第84話 森林炎上

 タージャスの森

 西側外縁

 新香港武装警察部隊


 新香港武装警察派遣部隊の指揮官劉文哲武警少佐は、いつまでも続く森の入り口探索にうんざりしていた。

 そして部隊を牽制するように周辺貴族が私兵を差し向けて来る。


「少佐、また貴族共の軍勢が」


 周辺貴族の私軍は距離を取りながら、代わる代わる接近と離脱を繰り返してくるのだ。


「うっかり蹴散らす訳にもいかないからなあ、うっとおしい」


 警戒の為に部隊の一部を割かざるを得ないのも癪に障る。

 私兵軍もそうだが、自衛隊と遭遇しても厄介なのだ。

 地球人同士の不戦を誓った神戸条約に抵触し、責任問題となってしまう。

 それなりの規模の部隊を用意したのはいいが、食料や燃料、弾薬といった物資も手持ち分だけで補給は要請出来ない。


「まだ、我々には遠征は早いんじゃないかな」


 だんだんイライラしてきた劉武警少佐は、目の前の大森林を見渡して暗い衝動的な作戦を思い付く。


「よし、燃やそう」


 エルフ達が出てこないなら引きずり出すのに、これほど効果的な手は無いだろう。

 焚き火をしている隊員達が、燃えた薪木で大森林の樹木に火を着けていく。


「今晩は放火に徹するぞ。

 薪になる木をたくさん持ってこい。

 街道沿いに移動して、火を着けながら拡大していく」


 複数の箇所から引火させた炎は燃え繋がり、森林火災を拡大させていく。

 この規模の大火災は日本の消防隊でも鎮火は難しいだろう。


「あとで問題になりませんかねぇ?」


 部下に言われて冷や汗を掻くが、今さら退くに退けない。


「け、結果さえ出せば問題は無い」


 貧乏クジを引いた気分を劉武警少佐は味わっていた。







 タージャスの森


 リグザの街を出発した日本特使一行と同行するエルフ大公領公子アールモシュの元には、次々と伝令が舞い込んでいた。

 おかげで一行の歩みは遅々として進まない。


「申し訳ない。

 また、火事のようだ」


 アールモシュが申し訳なさそうに杉村達に陳謝してくる。


「こうも複数の箇所での火災が起きるなど、明らかに人為的なものです。

 兵を派遣したりはしないのですか?」

「森を焼いて、我らを誘い出す。

 この数千年の間に何度も使われた手ですからね。

 姿を消させての偵察は出してますよ」


 どうやら想定内の出来事らしい。


「敵の戦力や位置が把握出来次第、包囲して殲滅するつもりです。

 それに森の権益は我々の物だけでは無いですからね」


 タージャスの森周辺の貴族達にはエルフの愛人を代々送り込んである。

 いざというとき時に様々な便宜を計らせる為だ。

 今回、新香港武装警察部隊を牽制しているのも、そういった貴族達だ。

 日本人やその同盟国・同盟都市にも送る必要があるなと、アールモシュは考えていた。




 タージャスの森外縁

 新香港武装警察部隊 派遣部隊本部


「ポイントBに貴族の私兵軍が押し寄せ、書簡と口頭による厳重な抗議を受けているそうです」

「ポイントDからもです」


 派遣部隊の指揮官劉少佐は、手回しのいい貴族達の行動に頭を悩ませていた。

 大森林から漏れでる恵みの権益を持った彼等と領民からみれば、大森林が焼けて無くなることは死活問題だ。

 私兵軍だけで無く、武装した民衆が殺到している場所もある。

 彼等の抗議は正当なものだけに、その声を無視することも出来ない。

 劉少佐に出来ることは、相手をたらい回しにして時間を稼ぐことだけだ。


「抗議は新香港の外務局が取り扱うので、そちらに回してくれと伝えろ」


 それでも対応に人が割かれるのは痛い。

 早くエルフに出てきて貰わないと、受け取った書簡だけで司令部に使っている車の車内が埋まりそうだった。


「劉少佐、ポイントCの森から動きが」

「ようやく出てきたか、2個小隊を増援に……」


