第96話 ドワーフ難民 後編
大陸東部
日本国 福原市
「市内の浴場施設を使わせればよいのでは?」
「難民を市内に入れてしまうじゃないか、せっかく市外に追い出したのに。
衛生的にも観点からも早急に対処して貰いたい」
駐屯地は一応、市内なのだが口を閉ざす。
「君らには御自慢の野外風呂があるじゃないか」
「野外入浴セットですか、確かにありますが」
福原駐屯地にも野外入浴セット2式が、ワンセット配備されている。
本国は新式の野外入浴セット3式に更新したので、余りを貰ったものだ。
今まで特に使い道が無かった。
基本的に災害派遣で使うのだが、この世界に転移してから本国では特に必要になる災害はなかった。
移民相手に使おうかという案も在ったが、どの植民都市も真っ先に健康ランドやスーパー銭湯を建設し出した。
移民してきたらすでに充実した入浴施設があるので、この案は却下となる。
結局、演習でたまに組み立てて隊員で使うしかなかった。
「駐屯地に野外入浴セット2式だと、一日1200名しか入浴出来ません。
他の駐屯地に持って来るよう要請します」
旧型の2式なら各駐屯地に装備されている。
だが本命は博多市の第16後方支援連隊に配備されている野外入浴3式だ。
一日に1800名の入浴を可能にしている。
明日には届く筈であった。
「海自からも防衛輸送船『やまばと』と『まなづる』が、支援物資を積載して出港します。
海自も2式をワンセット持ってますから要請しておきます」
防衛輸送船『やまばと』と『まなづる』は、防衛省がチャーター契約を結んだ新京を母港とする傭船である。
転移後に造船会社に規格を統一させた量産型の旅客船である。
載貨重量は六千トン、航海速力29.5ノットを達成した。
車両はトラック130台、乗用車90台登載出きる。
現在『やまばと』は博多港で第16後方支援連隊の車両を、『まなづる』からは那古野の海自基地では第16施設大隊、第16衛生大隊、海自の災害支援車両を積載している。
福原の港では、受け入れの準備を進めていた。
夜が明けて、朝が来る。
博多市に駐屯する第16後方支援連隊並びに、神居市に駐屯にする第16師団司令部の支援部隊が到着し、難民支援活動が開始された。
朝早くから視察に訪れた原田市長は、大量の物資が難民に使われることにため息が止まらない。
24時間体制で入浴を実施しているので、悪臭もだいぶ収まってきた。
意外だったのは、吹能羅町の日本仏教連合から多数のボランティアと僧兵14名を送ってきてくれたので助かっている。
市内にも日本人冒険者もいるから、彼等を雇いいれて治安活動に組み込むことも悪くないと思えた。
警察官などは早めに通常業務に戻したいので、そのカバーとして使えばよい。
考えなければいけないことや不満は十分にあるが、一仕事を終えた安心感から別の疑問が沸き上がってきた。
「そういえば肝心の侯爵領は誰が行くんだ?」
大陸東部
新京特別行政区
大陸総督府
「原田市長から誰が行くのか問い合わせが来てますが」
会議室にいた列席者一同は、秋山補佐官の言葉に一斉に杉村外務局長に顔を向ける。
「ち、ちょっと待ってください、魔神相手は外交なんですか?
そういうのは自衛隊さんが偵察とか、討伐に行くもんじゃないですか?」
「別に魔神が我々に直接何かしたわけじゃない。
討伐なんて物騒なこと言わないで下さい。
偵察だって越境行為だから無理ですよ」
普段から越境しまくってるくせにどの口が言ってるんだという視線が高橋陸将に突き刺さる。
「鉄道の線路も遠いしな。
北部の拠点のデルモンドからもかなり離れてるか。
北サハリンのヴェルフネウディンスク市の連中が出すんじゃないか?」
「後は王国が周辺貴族の要請で、近衛を派遣するくらいじゃないでしょうか?」
北村副総督や青塚補佐官が好き勝手に言っている。
ようするに総督府の面々は誰も関わる気は無いのだ。
秋月総督もその考えには概ね同意していた。
「そもそもどうやってコンタクトをとるのか、一番の問題だよな。
言葉は通じるのか?
アポなしで行って受け入れて貰えるのか?
