第97話 魔神偵察

 大陸北部

 ドワーフ侯爵領


 魔神が糸で巣を張る塔にドワーフの戦士達が近づいていく。

 塔は侯爵家の櫓だった場所だ。

 侯爵家戦士団に所属していた彼等は、この塔の奪還を目論んでいた。

 魔神の総数は不明で姿、能力は個体により異なり、人型の生き物が他の生物の特徴や姿を取り込んだ生物と考えられていた。

 この塔に陣取る魔神は蜘蛛の系統に属する様で、接近するドワーフを塔からバンジージャンプのように飛び降り、2人のドワーフを両手で掴み、糸の反動で巣に戻っていった。

 その下半身は完全に蜘蛛の胴体だ。

 だが少なくとも腰布を穿くくらいの知性は有るようだ。



「気づかれてたか、構えろ!!」


 身構えるドワーフの戦士達だが、再び降りてきて着地した魔神に1人が撲殺され、もう1人も脚の爪で斬り殺された。

 斧を振り回したドワーフの戦士二人の攻撃を腕から生した爪で受け止め払い除け、まとめて斬り殺す。

 さらにもう1人は、そのまま壁に叩きつけて殺害した。

 最後の1人は、糸を首に巻き付けられて絞殺された。




 その様子を王国軍近衛騎士団第9大隊先遣隊の近衛騎士が観察していた。


「蜘蛛の魔神か。

 巣に囚われたドワーフは餌かな?」


 塔にドワーフ達を攻め込むように焚き付けたのは、彼等だった。

 目的は魔神達の戦い方の分析だ。


「体内から武器を出してたぞ?」

「素手でドワーフを投げ飛ばして殺すなど、どれだけ怪力なのだ」

「あの爪、ドワーフの武器を受け止めるくらいの強度があったな」


 日本や華西から購入した望遠鏡や双眼鏡でから目を離して対応を語り合う。

 双眼鏡はともかく、望遠鏡は王国にも存在する。

 占星術や天文学は皇国でも行われていたからだ。

 日本の天文学者や占星術師が、自分達のこれまでの記録の大半が役に立たなくなったと、教えを乞いに来るほどだ。

 しかし、王国の望遠鏡は建物に付随する建築物であり、日本の望遠鏡のように組み立てて持ち運び出来る代物ではなかった。

 勿論、これらは日本の技術流出防止法に違反するものだが、移民してきた日本人が闇市に流した物だ。


 それでも数キロ離れた先から戦闘を観察できたのは大きい。

 ここも魔神に占拠された一角だ。

 他の魔神に襲われないうちに撤収の準備を始める。

 だが彼等はまだ、魔神の能力を過小評価していた。


「おい、その糸はなんだ?」


 近衛兵の肩に糸が掛かっていた。

 近衛騎士が即座に剣で斬ろうとするが、全く歯が立たない。

 双眼鏡を覗き警戒にあたっていた近衛騎士の目に糸を伸ばして蜘蛛の魔神がこちらに翔んでくるのが映った。

 糸により、何キロも離れたこの地は蜘蛛の魔神の索敵範囲だったのだ。

 蜘蛛の魔神の着地点から近衛騎士や近衛兵達が飛び退く。

 近衛騎士が剣で、近衛兵が槍で攻撃を仕掛けるがあっさりと蹴散らされていく。

 近衛の鎧は通常の物より高価で立派な物だったが、ドワーフ達が使っていたものも遜色は無い一級品だった。

 ドワーフ達よりマシだったのは盾の存在だった。

 勿論、盾も魔神の爪の前にはあっさりと切り裂かれるのだが、鎧と違い肌に触れていない分致命傷を先伸ばしに出来た。

 だがそれも二太刀も斬りつけられたら意味がなかった。


「チャージ!!」


 近衛騎士隊長が叫ぶと、騎竜デイノニクスに乗った近衛騎士2人が騎槍を構えて突撃した。

 他の近衛騎士達は短銃を発砲して、蜘蛛の魔神の動きを封じる。

 2本の槍に貫かれた魔神は、同時に刺された衝撃とデイノニクスの鞭のようにしなる尻尾の攻撃を受けてはね飛ばされる。


「畳み掛けろ!!」


 近衛騎士隊長は迂闊に近付く愚は犯さずに、盾に仕込んだ拳銃を発砲する。

 他の近衛騎士達もそれに倣い、魔神は身体に多数の穴を開けたがまだ生きている。

 近衛兵達は近衛騎士隊長の一族が新京の大学留学で学んだ火炎瓶を投げつけた。

 陶器の壺に油を入れて、火を付けた布をいれた代物だが、効果は絶大だった。

 いにしえの日本の闘士達の武器だったらしく、魔法を使わずに火炎を相手に浴びせれる利点がある。

 さすがに魔神も生物らしく、身体が炎に包まれると崖を転がるように落ちて動かなくなった。

 崖と言っても魔神の落ちた場所は槍が届く場所だ。

 近衛騎士隊長は、焼死体となった魔神の死亡を槍で突き刺して確認して胸を撫で下ろす。

 魔神は人間の手で殺せる生き物だと判明したのは大きい。

 しかし、被害が甚大であった。

 魔神1匹倒すのにフル装備のドワーフ戦士8人、近衛騎士4名、近衛兵士7名が命を落とした。

 負傷者も両手の指で数えれないほどいる。


「遺体と負傷者と機材を馬車に運べ。