 敵の出現を懇願している自分が笑えてくる。

 だが無線から声が悲鳴に変わり、劉少佐の希望を打ち砕く。


『少佐、こいつはエルフじゃありません。

 モンスターです!!』


 新香港武装警察の派遣部隊は、小隊規模の部隊を大森林から時計回り、逆時計回りに移動させて放火作業を行わせていた。

 火災がモンスターの襲撃を想定し、部隊を小隊て行動させたのだ。

 同時に5つの分隊に貴族の私兵軍とそれぞれ対陣させている。

 本隊も放火を続けつつ、陣地構築を続けていた。

 陣地の後方では、炎が大森林を侵食している。

 こちらから敵が来ることは無い。

 街道は三菱キャンター2両を使って封鎖した。

 キャンターが牽引するトレーラーの屋根には、設置された銃座が2基が光らせている。

 敵が透明化してくる事も予想の範囲内で各種センサーも張り巡らせている。

 例えエルフだろうと王国の銃火器を使用しても突破出来るものではない。

 だがトレーラーに刺さった矢を見て、銃座に座っていた武警の隊員は叫びながらトレーラーから飛び降りた。


「敵襲!!」


 隊員が飛び降りた瞬間トレーラーの屋根で爆発が起こり、もう1基の銃座に座った隊員が爆風と破片に巻き込まれて負傷してトレーラーから転げ落ちる。

 劉武警少佐がパジェロから出てきて、地面に転がった隊員に駆け寄る。


「何があった、報告しろ!!」

「矢に手榴弾が」


 劉武警少佐の頭が些か混乱する。

 矢に手榴弾を括りつけて放つ等可能なのかと。

 実際に第一次世界大戦では、クロスボウを使用した実例があるのだが、劉武警少佐にはそこまでの知識は無い。

 続けざまにキャンターに、手榴弾が括り付けられた矢が複数命中し、キャンターは大爆発を起こして吹き飛んでいった。

 ここまで来ると、武警側も小銃を構えて塹壕や車の陰に隠れて応射を始める。

 街道の誰もいないはずの場所から悲鳴が上がり、蜂の巣にされたエルフが3人、地に伏したまま姿を現す。

 その途端、大森林の火災が所々消火される。

 エルフ達の水の精霊魔法による消火だ。

 消火された焼け跡の向こうから、銃弾の雨が武警隊員達を襲う。

 この奇襲に幾人かの武警隊員達が倒れるが、回避した武警隊員達も応戦し、たちまち銃撃戦が巻き起こる。

 双方に被弾して倒れる者が続出し、距離がとられ膠着状態となっていく。


「おかしい、大陸の連中の火力じゃない」


 劉武警少佐の疑問は最もで、小銃の練射速度がこれまでと段違いだ。

 さらに森の中から機関銃のような銃撃が武警隊員達を襲う。


「いや、これ機関銃だろ!!」


 先程の手榴弾らしき爆弾もそうだが、大陸の住民が機関銃を使うのは衝撃的な事実だった。


「こっちも撃ち負けるな」


 反対側の街道を封鎖するキャンターのトレーラーの屋根に設置された銃座から機関砲が森の中に隠れたエルフ達を凪ぎ払う。

 武警本隊の半数が既に地面に倒れている。

 また複数の手榴弾が投げ込まれて、キャンターのトレーラーが爆発に巻き込まれて銃座も傾いて使えなくなる。


「後退、後退!!

 別動隊に本隊に合流するように連絡しろ」


 負傷者をパジェロやトヨタ・コースターGXに乗せて応戦しながら後退する。




 大森林とクロチェフ男爵領は街道を挟んで境としている。

 近隣の村の住民が集まり、大森林に放火している新香港武装警察の分隊と対時していた。

 住民達に取っては、大森林は獣の狩猟や森の恵みをもたらす神聖な場所であった。

 また、住民達のまとめ役はエルフ達に肉体的に懐柔されている。

 ほとんどは大公家の紐付きだが、皇帝派のエルフにまとめ役が懐柔されたのがこの男爵領だった。


「お願い、森を守って」


 涙目の美しいエルフに懇願されて、まとめ役の男は奮い立ち、周囲にいる民衆を煽動する。


「まかせておけ、おい、みんな!!

 余所者に好きにさせていいのか!!

