第99話  ドラゴン危機一発

 大陸東部

 神居市


 神居市の水源になっている河は、トロツノフ川と名前が付いていたが市民達は、登呂角府川と由来不明の漢字の宛字をして呼んでいた。

 どんなモンスターが潜んでいるかわからないので、夏でも水浴びが禁止されている。

 水門の完成とともに内側の水辺を利用しての水浴や水遊びが許可された。

 水門の周辺では、武装警備員や武装したライフガードが安全を守っていた。

 ライフガード達は国産の水中銃スーパーマグナムをもつ要員を一定数、通常業務をこなしながら交代で待機させていた。

 スーパーマグナムは、本来はスキューバ時の使用に向いている。

 大型銃には珍しいスリングゴムで、銛をセットして発射する。

 転移前の地球の海では、マグロ、ローニンアジ、イソマグロなどの大型回遊魚、ヒラマサ、カンパチなどの中型以上の回遊魚、ハタなどの大型根魚がターゲットだった。

 転移後も日本の沿岸で食料の確保の為に大量に生産されていた。

 最もライフガードという職業が、転移の影響で廃れ掛けていた。

 経験者も高齢化していたので、改めて若者達に再教育されることになった。


「うちの教室使いたい?

 いいよ」


 市議会議長を務める佐々木洋介氏の武道学校の教室が借りられて、経験者による体系的な教育が構築された。

 佐々木としては、座学の為の教室を貸しただけのつもりだった。

 市の最大の権威の後ろ楯が得られたと、武道学校内にプールがいつの間にか建設されて実技も施されることとなった。

 佐々木は福利厚生の一環のつもりだったので、妙に実戦的やプールの完成を目にして、首を傾げることになる。

 ちなみにライフガードもすぐに集まるものでも無い。

 陸上自衛隊第16施設大隊の若き隊員達がボランティアの名目で、無理矢理教育が施されて休日にライフガードとして投入されていた。


「そうこれだよ、俺達が求めていたものは!!」

「去年の海水浴は悲惨だったものな」


 彼等は休日を上層部に利用されて、神居市海水浴場の当て馬にされたが、利用客はまったく増えなかった。

 それがこの水門の内側では、妙齢の女性達が水着で泳ぎ、遊び、肌を焼いている。

 ようやく実戦の機会を得たのだ。


「交代の時間は1600になります」

「日が暮れてるわい!!」


 市民達が水浴や水遊びが出来るようになり1ヶ月くらい経った。

 登呂角府川の上流、山脈を越えた湖に一匹の竜が住んでいた。

 ある時から登呂角府川の下流から、大陸の人間とは違う匂いが大量に混じるようになった。

 興味を持った竜は、大河を泳ぎ神居市に向かうことにした。

 竜は知性ある存在であった為、空を翔んで行ったら人間達を驚かせるといけないと水中を移動した。

 とはいえ、彼の巨体を隠せるほどの川の深さはそうあるものではない。

 途中、色々と寄り道をしながら人目に付いて、周辺地域をパニックに陥れた。

 竜が神居市に近付くに連れて、日本側にもその情報が伝わった。

『隅田川水竜襲撃事件』のトラウマがある日本は、進行ルートを想定し、第16戦車大隊を大隊長堂島恭助三等陸佐の指揮のもと出動させて陣地を構築させた。

 迎え打つ場所に選んでのは、神居市から30キロの峡谷だった。

 問題の登呂角府川も谷底に流れており、峡谷の終わりには大森林が存在する。

 指揮所のテントは大森林の内部の開けた場所に設置された。

 大森林内部に通された街道に車両を待機させて、偵察科隊員達は徒歩で峡谷に向い部隊を展開させる。


「第一中隊は正面の森林に伏せさせました。

 第二中は谷底を侵攻中の竜を上から攻撃させます。

 第三中隊は周辺住民の避難並びに車両に待機させています」

「戦車砲で竜の鱗を撃ち抜けるかが問題だな」


 戦車大隊による一斉攻撃だが、堂島三佐は懸念を口にする。

 水竜は警官隊の拳銃の弾を数百発を浴びせて倒すことが出来た。

 自衛隊の小銃なら十分な火力の筈だった。

 平戸市で暴れた死竜の教訓もある。

 隊員達を多数心神喪失状態に陥れた竜の咆哮対策に、ヘッドフォンから耳栓までありったけの耳を塞ぐ道具も用意してある。

 問題はまだある。

 竜にも様々な種類がいるようだが、外見からそのタイプが判別出来なかったのだ。

 考える限りの万全の布陣を施したが、もう一つの問題が出てきた。


「来ないな」

「来ませんね」


 敵が来ないので堂島三佐と指揮官達は耳栓を外して対応を語り合う。

 途中までは無人偵察機で確認していたのだが、水中に潜られた所で見失っていた。

それでも距離的には一キロ以内には接近していた。


「引き返してくれたのなら幸いだが、確認が取れないのはキツいな」

「手榴弾や迫撃砲を川底に叩き込んで、ダイナマイト漁法の様に炙り出しますか?」


 妙案に見えるが直接投射火力以外の使用は、調達に難があるこの御時世には許可が下りない。

 堂島三佐の権限だけでは厳しかった。


「師団長に許可を取る。

 捜索は続けておけ」

 

 結局許可は下りなかったので、隊員達による目視での捜索を続ける羽目になっていた。



一方、件の竜は最寄りの駅で切符を買って汽車に乗っていた。


 竜は長い年月を生きた知性ある存在である。

 普段は一日の大半を睡眠と思索に費やしているが、たまに人里に下りて酒と女と情報収集に勤しんでいた。

 人智を越えた魔法と、人型の生物には及びも付かない膨大な魔力も持っている。

 人間の姿に化けるなど造作も無い。

 溜め込んだ財宝を売却して現金も所持している。

 たまに創作した魔術を人間の魔術師や神官に売るといい金になるのだ。

 移動は竜の姿が楽だか、川の中に泳いでいるとこの世界の人間種とは違う匂いが集まっているのを感じた。

 どうも戦の準備をしているし、妙な鳥がずっと着いてくる。

 わざわざ争う理由も無いし、トラブルを避ける為に水中で人の姿に変身し、陸路を行くことにした。

 人化した際には魔力で服まで生成する。

 旅人の服装で森の中を失踪する。

 最寄りのディナール村も40キロ先にあるが、竜の強靭な体力等はそのままなので一時間も走れば到着した。

 前にも利用したことがある村だったので、行きつけの宿に行くことにする。

 村の大通りを歩くが、以前に来たときよりは人間が増えていた。

 大陸の人間種とは違う者もいるが、ここまで多いと区別がつかない。

 ちなみに彼は村と認識していたが、現在は1万人以上が住む町となっている。

 また、現在はある事情で訪れている人間が多かった。


「まずは換金か」


 彼は知性溢れる竜だ。

 人間社会では金銭が必須なのも理解している。

 魔力で精製も出来るのだが、無用な金銭の製造は社会に混乱をもたらすことも理解していた。

 目立ちたくない彼としては、普通に手持ちの宝石を換金するのが一番だった。

 旅をする者は嵩張る硬貨より、持ち運びに便利な小粒な宝石で持ち歩く者が多い。

 それなりな町なら換金してくる商人がいる。

 商人としても宝石の方が保管しやすいからだ。

 幸いに大店(おおだな)ですぐに換金出来た。

 食べ歩きをしながら宿を目指す。

 屋台で調理された食べ物を食べることは、人間の町に来た時の醍醐味だった。

 彼が歩くと、人間の雌達が頬を赤らめて見つめてくる。

 彼の人間としての姿は、容姿の整った貴公子の様だった。

 平民にはまずいない。


「いらっしゃいませ~」

「やあ、また世話になるよ」


 宿の娘マリアンに挨拶をすると、彼の容姿に頬を赤らめるがすぐに怪訝な顔をされた。

 見覚えがある顔だったが人間の寿命からして、自分の知る人物では無いのだろうと寂しさを感じた。

 昔、交尾したこの宿の娘の血縁かもしれない。

 と、なると自分の子孫にあたるかもしれない。

 彼の抱いた雌はほぼ間違いなく孕むのだが、人間の姿で交尾するので、産まれてきた子供の外見に竜の身体的特徴が現れることはない。

 せいぜいが人としては丈夫すぎる体や怪力、膨大な魔力を持ってるくらいだ。


「お客さん、前にもうちをご利用に?」

「ん?

 ああ、もうだいぶ昔だったから無理もないか。

 確か30年前くらいかな?」


 宿の娘は男の容姿がどうみても20代にしか見えないが、深く聞くことは避けてスルーすることにした。

 わけありの客は幾らでもいる。


「宿帳よろしいですか?」


 最近はこの町にも日本が自衛隊の分屯地を造ったので取り締まりが厳しくなっている。

 

「名前……

 ハビラントと」


 昔から使っている人間としての名前だ。


「お客さん、ディナールまでは徒歩ですか?」

「ああ、もう少し東に行くつもりでね」

「この町からなら汽車が出てますからね。

 そういうお客さんが多いんですよ」

「汽車?

 ああ、汽車ね、汽車」


 汽車とはなんだろうと部屋に案内してもらう。

 部屋の窓から町を眺めると、高い塔が幾つか立っている事に気がついた。


「以前来たときにはあんなのはなかったな」


 宿の娘マリアンに聞くと隣に並んで答えてくれた。


「あれは駅ビルと日本のお役所が集まった合同庁舎と、ホテルですね」


 幾つかわからない言葉がある。

 お役所というのは理解できるが、皇国ではなく日本というのが気になった。

 宿の酒場で酒と肴に舌鼓みを打ちつつ周囲の会話を、聴力を全開にして盗み聞く。

 結論からすると、大陸の皇国は異世界から来た人間の国日本と戦争をして敗れたらしかった。

 大陸の東部は一部は、日本の統治下にあるらしかった。

 国が変われば社会も常識も変わるので、情報収集の必要性を痛感していた。

 そして、妙に人間が多かったのはこの地域で大型モンスターの移動が確認されて、近隣の住民が避難してきているかららしい。


「なるほど、迷惑な話だな」


 駅や汽車、ホテルに付いても理解できた。

 日本人達に付いて知りたかったが、日本人の旅人は大陸民の宿に泊まることは滅多にないらしい。

 ほとんどがホテルと呼ばれる宿に泊まっている。

 また、居住区も大陸民とは別けているらしかった。

 汽車はもの凄く速い乗物らしく、日本人の町までいけるらしい。


「なるほど、迷惑な話だな」


 駅や汽車、ホテルに付いても理解できた。

 日本人達に付いて知りたかったが、日本人の旅人は大陸民の宿に泊まることは滅多にないらしい。

 ほとんどがホテルと呼ばれる宿に泊まっている。

 また、居住区も大陸民とは別けているらしかった。

 汽車はもの凄く速い乗物らしく、日本人の町までいけるらしい。

 明日はそっち行ってみると面白いかもしれない。

 今日は30年ぶりのベッドで、ハビラントの容姿と魔力にあてられた冒険者の女性と寝ることにした。

 彼女の知る限りの情報を引き出しながら。



 その間も自衛隊による峡谷の捜索は続けられていた。


 翌日、ハビラントは些かハッスルしすぎた宿をチップを大奮発して後にした。

 もちろんベッドに眠り込む女性にも家が買えるくらいの宝石を3つほど枕元に置いておく。

 後にチップを奮発された宿は、駅前に新館を建てて繁盛させることになる。

 日本人の居住区は、駅と線路を挟んだ向こう側にあった。

 元から有ったディナール村と畑を避けて建設したからだ。

 村の境界に有った森が1ヶ月程度で消えて整地された光景に、村民は驚かされたらしい。

 駅に立ち寄り、大陸民の旅人向けに作られた乗車手順が書かれた案内板を読みふける。

 大陸語と日本語が違うことが、わかるとすぐの交流は難しいのが難点のようだ。

 だが彼等の特徴が1つのわかった。

 黒目黒髪の彼等彼女等は魔力に対する耐性が皆無だった。

 残念ながら居住区に行くには、大陸民では通行手形が必要なようだった。