 奴の死体は……」


 遺体と重傷者は横に寝かせなければならないので、魔神の死体の置き場がない。

 馬車は2台しかない。

 馬に死体を括り付けるかと考えていると、声をかけられた。


「その死体は我々が預かろう」


 咄嗟に短銃を声の方向に向ける。

 背後の森の闇の中から、迷彩服を着た男達が複数現れた。

 全員が小銃を手にしている。


「自衛隊か。

 高みの見物とはいい御身分だな。

 第9近衛騎士団で小隊を預かるクラークだ」

「第17偵察中隊の里島一等陸尉だ。

 そちらもドワーフ達に同じことをしていたろ?

 まあ、いい。

 その魔神の死体をこちらで引き受けよう。

 代金は負傷者の移送と治療だ。

 いっちゃなんだが、魔神の医学的調査は我々の方が遥かに上だろ?

 同じ病院に負傷者も入れるから、退院次第、調査結果を持たせよう」


 自衛隊の里島一尉の言う通り、魔神の生物的特徴を調べる能力は王国は日本に劣っていた。

 また、治療施設や癒しの奇跡が起こせる司祭がいる神殿はここから遠いのも事実だ。

 魔神との戦いの戦訓を得るのが先遣隊の任務なので、これは達成したと言っても良い。

 大隊長に指示を仰ぎたいところだが、そんな時間もなさそうだった。


「私も着いていくことが条件だ。

 どこに運ばれる?

 出来れば新京の領事館に連絡を取らせてもらいたいな」

「新京の自衛隊病院だ。

 同行の条件を呑もう。

 連絡は……、司令部に問い合わせよう」


 話し合いが終わったのを確認して、後方にいた隊員がどこかに連絡を始める。

 他の隊員たちも近衛騎士や近衛兵を医療キットで応急処置を施す。

 里島一尉は、崖から引き揚げられた魔神の死体を検分する。


「かなり焼けちまってるな。

 解剖とか意味あるのかこれ?」


 かくも激しく魔神の体を損傷させなければ倒せないという事だ。


「まあ、倒せることがわかっただけ上等か」


 銃弾を全身に浴びせれば十分に倒せる。

 問題は驚異的な身体能力だろう。

 数キロの距離をものの数秒で移動したり、頑丈な近衛騎士の鎧や盾を自前の爪で切り裂いていた。

 他の場所での観測の結果、魔神は何れも違う姿形をしていた。

 その検証に夥しい冒険者や傭兵、ドワーフの戦士達が犠牲になったが討伐の成功は今回が初めてだった。



 やがて、陸上自衛隊第16飛行隊に所属するCH-47J チヌーク 大型輸送ヘリが飛来し、着陸して馬車ごと負傷者や生存者を乗せ始める。

 撤収作業としては、馬車よりも騎竜デイノニクス2匹を乗せる方が苦労した。

 あまり馬と至近距離にすると、双方が興奮しだすからだ


「隊長何かがこちらに接近しています」


 もう1匹の魔神に見つかったようだ。

 スコープ越しに、周囲を索敵していた隊員が伝えてくる。

 まだかなりの距離だ土煙をあげているので、早めに発見できた。

 撤収作業はほとんど終わっているが、このままでは追い付かれそうなペースだった。


「指向性散弾を設置しろ」


 自衛隊が使用するFordonsmina 13、通称FFV 013

 は、指向性の対車両地雷である。

 自衛隊では、無線式で運用されている。

 箱状のケースに収めされている複数の金属球が、起爆と同時に前方方向へ飛散される。



 CH-47J チヌークが飛び上がると同時に魔神がこちらに辿り着いた。


「点火!!」


 号令とともにFFV 013が三個、爆発して無数の鉄球が目標を襲う。

 爆煙の中から魔神が姿を現す。

 さすがに負傷はしているのが、紫の血を流している。

 服装や胸部の形状から雌だと想定される。

 勿論、股布や胸部に巻かれた布はボロボロだ。


「あれでまだ生きてるよ。

 豹みたいだな、大した頑丈さだ。

 撃て!!」


 浮上するCH-47J チヌーク の前方のキャビンドアから12.7mm重機関銃M2が、非常脱出ドアから5.56mm機関銃MINIMIが発砲される。

 目標の魔神に無数の銃弾が着弾するが、貫通はされていない。

 それでも目はそうはいかなかったようだ。

 眼球に着弾した銃弾は、頭部を突き抜けて貫通した。


「やったか!?」


 しかし、魔神は頭部を貫通されたにも関わらずに岩場に身を隠した。

 CH-47J チヌークが上昇したので、回収は出来ないが岩場で倒れ伏す魔神の姿が確認できた。


「仕留めることは出来たな」


 1匹の倒すのにあれだけの火力を投入するのは、今後を考えると骨が折れそうだった。

 CH-47J チヌークは、一路新京の駐屯地まで飛行することになる。

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