第100話 援軍要請
大陸南部
エウローパ
エウローパは、ヨーロッパ40ヵ国の国籍保有者と彼等の配偶者となった日本人と合わせて約7万人で建設が始まったばかりの新たな地球系同盟都市である。
名称はヨーロッパの語源となった女神のラテン語読みから名前が取られている。
先進国国民が多いせいで、第一次職業従事者が少ないのがネックだったが大陸人と代わらぬ風貌な為に諜報関係ではかなりの活躍をしてくれた。
治安機関として、都市憲兵隊を300人規模で組織した。
また、沿岸警備隊には虎の子の旧フランス海軍フロレアル級フリゲート『ヴァンデミエール』が港に鎮座している。
都市憲兵隊の火力を補う浮き砲台などと呼ばれているが、転移当時でも最新鋭のクラスであり、エウローパ市の切り札であり誇りとなっている。
「問題はこの都市の住民は、大陸民との同化に一番抵抗が無いことです」
大陸総督府から派遣された秋山補佐官の苦言を、市長のアントニオ・ヴェッサローニは重く受け止めてくれない。
市長のアントニオ・ヴェッサローニは、日本とも合弁した自動車会社の社長をしていた経歴を持つ。
日本に在住していた富豪でもあった。
「自由恋愛の結果ですから仕方がない。
技術流出規制法を気にするのはわかりますが、それよりも我々は人口減少による自然消滅の方が気になるのですよ」
自身も三人の愛人を持つアントニオからすれば秋山補佐官の苦言は戯れ事にしか聞こえない。
「あなた方は自由恋愛を主張しますが、この大陸は封建主義による貴族が支配層の恋愛観と噛み合って無いのだと自覚して下さい!!」
エウローパ市民に食い散らかされた貴族や大商人の令嬢方が親元に訴え、激怒した親元からの強い苦情が大陸総督府に殺到して大変なのだ。
エウローパは市民の最大派閥であるフランス系が二割を越える。
その為にフランスの制度の一つ、pacsを法的に採用してしまったのだ。
日本語にすると民事連帯契約となる。
内縁以上、結婚未満の契約であり、正式な離婚よりはよっぽど簡単に終わらせることができる。
結婚による一族の血筋の結束を考える大陸民とは、根本的に考え方が合っていない。
令嬢方の親元は、幾らエウローパ市に訴えても取り合って貰えないので、地球系同盟都市の首座に位置する新京の大陸総督府に連盟で訴えてきたのだ。
これが地球のヨーロッパなら、保守的な層が反対してくれたのだが、転移当時に日本にいた外国人は、些か開明的で先進的な思想の持ち主が多かった。
「とにかくこれは内政干渉ではないですかね?」
「いつもならそうですね。
でも今回は安全保障の問題です」
「あ、安全保障?」
困惑するアントニオに秋山が航空写真を叩き付ける。
手に取られた写真には、無数の騎士や兵士が集まった光景が写っていた。
「これは?」
「現在集結中の貴市への抗議を主張する連合軍です」
「冗談でしょ?」
「冗談でここには来ません。
エウローパ市から150キロ地点。
商人達からの支援も充実していて侮れないですよ。
他の都市からの援軍を期待しない方がいいですよ。
連中は先手を打って、これは婦女子の名誉を傷つけたエウローパ市への決闘であると宣言した書状を送りつけてますから」
どの都市も決闘の理由が馬鹿馬鹿しくて腰が重い。
アントニオ市長は媚びるように秋山補佐官の手を取る。
「に、日本は?
勿論、条約に基づいて援軍を送ってくれますよね?」
一回、こいつら痛い目にあった方がいいんじゃないかと秋山は考えていた。
大陸東部
浦和市
エウローパ市から条約による援軍の要請を秋月総督が聞いたのは、浦和市の視察に訪れている時だった。
浦和市はさいたま市からの移民が始り、官庁が開庁した合同式典の最中だ。
南部で発生したトラブルに秋山補佐官をエウローパ市に派遣したのだったが、不首尾に終わったようだった。
大陸東部方面隊総監高橋二等陸将も困惑した顔で話を続ける。
「それで如何します?
