第98話 勇者の反乱

 大陸南部

 バルカス辺境伯領


 やや小柄だが、王国の民とは違う容貌や服装の人間種の集団が、辺境伯の城下町を密かに囲んでいた。

 ポックルという大陸の少数民族である。

 狩猟民族であり、衣服や靴は獣の皮を剥いで作った毛皮製の物が使われている。

 持ち込んでいる武器は大半が弓矢だ。

 また、ポックルの民は鍛冶の技能を保有していない。

 皇国が建国した頃から交易で刀剣や槍を入手し、ポックル文様を施した木製の柄と鞘を付け武具としている。

 防具は木製の短甲(胴を守る丈の短い鎧)に、木製の冑を毛皮で覆った物を被っていた。

 その中に場違いな迷彩柄の服を着た男が暗視装置付きのスコープで、城下の様子を眺めていた。


「よし連中油断しきっている。

 行くぞ……」


 バルカス辺境伯家は皇国派と王国派の家臣により内紛があったばかりで、兵員の補充が完了してなかった。

 用意した木砲三門が発射され門を破壊した。

 すでにバルカス城からは、当主一族や城下の民は避難し、騎士隊長が指揮する辺境伯軍100名が立て籠るが、三隊に別れたポックル軍に散々に打ち負かされる有様だ。


「どいううことだ!?

 あんな貧相な武装の連中に突破を許すとは!!」

「矢に毒が塗られています。

 さらに指揮官が真っ先に狙われ……」


 すでに城下には火が放たれ、城の中にも侵入を許している。

 そして、あからさまに逃げるなら邪魔しないとばかりに、門の一つが攻撃を受けていない。


「こちらに死兵と成られても困るということか。

 我らも撤収する」


 騎士隊長が騎竜にまたがり、殿軍を引き受けながら味方を撤収させる。

 そこにエンジンを響かせて、1台のバギーが突入してくる。

 キムコUVX450 iバギーの運転をポックル族の若者に任せ、荷台に体を固定させた迷彩柄の服を着た男が魔力を帯びた長刀を振るって、騎士隊長の首を切り落とす。

 ポックル族の戦士達が、敵将を討ち取った功績を称える叫びをあげている。

 城壁の外では、深追いはしないが敵の戦力を削る為の射掛けが行われている。

 少数民族による大貴族領都の陥落は、衝撃を持って大陸全土に鳴り響いた。





 王都ソフィア


 バルカス辺境伯領から持たされた敗報に、アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスは玉座で溜め息を吐いてた。


「ヴィクトール宰相。

 さしあたりシャーウッド、キニスキー、オリファントの各領に兵を出させて、バルカス辺境伯への援軍とせよ。

 王国軍からも人を出さねばならぬな」

「南方軍に辺境伯の縁戚の者がいます。

 その者を将軍に任じ、現地の采配を任せましょう」


 南方軍大隊長だった者を将軍に任じる勅にサインと玉璽を捺印する。


「そもそもポックル族は何故に反乱を起こしたか、判明しているのか?」

「はい、元々辺境伯家とポックル族とは毛皮などの交易が行われていました。

 しかし、商取引や労働環境に不満を持ったポックル族が蜂起し、商人や商船を襲いこれを殺害。

 先代辺境伯爵が鎮圧に赴き、蜂起した者たちは投降、蜂起の中心となったポックル族は処刑されました。

 さらに武力制圧された際に、毛皮税などの重税を課され、経済的に苦しめられます。

 辺境伯の支配体制に組み込まれたポックル族の女性が年頃になると猟師達の慰み物になり、人妻は会所で兵士や役人達の妾にされ、男は夫役のため鉱山で、5年も酷使されたようです」

