第85話 建国宣言
新香港武装警察本隊
新香港武装警察隊は人数と武器の質で皇帝派エルフに勝っている。
最初の奇襲を凌げれば、徐々に火力で皇帝派エルフを圧倒しつつあった。
機関銃を掃射して来る射手は一人でも厄介な事このうえない。
しかしそれもトレーラーに設置した銃座からの機関銃による制圧射撃で圧倒して沈黙させた。
指揮を取る劉武警少佐は、好転する状況に胸を撫で下ろしす。
「援軍はいらなかったか?」
戦死した隊員が12名、負傷者は20名を越えている。
まともに応戦しているのは二個小隊程度にまで落ち込んでいる。
エルフ達の抵抗は弱まりつつあるが、実数がわからないので判断がつかない。
「少佐、エルフ達が火蜥蜴(サラマンダー)とか、ノームとかいった精霊を使った魔法で抵抗を始めてきました。
射程は短いので、問題はありませんがおそらくは」
「なるほど、連中弾が尽きたか。
これ以上の犠牲は出したくないから、前線には近距離を避けて術者を仕留めるように指示しろ」
地球のような大規模生産工場の無いこの世界では、大抵の物は職人が生産していた。
それでは大量消費が行われた場合に補充が間に合うものではない。
大自然を武器に変える精霊魔法は確かに厄介だ。
だがその精霊魔法により、発生した風や炎の効果範囲はせいぜい術者を中心に数メートル程度と研究結果が出ていた。
上位の術者なら数十メートルを効果範囲にすることも可能なようだが、近寄らなければどうということは無い。
一度に複数の精霊魔法は使えないらしく、精霊魔法による攻撃に切り換えて来たということは姿を消す魔法は使えなくなる。
銃弾で実態の無い精霊は倒せないが、突き抜けることは可能だ。
精霊のいる範囲に弾丸をばら蒔けば、高確率で後方にいる術者にも当たる。
また、手榴弾などの爆風で吹き散らすことは可能だ。
再生するまで時間が掛かるので、その間に術者を撃てばいい。
日本の囚人を使った第一更正師団が多大な犠牲を払って得た戦訓の一つだった。
「連中の底が見えたな。
いっそ姿を消されたまま刃物で襲われた方が厄介だったな。
慎重に片付けていけよ」
一時の混乱から立ち直った武装警察隊は、皇帝派エルフを次々銃弾で容赦無く排除していった。
召喚されたサラマンダーのサイズは二メートル程度。
今回の襲撃に参加した皇帝派エルフ一番の腕利き術者が召喚した者だ。
サラマンダーが吐く炎の吐息は、数メートル先の武警隊員を一撃で消し炭に変えた。
武警隊員達は木々を盾にしながら、サラマンダーや術者を遠巻きに半包囲しながら射撃をしていく。
サラマンダーの熱気と体内の熱が、銃弾が突き抜ける際に、大幅に速度を減速させてしまう。
それでも後方の術者を蜂の巣に変えるには十分な威力だった。
タージャスの森外縁
ビィルクス伯爵領境の街道
タージャスの森とビィルクス伯爵領の境界線もこの大森林を囲む街道となっている。
燃える大森林を背景に、新香港武装警察の小隊と押し掛けてきた民衆が睨み合い、伯爵領軍が間に入って民衆を押し留めていた。
「とにかく、火災を直ちに消させて頂きたい。
これ以上はエルフどころか、我が領の民衆を煽る行為だ!!」
伯爵領軍の使者の剣幕に、武装警察隊の小隊長も困り果てていた。
伯爵領軍は街道を越えての活動は基本的に出来ない。
だが民衆はタージャスの森の恵みを生活の糧にしている。
関所等で遮られていないので、民衆からすれば森の恵みが得られないのは死活問題なので殺気だっているのだ。
しかし、このまま暴動となれば、民衆は新香港武装警察隊の銃弾の前に屍を晒すことになる。
それだけは絶対に避けねばならないのが伯爵領軍の思いであった。
睨み合いが続くなか、大森林の火災は拡大していく。
焦燥に駆られた1人の木こりが、斧を両手に持った時、水の塊が1本の線になって大森林の消火を始めたことに誰もが驚いていた。
それは街道の先から新香港武装警察隊とは趣きが違う車両から放たれていた。
誰しもがポカーンとするなか、新香港武装警察の隊員達だけが車両の正体に悔しそうな顔を見せる。
元は日本国警察のNBC災害対策車の陸自仕様車の屋根に設置されている放水銃から放たれた水が、大火災の火勢を幾分か和らげていく。
「日本、自衛隊か!」
伯爵領軍や民衆も新香港武装警察の援軍かと警戒するが、車両にはためく日の丸とエルフ大公領の旗を見て安堵する。
「道を開けろ!!