援軍の要請は条約により拒否出来ません。
しかし、発端が発端なので我々としても乗り気ではありません」
さすがに噂が隊員間にも広がって、相当に拒否反応が示されていることまでは言えない。
勿論、命令すれば隊員達は迅速に行動してくるだろう。
だが士気の低下は如何ともしがたい。
さらに残念なのは、この相互防衛条約には、アメリカ、北サハリンは調印していない。
「要請が有り次第空自による空爆の準備は出来ていると伝えていい。
海自はどうだ?」
「猪狩海将に打診してみましたが、現状南部には『くらま』が、ブリタニカに寄港中なのでそちらを向かわせること検討中です」
日本本国の海洋結界が範囲が狭まりつつあり、海上自衛隊は新鋭艦の就役や大陸の地方隊から艦を引抜き、那覇地方隊、豊原地方隊を新設した。
その煽りを食う形で大陸の東部を守る海上自衛隊第17護衛隊は、護衛艦『しらね』、『くらま』の2隻しか残らない有り様である。
両艦ともに進水してから50年近く立つ老朽艦であるところが、海自の懐事情を示している。
「FFM計画が起動に乗れば、こちらにも艦をまわして貰えるだろう。
もう少し頑張ってもらわねばな」
活動範囲の広がった海上自衛隊は、海上護衛の優勢を高める事が求められた。
その為に護衛艦増産の一環としてFFM計画も立てられた。
多数配備目的とした小型護衛艦であり、多様な任務への対応能力の向上と船体のコンパクト化を両立させる。
建造造船所の選定方法も、価格だけで決める競争入札はやめて、設計を共通化してコスト低減を図り、年に2隻を建造することができるとされている。
艦種記号はフリゲートを示す「FF」に加え、機雷(Mine)と多目的(Multi-purpose)の頭文字の「M」を合わせた記号である。
すでに十数隻が就役済みである。
「肝心の陸自はどうですか?」
高橋陸将は返答に窮した。
「第16、17師団は動かせません。
アンフォニーの第6分遣隊と百済市に駐屯させている鉄道連隊第4中隊から戦力を抽出します」
「どれくらい?」
高橋陸将は目を背けながら答える。
「70人ほど」
大陸の覇者が出せる戦力数では無かった。
さすがに面子もあるので、秋月総督は高橋陸将にもう少しおねだりする。
「もう少し出せませんか?
一個中隊くらい」
「南部の連中が兵を出すべきだとは思いますが、呂宋で訓練中の水陸機動中隊を動員できれば」
水陸機動中隊は高橋陸将の大陸東部方面隊の所属部隊ではない。
防衛大臣の直轄部隊なので、そちらに許可を取らないといけない。
「乃村防衛大臣にはこちらから連絡しておきます。
部隊にはそちらから準備するように伝えといて下さい」
二人はともに嫌そうな顔をしている。
今回の『仕事』は二人とも乗り気じゃないのだ。
「大臣への連絡は明日でいいかな?
今日は忙しいし」
「いいんじゃないでしょうか?
小官も忙しいですし」
二人ともエウローパ市に一万を越える戦力が押し寄せても、陥落だけはしないと思っている。
エウローパ市は予備役も動員を掛ければ、一個連隊ほどの戦力は集まる。
何より沿岸警備隊のフリゲート『ヴァンデミール』による艦砲射撃は強力だ。
その上で、南部からの同盟都市からの援軍が到着すれば敗北はありえない。
「話し合いでエウローパ市がごめんなさいしてくれれば一発解決なんですけどね」
無駄な出兵に秋月総督はため息しか出なかった。
大陸南部
百済市
エウローパ市からの援軍要請は、当然のことながら南部最大の人口、戦力を保有する百済市にも届けられていた。
だが市長の白泰英は迷惑そうな顔で書簡を眺めていた。
「知事選の真っ最中に嫌がらせかこれは?」
高麗国は第4の植民都市伽耶の建設が始まっている。
これに伴い、大陸における旧韓国・北朝鮮系の移民予定者140万人中110万人の植民が終わる。
この際に一つの道的な自治体を設立させることになった。
色々な議論が巻き起こったが任那道と名称が決り、知事選の真っ最中で、白泰英も市長の業務を遂行しながら選挙に立候補していた。
なによりいまだに知事では無い市長達には、自らの市の部隊以外には命令権も無い。
現在の高麗国は、大陸に国防警備隊4個連隊を組織している。
昨年の百済サミット襲撃事件の反省で、大増員を行った結果だ。
三個の軽歩兵連隊と後方支援連隊だが外征能力にはまだ不安があった。
「市長会議を召集する。