生活習慣などで、誤解を招く恐れは無いか?
変な病気持ってないか?
他にも色々あるだろうが、越えないと行けない壁が多すぎ」
皇国と接触した時は、なりふり構ってられない状況だった。
転移直後で枯渇する資源や食料、国民を安心させる為に必要な情報、全てが不足していた。
幸いに最初の大陸の住民は姿形は地球人とほぼ同一種だった。
違いは魔力の有無くらいだ。
そしてこちらから見れば一方的な話だが、時代遅れな価値観と制度を彼等は持っていた。
地球人に取ってはすでに通った歴史の道である以上は理解の範疇内だった。
そのような歴史的、文化的背景があるので絵を描く等をして、言語の壁も徐々に乗り越えていけた。
今となっては前の転移者達が大陸に様々な痕跡を残した結果かもしれないと考えられている。
秋山補佐官がまとめの言葉を口にする。
「結論としましては、誰かがなんらかの接触した結果を受けて、次の対応を考えよう、でよろしいでしょうか?」
「いざとなれば空自に空爆させれば一日で片付くだろう。
他に何かある者はいるかな?」
秋月総督が確認を取る。
列席者は一様に
「「異議無~し」」
と、唱和した。
得意の問題の先送りである。
「ただ一点、気になることはある。
異世界から生物を召喚する術が存在する。
これまでは伝承だけや使える術師が見つからなかったが、初めてその足跡が確認できたわけだ。
その闇司祭とやらの素性を洗い出せ」
法則が見いだされば、『叡智の甲羅』と合わせて日本が召喚された仕組みが解き明かされるかも知れない。
いまさら戻る気もないのだが……
新京沖
防衛フェリー『やまばと』
『やまばと』の貨物デッキでは、博多港から積載された第16後方支援連隊の車両が、所狭しと駐車されていた。
大半は支援物資を積載した73式トラックや重機がメインだ。
その中に73式大型トラックに牽引された野外入浴セット3式が有った。
牽引された野外入浴セット3式の前に佇む隊員達がいた。
彼は備品とは違うダンボールをその手に掲げていた。
「ついに陽の目が来る時が来たか」
第16後方支援連隊創設以来、緒先輩方の試行錯誤の末に産み出された傑作は、演習では使用を許されなかった。
しかし、本来の意味での使用を喜ぶことは国民に対して申し訳無くて出来ない。
それでも今回のような任務でなら許されると、ダンボールから長年取り出されなかった暖簾が外気に触れる。
埃を払い、ほつれが無いかを確認する。
暖簾には『古渡の湯』と書かれていた。
野外入浴セットは、伝統として各運用隊お手製の暖簾が掲げられる。
この伝統は陸上自衛隊だけでなく、海上自衛隊、航空自衛隊でも行われる。
第16師団の他の連隊が使用している野外入浴セットは、他の師団が使用していた装備のお下がりなので正式な運用隊は存在しない。
彼等はマニュアルを片手に有事の時に初めて浴槽に湯を張る素人に過ぎない。
そんな連中は野外入浴セットを展開するだけで手一杯で、暖簾や手作りの付属品の用意は出来ない。
第16後方支援連隊の補給隊に所属する彼の隊は、野外入浴セット3式を展開し、適切な水量、温度に成通したプロフェッショナルと行っても過言ではない。
勿論、用意した物は暖簾だけでは無い。
風情を出す為に作った鹿威し。
湯口に装着すると、その口からお湯を吐き出す『グリフォンの頭』。
古渡市民が勝手に認定した古渡富士を湯槽の背景に出きる絵。
お風呂に浮かべて子供が喜ぶ『河童隊員』。
幾つか微妙なのもあるが補給隊に所属した手先が器用な隊員が造った自信作ばかりだ。
「明日の勝利は間違いないな」
その隊員の確信は揺るぎ無い自信の現れであった。
第16後方支援連隊の威信を示すのは今しかない。
他の隊員が達は、
「あいつら早く寝ないかあ」
と、うざがっていたが、難民キャンプの悪臭の前に心を入れ替える事になる。
問題は浴槽の高さとドワーフの短い足ということにはまだ気がついてなかった。
