我々は全て日本に任せている現状を憂いている。
貴国には同盟都市としてこれまでの援助は感謝している。
それゆえに我々は日本の負担を分かち合う準備がある」
常武警少将の言葉に二人は身構えて聞く羽目になっていた。
「それはどういう意味で?」
「地球人による4番目の国家の建国ですよ、大使。
これからも友好国としてよろしくお願いします」
現状は日本、北サハリン、高麗の他は国ではなく、独立都市の扱いだ。
所謂、保護国のような扱いだ。
ちなみにアメリカは自分達をアメリカの1州と名乗っている。
新香港は人口も北サハリンやアメリカよりも多く、石油の採掘や独自の軍事力、衛星都市の建設など他を凌駕している。
武器も銃火器程度なら生産も可能となった。
そろそろ自分達の国を建設してもいい頃だと常武警少将も信じていた。
これこそが新香港に住む民の総意であると。
大陸北部
エルフ大公領
リグザの町迎賓館
早朝、大公公子アールモシュとその叔母で大公領の軍事を司るサルロタの母のギーセラーが町に到着した。
驚いたことに2人は飛竜に乗って現れたのだ。
大公領でも8匹しか飼い慣らせていない貴重な生き物だ。
アールモシュは、颯爽と飛竜から飛び降りると、出迎えの為に待機していた杉村達に爽やかに微笑み挨拶をしてきた。
「お待たせしました。
大公領公子アールモシュです。
大公の代理として全権を委任されています。
日本とは実りある交渉を期待しています」
意外に低い物腰のアールモシュに杉村外交局長達は気圧される。
「こちらこそ、貴方方との交流は我々も夢見ていました。
今後の友好関係の構築に向けて問題点の解決に努力したいと思っています」
互いに握手を交わす。
第一印象はまずまずだったが、エルフは何の躊躇いもせずに握手を交わしてきた。
これまでの大陸人には無かったことだった。
エルフ達との交流を夢見ていたことも嘘では無い。
地球から転移して、エルフが実在したことに日本人達が如何に歓喜していたことか。
実に妄想を昂らせたりしていたものだった。
だが接触の機会は少なく冒険者として現れるエルフに依頼をする時くらいに限定されていたのだ。
杉村達が軽く興奮していたことも仕方がないことだろう。
さて、軽く互いを紹介し、親好を温めた一行は飛竜が降り立った広場から迎賓館へと移動する。
会談に用意された部屋に入室すると、会談に携わる者達が席に着いた。
会談はアールモシュが口火を切り始まった。
「まず最初に疑問に思われるでしょうが、我が母であり現大公ピロシュカのことです。
彼女は現在長い眠りに付いていて、もう30年ばかり起きてきていません」
「30年!?」
思わず叫んでしまった。
エルフは長い寿命の中で、やりたいことや考えることが無くなると、眠りに付いたまま起きてこなくなるらしい。
野外で寝ていて何十年も放置され、大樹と一体化してしまう者までいるらしい。
「なんとも凄まじい話ですな」
「はい、母は初代皇帝の孫にあたります。
その初代皇帝の教えが、貴方方の鉱山が襲撃された原因です。
初代皇帝はあの悪魔の石を病気をもたらす危険な物と考えていました。
学術都市が採掘して研究中に多くの研究者が健康を害し、原因不明のまま死亡したことに端を発しています。
その結果、採掘場所を隠蔽しそれを暴く者を討伐せよ、と」
悪魔の石とはウランのことだとは理解は出来る。
地球でもウラン鉱山による環境、健康被害は問題となっていた。
ウランを採掘する際に、放射能を含んだ残土がむき出しになっていた。
これが乾いて埃となり、周辺に飛散して大雨が降ると川に流れ込み、放射能による深刻な環境汚染が引き起こされたのだ。
ウランを含む土には他にも放射性物質が含まれ、肺癌や骨肉腫などの原因になっている。
鉱夫のなかにもこれらの埃や水を体内に取り込み、肺癌になった者が多数存在する。
「なるほど悪魔の石ですか、その為に兵を派遣したと?」
「時代は変わるものです。
長い年月を生きてきた我々にはそれが判る。
貴君等があの悪魔の石を利用する術を持っていることも把握している。
だが若者は原則に拘り、教えを守ろうとした。
それが今回の事件の発端です」
千年も昔の教えに引っ掻きまわされていたとは、襲撃された同盟都市は納得はしないだろう。
だが事態を終息させる必要はある。
「公子閣下から、外界のエルフに襲撃を辞めるよう命令を下して頂けませんでしょうか」
「宣言は出しましょう。
ですが彼等が言うことを聞くかは別の問題です。
勿論、彼等を諌める使者も出しましょう。
それでも手を引かない者達に付いては、大公領としては追放処分とします」
煮るなり焼くなり好きにしろということだ。
現状ではこれ以上は大公領からは望めそうも無かった。
大公領は現時点では誠意は見せている。
エルフ個人によるテロならば、責任は問えそうにも無い。
「もう一つ疑問があるのですが、大公領軍の兵装は我々に取って見覚えがあるものなのですが」
「はっきり言って貰って大丈夫ですよ。
我々の兵装は地球の第一次世界大戦時の大英帝国軍のものを模倣しています」
あまりにあっさりと言われたので、杉村局長をはじめとした日本側は誰もが言葉を失っていた。
「ち、地球の歴史をご存知で?」
「貴殿方は最初の転移者と言うわけでは無いのです。
まあ、貴殿方ほど大規模な転移は初めてだが、過去にも何度か転移してきた者達がいました。
最初の頃はこちらと技術や文化の差はそこまでなかったのです。
1200年くらい前から産業革命とかいうのを体験してきた転移者から状況が変わってきましてね」
「1200年前?」
「そちらとは時間の流れが多少ズレがあるようです。
彼等の知識は当時はほとんどが再現不可能でした。
しかし、時の流れが少しずつ問題を解決し、大陸の発展に寄与してきました。
初代皇帝は我等に彼等の保護と知識の調査を命じました。
我々は長命の種族だから、そういった活動は我々の退屈を解消させる格好の目的となりました。
そして、そちらの暦で1915年に転移してきた者達がこちらの世界で500年ほど前に転移してきましてた。
彼等は大英帝国軍、ノーフォーク連隊と名乗っていました。
彼等の装備や知識を模倣し、エルフ大公領軍は再編されて今に至るわけです」
突然のことに杉村局長も佐久間二尉も理解が出来ない。
「一度、総督府に問い合わせる必要がありそうです。
事実ならノーフォーク連隊とやらの同胞もこの大陸に来ています。
彼等にも話を聞く必要があるでしょう。
森の外に一度、出たいのですが?」
ノーフォーク連隊についてはオカルト関連ではそれなりに知られた話だ。
だがこの場の日本側の人間には、それを知っている人間はいなかった。
問題は外部との連絡が取れなくなっていることだった。
「ご案内しましょう。
私も久しぶりに森の外に出たい気分ですから」
日本とエルフ大公領との最初の接触は、好感触のうちに終わった。
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