あの水を放つ車を通すんだ!!」
伯爵領の騎士達が民衆や車両を誘導する。
「水だあ!!
タンクに水を片っ端から持ってこい!!」
NBC災害対策車から出てきた上坂三等陸尉の声に、消火をしてくれると希望を持った民衆が家に戻り、井戸や川から桶やバケツに入れた水を持ってくる。
隊員はバケツリレーの要領を民衆に教えながら効率化をはかる。
数人の隊員は、車両から持ち出した消火器を噴霧して消火にあたっている。
正直なところ高圧放水でも無いので、たいした水量を搭載も放つことも出来ない。
巨大な火勢にたいして、焼け石に水もいいところだ。
火勢の反対側でもエルフ大公領軍が、水の精霊を召喚して消火にあたっている。
しかし、各勢力の衝突が避けられたことを伯爵領軍も胸を撫で下ろして消火に参加している。
自衛隊の車両や隊員は、自然と伯爵領軍と民衆を新香港武装警察を引き離す形になっていく。
お互いの問題が物理的に遠ざかっていくはずだったが、新香港武装警察の隊員が上坂三尉に抗議の声をあげる。
「これは対エルフの作戦行動だ!!
作戦の妨害は同盟の規約に対する違反行為だ!!」
「そのことだが、先ほど自衛隊の無線機を通じて今回のテロ行為に対し大公領は一部暴徒による被害を受けた都市に対しての謝罪が通達された。
事情と事実の確認の為に我々はまだ残るが、事態の沈静化の為に貴官等はお引き取り願いたい。
正式な謝罪が行われるまでは、我々が停戦を監視する」
新香港武装警察本隊
各都市からの圧力を受けた新香港は停戦に合意した。
派遣部隊を率いていた劉武警少佐は、無線機を叩き付けて撤収を部下に命じる。
「戦死15名、負傷者42名。
車両4両大破。
これだけの損害を出してこのざまか」
攻撃してきた皇帝派エルフは殲滅したが被害も甚大だが、
陸自の部隊が停戦の監視のために到着した頃には、本隊を攻撃してきた皇帝派エルフは皆殺しにしたところだった。
このまま部隊を集結させて、エルフ大公領軍も撃破するはずが、中途半端な結果に終わってしまった。
さすがに自衛隊が日本国旗とエルフ大公領旗を掲げて来た時は驚きを隠せなかった。
日本が交渉をまとめて来るとは、夢にも思わなかったからだ。
停戦の為に新香港武装警察の本隊を訪れていた陸自の高機動車を忌々しげに見つめる。
負傷した武装警察隊員は自衛隊の衛生科の隊員に治療を施して貰っている。
だがそれでも悪態をつかずにはいられなかった。
「くそったれ!」
大森林の火災は停戦後の10日後まで続いた。
大陸東部
新京特別行政区
大陸総督府
年の始めにエルフ大公領は、正式にエルフ公国としてアウストラリス王国からの独立を宣言した。
同時にエルフ公国の西側の山脈に領地を持つドワーフも独立を宣言し、日本の傘下に治まることとなった。
「ノーフォーク連隊の武器を模倣、量産する為にドワーフも貢献していたようですね。
エルフ達の皇帝派は今回の件で掃討、或いは捕縛されたようですがドワーフにも皇帝派はいるようです」
秋山補佐官の説明に秋月総督はうんざりした顔をする。
「初代皇帝は厄介な種を遺してくれたものだ。
千年も前から我々に祟ってくるとわな」
「幸い、ドワーフはエルフほど行動的では無く、精霊魔法も使えないので脅威とはならないというのが公安調査庁の分析です」
その分析に安堵しつつ、同席していた北村副総督が語りだした。
「ところで、ノーフォーク連隊とやらはこちらでも調べてみた。
第1次世界大戦のオスマン・トルコとの戦いで行方不明になったとされる270名余りの英国兵のことなんだな」
「はい、英国軍がその後の調査で実はオスマン帝国の攻撃にあって戦死していたり、捕虜になっていたと報告書を出されてはいます」
その調査報告が正確なものであったかは今となっては調べようがない。
第一次大戦中の1915年8月28日、オスマン帝国の首都イスタンブールを制圧すべく、ガリポリ半島に連合軍を展開した。
その最中、英国陸軍ノーフォーク連隊三百余名が、通称アンザック軍団の目の前で、奇妙な雲の塊の中に将兵が消えていくのを目撃したのだ。
雲が晴れ、アンザック軍団の前には、無人の丘陵地帯があるだけだった。
戦後、英国はオスマン帝国に将兵の返還を要求するが、そのような部隊との交戦記録は無いと要求を否定した。
これが事件の顛末である。
「他にも都市伝説として語られている失踪事件も見直す必要がありそうだな。
えっとバミューダトライアングルとか」
さすがに北村副総督はそこまでは詳しくないらしい。
「3000人中国兵士集団失踪事件、フライング・タイガー・ライン739便失踪事件などは注目に値しますが、正直なところ資料も現地調査も出来ないのでどうしようも無いというのが本音です」
都市伝説やオカルトの類いの話を公的に調べないといけないとは冗談が過ぎる話だった。
秋山補佐官の言葉に秋月総督も北村副総督もお手上げのポーズを取る。
「ドワーフとエルフは例によって東京に大使館を設置してもらうが、エルフの方が揉めてるんだって?」
秋月総督の質問に秋山補佐官も眉を潜める。
「大使に相応しいエルフで、性的に倫理観に問題の無いエルフの選定に手間取っているようです。
エルフの社会問題になっている性の乱れが酷いらしく、我々が考えていたエルフのイメージとは些か違うようです」
エルフにあった高慢で閉鎖的なイメージは想定していたが、奔放で淫蕩で存外に交渉がうまいとは想定出来なかった。
「我々の幻想を打ち砕かないで欲しいな」
北村副総督も呆れ顔だ。
「それでドワーフ侯国大使館は、旧カナダ大使館が用意してくれるとして、エルフ公国大使館はどうなった?」
「旧シンガポール大使館が売却を予定しています。
宝石や宝物を大量に呈示されて担当者はひっくり返ってましたよ」
「そして、シンガポールはそのまま新香港に合流か。
売却利益はそのままエルフ大公国の賠償金も含まれていると」
在日シンガポール人は七割以上が華人であることから、在日シンガポール人約8千人が新香港に合流することになった。
その際の旧シンガポール大使館の膨大な売却利益が、新香港への賠償金になる。
日本が仲介した新香港とエルフの落とし所である。
「よく王国の連中が黙ってるな」
北村副総督の指摘通り、エルフとドワーフの独立は宗主国であった帝国の後継を名乗るアウストラリス王国の面子も潰す行為である。
最もエルフもドワーフも王国を帝国の後継国家として認めていない。
王国の宗主国となった日本に遠慮して文句を言ってこないだけである。
「文句を言ってしまうと、統治の為に軍を送らないといけないからな。
連中も余裕が無いのだろう。
渋々認めざるを得ないから無視を決め込んでる」
北村副総督の言葉に二人は頷く。
そこに青塚副総督補佐官が部屋に飛び込んでくる。
「そろそろお時間です」
言いながらリモコンを操作すると、画面には新香港主席林修光の顔が映し出される。
林主席は壇上で演説をしている。
『我々は今回の事態に独立都市としての権限の弱さを痛感した。
新香港に移民して丸6年。
植民都市も陽城、窮石と建設は順調で、第4都市の建設も来年には始まる。
シンガポールの民が我々に合流するかはすでに皆も知っていると思うが、このほどモンゴルの民8千人も合流することになったことをここに報告させて頂く。
我々は十分に力を付けた。
日本、米国、北サハリン、高麗に続く第4の国家として、我々はここに華西民国の建国を宣言する!!』
秋月総督も北村副総督も新香港政府からの予め通達を聞いてはいたが、面白くなさそうな顔を浮かべている。
予定通りとも言えるので、総督府に動揺している者はいなかった。
問題が無いわけではない。
残っている在日外国人最大多数のモンゴル人を持っていかれたことで、新独立都市の建設が困難になったのだ。
「独立都市は残った在日外国人をまとめて放り込むべきでしたかな?」
「争いの火種を撒くだけですよ。
他の独立都市に草刈りの規制緩和に動くべきでしょう」
華西にしても第四植民都市の建設には日本の協力が必要なのは理解しているから、停戦に応じたのだ。
しかし、相当な不満を溜め込んだことは間違い無さそうだった。
その日の夜。
総督府幹部職員や自衛隊の将官の邸宅にエルフの女性たちが全裸で現れて騒動となったことは、厳重に箝口令が敷かれて隠蔽された。
ただある写真週刊誌が『秋月総督は、総督府にエルフのハーレムを作る』との見出しの記事を載せて、総督府が数日機能停止に陥った。
だが世間の反応は、
「また総督がコレクションを増やしたらしい」
と、薄い反応しか示さなかった。
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