泳ぎも得意で無いドワーフ達は、何人も浴槽内で溺れ掛けるはめになった。
大陸中央部
王都ソフィア
ソフィア城の城外に建てられた宰相府において、ヴィクトール宰相は日本大使から寄せられた報告書に眉を潜めていた。
王国内の事件なのに日本の大使館からの情報の方が早いのは問題がある。
さらには王都でも発行されている日本人向けの日字新聞にすら負けている。
おかげである程度は事態が把握出来たので、宰相の判断で出せる先触れを先遣隊として派遣した。
次は王の栽下を仰いだ本格的な調査団も別に送らないと行けない。
ドワーフ侯は、他の亜人貴族と同様に王都にも新京にも屋敷や留守居を置いていない。
情報の迅速さの改善は必要だった。
さしあたって魔神についての対処として、先遣隊や調査団の結果待ちだ。
どんな結果が出るにせよ、戦力を集めて置かねばならない。
「近衛騎士団第九大隊隊長ヴォルコフ参上致しました」
「ご苦労だった。
事情はある程度聞いていると思う。
正式な勅令はまだだが、ドワーフ侯爵領における魔神討伐の任に当たってもらう。
戦力的には貴公の大隊を中心に北鎮将軍として、北部諸侯を動員出きる権限が与えられる。
今日はその内示を伝えたくて呼んだ。
準備を始めといてくれ」
「承知致しました」
ヴォルコフは功に逸るタイプの将ではなく、指揮下の将兵の損失や領民の犠牲を惜しむ慎重派だった。
しかし、それは自分が身内と認めた将兵や領民に対してだけだ。
近衛騎士団第九大隊が駐屯する砦に戻ると、騎士達を呼び出す。
「北部の貴族達に御触れを出すよう指示しろ。
賞金はこちらで持つから、魔神の首一つにつき金貨千枚」
どうせ魔神達を討ち取れないだろうから大盤振る舞いだ。
金貨千枚あれば、王都でも庶民は千日は暮らせることが可能な金額だ。
先に冒険者や傭兵を戦わせて手の内を観るのだ。
宰相府が派遣した先遣隊は、日本から購入した組立式の望遠鏡を与えられている。
その結果を受けて戦い方を考える方針だ。
或いは傭兵や冒険者達が魔神を討ち取ってしまうかもしれない。
それならそれで、勅令前に民を守る為の策を出したとして功績にはなる。
賞金は必要経費として、宰相府に請求すればいい。
伝令の騎士達は何れも文字が読み書き出来る文官並の能力の持ち主達だ。
ドワーフ戦士団の強さは十分に認識している。
そんな彼等が敗れさったのだ、一筋縄で行くわけがない。
捨て駒のように失う訳にはいかなかった。
大陸西部
華西民国 第4植民都市斟尋
新香港主席改め華西民国総統に就任した林修光は、建設中の斟尋市視察中に、福原市のドワーフ難民騒動と魔神召喚のニュースに触れていた。
「ドワーフというのはアレだろ?
手先が器用で、頑健な体を持ち、鉱夫や職人にも向いた種族だろ?
派遣労働者として雇いたいと言えば、日本の連中は乗るかな?」
華西民国は以前ほどでは無いが、市民の定着により新植民都市の建設能力の不足を招いていた。
またまだ日本には多数の同胞が残っていた。
彼等の受け入れ先の建設は至上の命題だ。
大陸の反対側だが鉄道を使えば一週間もあれば到着する。
なかなかいいアイディアだと思えたので、秘書官を通じて打診することにした。
魔神に関しては興味も無い。
日本か、王国が片付けるだろうと考えていたからだ。
むしろ最寄りの北サハリンのヴェルフネウディンスク市が対応してもいいくらいだった。
こちらはこちらで西部地区で暗躍を続ける目障りな解放軍がいるのだ。
他の地区の尻拭いをしてやる余裕は無い。
そこまで考え、別の疑問が沸いてきた。
「なぜドワーフ達は、最寄りの貴族領やヴェルフネウディンスク市ではなく、遠路はるばる福原市を目指したんだ?
確かに豊かさでは圧倒的に日本側に向かうのはわかるが、逃走ルートとしては不自然すぎるな」
武装警察公安部に調べさせるかと指示を出していた。
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