「やり過ぎたな。

 日本への賠償に追い詰められていたか?」


 モルデールは呆れ返っているが、そもそも賠償の足しとしての徴収を命じたのは王国である。

 貴族達の負担の増加は、そのまま民に負担が転嫁される。

 近年多発している貴族同士の紛争の原因もこれに起因する。


「さらに追い討ちを掛けるように……」

「まだ、あるのか……」

「ポックル族の間で流行り病が発生し、ポックル族に多数の死者が出ました。

 外部より治療に訪れた医師が流行り病を終息させると、指導者として担がれて反乱を起こしました。

 わかっていることは、彼の者はポックル族に伝わる魔剣を手にし、バギーなる乗り物に乗るおそらくは、日本人というところでしょうか」


 敵に日本人がいるのは厄介だった。

 個人で活動しているなら問題は無いが、日本国の紐付きなら介入を招く恐れがある。


「総督府に抗議と探りを入れろ。

 討伐軍は……苦労は掛けるが、敵の指導者を避けて、戦力を削ることに専念せよと」


 自分でも無茶を言ってることは自覚している。


「陛下、討伐軍を派遣しておいて、些かおかしな話ですが要所を陣地化させて反乱軍に攻め込ませましょう。

 仮に日本人指導者を討ち取っても正当防衛を主張しやすくなります」


 ヴィクトール宰相の策を採用し、対応策を書に認めさる。


「さて日本はどうでるか」





 大陸東部

 新京特別行政区

 大陸総督府


 モルデール王の抗議文を読んだ秋月総督の第一声は


「もう勝手にやってくれないかなあ!!」


 で、あった。

 仕事で現地に派遣されて紛争に巻き込まれたなら、総督府も自衛隊を派遣することに異議は無い。

 現地で犯罪を犯したなら警官隊を派遣して、国の威信に掛けて逮捕させるだろう。


「現地で武装勢力の指導者になったとは、意味がわからない。

 受け入れる方も受け入れる方だ。

 自衛隊は戦力が足りないし、警官隊は危なくて派遣できない。

 王国には干渉しないから、勝手にやれと伝えろ」


 匙を投げようとした秋月総督だが、待ったの声をあげる者がいた。

 大陸総督府副総督の北村大地である。


「その対応は如何なものかと思いますな。

 すでにマスコミがこの件を一面に書き立てています」


 渡された新聞は総督府に批判的な右翼系新聞だ。


『勇者マサツキタカキ、強いたげられた少数民族を救うために現地貴族に蜂起!!』


 と、いう、見出しの記事だ。


「なんで王国も総督府も把握していない『勇者』の氏名が、公表されてるのかな?」

「さあ?

 取材の結果では無いのですかな?

 彼等はそういうのが仕事ですから」


 問題の新聞は日本国民戦線を支持、後ろ楯にしている。

 大陸における日本国民戦線の指導者である北村副総督が知らない訳が無い。

 記事ではバルカス辺境伯の悪行が書き連ねており、日本がポックル族を保護すべきと社説が添えられている。


「マスコミが積極的に主張してくるなんて、転移前は考えたこともありませんでしたよ」

「先の大戦のマスコミでは珍しく無かったそうですよ。

 今日のところは遺憾を表明し、王国からの問い合わせにはノーコメントで時間を稼ぎましょう。

 ほら総督閣下も鯉城やドワーフ難民キャンプの件でお忙しいでしょう?」


 忌々しい話だが、否定も出来ない。

 秋月といえど任命された副総理格の国務大臣に過ぎない。

 内閣からはある程度独立した存在だ。

 しかし、世論が『勇者マサツキタカキ』を支持し、それに不利な指示を秋月が出した場合、内閣や政府与党からは『指導』が入る可能性があった。

 最悪は解任だが、新総督就任までは北村が総督代理として権限を奮い、地歩を固めるだろう。

 それだけは避けるべきだった。

 今回は北村副総督の意見を取り入れ、調査中で通すことにした。



 北村副総督の退出後、盗聴防止の処置が施された専用携帯電話でもう一人の問題人物に掛ける。


「総督府の秋月だか……」

『これは総督閣下、ご無沙汰しております。

 斎藤です』


 アンフォニー男爵領代官にして、『内政系俺TUEEE研究会として認識している通称『サークル』の首魁斎藤光雄が電話に出た。

 ちなみに秋月が認識している正式名を斎藤が知れば抗議の声をあげていただろう。


「単刀直入に聞くが、『勇者マサツキタカキ』は、君達のお仲間かね?」

『その答えは『否』です。

 我々の商売相手並びに支持基板は土着の貴族樣達なのです。

 ポックル族を辺境伯の経済的支配に組み込むよう進言したのも我々です。

 まあ、連中は色々やりすぎたようですが』


 斎藤の言うことは理解出来る。

 辺境伯側がもう少しポックル族に飴を渡していれば反乱等起きなかったのだろう。

 だが問題はそこではない。


「そのあたりはどうでもよろしい。

 しかし、そうですか、心当たりは無いですか」

『いえ、あります。

 我々の同期生です。

『サークル』のメンバーではありませんよ』


 少し言い淀んでいるようなので、無言で先を促す。


『新京大学の武田葉子教授のゼミの受講生だった奴です。

 本国でも剣道の上位成績者だった筈です』

「『大陸民主化促進支援委員会』……、また面倒臭い連中が……」


 NGO団体『大陸民主化促進支援委員会』、貴族制度を批判し、大陸に民主主義をもたらさんとする過激集団である。

 武田葉子教授はその主催で、その綿密な筈の計画で大陸各地で無用な混乱を招いていた。

 総督府としては、彼女を社会的地位に付けて動きを封じようと画策していた。


「ここは一つ釘を刺しておく必要がありそうですな」





 大陸南部

 バルカス辺境伯領

 領都バルカス

 バルカス城


「ここを守るには兵力が足りない。

 貯蔵されていた武具や兵糧はアジトに運び込もう。

 馬や竜もありったけ使う」


 勇者マサツキタカキは、ポックル族の酋長として部族の戦士達に指示を出していた。

 同時に城壁に藁や木で作った人形を配置したり、ポックル族の紋章に書き直した旗を飾りまくる。

 討伐軍にこの領都を無駄に攻略させる為だ。

 守れないなら徹底的に食いつくしてから放棄する。

 ポックル族の若者達は、軽トラックに荷物を積んだり、甲竜にリヤカーを繋いで荷物を運ばせている。

 討伐軍の物見は先程、片付けたばかりだ。

 勇者マサツキタカキは新京に住む、新京大学の医大生だった。

 大学は大陸に一つしかない無いので、当時付き合っていた女学生に誘われて、武田ゼミに顔を出したのが運命の始まりだった。

 教授の思想に共感し、医師の資格を取得後は直ぐに各地で医療活動と民主化活動に従事していた。

 数々の失敗の結果、同志達の離脱とともに資金難に陥っていた。

 冒険者まがいにダンジョンに潜った際に、ポックル族に伝わる伝説の剣『ギギズ・シエ・リエヘィナミヤ(ポックルの王)』を手に入れた。

 ちなみに勇者マサツキタカキはいまだに剣の名前を発音できない。

 ダンジョンを脱出した直後に辺境伯の兵士に慰み物として、連行される酋長の娘が摘み食いされるところを助けて兵士を斬り殺した。

 娘を村に返すために集落に立ち寄ると、剣を見た長老達にポックル族を救う勇者と崇められ、酋長からは娘を嫁にと婚姻を結ばされた。

 辺境伯の兵士を斬り殺したことと、酋長の娘にホレたこと、ポックル族が迫害されている事に憤った事が重なり、いつの間にかポックル族全体の指導的立場になった。


「それで民主主義より先に民族主義ですか?

 まあ、我々としてはお代さえ頂ければ問題ないのですが」


 話掛けてきたのは同じ日本人の若者で、現役大臣の息子である乃村利伸だった。


「用意してある。

 辺境伯がポックル族を酷使してまで採掘した鉱山。

 何を採掘してるかと思ったら……」


 二人が城の地下牢に降りる。

 牢の一室に施された仕掛けを動かし、床に空いた穴からさらに下の階に降りた。


 そこに積まれていたのは特殊な金属のインゴットだった。

 曰く、銅のように打ち伸ばす事が出来、磨けばガラスのように光る。

 銀色に光るが、いつまでも曇る事が無い。

 アルミニウム、ゲルマニウム、チタン、プラチナのいいとこどりをしたような金属、これら4金属の代用となる。

 但し、希少性から4金属より高価である。

 魔法の道具の製作には欠かせない。

 付与された魔力を蓄積させる事ができ、電池の役割を担う。

 故に魔導具の金属部分は、ほぼこの金属である。

 この金属で造られた防具は、生半可な魔術による攻撃を防ぐ。

 もちろん物理的防具としては、鋼鉄より硬く、軽いので優秀である。


「大陸では産出しないと聞いてたんですよね。

 どれくらいあるんです?」

「22トン。

 相場なんてあって無いようなもんだろ、こいつは」

「希少過ぎて、日本では欠片も流通してませんからね。

 サービスして30億円程度で如何です?」

「助かる。

 それでどれくらい用意できる?」

「村田銃二十二年式歩兵銃千丁、弾丸八千発。

 名義はあなたでいいんですよね?」


 村田銃が大陸に居住する日本の民間人の間で一番出回っている再現銃だ。

 もちろん大陸の王国軍の制式小銃の性能を軽く越える為に大陸民への供与は禁止されている。

 乃村から勇者マサツキタカキに売却するならば、ギリキリ法の網の目を抜ける。

 勇者マサツキタカキは、これから仲間になる他の少数民族に供与する分も考えて全部購入することになる。


「食料や刀剣も頼む。

 3トン分もあればいいか。

 残りは預かってくれ、どうせ我々では重荷になって持ち出せないなら先行投資だ」


 乃村は預かったミスリルの使い道を考えながら、社員達に搬送を命じていた。



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