 日本の居住区へのゲートを守る保安隊の隊員達の姿に眉を潜める。

 彼等は国土交通省国境保安局国境保安隊の隊員達だ。

 このディナールの町にも20人程配備されていた。

 拳銃、警棒という軽武装だが、一部にはプロテクターにヘルメット、防護盾の隊員がいる。

 防護盾の裏には豊和M1500ライフルを収納している。

 ハビラントが初めて目にするパトカー仕様のトヨタ・ハイラックスの動きに目を丸くする。


「なるほど皇国が負けるわけだな」


 日本人には魔力に耐性が無いようなので、魅了の魔法を広範囲に掛ける。

 魅了された保安隊隊員達は、好意的にハビラントのゲート通過を見逃そうとする。

 ドヤ顔でゲートを通過しようとするハビラントだが、通行を許可するIDカードを所持してないので、通行検知センサーに引っ掛かりフラップドアが閉鎖してハビラントは顔面を強打する。

 たいして痛くは無い筈なのだが、反射的に顔に手を当てて痛いアピール動作をしてしまう。

 最初は小さな警告音だったが、ハビラントに好意的な保安隊隊員達は惚け気味で解除しようとしない。

 警告音の音量が上り、さすがに保安隊隊員達が正気を取り戻す。

 さらにプレハブ小屋にいた隊員達まで完全武装で出てきた。


「貴様何者だ!!」


 誰何する保安隊隊員の怒声と周囲の隊員達が一斉に距離を取りながら銃口を向けてくる。

 人間ではあり得ない跳躍で後方に退く。

 居住区を守る金網の上に設置された赤色灯が連鎖するようにまわりだす。

 その警報は居住区内部の警察署や自衛隊の分屯地にまで届く。

 不法侵入者が只者では無いと判断した保安隊隊員達が一斉に発砲する。

 拳銃弾は痛いがさすがに傷も付かないが、豊和M1500ライフルの銃弾はさすがに流血して、青い血を流す。

 竜の姿に戻って日本の兵隊達を一掃することは可能だが、ディナールの町には自分の子孫がいる。

 無造作に暴れまわる訳には行かない。

 魔力で力場を作り、銃弾の威力を減衰させる。

 しかし、百メートル離れても銃弾が襲ってくる。

 皇国軍の銃など比べ物にはならない威力と性能だ。

 距離もパトカーに乗った隊員が詰めてくる。

 だが驚愕しているのは保安隊隊員の方もだ。


「馬鹿な、時速80キロ以上だぞ!!」


 二本足で走る人型生物の出せる速度ではない。

 舗装されてなく、通行人もいる道ではスピードや発砲も制限される。

 それでも1台のトヨタ・ハイラックス仕様のパトカーがハビラントに体当たりをかましたが、その両手で正面から掴まれて地面を両足で10メートルも滑りながら停められた。

 トヨタ・ハイラックスはさすがにエンジンが煙をあげている。

 ハビラントもさすがに2トンの金属の塊を受け止めるのは、文字通り骨が折れそうだった。

 乗車していた隊員達は窓から発砲してくる。

 皮膚を鱗に戻し、背中の翼を生やした。

 すると今度は陸自のスティンガー地対空ミサイル4連装ポッド2基を搭載したハンヴィーが追ってきた。

 発射されたスティンガー地対空ミサイルが直撃し、爆発の中からハビラントが落下する。

 そのまま地面に叩きつけられた反動を利用して、街の路地に逃げ込む。


「さ、さすがにまずい……」


 4つん這いに翼も利用して移動して追跡者達を撒くことに成功する。

 ひどい目に有ったと、別人の姿に変化して素直にお金を払って汽車に乗ってディナールの町を脱出した。


「いや、竜相手にあり得ないからな人間ども…‐」


 客車内で駅弁を食べながら、ハビラントは冷や汗を掻いていた。

 今は哺乳類の姿だから

 

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