 大森林をみんなの手で守るんだ!!」


 その言葉に憤りを感じていた民衆が呼応してしまう。


「大森林の火を消すんだ!!」

「神聖なる森に火を着けた連中を許すな!!」


 農具や自衛用の武器を持って、武警隊員達に民衆が殺到する。

 10人程度の分隊ではもうどうすることも出来ない。

 また、この分隊は本隊に一番近い距離に有り、本隊からの増援要請に焦っていたことも災いした。


「蹴散らせ!!」


 武警隊員達の小銃が民衆に向けられて発砲し、民衆が凪ぎ払われる最悪の事態に発展した。

 領民を守る為にクロチェフ男爵領軍が両者の間に割り込んで終息したが、分隊は暫くこの場に拘束されることとなった。





 偵察に出した兵から報告を聞いたアールモシュ公子は、眉をしかめ杉村局長や佐久間二尉に一つの提案を行った。


「我々は事態の鎮静化の為に、王国傘下からの離脱と日本との同盟を提案させてもらいたい」



 クロチェフ男爵領との境にいた分隊からの通信を受けた劉武警少佐も1つの決断を下した。


「近くに自衛隊の部隊がいる筈だ。

 同盟の規約に則り、我々の撤退支援を要請しろ」









 タージャスの森外縁


 ようやく通信が出来る場所に辿り着いた日本の特使一行は、デルモントの分屯地や新京の総督府への通信を試みる。

 すでに大森林外縁で、民衆や皇帝派エルフは新香港武装警察と交戦状態に入っている。

 アールモシュ公子からの同盟の提案は、日本の保護下に入ることを意味している。

 一介の外務官僚に判断できる内容では無い。


「まあ、説得出来る材料はあるか」


 エルフ達は異世界転移に関する情報を持っていた。

 これは地球系国家・独立都市が喉から手が出るほど欲しい情報だった。




 佐久間二等陸尉が指揮する自衛隊隊員達は、大森林に出発前に設営した自衛隊野営地に赴いた。

 しかし、留守を任せた部隊はおらず、杜撰だが野営地を撤去した跡が残されている。


「よほど慌てて離脱する事態に遭遇したか」


 周辺を捜索していた毛受一等陸曹が戻ってくる。


「車両のタイヤの跡が綺麗に残されてました。

 跡を辿ると、事前に取り決めていた場所に車両は隠されてます。

 ですが、肝心の留守部隊6名がいません」


 毛受一曹からの報告に苦虫を潰したような顔をしてしまう。

 だがようやく繋がったデルモントの分屯地との通信から状況は理解できた。

 案内として、同行していたサルロタが口を挟んで来た。


「おそらく留守居の方々は、迷いの霧に囚われて大森林をさ迷っているのでしょう。

 我々エルフの血をひく者には効果の無い霧なので、捜索は我々が引き受けましょう」


 これ以上の捜索は二次災害を引き起こす可能性があると判断し、佐久間二尉は彼女達に任せることにした。


「ならば我々は大森林の消火活動に参加しましょう」


 NBC災害対策車や73式中型トラック、高機動車はいずれも問題無く動く。

 隊員達が車両に乗り込み、近隣の火災現場に向かった。



 野営地に戻った杉村外務局長は、総督府と連絡を取りエルフ大公領の事情やノーフォーク連隊についてを報告したことをアールモシュ公子に伝えた。



「新香港にはエウロペやアメリカ、ブリタニカが圧力を掛けてくれることが決まりました。

 特にブリタニカはあなた方に興味津々のようです。

 総督府もテロリストによる事件を地方の自治体に責任を負わせる行為については疑問に思っているようです。

 何より我々はエルフ大公領との交流を望んでいます」


 北サハリンもだ。

 今回は新香港の顔を立てて協力してたが、日本とエルフが交流を持ちそうだとわかると、手のひらを返してきた。


 新香港の顔を立てて協力していたが、日本とエルフが交流を持ちそうだとわかると、手のひらを返してきた。



「それは我々もです。

 若者達に外の世界との交流は必要だと思っていました。

 しかし、外の世界との交流の再開は、再び王国との軋轢を産み出します。

 日本さえよろしければ、我々を日本傘下の公国として認めて頂けませんか?

 確か、海棲亜人達にはそれを認めた前例がある筈です」


 どこまでこちらの事情を察しているのか、油断がならないと杉村は思わず舌打ちしそうになる。

 確かに日本は海棲亜人達を傘下に治めて東京に大使館まで作らせたが、アールモシュ公子の提案は総督府の権限を超えているので即答は出来ない。


「本国に御意向は迅速に伝えさせて頂きます。

 それと事態の沈静化の為にソフィアに駐屯していた日本国陸上自衛隊第17即応機動科連隊1200名がこちらに派遣されます。

 3日後には到着する見込みです」


 援軍の到着は嬉しい限りだが、エルフ大公領の同盟締結と新香港からの同盟による支援要請という難題は頭の痛い話だ。

 車両を回収して戻ってきた佐久間二尉も同じ様に頭痛を感じた。


「撤退の支援自体は問題ありません。

 ですがエルフ大公領と同盟を結ぶか微妙な時期に、テロリストとはいえエルフと交戦してよいのか御墨付きが欲しいです」


 責任問題になることは御免被りたい佐久間二尉だが、一応は出来ることを考えてはいる。

 今、出来ることは新香港武装警察の部隊を大森林から引き離すことと火災の消火活動だけだ。


「アールモシュ閣下、出来れば大公領の旗をお借りしたいのですが」

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