援軍の規模はそれから決めるとエウローパ市に返答しろ」
百済にはもう一つの事業がある。
百済、白羅、高句麗、伽耶の4市を結ぶ鉄道事業の日本国鉄道からの移管だ。
高麗国鉄道は日本国鉄道と鉄道連隊の支援を受けて、建設、教育が施されている。
装甲列車も第1号が運行されたばかりだ。
新京の鉄道連隊本部から出動の命令を受けた第4中隊隊長の中台一等陸尉は、召集した小隊長達が一斉に顔を背けたのを見て、顔をしかめる。
「我々は定期路線の巡回がありますので」
「当小隊は高麗鉄道警備隊への指導が」
「うちの小隊は非番週です。
まさか、撤回なんて言わないでしょうね?」
三人の小隊長に否定される。
二人の小隊長は任務中でここにはいない。
選択肢は一人の小隊長に絞られた。
「頼んだよ、予備待機の石出二等陸尉」
「マジっすか、わかりました。
慎んで拝命致します」
貧乏クジを引かされた顔を一切隠さなかった。
だが同行する高麗国国防警備隊の部隊が一向に決まらないので、出発が数日遅れることになったのは救いだった。
大陸南部
呂宋市
エウローパの援軍要請に呂宋市の市長ニーナ・タカヤマ市長は意外にも乗り気であった。
呂宋市はオセアニア13ヶ国と自由連合の訪日外国人を受けいれ、人口が24万人を越えた。
軍警察も大隊を編制出来るまでになり、演習の為に訪れていた日本国海上自衛隊特別警備隊隷下の水陸機動中隊とともに一個中隊を派遣することになった。
「うちの子達のお守りをよろしくね、長沼一等陸佐」
わざわざ首に手をまわして、激励してくれるタカヤマ市長に長沼一佐は困惑した顔をする。
二人は日本が供与したパロール級巡視船『バガカイ』と『ケープ・エンガーニョ』の引き渡し式に出席したところだ。
「しかし、市長。
政府は供与した巡視船の使い道に些か困惑しているようですが」
「だってしょうがないじゃない。
正直なところ呂宋沿岸の警備には2隻もあれば十分だだったのよ。
日本本土との航路の警備にも2隻、整備のローテにも割いてるけど、残りの4隻も遊ばせとくのは勿体無いでしょう」
呂宋沿岸警備隊は、転移前から来日していたフィリピン国籍の船員を多数確保していた。
そのおかげで沿岸警備隊の拡大に大いに貢献し、南部でも有数の海上戦力を保有するに至る。
その豊富な巡視船の一部を、ドン・ペドロ、アルベルトといった海上戦力を保有できていない同盟都市の沿岸警備を有料で請け負っている。
元々は転移前の南沙諸島問題の中国対策として、供与予定の巡視船を引き渡しただけだったが、確かに過剰戦力と言えた。
さらにはパラオ共和国に供与される予定だった巡視船もパロール級巡視船11番船『ケダム』として受け継いだ。
「日本からあと2隻の巡視船を購入する予定だから、困惑しててもうるさくは言わないわよ。
一佐の部隊も実績が必要なのでしょう?
頑張って頂戴」
水陸機動中隊も国産の水陸両用車が完成するまでは、拡大が出来ない。
少しでも実績を稼いでアピールする必要があった。
「準備は急がせといて下さいね。
間に合わなかったら意味がない」
「ん~、でも~、敵が攻めこんで来てピンチになったところに颯爽と援軍が駆けつければ、こちらの被害は最小限で美味しいところ取りじゃない?」
「その場合は遅延の責任を取らされますよ、私が。
モタモタしてたら置いていきますからね」
大陸西部に陣取る西華民国なら距離的な問題で赦されるかも知れないが、エウローパ近隣の南部同盟都市からでは、問題外もいいところだ。
翌日、呂宋市の在外日本国駐屯地からAAV-7水陸両用強襲車の人員輸送型4両、指揮通信型1両、水陸両用車回収型1両、国産試作車両2両、隊員225名がエウローパに向けて、陸路で出撃した。
この駐屯地は、普段は管理小隊と呂宋軍警察から派遣された職員や要員だけが詰めている。
有事や演習の際は連隊規模の部隊を受け入れ可能な敷地や施設、補給の備蓄が存在する。
南部の全ての同盟都市には、同規模の駐屯地が存在し、在エウローパ駐屯地が援軍を受け入れることになる。
水陸機動中隊の出撃と同時刻、パトカー12両と日本から購入した中古車によるテクニカルによる武装車両6両、人員輸送用の中型トラック6両に乗車した呂宋軍警察中隊がエウローパに向けて出撃した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます